ウェイン・ショーター、アルバム紹介 1997-99年



   『』この色で表記されたタイトルは、ショーター不参加の曲です。





   Wayne Shorter, Herbie Hancock "1+1"       (Verve)
   ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック『1+1』


01、Meridianne -- A Wood Sylph
02、Aung San Suu Kyi
03、Sonrisa
04、Memory of Enchantment
05、Visitor from Nowhere
06、Joanna's Theme
07、Diana
08、Visitor from Somewhere
09、Manhattan Lorelei
10、Hale-Bopp,Hip-Hop

    Wayne Shorter (ts,ss) Herbie Hancock (p)    1997


 伝説になった『Live Under the Sky』(79)の豪雨の中でのデュオ演奏から実に20年近くが経過し、ようやく成ったショーターとハンコックのディオのみのアルバムである。
 個人的には、とりあえずベースとドラムが鳴ってればそれで安心、というタイプの音楽ファンなんで、アルバムの中に一、二曲デュオがあるならまだしも、一枚まるごとというのはどうかな……と思ってたのだが、これを聴いてそんな気持ちは吹っ飛んだ。いやあ、デュオでもここまで出来るんだと思った。

 伝説の『Live Under the Sky』以後、よくハンコックはジャズ・フェスティバル等にショーターと同時に出演した時には、またあんなふうなデュオをやらないかと声をかけていたという。このアルバム制作の直接の契機となったのも、96年に行われたセロニアス・モンク・ジャズ協会創立10周年を記念したコンサートでのデュオ演奏だったという。
 しかし本作の魅力は『Live Under the Sky』等でのデュオ演奏とは少し違ったところにある。
 本作は卓越したインプロヴァイザーである2人が、スタンダードや過去の有名曲を素材に、デュオでの即興演奏をしてみました……というノリのものではなく(それでも充分傑作が出来ると思うが)、演奏者は2人だけであっても、コンセプトをもとに緻密に創りあげられた総合的な作品なのだ。
 収録10曲のうち、9曲まではショーターかハンコックのオリジナルであり、内訳はショーター3曲、ハンコック3曲、2人の共作が3曲だ。うちショーターとハンコックの1曲づつは過去の作品の再演だが、"Footprints"とか"Maiden Voyage"のようないわゆる受けそうな曲は選ばず、この機会にこの編成で作り直してみたかったという意図が感じられる選曲だ。
 そう考えると『1+1』というタイトルは、わかりやすくはあっても、あまり適当とはいえないのかもしれない。本作は2人による「演奏」のみを前面に出したものではなく、曲からきちんと創り上げられた作品なのだから。

 さて、本作はディオといっても、ショーターとハンコックの関係は対等ではなく、意識的にショーターのほうが前に出ている気がする。それはアルバムの冒頭2曲がショーターのオリジナルであるし、アルバム・コンセプト自体もショーター色が強く支配している。ライナーノーツに載っているハンコックの言葉も、ショーターを立てようとしているのが感じられる。
 内容を見ていってみよう。

 まず、冒頭が"Meridianne -- A Wood Sylph"「森の風の精 メリディアンヌ」だ。ぼくも最初は本作を即興演奏中心のアルバムだと思っていたが、このタイトルを見て、おやっと思った。これは即興演奏のための素材といった曲のタイトルではない。曲に込めたイメージが想像される。それもショーターの趣味だ。
 曲は静かに、しかしゆるやかな波のようなリズムを刻むハンコックのピアノではじまり、ショーターが物語性のある幻想的なメロディを語っていく。この編成のデュオだとピアノがリズム・セクションの役割を一人でこなさなければならないわけだが、さすがというかハンコックは実に優雅に、的確にこなしている。
 この1曲めが曲の物語性を押し出したものだとすれば、2曲めの"Aung San Suu Kyi"では、より演奏を押し出している。これも美しい、幻想的なメロディだが、とくに後半にはかなり盛り上がりを見せる。グラミー賞を受賞した曲だ。 
 3曲めの"Sonrisa"で初めてハンコックのオリジナルが登場する。これもいい曲だ。ピアノからはじまり、ショーターは途中から登場するが後半にむけてどんどん盛り上がっていく。ショーターはウェザーリポート時代にもよくザヴィヌルとデュオ演奏をしたりしていたが、それとの違いの一つは、ハンコックとのデュオでは静かな部分と熱くなる部分との強弱の差が激しいことではないかと思う。一人がエモーショナルなフレーズを演奏すると、もう一人がそれに応え、相乗効果で一気に盛り上がっていくような場面が、ハンコックとのデュオでは多い。
 つづく"Memory of Enchantment"は本作中唯一のスタンダード・ナンバー。本作を作るきっかけとなった、セロニアス・モンク・ジャズ協会創立10周年記念のコンサートで演奏された曲だ。演奏は当然すばらしいが、創造性ということではひと休みといったところか。
 続く"Visitor from Nowhere"と、8曲めの"Visitor from Somewhere"がショーターとハンコックの共作曲となる。題名を見ればわかるとおり、同じテーマの二種類の演奏というかんじ。これはショーターの作ったアイデアをもとに、2人で「カット&ペースト」の要領で解体・再構築を繰り返して作った曲だという。一筋縄ではいかない複雑な構成は容易にかんじとれ、ちょっとクラシックにも似たテイストだろうか。タイトルはショーターのセンスのような気がするが、どうか。
 つづくハンコックの"Joanna's Theme"、ショーターの"Diana"の2曲が旧曲の再演となる。どちらも『Native Dancer』(74)に収録されていた曲で、聴き比べに便利だ。曲を変化しながら成長するものと見るショーターのこと、ここでの再演は昔の曲を演ってみた、というのではなく、曲がどのように成長したかを見せたものだろう。"Joanna's Theme"の美しさ、"Diana"の繊細で異質の感覚を再認識する。
 "Manhattan Lorelei"は3曲めの共作曲。アルバム冒頭がウッド・シルフ(森の精)なら、しめくくりはローレライ(海の魔女)といったところか。海に浮かんだマンハッタン島を海底に沈める魔女のイメージなんだろうか。これも美しい曲。
 ラストはハンコック作の"Hale-Bopp,Hip-Hop"。ごく短いリズミカルなナンバー。気楽なジャム・セッションというかんじ。

 サックスとピアノというたった二つの楽器でこれだけ広がりのある世界が描けるというのは驚くばかりだ。本作を聴くまではベースやドラムが入ってない編成のアルバムは聴かず嫌いしていたのだが、本作ですっかり考えが変わってしまった。


03.7.17


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   The Rolling Stones  "Bridges to Babylon"     (Rolling Stones/Virgin)
   ザ・ローリング・ストーンズ『ブリッジズ・トゥ・バビロン』


13、How Can I Stop

   Keith Richards (vo.g) Wayne Shorter (ss)
   Don Was (p) Ronnie Wood, Waddy Wachtel (g) 
   Jeff Sarli (b) Charlie Watts (ds) 他   1997


 ついにストーンズとショーターの共演が成った。しかしストーンズのアルバムには以前ソニー・ロリンズもゲスト参加しており、さほど驚くこともないのかもしれない。
 さて、ローリング・ストーンズというと世代を超えてこだわりがある人も多いわけだが、実はぼくもそういう所がある。しかしぼくがストーンズのベスト時期だと思うのはミック・テイラー在籍時代(60年代末から70年代前半)だ。といっても別にミック・テイラーが特に好きというのではなく、キースとミック・テイラーの2人が揃った時のからみつくようなギター・ワークが最高に好きなわけ。
 ミック・テイラーからロン・ウッドに変わってからも、80年代前半ぐらいまではきちんと追っていたが、正直いってそれ以後の作品はあまり追っていなかった。ということでショーター参加と聞いて手にとった本作は久々のストーンズの新作となり、あまり力が落ちてなければいいな……と思いながら聴いたのだが、1曲めから聴いてみると、意外なほど良かった。一時期よりリズム&ブルースの力強さが戻ってきている気がする。

 さて、ショーターが参加したのは "How Can I Stop" の一曲だけ。これはキースがボーカルをとるバラード・ナンバーで、したがってミックとショーターの共演は実現しなかった。
 で、演奏はというと、キースはバラード歌唱は不得手だなと感じてしまった。なんかたるい曲だ。ショーターの演奏も特筆するほどではなく、この曲をめあてで聴くのはツラいか。


04.1.10


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   T.S.Monk "Monk on Monk"           (N2K)
   T・S・モンク『モンク・オン・モンク』


01、Little Tootie Tootie  
02、Crepuscule with Nellie
03、Boo Boo's Birthday  
04、Dear Ruby  
05、Two Timer  
06、Bright Mississippi  
07、Suddenly  
08、Ugly Beauty  
09、Jackie-ing  

   T.S.Monk (ds) Wayne Shorter (ss,ts) Ronnie Mathews (p)
   Ron Carter (b) /他   1997.2


 セロニアス・モンクの一人息子でドラマーのT・S・モンクのよる、父親セロニアス・モンクのトリビュート盤。ゲストに豪華メンバーをズラリと揃えたモンク曲集だ。
 はっきり言ってこういうアルバムは買おうか迷う。ショーターは1曲のみの参加。豪華なゲストを多数集めているのも考えもので、こういうのって有名人にちょっとづつ演奏してもらいました……というだけの場合であることもある。
 ぼくは自分では自分をコレクターではないと思っていて、コレクションのためのコレクションはしたくない。CDはあくまで聴いて楽しむために聴きたい人間だ。べつにちょっとでも演奏しているからと集めること自体を楽しむ気はない。

 で、結局買って正解だった。1曲のみの参加とはいえ、この曲ではショーターは完全に主役。水際だったソロを全編にわったて繰り広げてくれる。録音も見事で、ショーターのソプラノの音色を幻想的なまでに美しく響かせてくれる。
 この曲も他の曲も基本的に大編成バンドによる演奏だが、本作の編曲はメインのソロ奏者を立てるやり方で、バック・バンドがうるさく感じないのがいい。


03.3.10


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Herbie Hancock "Gershwin's World"     (Verve)
   ハービー・ハンコック『ガーシュウィン・ワールド』


01、Overture   
02、It Ain't Necessarily So   
03、The Man I Love
04、Here Come de Honey Man   
05、St. Louis Blues   
06、Lullaby   
07、Blueberry Rhyme   
08、It Ain't Necessarily So (Interlude) 
09、Cotton Tail
10、Summertime
11、My Man's Gone Now   
12、Prelude in C# Minor   
13、Concerto for Piano and Orchestra in G, 2nd Movement   
14、Embraceable You   
15、Someone to Watch Over Me   

   「03」「09」「10」
   Herbie Hancock (p)  Wayne Shorter (ts,ss)
   Joni Mitchell (vo-3,10)  Stevie Wonder (harmonica-10)
   Ira Coleman (b)  Terri Lyne Carrington (ds-3,9)   1998


 ポップ・ミュージック最初期の作曲家であるジョージ・ガーシュウィンの生誕100年にあたって、ガーシュウィンをトリビュートしたハンコックの大作。といっても単なるガーシュウィン曲集ではなく、生前ガーシュウィンが耳にし、影響を受けたであろう同時代の名曲も数曲含まれていて、タイトルどおり「ガーシュウィンの世界」となっている。
 演奏はストレートなジャズ・コンボによるものもあれば、チック・コリアとのピアノ・デュオあり、アフリカンリズムもファンクもあり、オルフェウス室内管弦楽団と共演したクラシック系の演奏ありと、ハンコックの多才さを示すような多彩な内容になっている。
 また、豪華ゲストもズラリと顔を揃えているが、それらゲストも顔見せ的演奏に終わらせるのではなく、適所適材で起用してそれぞれの見せ場を用意していく気くばりも見事。
 また、大作でありながらきちんとCD一枚に収まる演奏時間にして、ファンに無駄な出費をさせない気くばりもハンコックらしい。

 ショーター参加曲は上にあるように3曲で、3曲ともストレートなジャズのスタイルのよる演奏である。この部分で注目されるのはまずジョニ・ミッチェルをスタンダード歌手として起用した点だろう。正直、ジョニというとシンガー・ソングライターというイメージが強くて、ボーカリストといて卓越した人というふうには見てこなかった。しかし、本作でのジョニのボーカルを聴いて認識を改めた。これはジョニ自身もそうだったようで、この後ジョニはスタンダード曲集の『Both Sides Now』(2000)を発表するに至る。
 また、スティーヴィー・ワンダーとの共演というのも、なんとなく嬉しい。スティーヴィー・ワンダーは "St. Louis Blues" ではボーカルもとっているが、彼に古いタイプのブルースを歌わせるという試みもおもしろいと思った。
 しかし、ショーター参加部分で一番いいのは、何の新しい試みもしていない "Cotton Tail" ではないかと思う。全曲にわたりいろいろ工夫し、気を使ってきたハンコックが、ここでは何も考えずに、やり慣れたカルテット編成でショーターと一緒に勢い一発のジャズ演奏を繰り広げている。ジャズにはこのように何も考えずに演奏したのが一番いいという面がある。かといって、本当に何も考えず、何も工夫しないアルバム作りばかりしていたら、それもそれで困りものなのだが。

 全編を通してハンコックの多才さと器用さだけではなく、人間性も感じられるような力作だ。


03.12.4


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Joni Mitchell "Taming the Tiger"      (Reprise)
   ジョニ・ミッチェル『テイミング・ザ・タイガー』


01、Harlem in Havana
02、Man from Mars   
03、Love Puts on a New Face
04、Lead Balloon
05、No Apologies   
06、Taming the Tiger   
07、The Crazy Cries of Love
08、Stay in Touch
09、Face Lift
10、My Best to You   
11、Tiger Bone   

   Joni Mitchell (vo,g,key,b,per) Wayne Shorter (ss)
   Larry Klein (b) Brian Blade (ds) Greg Leisz (peddle steel)
   Michael Landau (g) Femi Jaya (barker) 他    1998


 好きなアルバムだ。ジョニが『Mingus』(78)以後で最もジャズに近づいた作品といっていいかもしれない。もっとも『Mingus』のような集団即興の緊張感はなく、居心地のいいサウンドが中心ではあるが。
 本作はジャズ畑から、後にショーターのアコースティック・バンドに参加するドラマー、ブライアン・ブレイドも参加している。(ジョニはブレイドをかなり気に入っているようで、彼のリーダー作にゲスト参加したりしている)
 一聴して前作『Turbulent Indigo』(94)から作風を変化させ、ずっと多彩なサウンドになったのがわかる。まるで薄暗い北の街から、陽光の明るい南の海岸へと引っ越してきたようだ。
 多彩に聴こえるのは、ジョニ自身のギターの音色が加工してあったり、ジョニ自身のキーボードの音を重ねたりしていることが大きいようで、各曲のメンバーを見てみるとけっこうシンプルな編成で演奏されている。
 ジョニ自身のキーボードは、ソロを弾くというよりは彩りを与えるような役割で、ペダル・スティール(スティール・ギターの一種)もシンセに似たフワフワした効果音のように使われていて、音色の加工されたジョニのギターを含めて、全体的に柔らかいソファのようなサウンドを作り出していて、不思議な世界に迷い込んだような気持ちにさせてくれる。
 その音のなかで、メロディを奏でるのは、ジョニ自身のヴォーカルとショーターのサックスにほぼ任せられているんで、本作でのショーターの役割の比重は前作にも増して大きい。参加曲数も6曲と増えているし、ショーターのサックスはかなりたっぷりと聴ける。

 "Stay in Touch"と"Face Lift"はジョニとショーターのデュオ、"Love Puts on a New Face"はそれにペダル・スティールのグレッグ・リーズを加えたトリオで演奏されていて、当然ショーターの演奏にかかる比重は大きい。(もっともデュオとはいっても、多重録音でジョニのキーボードが重ねられている)
 ちなみに、ショーター不参加曲では、"Man from Mars"がジョニとブレイドのデュオ、"No Apologies"はそれにリーズを加えたトリオ、"My Best to You"はそのリーズとのデュオ。"Taming the Tiger"と、そのカラオケ版の"Tiger Bone"はジョニのソロである。

 それらに対し、"Harlem in Havana"、"Lead Balloon"、"The Crazy Cries of Love"の3曲が5人編成のバンドによる演奏。
 中では冒頭の"Harlem in Havana"と"The Crazy Cries of Love"の2曲が、本作の中で最もジャズ的な演奏だろう。基本的には前述のふわふわしたサウンドにリズム・セクションが付くかたち。"Harlem in Havana"はエキゾチックなリズムと、物語的な歌詞の内容もあいまって、魅惑的な世界を描く。"The Crazy Cries of Love"はもっと抑えたかんじのリズム。
 両曲とも、不思議な世界にひきずり込むようなショーターのサックスは演奏の中心になっている。
 残る"Lead Balloon"は妙にロック的なビートを強調した曲で、本作の中では浮いているように感じるが、アクセントのために入れてあるんだろうか。

 あくまで歌伴の枠内ではあるが、全体的にショーターの演奏がアルバムの色調を決定するところまでいっているように思えるのは、ショーター・ファンのひいき目だろうか。


03.3.29


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   Dulce Pontes "O Primeiro Canto"        (Mercury)
   ドゥルス・ポンテス『プリメイロ・カント』


01、Alma Guerreira (Fogo)   
02、Fado-Mae   
03、Tirioni   
04、O Primeiro Canto
05、O que for,ha-de ser   
06、Mondinha das Saias   
07、Garca perdida
08、Velha Chica   
09、Ai Solidom   
10、Suite da Terra   
11、E tao grande o Alentejo   
12、Patio dos Amores   
13、Porto de magoas   
14、Ondeia   

   「04」
   Dulce Pontes (vo) Wayne Shorter (ss) Leonardo Amuedo (g,b)
   Kepa Junkera (trikitixa) Justin Vali (Valiha) Joao Ferreira (adufes/djembe solo)
   Trilok Gurtu (per,voice)

   「07」
   Dulce Pontes (vo) Wayne Shorter (ss,ts) Leonardo Amuedo (g)
   Jaques Morelenbaum (cello) Fillipe Lucas (portuguese guitar)
   Ricardo Cruz (b)
                          1999


 ドゥルス・ポンテスはポルトガルに古くから伝わる「ファド」という歌曲の流れを汲む歌手で、ポルトガルではかなりの大スターらしい。
 本作は彼女の最高傑作の評価も高い作品。アルバムのテーマは「水・大地・火・空気」という四大要素を歌うことだという。これはヨーロッパのルネサンス期あたりの科学思想で、世界=宇宙はこの四大要素によって出来ているという思想(レオナルド・ダ・ビンチあたりはそう信じていた)に由来するものだろう。
 このアルバムの制作にあたっては、彼女と彼女のチームがポルトガルの北方の地域を実際に歩いて、埋もれていたポルトガルの「音の源泉」を人類学的に調査・研究し、すでに使われなくなっていた多数の楽器を復元したり、各地に残る忘れられかけた音楽を採集することから始めたそうだ。
 そのようにして出来上がったアコースティック・サウンドは、みずみずしくてどこかせつなくなるような響きがあり、味わい深くて心地よい。個人的には、とくに弦楽器系の響きがたまらなく好きだ。個々の曲もいい曲ぞろい。

 さて、ショーターが彼女を知ったのは、奥さんのアナマリアが彼女のファンで、96年にアナマリアが飛行機事故で死去した時、葬式でかかったのを聴いてからだそうだ。
 そして彼女と連絡がとれて共演が決まったとき、しかし本作のトラックはほとんど出来上がっていて、ショーターはオーヴァーダビングのかたちで「共演」したらしい。
 しかし、それにしてはちゃんとした共演に聴こえるというのが第一印象。とくにソロ・パートが与えられているわけではないが、ボーカルのバックでアドリブして音楽空間を広げていくような歌伴の方法はショーターの得意とするところなので、このような形でもいい共演ができるようだ。とくに表題曲の"O Primeiro Canto"のほうは、かなり印象的な演奏だ。
 ショーターの場合、サックスだけ別録りして、後から別人がミキシングして音楽を作りあげるような方法よりは、むしろこんなふうな形の共演のほうがおもしろいものになるような気がする。
 ショーターの参加は2曲にすぎないがいい演奏だし、アルバムの内容自体がいいので個人的には買って特した気分。だいいち、ショーターの参加がなければ、このようなポルトガルの音楽を聴いてみる機会はまずなかったような気がするんで、ショーターのおかげで好きな音楽の世界が広がってうれしい。

 ところで、本作のことを知って、とりあえず売ってるかどうかCD屋で探してみて、見つけてこのジャケットを見たら、そのままレジに持っていかずにはいられなかった。CDのジャケットというのは美的に優れていればいいものではなく、どんな音楽なのか聴いてみたい気持ちをおこさせるものが最上と思うが、これなんかはまさしく聴いてみたくてたまらない気持ちにさせる名ジャケットだ。


03.7.6


『ウェイン・ショーターの部屋』

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