ミロスラフ・ヴィトウス
Miroslav Vitous





  目次

  ■ヴィトウスについて
  ■アルバム紹介



■ヴィトウスについて

 ヴィトウスの『Univaersal Syncopations』(03) の日本盤ライナーノーツに載っているインタヴューによると、実はウェザーリポートはもともとショーターとヴィトウスの二人が双頭グループとして立ち上げようとしていたバンドであり、それにザヴィヌルが途中から加わってきたというのが真相らしい。
 確かにそう思って聴くと、初期のウェザーリポートは三頭グループというより、グループの音楽的方向性はショーターとヴィトウスにあり、ザヴィヌルはそのサポートをしているという形に見える。ザヴィヌルの方向性が徐々にグループに影響を与え始めるのは『Sweetnighter』(73) からだろう。
 おそらくウェザーリポートの歴代ベーシストの中では、人気・知名度の点からいえばジャコ・パストリアスが若死の話題性も含めてトップだろうが、実力・才能・実績の点からいえばヴィトウスは少なくともジャコと同等に評価されるべき存在だと思う。というより、個人的には少しづつヴィトウスのアルバムを聴きすすめるうちに、ジャコより上ではないかという気も確信に変わってきた。
 ではそのミロスラフ・ヴィトウスというベーシストがどういうミュージシャンなのか見ていこう。


 ミロスラフ・ヴィトウスは1947年、チェコスロバキアに生まれている。32年生まれのザヴィヌルや、33年生まれのショーターより15才ほど年下となり、ウェザーリポートはほぼ同年輩のショーター、ザヴィヌルと、若いヴィトウスが、また、ヨーロッパ生まれの白人であるザヴィヌル、ヴィトウスと、アメリカ生まれの黒人であるショーターが組んだグループということになる。
 さて、アメリカに渡ってきたヴィトウスが一躍名を上げるのはおそらくチック・コリアの『Now He Sings,Now He Sobs』(68) での演奏だろう。これはヴィトウスが21歳のときの演奏ということになる。
 この68年から70年にかけてヴィトウスはハービー・マンのグループに加わっている。この時期のグループはハービー・マンの長い音楽生活のなかでおそらく最も有名なバンドであり、ジャズとロックの境界線を崩した最初期の試みの一つとして有名な『Memphis Underground』(69) もこの時期の録音である。
 そして69年にはヴィトウスの名を決定的なものにした1st リーダー作、『Infinite Search(限りなき探究)』を録音している。このアルバムは当時はかなり衝撃的に受け入れられ、ヴィトウスのベース・テクニックが人間技とは信じられず、多重録音ではないかと疑った人も多かったらしい。当時のヴィトウスはまさに時の人で、飛ぶ鳥をおとす勢いだったという。
 ショーターのアルバムに『Super Nova』(69) 『Moto Grosso Feio』(70) と2枚連続で参加するのもこの頃であり、おそらくこのあたりからウェザーリポートへの道が始まっていたのだろう。
 71年のウェザーリポート結成時にはヴィトウスは24歳くらいだった計算になるが、ヴィトウスはそのウェザーリポート結成前に2枚ものリーダー作をリリースしている。本来ベーシストという立場はリーダー作を作りにくいことや、15歳年長のザヴィヌルがウェザー結成前には4枚しかリーダー作を発表してないこと、ジャコならこの年でようやくデビューした頃であること考えれば、彼がいかに早熟な、期待の新人だったのかが想像できる。
 ウェザーリポートが最も充実したメンバーが揃い、完成度の高い集団即興を行った時期はジャコ在籍時だという評もあるが、『Live in Tokyo』(72) 等でのヴィトウスの演奏、グループ全体の集団即興のあり方も、ジャコ時代とは別のスタイルで完成された見事なものだったと思う。
 ヴィトウスはウェザーリポートには結局74年までいて、グループを離れることになる。
 ヴィトウスがウェザーリポートをやめた理由は、ザヴィヌルがグループにファンキーなリズムを導入しようとしたときファンキーなベースが弾けなかったからだ、と多くのジャズ評論家が書いているが、これは信用できない。ウェザーリポート脱退直後のヴィトウスのアルバムを聴くと、むしろ同時期のウェザーリポートよりファンキーなベースさえ弾いているのだ。なんとなくジャズ評論家の文章を読んで納得してしまっていたが、聴いてみなければわからないもんだと思った。
 たぶんファンキーなベースが弾けるか弾けないかではなく、ウェザーリポートの内でザヴィヌルの発言権が大きくなるにしたがってザヴィヌルとの方向性が合わなくなり、たぶん最終的にはショーターがウェザーリポートを発足直後のショーター〜ヴィトウスのバンドではなく、ショーター〜ザヴィヌルのバンドで続けることを選択してしたのだろう。
 ウェザーリポートを離れた後のヴィトウスはどうしたかというと、ウェザーリポートという当時のアメリカの最先端のジャズ/フュージョン・シーンのど真ん中にいた人だけあるんで、当然アメリカのフュージョン・シーンの中央で活躍を続けようとしたようだが、どうもいま一つうまくいってなかったような気がする。  大きな理由は74年のアメリカのシーンは『Infinite Search(限りなき探究)』(69) の頃からは様変わりをしており、チックの『Return to Forever』(72) 以後の明るく快楽的な音楽がウケる、いわゆるフュージョンの時代に入っていたからだと思う。ヴィトウスに合っていたのは、やはりそれ以前の前衛的な表現がウケていた時代の音楽なのだ。そしてショーターがウェザーリポートの最重要パートナーをヴィトウスからザヴィヌルに替えたのも、そういった時代の変化があったからだと思う。
 結局ヴィトウスは70年代末には拠点を ECM に移すが、個人的にはこれが大正解だったと思っている。ヴィトウスは ECM でミロスラフ・ヴィトウス・グループ(というのだろうか)というバンドを組み、『First Meeting』(79)、『Miroslav Vitous Group』(80)、『Journey's End』(82) とアルバムを作っていくが、ぼくはこのうち『Journey's End』しか聴けていないのだが、これは大傑作だ。ひょっとするとヴィトウスの最高傑作かもしれない。実は個人的にはヴィトウスに特に興味を持ちはじめたのは、比較的最近になってたまたま中古屋で『Journey's End』(82) を見つけて聴いてからである。
 これはジョン・サーマンをフロントに立てた、ごく平凡なアコースティック・ワンホーン・カルテットによる演奏だが、演奏の形態が伝統的なジャズとはおもしろいほど違う。各楽器の役割が固定されてなく、ベース、サックス、ドラム、ピアノがそれぞれ独立してソロ演奏したり、リズムにまわったり、楽器と楽器がさまざまな組み合わせで自由に対話を続けていく、ウェザーリポートやショーターの集団即興とも、あるいはオーネット・コールマンの集団即興とも違った対話型即興演奏を方法を示した名盤だと思う。

 その後も、かなり寡作ではあるが活動を続け、最近も『Universal Syncopations』(03) という傑作をリリースしてくれた。
 ヴィトウスのアルバムには入手困難なものも多く、ぼくはまだ全体像は掴めていない。のだが、いままで聴いたアルバムだけを見ても、もしウェザーリポートの元メンバーの、グループを離れた後のソロ活動を、ソロ・アルバムの内容で比較するならば、ザヴィヌルよりも、ジャコよりも、ぼくはヴィトウスを高く評価する。
 また、DTMのオーケストラ用サンプリングCDの世界でもヴィトウスは大有名人らしい。


04.12.15






  ■アルバム紹介 (今後とも紹介アルバムを追加していくつもりです)


                                         
Chick Corea "Now He Sings, Now He Sobs" 1968 (Solid State)モ★
Herbie Mann "Memphis Underground" 1969 
Miroslav Vitous "Infinite Search" 1969 (Embryo)
Wayne Shorter "Super Nova" 1969 (Blue Note)モ★
Miroslav Vitous "Purple" 1970 (Columbia)
Wayne Shorter "Moto Grosso Feio" 1970 (Blue Note)モ★
Joe Zawinul "Zawinul" 1971 (Atlantic)モ★
Weather Report "Weather Report" 1971 (Columbia)モ★
Weather Report "I Sing the Body Electric" 1972 (Columbia)モ★
Weather Report "Live in Tokyo" 1972 (Columbia)モ★
Weather Report "Sweetnighter" 1973 (Columbia)モ★
Weather Report "Misterious Traveller" 1974 (Columbia)モ★
Flora Purim "Stories to Tell" 1974 (Milestone)
Miroslav Vitous "Magical Shepherd" 1975 (Warner Bros.)
Miroslav Vitous "Miroslav" 1976 -7 (Freedom)
Miroslav Vitous "Majesty Music" 1977 (Arista)
"Terje Rypdal - Miroslav Vitous - Jack DeJohnette" 1977 (ECM)
Miroslav Vitous "Guardian Angels" 1978 (Evidence)
Miroslav Vitous "First Meeting" 1979 (ECM)
Miroslav Vitous "Miroslav Vitous Group" 1980 (ECM)
Trio Music "Trio Music" 1981 (ECM)
Trio Music "Live From The Country Club" 1982 (ECM)
Miroslav Vitous "Journey's End" 1982 (ECM)
Trio Music "Live in Europe" 1984 (ECM)
Miroslav Vitous "Emergence" 1985 (ECM)
Jan Garbarek / Miroslav Vitous "Star" 1991 (ECM)
Miroslav Vitous "Atmos" 1992 (ECM)
"Tom McKinley / Miroslav Vitous" 1995 (ECM)
Miroslav Vitous "Universal Syncopations" 2003 (ECM)











  ■Miroslav Vitous『Infinite Search』    (Atlantic)
 ミロスラフ・ヴィトウス『限りなき探究』

      Miroslav Vitous (b) Joe Henderson (ts)
      Herbie Hancock (p) John McLaughlin (g)
      Jack DeJohnette, Joe Chambers (ds)   1969.11

 ミロスラフ・ヴィトウスの最初のソロ作。冒頭の "Freedom Jazz Dance" 以外は全てヴィトウスのオリジナル曲である。
 当時はかなり衝撃的に受け入れられ、彼の弾くベースが人間技だと信じられず、多重録音ではないかと疑った人も多かったらしい。(後にジャコが出てきた時と似ているような)
 本作を聴くとヴィトウスがウェザーリポートに持ち込んだものが何だったのかも見えてくる。
 それにしても冒頭の "Freedom Jazz Dance" が凄い。おそらくショーター、ヴィトウス、ザヴィヌルのウェザーリポート結成前のアルバムのうち、これから目指すべき集団即興のあり方に一番近いのはこの演奏だったのではないか。ジョー・ヘンダーソン、ハンコック他の豪華メンバーだが、ヴィトウスのベースがフロントにからむように同時にソロを弾いていき、フロントがこれに応じて、集団即興のかたちになっていく……。スリリングで素晴らしい演奏だ。
 2曲目以後の彼のオリジナルでは、ベース・ソロを主役に、ヴィトウスのリード奏者としての演奏力を見せつける演奏が続く。ウッド・ベースをリード楽器として弾きこなすテクニックの冴えは、確かに当時衝撃をもたらしただけのものがあるが、リード楽器がベースだというめずらしさを除けば演奏スタイルとしては従来のジャズ演奏に近く、やはりおもしろみは減る。
 やはり各楽器がからみあい、もつれあいながら演奏する "Freedom Jazz Dance" が最高だ。


04.12.15



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  ■Flora Purim『Stories to Tell』 (1974)




 『Sweetnighter』(73) あたりからじょじょにウェザーリポート内でのヴィトウスの存在が薄くなっていき、ついにグループを離れるに至る。当時ザヴィヌルがヴィトウスをボロクソにケナしていたというから、多分ザヴィヌルとの確執が理由だったのだと思う。
 ウェザーリポートを離れた直後のヴィトウスは、まずこのフローラ・プリンのアルバムで3曲に参加する。
 フローラ・プリン(フローラ・プリム)はご存知の通りチック・コリアの『Return to Forever』(72) への参加で注目された女性ボーカリスト。ご存知の方はご存知だろうが、彼女の70年代にリリースされたソロ作のバックには超豪華なメンバーが参加していて、本作にもヴィトウスの他ジョージ・デュークやアール・クルー、カルロス・サンタナ、ロン・カーター、そしてもちろんアイアートらが参加している。
 ウェザーリポートの『Mysterious Traveller』が74年の2〜5月の録音、本作の録音が同年の5月と7月とあるので、おそらくヴィトウスの本作参加はウェザーリポートを離れた直後だと思われる。また、3曲のみの参加とはいえ、うち2曲はヴィトウスが作編曲をし、ベース以外にもシンセサイザー類を弾いていて、かなりヴィトウスの思い通りに全体を作り上げたようなので、ヴィトウスとウェザーリポートを理解する上で必聴ものだ。
 さて、ヴィトウス作の2曲のうち1曲は冒頭の表題曲 "Stories to Tell" はかなりファンキーなリズムをもったナンバーで、これだけを聴いてもザヴィヌルのファンク路線についていけなくてヴィトウスがウェザーをやめたという説は間違いだとわかる。
 もう一曲の "Silver Sword" は誰だって一聴しただけでウェザーリポートのある部分を連想するだろう。ウェザーリポートのどのような部分がヴィトウスの作風だったのかがわかる。それにしても、録音時期からして、本来はウェザーリポート用に書いた曲なんだろうか。この曲、主役のはずのフローラはバック・コーラスしてるだけで、中心となっているのはサンタナのギターである。とすると、本来ならこのギターの部分、ショーターが演奏するはずだったのだろうか。ぜひ吹いてもらいたかった気がする。
 と、ヴィトウス関連の部分だけ書いてしまったが、本作は全体的にいいアルバムだ。が、これだけのメンバーが揃っているなら、もっと一曲を長くして、各メンバーのソロを大きくフューチャーしてほしいと、個人的には思ってしまうのだが……。


04.12.15



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  ■Miroslav Vitous『Magical Shepherd』     (Warner)

    Miroslav Vitous (syn,b,g,g-syn,key) Herbie Hancock (syn,key)
    Jack DeJohnette, James Gadson (ds) Airto Moreira (per)
    Cheryl Grainger, Onike (vo)  1975

 ヴィトウスのウェザーリポート脱退後の最初のリーダー作となる。タイトルは直訳すれば『魔法的な羊飼い』だ。
 これは聴いてみてけっこう驚いた。多くの本にヴィトウスはウェザーリポートがファンキーなリズムを取り入れていく過程で、ファンクの資質を持っていないためついていけなくなって脱退したと書かれていたし、『Infinite Search』(69) を聴いても、そうなのかな……と思っていた。しかし、これを一聴してそれが間違いだとわかった。これは同時期のウェザーリポートよりずっとファンキーだ。
 内容はヴィトウスがベースの他、ギターやギター・シンセ、キーボード類を弾きまくり、ハンコックがまたキーボード類を弾きまくり、あとは打楽器とコーラス……。実質的にヴィトウスとハンコックが組んで作ったアルバムという感じだ。
 となると、本作のファンキーさは当時ブラック・ファンクの王者として売れまくっていたハンコックの参加が理由だと考えることもできる。しかし、『Stories to Tell』収録の表題曲の演奏もかなりファンキーだし、ハンコックが何をしたとしても、ヴィトウスにその素養がなかったら、これほどファンキーになるわけがない。そもそもヴィトウスのリーダー作なのだから方向性はヴィトウスが打ち出しているのだろう。
 しかし、ヴィトウスがファンキーさがないためにウェザーリポートをやめたと書いていた評論家たちはこのアルバムを聴いたことがなかったのだろうか。いい加減なものだ。

 さて、内容だが、ファンキーなリズムのノリは文句なしで、色彩感のあるサウンドも心地よく、当時のフュージョンがファンクを取り入れながら快楽的に変わっていった時代を象徴する作品の一つといっていいかと思う。しかし、即興演奏性が薄く、ジャズ的なスリリングさに欠けるところが個人的には物足りないかんじがしてしまうのだが、これは無い物ねだりなんだろうか。


04.11.6



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  ■『Terje Rypdal - Miroslav Vitous - Jack DeJohnette』1977    (ECM)

  Jack DeJohnette (ds) M.Vitous (b,el-p) Terje Rypdal (g,g-syn,org)

 ヴィトウスの ECM での初録音だ。この後、80年代にはいる頃からヴィトウスは ECM を中心に活動していくようになるが、ヴィトウスと ECM はほんとうに合っていたとおもう。その相性の良さは初録音である本作ですでにうかがえる。
 ところでこのアルバムの中心となっているのは誰なのだろうか。三人の共同リーダー作のようなクレジットだが、ジャケットには「Rypdal - Vitous - DeJohnette」の順で書かれ、裏ジャケには逆に「DeJohnette - Vitous - Rypdal」の順で書かれて、誰かの名が先に出るのを慎重に避けている。完全な三人の共同リーダー作なのだろうか。
 内容はすごく不思議な音楽だ。ドラムの非常にシャープで複雑なリズムが中心にあり、それを包み込み、浮き上がるように他の二人の演奏がからむ。その即興演奏がジャズ的でなく、不思議な音色をしている場合が多い。浮游感と疾走感のある環境音楽といった印象もある。けれどもジャズ的なスリリングさも無いわけではなく……なんだか説明しようがない、でも魅力的な音楽だとおもう。


07.2.4



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  ■Miroslav Vitous『Guardian Angels』      (Evidence)

   Miroslav Vitous (b,elb,mini-moog) 山口真文 (ss)
   John Scofield (g) Kenny Kirkland (p,key)
   ジョージ 大塚 (ds)     1978.11.9-11

 ヴィトウスはこの後 ECM に移ってアコースティク・サウンドを追求していくので、フュージョン路線のとりあえず最後の作品となる。ヴィトウスはエレキベースもミニ・ムーグも弾き、カークランドも曲によってピアノとエレピを使いわける。全6曲入りで、ヴィトウス、ジョン・スコフィールド、ケニー・カークランドが2曲づつ書いている。
 ジョンスコやカークランドなどメンバーも豪華のようにも見えるが、当時は二人とも駆け出しの新人だった。日本人を含むメンバー構成には、当時ヴィトウスがアメリカのシーンの中心からはズレたような位置にいたことが想像される。
 前半(アナログ盤A面)はソプラノ・サックス入りのカルテットであり、後半(B面)はギター入りのカルテットによる演奏だ。エレクトリック楽器も使っているが、基本的にはジャズのスタイルによる演奏といっていい。
 『Infinite Search』(69) の頃と比べるとずっと円熟し、聴きやすい、わかりやすい演奏になっている。デキの良い佳作だとは思うものの、傑作というまでには何か足りないような気がする。ここまで丸くなってしまうと、逆にもっと鋭い部分がほしくなる。わるくはないのだが、もう一つ何かがほしい気がしてしまう。


04.12.15



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  ■Miroslav Vitous『Journey's End』      (ECM)

  Miroslav Vitous (b) John Surman ((bs,ss,b-cl)
  John Tayor (p) Jon Christensen (ds)   1982.7

 ヴィトウスは ECM に移ってミロスラフ・ヴィトウス・グループ(というのだろうか)というバンドを作り、『First Meeting』(79)、『Miroslav Vitous Group』(80)、そしてこの『Journey's End』とアルバムをリリースした。このうち『Journey's End』しか聴けていないが、これは大傑作だと思う。ひょっとするとヴィトウスの最高傑作かもしれない。
 編成からいえばごく平凡なアコースティック・ワンホーン・カルテットだが、演奏の形態が伝統的なジャズとはおもしろいほど違う。最初聴いた時はかなり新鮮な衝撃があった。
 一口でいうと、各楽器の役割が固定されていないのだ。
 ベースが無伴奏でソロを弾いていると、途中からサックスとドラムがそこに訪れて対話がはじまり、するとピアノもやってきてリズムを弾いたり……。四人が息を合わせて一つのバンドとして演奏するのではなく、四つの楽器ともがソロ楽器として独立したうえで、時には一人、二人、三人で演奏される。一つの楽器が別の楽器と自由に対話し、さまざまな対話が、いろいろな組み合わせで交わされ、互いに主役になったり、リズムセクションにまわったりしながら、緩いかたちで息をあわせ、全体として曲をかたちづくっていく。全体としてあらわれる音楽は森で小鳥たちがさえずっているようでもある、生々しいほどに新鮮な美しさがある。
 これは『限りなき探究』の "Freedom Jazz Dance" とも、ウェザーリポートやショーターの集団即興とも、あるいはオーネット・コールマンの集団即興とも違ったスタイルの対話型即興演奏を方法を示した名盤だと思う。
 こういうものを傑作と呼ばずに、どんなものを傑作と呼ぶんだろうか。同時期のアコースティック・ジャズのうちでも、もっともおもしろい試みであり、それに成功していると思う。






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  ■Miroslav Vitous『Atmos』1992           (ECM)

  Miroslav Vitous (b) Jan Garbarek (ss,ts) 

 ヤン・ガンバレクはキース・ジャレットの70年代のいわゆるヨーロピアン・カルテットなどで知られるサックス奏者。ECM でずっとリーダー作をリリースしつづけるミュージシャンだ。
 ヴィトウスはこの前年の『Star』でヤン・ガンバレクと共演、かなり気が入ったらしく、この後『Universal Syncopations』(2003) まで共演している。本作はヴィトウスとそのガンバレクとのデュオによるアルバム。ところどころアクセント的にオーケストラの音が入っているが、おそらくサンプリングだろう。
 内容はというと、たった二人の演奏だというのに思いのほか弾きすぎてなく、寡黙な印象だ。間をじゅうぶんに生かした、必要な音いがいは出さないといったかんじの演奏である。
 ヴィトウスはおもったよりリズムに徹していて、表題曲での舟底を揺らす波のような寡黙なリズムなど、寡黙だが印象的なリズムを鳴らしている。ときにはベースのボディを叩いてパーカッションのような効果を出したり。もちろんソロも弾くが、強引に前へ出てきてバリバリ弾くというかんじではない。
 そしてそのリズムにのるガンバレクの北欧の空気のようなソプラノの音色がまた絶品だ。雪深い北欧の冬の荒涼とした風景をイメージさせるような演奏だ。


07.2.4



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  ■Miroslav Vitous『Universal Syncopations』   (ECM)

  Miroslav Vitous (b) Jan Garbarek (ss,ts) Chick Corea (p)
  John McLaughlin (g) Jack DeJohnette (ds) /他  2000〜03

 単独リーダー作としては実に11年ぶりになるアルバム。しかもチック・コリア、ジョン・マクラフリン、ヤン・ガンバレク、ジャック・デジョネットという豪華な顔ぶれのスーパーバンドであることも評判を呼んだ。
 しかし個人的にはビック・ネームを集めてスーパーバンドを組みさえせれば傑作が生まれるわけではないと思っているし、その実例だっていくつもある。しかし、本作ではそれは杞憂だったようで、むしろヴィトウスのセンスの良さを再認識させられたアルバムだ。
 本作の成功の理由はスーパーバンドを前面に出していないところにある。つまり、実は本作は基本的にはヴィトウス〜ガンバレク〜デジョネットによるサックス入りピアノレス・トリオによる演奏なのだ。コリア、マクラフリン、そして三管のブラス・セッションは通行人のように時折、途中から登場し、去っていく。演奏に変化をつけるためのアクセントとして、しかし目立ちすぎないような絶妙なバランスだ。
 結果、決して派手ではない、しかし実に味わいぶかいアルバムとなった。基本をピアノレス・トリオに絞ったことによって、ベースの役割が大きくなり、ヴィトウスも自由に動き回っているのが感じられるし、各楽器の輪郭がハッキリと聴きやすくなっている。ヴィトウス〜ガンバレク〜デジョネットの三人の息の合い方も素晴らしい。
 そして時折登場するコリア、マクラフリン、三管のブラス・セッションが演奏を単調さから救い、広がりをもたらしている。
 とかくスーパーバンドというものは有名ミュージシャンたちが一列に並んで熱演をつくすだけのものになりがちだが、このようなセンスの良いやりかたもあるのだと、ヴィトウスの才能を再認識させられた。


04.9.29


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『ウェイン・ショーターの部屋』




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