ハービー・ハンコック
Herbie Hancock






    目次

   ■ハービー・ハンコックの作風
   ■アルバム紹介



   ■ハービー・ハンコックの作風

 ウェイン・ショーターを語るには、ハービー・ハンコックを抜いて語ることはできないだろう。
 ハービー・ハンコックは1940年4月の生まれで、ショーターより7歳ほど年下となる。初共演は録音されているかぎりにおいては1961年のドナルド・バードの『Free Form』であり、それ以後現在までそのコンビネーションは続いている。少なくともある面において、ショーターにとってハンコックほど相性のいい共演者はいないといえるほどだ。
 しかし、ハービー・ハンコックもまたちょっとやそっとで語りつくせるような存在ではない。かるく全体像を見渡そうとしても、そのアルバムの量はオフィシャルだけでも膨大で、参加アルバムの量はさらに膨大、しかもジャンルを越え、国境を越え、そのバラエティと人脈は驚異的である。
 ということで、ここではとてもハンコックの全体像を捉えきることはできないので、かるくラフ・スケッチのように書いてみたいと思う。
 なお、ハンコックの略称については「ハービー」のほうを使う人も多くいるが、個人的にはハービー・ニコルズと紛らわしいとの理由からハンコックの方を使っている。


 さて、少なくともある面において、ショーターとハンコックほど相性のいい共演者はいないと思うのだが、しかし相性がいいということと、似ているということは違う。ハンコックはミュージシャンのタイプとしては、むしろショーターと対照的なタイプではないかと思う。
 例えばピアノ=キーボード奏者を考えた場合、60年代の新主流派の時代において、ショーターと似たタイプのミュージシャンといえば、おそらくアンドリュー・ヒルだろう。また、70〜80年代のフュージョン時代において、ショーターと似た指向性を示したのはむしろチック・コリアだと思う。
 実のところショーターとハンコックは、相性はいいが似たタイプではない。ではハンコックとはどういうタイプのミュージシャンなのだろうか。

 ハンコックというミュージシャンの特徴を一言でいえば、おそらく「器用な人」だと思う。
 逆にいうと、ショーターは「不器用な人」である。60年代前半のショーターのサイドマンとしての参加作を聴いてみるとわかるが、たいていショーターは演奏を食ってしまうか、一人で浮いてしまうかである。つまり、他のミュージシャンにうまく合わせることが不得意で、基本的に自分の演奏しかできない。後年の参加作になると浮いてしまうことはなくなっていくが、それは使うほうもショーターの個性を理解して適所適材で起用するようになったからである。
 対してハンコックは、どんなスタイルのミュージシャンと共演しても、どんなタイプのセッションに参加しても、相手のスタイルに合わせて的確にバッキングをつけるし、そのスタイルの範囲内で充分に自分の個性も発揮できる器用さを持ち合わせている。
 そして、ショーターはたしかに他人に合わせることの不得手なミュージシャンだが、自分の世界というものを確固として持ち、築き上げていくミュージシャンである。
 対してハンコックはというと、ショーターのような意味での自分の世界というものはなく、むしろ自分以外の何かの要素(他ジャンルの音楽)を、自分が独自の方法で消化し、自分がもっているものとを融合させることによって作品を作っていく人というイメージが強い。
 例えば、60年代半ばの新主流派の時代にはハンコック流の新主流派作品(『Maiden Voyage』(65) 他)を作るし、70年代はハンコック流のファンク(『Head Hunters』(73) 他)、さらにハンコック流のヒップ・ホップを聴かせた『Future Shock』(83) や、『Dis Is Da Drum』(93) ではアフリカン・ドラムをテーマとし、『New Standard』(95) ではロック、ポップス系の名曲を素材とし、『Future 2 Future』(01) はジャズとクラブ・ミュージックの融合……と、次々にいろいろな素材を取り上げ、自分の音楽の中に引き入れることによって前進してきた感が強い。
 例えば1998年のアルバム『Gershwin's World』はハンコックの編曲者・総合音楽家としての実力を示した傑作だが、これはタイトル通りジョージ・ガーシュウィンという題材をハンコック流に構成して世界を創り上げるというかたちになっている。しかし、これと同じような密度で『ハンコックの世界』というテーマのアルバムは作っていない。これはその全作品が『ショーターの世界』というタイトルにしてもいいようなショーターとは対照的である。
 つまり、ハンコックの音楽はそれぞれの時代や、誰と共演するかによってめまぐるしく変化するが、そのどれもがハンコックであり、それぞれの音楽(テーマ)をどのように処理し自分のものにするかという点にハンコックの音楽が存在するといえる。



04.11.2




   ■アルバム紹介 (今後とも紹介アルバムを追加していくつもりです)



                                                                                                                                                                                      
Donald Byrd "Free Form"  1961 (Blue Note)
Herbie Hancock "Takin' Off" 1962 (Blue Note)
Herbie Hancock "My Point of View" 1963 (Blue Note)
Herbie Hancock "Inventions and Dimensions" 1963 (Blue Note)
Lee Morgan "Search for the New Land" 1964 (Blue Note)モ★
Herbie Hancock "Empyrean Isles" 1964 (Blue Note)
Miles Davis "Miles in Berlin" 1964 (Columbia) モ★
Grachan Moncur III "Some Other Stuff" 1964 (Blue Note)モ★
Wayne Shorter "Speak No Evil" 1964. (Blue Note)モ★
Miles Davis "E.S.P." 1965 (Columbia) モ★
Herbie Hancock "Maiden Voyage"(処女航海) 1965 (Blue Note)
Wayne Shorter "Live at Village Vanguard 1965" 1965 モ★
Anthony Williams "Spring" 1965 (Blue Note)モ★
Wayne Shorter "The All Seeing Eye" 1965 (Blue Note)モ★
Bobby Hutcherson "Components" 1965 (Blue Note)モ★
Miles Davis "Complete Live at Plugged Nickel" 1965 (Columbia) モ★
Bobby Hutcherson "Happenings" 1966 (Blue Note)モ★
Wayne Shorter "Adam's Apple" 1966 (Blue Note)モ★
Miles Davis "Miles Smiles" 1966 (Columbia) モ★
Lee Morgan "Standards" 1967 (Blue Note)モ★
Miles Davis "Sorcerer" 1967 (Columbia) モ★
Miles Davis "Nefertiti" 1967 (Columbia) モ★
Bobby Hutcherson "Oblique" 1967 (Blue Note)モ★
Lee Morgan "The Procrastinator" 1967 (Blue Note)モ★
Miles Davis "Miles in the Sky" 1968 (Columbia) モ★
Miles Davis "Filles De Kilimanjaro" 1968 (Columbia) モ★
Miles Davis "In a Silent Way" 1969 (Columbia) モ★
Herbie Hancock "The Prisoner" 1969 (Blue Note)
Miroslav Vitous "Infinite Search" 1969 (Atlantic) モ★
Herbie Hancock "Fat Albert Rotunda" 1969 (Warner Bro.)
Joe Henderson "Power to the People" 1969 
Joe Zawinul "Zawinul" 1970 (Atlantic)モ★
Herbie Hancock "Mwandishi" 1970 (Warner Bro.)
Herbie Hancock "Crossings" 1971 (Warner Bro.)
Herbie Hancock "Sextant" 1972 (Columbia)
Herbie Hancock "Head Hunters" 1973 (Columbia)
Wayne Shorter "Native Dancer" 1974 (Columbia) モ★
Herbie Hancock "Dedication" 1974 (Columbia)
Herbie Hancock "Thrust" 1974 (Columbia)
Herbie Hancock "Flood"(洪水) 1975 (Columbia)
Herbie Hancock "Man-Child" 1975 (Columbia) モ★
Jaco Pastrius "Jaco Pastrius" 1975 (Epic Sony) モ★
Airto Moreira "Identity" 1975  (Arista) モ★
Herbie Hancock "V.S.O.P." 1976 (Columbia) モ★
Milton Nascimento "Milton" 1976 (A&M)
モ★
Miroslav Vitous "Magical Shepherd" 1976 モ★
Herbie Hancock "Secrets" 1976 (Columbia)
V.S.O.P. The Quintet "Live In U.S.A." 1977 (Columbia) モ★
V.S.O.P. The Quintet "Tempest In The Colosseum" 1977 (Columbia) モ★
Herbie Hancock "The Herbie Hancock Trio" 1977 (Columbia)
Herbie Hancock "Sunlight" 1977 (Columbia)
  "An Evening With Herbie Hancock and Chick Corea" 1978 (Columbia)
Herbie Hancock "Direct Step" 1978 (Columbia)
Herbie Hancock "The Piano" 1978 (Columbia)
Joni Mitchell "Mingus" 1979 (Asylum) モ★
V.S.O.P. The Quintet "Live Under The Sky '79" 1979.7.26 (Columbia) モ★
V.S.O.P. The Quintet "Five Stars" 1979 (Columbia) モ★
Herbie Hancock "Feets, Don't Fail Me Now" 1979  (Columbia)
Devadip Carlos Santana The Swing of Delight 1979  (Columbia) モ★
Herbie Hancock "Mr. Hands" 1980  (Columbia)
Herbie Hancock "Monster" 1980  (Columbia)
Jaco Pastorius "Word Of Mouth" 80-81 (Warner Bros) モ★
Herbie Hancock "Herbie Hancock Trio" 1981 (Columbia)
"Herbie Hancock Quartet" 1981 (Columbia)
Herbie Hancock "Magic Windows" 1981 (Columbia)
Herbie Hancock "Lite Me Up" 1982 (Columbia)
"Jazz At The Opera House" 1982 (Sony) モ★
Herbie Hancock "Future Shock" 1983 (Columbia)
Herbie Hancock "Sound-System" 1984 (Columbia) モ★
Herbie Hancock "Village Life" 1985 (Columbia)
Bobby McFerrin "Spontaneous Inventions"  1985 
(V.A.) "Round Midnight" 1986 (SME) モ★
(V.A.) "The Other Side Of Round Midnight" 1986 (Blue Note) モ★
Milton Nascimento "Yauaret" 1987 (Black Panther) モ★
Wayne Shorter "Joy Ryder" 1988 (Columbia) モ★
Herbie Hancock "Perfect Machine" 1988 (Columbia)
Buster Williams "Something More"  1989 モ★
H.Hancock, W.Shorter,
S.Clark, O.Hakim
"Super Quartet in Europe" 1991 モ★
Herbie Hancock Quartet "Masqualero" 1991 モ★
Bahia Black "Ritual Beating System" 1992 モ★
"A Tribute To Miles"  1992 モ★
Herbie Hancock "Quartet Live" 1993,88 (Jazz Door)
Herbie Hancock "Live in New York" 1993 (Jazz Door)
Herbie Hancock "Dis Is Da Drum" 1994 (Mercury)
Joe Henderson "Double Rainbow" 1994 (Verve)
Milton Nascimento "Angelus" 1994 (Warner Bros)モ★
Herbie Hancock "The New Standard" 1995 (Verve)
Herbie Hancock,
Wayne Shorter 
"1+1" 1997 (Verve)モ★
T.S. Monk "Monk on Monk" 1997 モ★
Herbie Hancock "Gershwin's World" 1998 (Verve)モ★
Joni Mitchell "Both Sides Now" 2000モ★
Marcus Miller "M2" 2001 モ★
Herbie Hancock "Future 2 Future" 2001 モ★
Herbie Hancock "Directions In Music" 2001 (Verve)
Joni Mitchell "Travelogue"  2002 モ★
"Hancock, Shorter, Holland, Blade The Quartet"  2004 モ★









  ■Donald Byrd『Free Form』    (Blue Note)

    Donald Byrd (tp) Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (p)
    Butch Warren (b) Billy Higgins (ds)       1961.12.11
   
 どこをハンコックの音楽的キャリアの出発点にすべきかはよくわららないが、当時のジャズ・ファンの多くが初めてハンコックの音を聴いたのはおそらく60年代はじめのブルーノートでの一連のサイドマンとしての仕事からだろう。
 当時、ハンコック〜ウォーレン〜ヒギンズのリズム・セクションはブルーノートのハウスバンド的な存在で、さまざまなミュージシャンのバッキングとして、おびただしい数の録音に参加している。ハンコックが登場する前のブルーノートではソニー・クラークのトリオがちょうどこのような役割をしており、ソニー・クラークの後がまとしてハンコックが入ってきたようにも見える。
 60年代の前半はそれまで主流だったハードバップにかわって、ジャズの最先端の部分がモードジャズ、ソウルジャズ、フリージャズと3つに枝分かれしてきた時期にあたり、ハンコックはそのうちどのスタイルをとるミュージシャンのバッキングにも起用され、それぞれのスタイルに合わせて的確なバッキングをつけるという器用さを見せつけている。
 この時期の一連のハンコックの参加作を聴いていくと、ハンコックのピアノは手くせだけで不必要な音は出したりせず、ここ! というタイミングで、これ! という音だけを選び出していく奏法で、それは現在までつながっている。手くせがないぶん、一聴するとむしろソニー・クラークほど自分の色を感じさせない気もする。うまく主役をひきたててバッキングをつけるという職人技的な技巧を若くして身につけている感じの、優等生的な雰囲気もあるピアノだ。

 さて、ハンコックのブルーノートへの登場はドナルド・バードのサイドマンとしての61年の録音になるが、このショーターとの初共演作はこのグループにハンコックが参加して2作めとなる。ハンコックはプロとしてのキャリアの始めからショーターに出会っていたことになる。
 しかし、翌年の初リーダー作を聴いたかぎりでは、当時のハンコックにとってショーターはそれほど大きな影響力をもつ存在だったとは思えないが。



04.11.3



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  ■Herbie Hancock『Takin' Off』       (Blue Note)

    Freddie Hubbard (tp) Dexter Gordon (ts) Herbie Hancock (p)
    Butch Warren (b) Billy Higgins (ds)     1962.5.28

 ハンコックの最初のリーダー作だ。
 後の代表作『Maiden Voyage』(65) のようなスタイルが開花していないので、まだハンコックの個性が確立していない頃の初期作品と見る批評も多いようだが、ぼくはそうは思わない。なぜなら『Maiden Voyage』はハンコックが新主流派のスタイルをテーマとした作品であり(ファンクをテーマとしたのが『The Head Hunters』(73) であるように)、その新主流派自体はハンコックの個性ではないからである。
 つまり、この頃はまだ新主流派をテーマとせず、むしろファンキー・ジャズ寄りのハード・バップをテーマとし、それをハンコック流に処理してみせたのが本作といえる。
 ちょっと知的なファンキー・ジャズといったスタイルで、これはこれで魅力的だ。

 このアルバムからは "Watermelon Man" のヒットが出た。(直訳すれば「スイカ男」だ)
 これはリズムに特徴のある曲で、当時の流行で4ビート以外のリズムでジャズをやろうという、リー・モーガンの『The Sidewinder』(63) などと同じ流れに属する曲ではないかと思う。ハンコックはつねに新しいリズムに敏感で意欲的であり、リズム感が非常に良いのが特徴だが、その要素が早くもここに出ているといっていい。
 また、フロントはデクスター・ゴードンとフレディ・ハバードの2管だが、ハバードとはこの後『Empyrean Isles』(64) や『Maiden Voyage』を経て V.S.O.P. でも共演することになり、デックスとはずっと後に映画『ラウンド・ミッドナイト』のサントラでも共演することになる。なかなか感慨深いものがある。
 このあたりのデックスの演奏は周囲の若いメンバーの影響を受けて知的な雰囲気があり、本来のスタイルからすれば必ずしもデックス的な演奏ではないのだろうが、個人的な好みでいうとこの時期のデックスがいちばん好きだ。
 そのほか、なにかと聴きどころの多い初リーダー作だと思う。ジャケ写のハンコックはどこかの学校の新入生のように初々しい。



04.11.3



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  ■Herbie Hancock『Empyrean Isles』       (Blue Note)

    Freddie Hubbard (tp) Herbie Hancock (p)
    Ron Carter (b) Tony Williams (ds)  1964.6.17

 ブルーノートからの4枚めのリーダー作であり、ハンコックが新主流派のスタイルをとった最初のリーダー作というべきだろう。
 ハンコックというと新主流派というイメージはけっこう強いのだが、実際はハンコックのリーダー作のうち新主流派と呼べるものは本作と次の『Maiden Voyage』(65) の2枚くらいしかない。それでもそんなイメージがついたのは、この2枚のアルバムがファンにそれほど鮮烈な印象を与えたということと、他の新主流派のジャズマンのアルバムでの数多くのサイドマンとしての活躍からだろう。
 けれどもハンコックはもともとサイドマンとしてならどんなスタイルにでも合わせられる器用さを持ちあわせた人だし、それほど鮮烈は与えながらもこのスタイルでは2枚しかリーダー作を作らなかったということと考え合わせれば、つまりハンコックにとって新主流派というのはさほど本質的ではなかったというべきだろう。
 けっきょく本作と『Maiden Voyage』はハンコックが新主流派をテーマとして2枚アルバムを作ってみた……という作品ではないか。
 このアルバムからは "Cantaloupe Island" がスタンダードとなるわけだが、この曲は "Watermelon Man" 以来のリズムを一工夫したジャズ……という側面も持っている。このあたりに自分のスタイルと新主流派のスタイルを融合させようとするハンコックの試みがうかがえる。



04.11.3



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  ■Herbie Hancock『Maiden Voyage(処女航海)』      (Blue Note)

    Freddie Hubbard (tp) George Coleman (ts) Herbie Hancock (p)
    Ron Carter (b) Tony Williams (ds)  1965.5.17

 言わずと知れた名盤。全曲が海を題材としたコンセプト・アルバムであり、演奏の息吹をそのまま感じさせる名ジャケットとともに、一度目にして聴いたら嫌でも印象に残るという(いい意味で)アルバムだ。
 本作でおもしろいのは、65年の作品にもかかわらずサックスにジョージ・コールマンを起用している点だろう。この時期には既にマイルス・バンドにはショーターが入っているのだが、前任者のジョージのほうをなぜ呼び戻して起用したのだろう。ハンコックはさほどジョージを気に入ってなかったという話だし(事実この後共演はない)、この内容ならどう見てもショーターのほうが似合うスタイルのはずなのに……とずっと疑問に思っていた。
 想像するに、それは当時のマイルス・バンドで演奏していた音楽、つまりショーターの音楽に対する、ハンコックなりの返答だったのではないか。ショーターの音楽の強い影響を受けつつ、自分ならこうする、とハンコックなりの音楽を示したのがこのアルバムだったのではなかろうか。
 そう考えるとハンコックがショーターを使わなかった理由もわかる。ショーターに対する返答である音楽に、ショーターを使うわけにはいかないからだ。



04.11.3



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  ■Herbie Hancock『The Prisoner』         (Blue Note)

    Johnny Coles (flh) Garnett Brown (tb) Joe Henderson (ts,fl)
    Herbie Hancock (p) Buster Williams (b) Albert "Tootie" Heath (ds) /他  1969.4.18/21/23

 68年の『キリマンジャロの娘』を最後に、ハンコックはマイルス・バンドを離れる。(もっとも、レギュラー・メンバーではなくなったものの、折りにふれて呼び出され、レコーディングには参加したりする……という状態がしばらくは続くのだが)
 さて、それを機にしてか、ハンコックの新主流派時代は終わり、今度は何を始めたかというと、どうもギル・エヴァンスの影響を受けた音楽作りを始める。
 マイルス・バンドを離れての第一作『Speak Like A Child』(68) は3管の伴奏つきのピアノ・トリオといった感じのアルバムだったが、ピアノ・トリオを引き立てる3管の柔らかなアレンジにはギルの影響が感じられたし、本作にいたっては6管の9人編成という、ちょっとしたビック・バンドといった規模のグループによる作品となる。
 これだけ規模が大きくなれば、とうぜん編曲が大きな役割を担ってくるのだが、これもギルの影響を感じさせる柔らかで優しく、美しいかんじの編曲だ。



04.11.3



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  ■Herbie Hancock『Mwandishi』         (Warner)

    Eddie Henderson (tp,flh) Julian Priester (tb) Benny Maupin (bcl,fl)
    Herbie Hancock (el-p) Buster Williams (b) Billy Hart (ds) /他   1970.12.31

 『The Prisoner』(69) の後ブルーノートを離れたハンコックは、3管6人編成のバンドを率いて活動を続ける。そして69年〜72年にかけてワーナーに3枚のアルバムを録音し、さらにコロンビアと契約して『Sextant』(73) を録音するが、一般にはこの4枚のアルバムを録音していた6人編成のバンドの頃がハンコックの低迷期と呼ばれている。
 商業的にあまり成功しなかった事と、さらにこの後『Head Hunters』(73) で一気にブレイクした事が、低迷していた印象を強めてしまったらしい。
 しかし、現在の耳で聴いてみると、ワーナー1作めの『Fat Albert Rotunda』(69) こそ8ビートのロックを意識したリズムを用いてかえって間が抜けた感じに聴こえるものの、メンバーを一新してファンクを導入したこの『Mwandishi』からの3枚は、かなりカッコいい、質の高い力作だと思う。
 これらのアルバムは『Super Nova』(69) や『Bitches Brew』(69) がシーンをリードしていた時代の産物であり、よって後の『Head Hunters』等と比べると暗い雰囲気で、過激で混沌とした時代を映している。そこで好みが分かれるところでもあるだろうが、個人的には70年代後半のやたらに明るくディスコ的になってしまった頃の作品より、この時期のアルバムのほうが緊張感があってずっと好きだ。
 サウンド的にもハンコックの編曲能力が発揮されて、複雑で混沌としたサウンドを指向しているのだが、ハンコックのリズム感が良すぎるために『Bitches Brew』のようにグジャグジャした混沌の感じはなく、いかに複雑なサウンドを作り出してもリズムだけは軽快でノリがいいのが特徴だ。ちょっと P-Funk などとも共通点を感じる人がいるかもしれない。



04.11.3



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  ■Herbie Hancock『Head Hunters』        (Columbia)  

    Benny Maupin (ss,bcl,etc) Herbie Hancock (key)
    Paul Jackson (b,marimba) Harvey Mason (ds) Bill Summers (per)   1973    

 言わずと知れた大ヒット作で、ハンコックの人気が一般の音楽ファンのあいだにも一気にブレイクした作品だ。当時のハンコックの人気たるや凄く、マイルス・バンドがハンコックの前座をつとめるほどだったとか。
 さて、このアルバムの登場・大ヒットの背景にはあきらかにチック・コリアの『Return to Forever』(72) が当時のシーンを一気に変えてしまい、前衛的・過激な表現がもてはやされていた時代から、聴いていて気持ちよくてノリのいい快楽的なものが好まれる時代に変わってきたことがあるだろう。この時代の変化にハンコックは本作で応え、ショーター、ウェザーリポートは『Native Dancer』(74)、『Tale Spinin'』(75) で応え、マイルスは対応することが出来ないまま75年に一時引退した。
 さて、ではそんな時代を背景に、ハンコックはこのアルバムで何を始めたのだろうか。大きく二つあげるとすれば、それはファンクと、最新のエレクトリック・サウンドだろう。といってもそれは言葉だけ見ると特に真新しいものではないと思える。しかし、ハンコックの場合ちょっと違う事情がある。
 まずファンクだ。だいだい『Bitches Brew』(69) から始まってフュージョン系のグループはファンクを取り入れることが多かったが、それは『Bitches Brew』の場合が特徴的なように、最新のリズムを導入して革新的なサウンドを作り出そうとする意志(頭)から入ったものだ。そのため、だいたいフュージョン系のグループのファンクのリズムは、そのリズムのノリだけとっていえば、ジェイムズ・ブラウンやスライ&ファミリー・ストーンなど当時のいわば本職のファンクのミュージシャンと比べると劣ることが多い。しかしハンコックだけは別で、本職と比べても勝るとも劣らないノリのいいファンクになっている。もともとハンコックはピカ一の黒っぽいリズム感を持ったミュージシャンなのだ。そのため、意志によってファンクを導入したグループと違ってハンコックはここでファンクのリズムを身体で楽しんでいる。
 また、マイルスの自伝を読むとハンコックが電化製品が大好きで、新製品には目がないというエピソードが出てくる。ハンコックは電気的な新しいもの、新奇なものが大好きなのだ。
 つまり本作で聴ける最新のエレクトリック楽器を駆使したファンクは、ハンコックが自分が大好きなもの、気持ちいいもの、楽しいことを自然体で追求していった結果である。つまり本作はマイルスでいえば表面的にはまったく違うが『Someday My Prince Will Come』(61) のようなアルバムだといえる。
 そのような自分にとって楽しいこと、気持ちいいことを追求した結果が最新のエレクトリック・ファンクとして結実したことが、当時の新しい時代のファンに受けたのではないだろうか。

 また、このアルバムの大ヒットを受けて、本作のメンバーはこの後ヘッドハンターズというバンド名で活動するようになる。そして、やがてはハンコックを除くメンバーでヘッドハンターズを名乗って活動を始め、2000年代に入っても復活アルバムをリリースするなど、活動を続けている。



04.11.3



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  ■Herbie Hancock『Flood(洪水)』        (Columbia)

    Benny Maupin (ss,ts,bcl,fl) Herbie Hancock (key) Paul Jackson (b)
    Mike Clark (ds) Bill Summers (per) Blackbird McKnight (g)  1975.6.28/ 7.1

 『Head Hunters』(73) の大ヒット後もハンコックの快進撃は続く。そんなハンコック流エレクトリック・ファンクの一連のアルバムのなかでまず聴くべきものは、『Head Hunters』の後『Thrust』(74) に続いてリリースされたライヴ盤の本作だろう。
 というか、もし70年代のエレクトリック・ハンコックのアルバムを1枚だけ選ぶとすれば、このアルバムではないか。ウェザーリポートの場合もそうだが、この時期のハンコックのグループもスタジオ盤よりライヴでの演奏のほうがインプロヴィゼーション性が高く、ジャズ的な魅力に溢れているのだ。加えてこのアルバムは選曲も良く、この時代のハンコックの代表曲をほぼカヴァーしている。

 アルバムはアコースティック楽器を使ったセットから始まるが、特に2曲めの "Actual Proof" でのソロはハンコックの代表的名演として名高いものである。ここまではハンコックの個人技の聴かせどころで、グループ全体の聴かせどころはエレクトリック・セットに入った3曲めからだ。
 とにかく各メンバーのリズムに対する俊敏性・瞬発力が驚異的で、スリリングこの上ない。まるでリズムを食べて生きている野性動物のようだ。
 ファンク・グループの名ライヴ・アルバムといえば、ジェイムズ・ブラウンの3度にわたるアポロ・シアターでのライヴや、P-Funk のアースツアーのライヴなど数多いが、これほど各メンバーが高い技巧と驚異的なリズム感をもって俊敏に走りまわるライヴ盤というのは、ほとんど空前絶後ではないだろうか。

 なお本作はオリジナルはLP2枚組で、最初は来日記念盤として日本でだけリリースされたもの。CDでは1枚に収められているものと2枚組で出ているものがある。1枚のものしか持ってないので、どこが違うのかはわからない。(曲目は同じなのだが)



04.11.3



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  ■Herbie Hancock『Future Shock』       (Columbia)

    Herbie Hancock (key) Bill Laswell (b) .D.S.T (turntables)
    Michael Beinhorn (syn) Pete Cosey (g)
    Sly Dunbar (ds, per) Danniel Ponce (bata)/etc.   1983

 ヒップホップというジャンルで最初のヒット曲をだしたのはハンコックである。本作に入っている "Rock It" だ。当時を知らない人には奇妙に聴こえるだろうし、確かにちょっとヘンな話ではあるのだが、これはれっきとした事実だ。
 つまり、ヒップホップという音楽が出てきはじめた、しかし世にはまだ広まっていない時、ハンコックが真っ先にこれに興味を持ち、自分の音楽に取り入れて曲を作り、この曲のヒットによってヒップホップが一気に広まったわけだ。
 その仕掛人となったのは本作を手始めに『Sound-System』(84) 『Perfect Machine』(88) という3部作でハンコックと組むビル・ラズウェルだ。じっさいのところこの3作でラズウェルがどんな役割をしたのかはよくわからないのだが、自己のグループ、マテリアルを率いてさまざまな実験をおこなっていたビル・ラズウェルと、当時、楽器よりコンピュータのキーボードを叩くことに熱中していたらしいハンコックという、2人の新しモノ好きで実験大好きのミュージシャンが組んで、遊びまくり、実験しまくったのがこの3部作ということになるのだろう。
 というわけで実験的なサウンドを前面に出したアルバムなのだが、こういった作品を聴かされると、もっとキーボードを弾いてほしい……と思ってしまうのは、ないものねだりなんだろうか。



04.11.4



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  ■Herbie .Hancock Trio『Live in New York』     (Jazz Door)

     Herbie Hancock (p)
     Jeff Littleton (b) Gene Jackson (ds)  1993

 ハンコックのリーダー作を聴いていて、だいたい同世代の実力あるピアノ/キーボード奏者のチック・コリアやキース・ジャレットと比べた時にかんじる特徴は、ピアノ演奏そのものにスポットをあてたアルバムが極端に少ないことだ。
 ピアノ・トリオによるアルバムというのも、折りにふれて作るチックや、80年代以後はこれでもかとばかりに作っているキースに対し、ハンコックの場合実に数が少なく、それでも出ているオフィシャル盤はたいてい日本側の要請に応えた録音されたものなどで、自分からの意志で作っている感じがしない。
 では不得手なのかというと、そうではなく、演奏を聴けば実に立派なものだ。では、嫌っているのかというと、そうではなく、ライヴにおいてはけっこうよくピアノ・トリオで演奏活動を行っているようだ。どうも、ハンコックにとってピアノ・トリオは、アルバムとしてリリースするほどのものではない……という意識があるようだ。
 このへんのミュージシャンの感覚というのはぼくには理解できないところがある。ぼくのような人間にしてみれば、ハンコックのようにピアノが弾けるということは、それだけで凄いことなのだが、ハンコックにしてみれば、リズム・セクションをバックに自分のピアノだけで演奏しただけの音楽なんていうのは、いつでも好きなときに弾ける程度のものだから、わざわざ録音して記録し、アルバムとしてリリースするほどのものではない……という意識なんだろうか?
 このアルバムはそんなハンコックのワーキング・バンドであるアコースティック・ピアノ・トリオによるライヴを録音したブートレグ。全体で64分、音質はオフィシャル並みの高音質だ。ライヴという環境のため、演奏は各曲とも9〜16分台の長尺で、いわば何物にも縛られずに自由に羽を伸ばして好きなように飛翔するハンコックのピアノ演奏が充分に聴くことができる好盤だ。
 それと、個人的に興味深いのはドラムスがショーター入りのカルテットによる『Masqualero』(91) とダブる点で、つまり、このようなハンコックのワーキング・バンドのピアノ・トリオにショーターが加わったかたちが『Masqualero』のメンバーなんだろう。というと、『Masqualero』とこのアルバムを聴き比べれば、ショーターが加わった時と加わらない時とでは、他の3人の演奏がどう変わるのかというところを聴くことができる。
 個人的な感想で言わせてもらえば、『Masqualero』は対話型の演奏で、本作はモノローグ型の演奏だと思う。つまり『Masqualero』の対話性はショーターが加わることでもたらされたのだと思う。
 しかし、それにしても、普段着の気楽さで自由に飛翔するハンコックの演奏はまさに音楽が身体に乗り移っているかのような素晴らしさだ。ほんとうに実力のあるミュージシャンというのは、ライヴで本来の力を発揮するのだと本当に思う。


04.12.14




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  ■Herbie Hancock『The New Standard』        (Verve)

    Michael Brecker (ts, ss) John Scofield (g) Herbie Hancock (key)
    Dave Holland (b) Jack DeJohnette (ds) Don Alias (per)  1995.6.14-15

 ぼくはある時期以後のハンコックのアコースティック・ジャズについては否定的である。とくにマイケル・ブレッカーと組んだ一連の作品が良くない。
 一言でいえば音楽的野心がまったく感じられない。昔ながらのスタイルでただ演奏しているだけである。もちろんそれはそれで立派な演奏ではある。しかし、答えの出てしまった問題をもう一度解いて見せているようなもので、ちっともスリリングではない。おもしろくない。
 しかし、このアルバムを聴き返して、やっぱり否定もできないような気もしてきた。
 このアルバムはタイトル通り、ニュー・スタンダードである。つまり曲が主役、それも、最近のポップ・ソングが主役である。企画モノだと否定するのはたやすい。しかし、ジャズなんて聴かない、しかしポップ・ソングなら聴いている音楽ファンに、ポップ・ソングをジャズで取り上げることによって、ジャズを聴いてもらうように仕向ける、つまり新しい音楽ファンを育てようという教育的見地に立って演奏する事も、それはそれで必要な事なのかもしれない。
 もちろん、ポップ・ソングをいわゆるジャズ風アレンジで聴かせた例はめずらしくもないだろうが、これほどしっかりとしたジャズで聴かせた例は、それはそれで貴重ではあるだろう。
 それに、狭義のジャズ・ファンには、結局いつまでも昔ふうのスタイルのジャズを聴きたい人も多いのであり、そのような人へのファン・サービスにもなっている。
 しかし、本来ならこの程度の作業は、マイケル・ブレッカー程度の中堅ミュージシャンが単独でしっかりおさえておかなければならない。そしてハンコックにはもっと難しい問題を出題しなければだめだ。

 というわけで、いままでジャズを聴いたことのなかった人をメイン・ターゲットにした伝統的なスタイルのジャズである。そう思って聴きさえすれば、演奏自体はとうぜん立派なものである。



04.11.4



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  ■H.Hancock, M.Brecker, R.Hargrove『Directions In Music』      (Verve)

     Roy Hargrove (tp,flh) Michael Brecker (ts) Herbie Hancock (key)
     John Patitucci (b) Brian Blade (ds)  2001.10.25

 マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンの生誕75周年を記念したトリビュート・コンサートの実況盤。有名ミュージシャンによるアコースティック・ジャズの演奏だ。
 リーダーの名義としてはハービー・ハンコック、マイケル・ブレッカー、ロイ・ハーグローヴの三人の名が並んで書かれ、ジャケットもその三人の横顔だが、個人的に期待していたのは残りの二人、ジョン・パティトゥッチとブライアン・ブレイドだ。同時期にウェイン・ショーター・カルテットのメンバーとして活動していた二人が、ここではどういう演奏をし、それにハンコックがどう応えてているのか聴きたかったのだ。
 結果からいうと、残念! 確かに見事な演奏ではあり、この二人が現在のジャズ・シーンで最高のリズム・セクションであることを認識させてはくれるが、スタイル的に伝統的なジャズの枠にはまったもので、ショーター・カルテットの時のような大胆さ・自由さは望むべくもなかった。おそらくこのようなスタイルの演奏を要求され、その仕事をきちんとこなした……ということなんだろう。2004年の東京JAZZでのショーター、デイヴ・ホランドを加えたアコースティック・カルテットで、ショーター・バンドの時のように大胆に叩くブレイドに煽られたハンコックがどんなに燃えたかを聴いてしまった後では、さらに残念さが増す。素材を殺してしまった料理法とはこういうものか。
 まあ、ハンコックがマイケル・ブレッカーと一緒にやると、いつもこんなふうにしかならないんだけどね。
 というわけで、ハンコックがよくファン・サービス的におこなう伝統的なジャズ演奏、有名ミュージシャンの演奏を気軽に楽しむためのものであり、それ以上のものではない。同時期にはショーターが『Footprints Live!』(01) で集団即興によって伝統的ジャズの枠組みを崩したすばらしい演奏を繰り広げていたのを思うと、比べるのが可哀想なくらいの内容だ。
 それでも、ハンコックのソロのパートにくると、リズム・セクション+ソロの安定した関係が崩れ、何やらドラム、ベース、ピアノが自由に動きまわり濃密な対話を見せていくような部分も少しはある。さすがハンコックというべきか。
 個人的にはトリオのみで演奏したほうがずっと興味深いものになったような気がしてならない。きちんとファン・サービスするハンコックのプロ根性には敬服するが、やっぱりハンコックはこの程度の演奏に満足していてはいけないんじゃないだろうか。


04.11.4



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『ウェイン・ショーターの部屋』


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