ウェイン・ショーター、アルバム紹介 1966年





   Bobby Timmons "The Soul Man!"    (Prestige)
   ボビー・ティモンズ『ソウル・マン』


01、Cut Me Loose Charlie
02、Tom Thumb
03、Ein Bahm Strasse (One Way Street)
04、Damned If I Know
05、Tenaj
06、Little Waltz

    Wayne Shorter (ts) Bobby Timmons (p)
    Ron Carter (b) Jimmy Cobb (ds)  1966.1.20


 大好きなアルバムだ。
 本作のわずか十日ちょっと後に録音される『Adam's Apple』と並ぶ、ショーターの66年のもう一つのワンホーン作である。
 リーダーのボビー・ティモンズとはご存知の通り、60〜61年にメッセンジャーズで共演した仲。ティモンズは独特の黒い感性を持つ人で、好きなミュージシャンだが、ショーターとの音楽的相性はさほど良くなかった。そんなティモンズが、メッセンジャーズ脱退から5年も経ったこの時期になんでショーターと共演しようと考えたのかというと、おそらく、これまでとは違ったスタイルの演奏を追求したかったのではないかと思う。
 その意味でいえば、本作は失敗だった。たしかにこれまでのティモンズらしさは出ていないが、かといって新しいティモンズの魅力も感じられず、つまりはティモンズの影が薄いという結果になってしまっている。
 と、こういう見方をすると本作への否定的評価へとつながるのだが、むしろ本作はショーターを聴くアルバムだと割り切ってしまったほうがいい。ショーターの作品として聴いた時に本作は傑作になる。

 本作は何よりラストの"Little Waltz"だ。退廃美の極みというか、典雅な空虚さがただよう、腐敗する一歩手前みたいなバラード。ショーターのサックスが胸に迫ってきて、いつ聴いても身ぶるいするほど。どうしてこんな空気が出せるのかわからない。優れた映画の1シーンのようだ。
 後にV.S.O.P.でも再演されるが、本作の演奏に及ぶものではなかった。作曲者はロン・カーターで、ロンはこのほか計3曲を提供、彼も本作の影の主役だ。
 その"Little Waltz"の一曲前の、やはりロン作のバラード、"Tenaj"(ジャネットを逆から綴った題名か?)も聴きもの。ショーターのサックスが切なく切なく響く。個人的には"Little Waltz"とともに、ラスト2曲のバラードだけを続けて聴くことも多い。
 ティモンズ作の曲はアナログ盤ではA、B面のそれぞれトップにあたる"Cut Me Loose Charlie"と"Damned If I Know"。本作の中でティモンズらしさを探すならやはりこの2曲だろう。リズムにアーシーな黒さが感じられる。これでキャノンボールが吹いたらソウルフルな曲になったのかも知れないが、ショーターが吹くことによって別の味になっている。これはこれで魅力的だが、タイトルの『The Soul Man』という感じではない。
 ショーターのオリジナル"Tom Thumb"は、完成された形は『Schizophrenia』(67)で聴ける。テーマ部はワンホーンだと不十分だ。ここは『Schizophrenia』版よりスピーディーなアドリブを聴こう。
 残る"Ein Bahm Strasse"はオールディーズ風というのか、楽しげな雰囲気。


03.3.3


『ウェイン・ショーターの部屋』

リストに戻る。



 

   Wayne Shorter "Adam's Apple"     (Blue Note)
   ウェイン・ショーター『アダムズ・アップル』


01、Adam's Apple
02、502 Blues
03、El Gaucho
04、Footprints
05、Teru
06、Chief Crazy Horse
07、The Collector      (bonus track)

    Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (p)
    Reggie Workman (b) Joe Chambers (ds)  1966,2,3


 このアルバムは夕暮れの世界をイメージさせる。黄昏の不思議な光に満ちた、音のない世界を想わせる。

 66年と67年にはショーターはマイルス・バンドの活動と並行して1作づつのソロ作を作り、どちらもリアルタイムでリリースされた。本作は66年録音、"Footprints"が収録されていることでも名高いショーターの代表作の一つだ。
 ところでショーターが初めて自己の世界を全面展開させることを成功させてから、新しいものを創造する時のドキドキする気持ちを感じてアコースティック・ジャズに夢中になっていたのは、64年と65年の2年ぐらいだったような気がする。本作は『Night Dreamer』からわずか2年後のアルバムだが、なんだかもう既にやりたいことは全てやりつくしたような、老境というべき雰囲気があるように思うのだ。
 実際にはこの後にマイルス・バンドでの『Sorcerer』『Nefertiti』や、自己名義でも『Schizophrenia』等があるが、その『Schizophrenia』はやり残したことの集大成的な意味もあるアルバムだ。
 本作にあるのはポジティヴに何かを創り出そうとするのではなく、なんとなく余裕と遊び心で漂っているような感じ。例えばミルト・ジャクソンやズート・シムズが70年代に Pablo で作っていたアルバムのような、もう何もカッコつけずに好きなことをやっているだけ……みたいな、中年を過ぎた男のカッコ良さみたいなものを感じる。
 ジャズマンはつねに熱気をもって突っ走っていなければいけないとは思わない。こういった余裕の演奏も、これはこれで最高だと思う。余裕をもって自由自在に演奏を楽しみ、遊んでいる様子がいい。

 まずは冒頭、"Adam's Apple"(アダムの林檎)、8ビートの曲だ。モーガンの『The Sidewinder』(64) のヒットに象徴されるように、この頃になるとロックの大躍進に影響されて8ビートを用いたジャズもちらほら登場してくるわけだが、どうもジャズドラマーの叩く8ビートはどこか変で、ロックっぽくはない。それがわるいというわけでもないのだが。たぶん4ビートを叩くときに、もっとビートを細分化しつつ叩いているんで、8ビートの場合でももっと細分化したビートで叩いているのではないだろうか。ロックのストレートな8ビートのノリと違う気がする。この曲も全然ロック的でない8ビートで、おだやかでかろやかな独特のノリをだしている。
 "502 Blues"はジミー・ロウルズ作の曲。ロウルズはショーターより15歳年上の白人ジャズ・ピアニストで、ミュージシャンの間では評価が高く、西海岸のジャズ・レーベル「Pacific Jazz」の社長は、ロウルズのアルバムが作りたくてレーベルを立ち上げたと語っているほど。しかし、与えられるチャンスを次々と自分で潰していくという、かわった人でもある。そのロウルズ、ショーターの作曲力を真っ先に評価し、好んで取り上げたことでも有名で、この曲はショーターがそのお返しとばかりにロウルズの曲を取り上げたものだろう(くわしくは別項参照)。なかなかシブいブルース・ナンバーだが、ショーターの演奏はほのかに黒いという程度で自分の演奏になっている。
 つづく"El Gaucho"はボサノヴァを取り入れた曲。8ビートにボサノヴァと、本作のテーマの一つは様々なリズムを試してみることだったのかも知れない。しかしこの場合もボサノヴァっぽさはむしろなく、あくまでショーター的な曲となっている。余談だがショーターがゲスト参加した『Aja』(77) の次のスティーリー・ダンのアルバム・タイトルは『Gaucho』である。
 さて、"Footprints"(足跡)だ。いわずと知れた有名曲。おそらくショーターの曲のなかで最も多くのミュージシャンによって演奏された曲だろう。
 この曲は本作が初出で、すぐ後にマイルス・バンドでの『Miles Smiles』でも演奏している。が、この曲の本来の魅力を味わえる決定版はこちらの演奏だ。『Miles Smiles』での演奏は、マイルスがこの曲の優雅で知的な雰囲気をぶち壊しにしている。まあ、狙ってそうしているのだし、それはそれで別バージョンとしてのおもしろさはあるが。本作での演奏は絶妙のテンポのゆるやかなリズムにのって神秘的で、黄昏の湖の上を泳ぐ白鳥のように優雅だ。
 ところでこの「足跡」というタイトルはどういうイメージなんだろう。舗道にポツン、ポツンと続く誰かの足跡を見つけた……といったイメージなんだろうか。
 続く "Teru" はバラード・ナンバーで、煙のように漂っては散っていくようなメロディ。半分力を抜いたようなサックスの音とともに、見知らぬ世界へとどんどん連れていかれていってしまいそうだ。
 "Chief Crazy Horse" はアルバム・トップにしてもいいようなポピュラー性のあるアップテンポのナンバー。ここも本作の聴きどころだろう。このリズムならエルヴィン・ジョーンズが叩いたほう似合いそうだ……と思うのは、コルトレーンの影響がうかがえるからなのか。
 CD版にボーナス・トラックとして収録された "The Collector" はハンコック作とのことだが、一聴するとトニー・ウィリアムスに似た感じのドラムに乗ってショーターとハンコックが自由に対話的インプロヴィゼイションを繰り広げているというかんじで、どこからどこまでが「作曲」なのかわからない。
 先述した通り、全体的に落ち着いた雰囲気のアルバムだ。


03.12.17


『ウェイン・ショーターの部屋』

リストに戻る。



 

   Miles Davis "Miles Smiles"        (Columbia)
   マイルス・デイヴィス『マイルス・スマイルズ』


01、Orbits
02、Circle
03、Footprints
04、Dolores
05、Freedom Jazz Dance
06、Ginger Bead Boy

    Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Tony Williams (ds)       1966,10,24/25


 マイルスの体調不良のため、黄金クインテットとしては20ヶ月ぶりになったスタジオ録音である。

 プラグド・ニッケルや本作あたりになると、クインテットのマイルスを除いたメンバーの息はピッタリと合ってくる。しかしマイルスひとりが足を引っ張ってクインテットの完成度は『Sorcerer』『Nefertiti』(67) の時代に劣っている。マイルスはなぜ足を引っ張っていたのか。それはマイルスはバンドを『Sorcerer』『Nefertiti』とは違った方向に引っ張っていこうとしていたことが、本作あたりでは明確に見えてくる。それは一言でいうとソウル・ジャズのテイストをとりいれた熱いジャズである。
 本作でのマイルスはソウル・ジャズ系のサックス奏者、エディ・ハリス作の曲、"Freedom Jazz Dance"をとりあげ、全編にわたって熱くブローイングしている。名曲"Footprints"も熱すぎて曲の知的雰囲気を壊すような演奏だ。そして『Sorcerer』『Nefertiti』以後は『Miles in the Sky』(68) では当時ソウル・ジャズでよく使用されていた楽器、ギターやエレクトリック・ピアノを導入し、に『キリマンジャロの娘』(68) 以後はより熱く混沌とした音楽を目指していく。
 これはショーターら新主流派の知的でクールなジャズとは正反対のタイプのジャズである。
 つまり、本作から『Miles in the Sky』、『キリマンジャロの娘』は一続きの流れ、マイルスが当時追求していた音楽が見てとれ、『Sorcerer』と『Nefertiti』はこの流れから外れている。この点から『Sorcerer』と『Nefertiti』はマイルスがサイドマンの立場まで引くことによって、ショーター中心にバンドがまとまりを見せたアルバムということができるのである。

 さて本作だが、そのような理由で、66年といえばブルーノートの他の新主流派のジャズが高度の完成度を見せ始める時期の録音であるにかかわらず、本作の音楽はみょうに中途半端で、どこか遅れた、古めかしい演奏のようにも聴こえる。これは中途半端なのではなく、ショーターらのクール路線とマイルスのホット路線がぶつかった結果だろう。つまり本作はショーターらが突っ走ろうとする氷のようなクールな音楽に対して、マイルスがブレーキをかけ、ホット路線を導入しようとするので、結果ぬるま湯的な演奏になっているのだ。
 とすると、つまらないアルバムなのかというと、一般的な人気でいうと本作あたり、この頃のマイルスのアルバムの中ではけっこう人気が高いようだ。
 その理由を考えると、第一に63年の『Miles in Europe』から64年の『Miles in Berlin』までのマイルスの一連のライヴ・アルバムのうちで、評論家筋で人気が高いのは『Miles in Berlin』や『Four & More』であるのに対し、一般人気はけっこう評論家は誰も褒めない『My Funny Valentine』に集まる事実に似ている。
 つまり『Miles in Berlin』や『Four & More』は演奏のレベルが高いために、聴き手のほうもテンションを上げなければついていけないが、『My Funny Valentine』は音楽自体のテンションが低いので、気軽にBGMとして聴けるからだ。
 つまり本作はあまりにもクールに完成された『Sorcerer』や『Nefertiti』の先鋭的な世界にはついていけない人でも、ついていきやすい。ようするに質的にはともかく、わかりやすいアルバムだということだ。
 そして第二に、本作の後半には、ショーター色の強い黄金クインテット時代のアルバムでは最もマイルス的方向性が強く出ていることだと思う。

 ということで、本作をショーター路線、マイルス路線の綱引きとして見ていくと、とくに前半(アナログ盤A面)は『Sorcerer』や『Nefertiti』へつづくショーター的方向性が見え、後半(アナログ盤B面)には『Miles in the Sky』や『キリマンジャロの娘』へつづくマイルス的方向性がうかがえるのがわかる。
 まず前半、ここではプラグド・ニッケルでのライヴにつづいて、マイルスが完全にブレーキとなっている。
 ここでのマイルスはまるで浦島太郎のようである。つまり、他の4人はずっと先へ進んでいるのに、それを理解しようとしない。場ちがいなスタイルのまま元気に吹いている。その元気さが、知的な曲想のナンバーを次々にブチ壊しにしてしていく。しかし、先述した通り『Sorcerer』や『Nefertiti』にはついていけない人には、このへんぐらいが聴きやすいのかもしれない。
 冒頭"Orbits"は疾走するトニーのドラムをフューチャーした曲。この曲に関しては、マイルスのトランペットに知性が感じられたら、もっといい演奏になっていたかもしれないという以上のことはいえない。
 つづくマイルス作の"Circle"、これはいい曲だ。マイルスも自作曲のせいか、見事なソロをとる。後発のショーターも神秘的な雰囲気。完成度という点では本作で一番かもしれない。
 そして、いわずと知れた名曲、"Footprints"。この曲の決定的な名演は『Adam's Apple』のヴァージョン。本作のヴァージョンがそれより遥かに劣るのは、マイルスがこの曲の知性を理解できず、元気なブローでぶち壊しにしているせい。
 それにしても、「軌道」「円」「足跡」と続く前半の曲のタイトルは、どう考えたってねらいがある。もし、マイルスに知性があって、このねらい通りに表現できていたら、と想像するしかないが。
 続いて後半。"Dolores"はメロディが前半しかなく、後半はリズムセクションにあずけてるような、ちょっと風変わりな曲。演奏はフリー・ブローイングの雰囲気。
 つづく2曲にマイルス的方向性が強く出ているように思う。黄金クインテット時代にはめずらしい、メンバーのオリジナルではない、他人の作で、ロック的リズムへのアプローチの試みのように聴こえる。おそらくこの2曲をピックアップしてきたのはマイルスだろう。
 両曲とも本作での元気なマイルスにはむしろ合っているし、このへんが本作の人気につながっているのかもしれない。
 "Freedom Jazz Dance"はソウル・ジャズ系のサックス奏者、エディ・ハリス作の曲だが、この後マイルスは『Miles in the Sky』はソウル・ジャズを見習い、ギターやエレクトリック・ピアノを入れることになる。
 つまり、この路線は『Miles in the Sky』や『キリマンジャロの娘』以後にマイルスが追求していく路線だ。この時点から既にマイルスの方向性は『Sorcerer』や『Nefertiti』ではなく、こちらの路線にあった事がうかがえる。『Sorcerer』『Nefertiti』はマイルスとしてはショーターへの妥協の産物だったのだろう。


03.3.20


『ウェイン・ショーターの部屋』

リストに戻る。




このホームページに記載されている内容の無断引用・無断転載等を禁じます。
(c) 2004 Y.Yamada