ウェイン・ショーター、アルバム紹介 1967年


   『』この色で表記されたタイトルは、ショーター不参加の曲です。





   Lee Morgan "Standards"       (Blue Note)
   リー・モーガン『ゴット・ブレス・ザ・チャイルド』


01、This is the Life
02、God Bless the Child
03、Blue Gardenia
04、A Lot of Livin' to Do
05、Somewhere
06、If I Were a Carpenter
07、Blue Gardenia  (alt.take)

    Lee Morgan (tp) James Spaulding (as,flu)
    Wayne Shorter (ts) Pepper Adams (bs)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Mickey Rocker (ds)     1967.1.13


 この時期、ブルーノートは大編成のバンドを使用した編曲ジャズ路線を進めていた。デューク・ピアソン編曲のビッグバンドをバックにして、一人のソリストが存分に演奏するというスタイルだ。あれだけ何枚も出たところを見ると、たぶん、売れたんだろう。
 ショーター自身はこの路線に乗ってビッグバンドをバックに演奏する事はなかったが、バンド要員としては数枚のアルバムに参加した。
 モーガンの『Delightfree』(66)の中の2曲、同じくモーガンの本作、ルー・ドナルドソンの『Lush Life』(67)だ。

 さて、本作はそんな中の一枚、モーガンが主役の、題名どおりのスタンダード集で、ミディアム・テンポ〜バラードの演奏を集めたアルバムだ。
 しかし、本作のバンドは7人編成と、この手のものとしてはメンバーが少なく、比較的ふつうのスモール・コンボ作に近い感覚で、主役のモーガン以外のメンバーのソロもフューチャーしている。
 特にショーターは二番手のソリスト的位置にいるのか、2曲めの"God Bless the Child'を除く6曲ではソロを聴けるし、たっぷりとはいえないまでも、ショーターのサックスを堪能できる。
 しかし、基本的にはデューク・ピアソン編曲のスタンダード曲集なんで、同時期のモーガン、ショーターらの本気の演奏を期待してはいけない。あくまで本作は企画モノであり、くつろいで気軽に聴けるBGM的な音楽を目指した演奏であって、その枠内でショーターらがどうやって自分の味を出しているかが聴きどころだ。
 まあ、映画『ウェストサイド・ストーリー』の"Somewhere"や、"If I Were a Carpenter"のような曲をショーターが演奏すのも、この手の企画でなければ実現しそうもないことなんで、これはこれで貴重なアルバムかもしれない。
 たしかにショーターのこんなふうにくつろいだ演奏も、それはそれで魅力的なのだ。

 しかし、それにしても豪華なメンバーだ。これだけのメンバー集めて、何が悲しくて編曲ジャズをやらなければならないのか、ぼくには理解できない。壮大な才能のムダ使いをしているようにしか……。


03.3.12


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Lou Donaldson "Lush Life"     (Blue Note)
   ルー・ドナルドソン『ラッシュ・ライフ』


01、Sweet Slumber
02、You've Changed
03、The Good Life
04、Stardust
05、What Will I Tell My Heart
06、It Might As Well Be Spring
07、Sweet and Lovely

    Lou Donaldson (as) Freddie Hubbard (tp) Jerry Dodgion (as,fl)
    Wayne Shorter (ts) Pepper Adams (bs) Garnett Brown (tb)
    McCoy Tyner (p) Ron Carter (b) Al Harewood (ds)    1967.1.20


 これもブルーノートの大編成・編曲ジャズ路線の一枚。
 ルー・ドナルドソンは50年代に名を上げたジャズマンの中で、いちはやくソウル・ジャズへの道を切り開いた人で、そのため古いジャズ・ファンには堕落したとケナされる存在だったようだ。
 ぼくはジャズを聴きはじめる前からソウル・ミュージックのファンだったもんで、そういう気持ちはわからない。古いジャズ・ファンにはなぜか黒人音楽を軽視する傾向があるように思う。なぜなんだろう。
 さてしかし、個人的に大編成の編曲ジャズは好みではないもんで、本作はショーターが参加していなければ聴こうとも思わなかったとおもう。
 しかし聴いてみて、めっけもんだった。これはいい。
 といってもショーターの演奏を聴くアルバムではない。ショーターのソロは"Sweet Slumber"に少しあるくらいで、あとはバックに徹してる。これめあてに聴くのはつらい。
 しかしこのビックバンドのサウンドは好きになった。大編成・編曲ジャズの嫌いな部分、つまり編曲的効果を狙いすぎたような点、盛り上げる所がうるさすぎるなどの点がない。基本的には大編成によるブルースのようで、アルバム全体がだいたい同じくらいのミディアム・テンポ。ビックバンドの波に揺られているような気分でドナルドソンのアルトをたっぷりと聴ける。
 ま、ショーターを聴くアルバムではないが、ショーターのおかげで出会えた、楽しめるアルバムの一つ。


03.3.12


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Wayne Shorter "Schizophrenia"     (Blue Note)
   ウェイン・ショーター『スキゾフレーニア』


01、Tom Thumb  
02、Go
03、Schizophrenia 
04、Kryptonite
05、Miyako
06、Playground

    Wayne Shorter (ts) James Spaulding (as,flu)
    Curtis Fuller (trombone) Herbie Hancock (p)
    Ron Carter (b) Joe Chambers (ds)    1967.3.10


 いきなり『精神分裂病』というアルバム・タイトルに臆する必要はない。本作は60年代のショーターのソロ作のなかでも、最も親しみやすい傑作の一つだ。
 しかし、ショーターのソロ作を並べて録音順に聴いてみると、ちょっと不思議な気もするアルバムだ。つまり、67年にもなって録音されたわりに、本作の特に前半はみょうに素朴な古典的風貌をしている。3管の使い方もメッセンジャーズ時代を思わせるもので、あの『The All Seeing Eye』(65) より後の作品とは思えない。むしろ64年頃の録音だといわれたら納得できそうな3曲だ。
 おそらくこの67年という年は、62年の『Wayning Moments』の頃がそうだったように、ショーターがちょっと後ろ向きになった時期なのではないだろうか。先へ進んでいくのを少し休んで、後ろを振り返ってみた時期なのでは。しかし今回は後ろ向きとはいっても、64年ぐらいの時点までしか戻っていない。
 ショーターの作品を見ていくと、こういった後ろ向きになって力をためている時期の後で、ジャンプがくることがわかる。62〜63年の停滞期の後には64年の『Night Dreamer』をはじめとする作品群があるし、本作の後には『Super Nova』(69)がくることになる。
 そして、この時期、ショーターが後ろ向きになっていた事の効用が、本作に続く、マイルス・バンドでの『Sorcerer』『Nefertiti』(67)にもあるだろう。あの2作でのバンドの完成度の理由は、後ろ向きになったショーターにマイルスが追いついてきたことにある。この時期もショーターがさらに前進を続け、『The All Seeing Eye』的なものをマイルス・バンドに持ち込もうとしたなら、あんなふうな一体感のあるサウンドは生まれなかっただろう。じっさい本作の後半3曲は、かなり『Sorcerer』『Nefertiti』に近い演奏になっていて、マイルスでも追いつけそうなハードルを示している。
 メンバー的には久々に共演のカーティス・フラーの参加が注目される。これも後ろ向きになっていたことの影響だろうか。また、トランペットを入れず、アルト・サックス&フルートのジェイムズ・スポールディングを入れた3管の編成も、考えてみればめずらしい。サイドマンとして名演が多いわりに、ソロ作にめぐまれないスポールディングだが、本作での演奏を聴くと、もっと注目されていい人だと思う。

 収録曲へいこう。先述したとおり、本作の前半は64年頃を思わせる演奏だが、ここでは特に冒頭2曲のミディアム・テンポのナンバーが素晴らしい。
 "Tom Thumb"はボビー・ティモンズの『The Soul Man!』(66)でワン・ホーンでの録音があるが、本作のアレンジが完成版だろう。スポールディングの吹く短いフレーズが繰り返され、それに応えるように2管アンサンブルがメロディを奏でていく手法はメッセンジャーズ時代を思わせる。「親指トム」は「ピノキオ」等と並ぶメルヘン・シリーズだ。
 つづく"Go"は哀切きわまるメロディの名曲。ショーターの曲のなかでも特に好きな曲の一つだ。2001年からのアコースティック・カルテットでもレパートリーになっていたが(とくに「東京Jazz」での演奏は15分に及ぶ名演、CD化されないかなあ)、アドリブの展開の方法論など、本作での演奏とは別物になっているので、やはり、まずは本作の演奏で聴いてもらいたいところ。
 つづく"Schizophrenia"は急速曲。やはりメッセンジャーズ時代の力強さを感じる。
 先述したとおり、後半になると『Sorcerer』『Nefertiti』を思わせる内容となる。急速曲の"Kryptonite"、"Playground"はトニーのドラムを想定して作られた曲のようにも感じる。とくに"Kryptonite"はテーマ部を短くし、疾走力で進んでいくタイプの曲で、マイルス・バンドでのショーターの曲に多いパターンだ。"Playground"は人を食ったような奇妙なテーマがショーターらしい。
 この2曲にはさまれたバラード、"Miyako"が後半一番の聴きどころではないか。これはいいようもなく美しいバラードだ。


03.4.6


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Miles Davis "Sorcerer"       (Columbia)
   マイルス・デイヴィス『ソーサラー』


01、Prince of Darkness
02、Pee Wee 
03、Masqualero 
04、The Sorcerer 
05、Limbo 
06、Vonetta 

    Wayne Shorter (ts) Miles Davis (tp)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Tony Williams (ds)   1967,5,16-24

07、Nothing Like You

    Wayne Shorter (ts) Miles Davis (tp) /他  1962.8.21


 本作と次作『Nefertiti』で、黄金クインテットは比類なき完成度に達する。

 本作にはほろ苦い思い出がある。ジャズを聴きはじめた頃、ぼくはマイルスからジャズ入門した。マイルスの音楽はどれを聴いてもわかりやすかったし、好きになれた。そんな中、マイルス・バンドは60年代の黄金クインテット時代が最高といわれて、たまたま手にした本作が、どこがいいのかまったくわからなかったのだ。冗談ぬきでラストの"Nothing Like You"が一番いいと思った。これだけが唯一理解できた。
 その頃もう『Bitches Brew』(69)もそれ以後のマイルスも聴いて楽しんでいたのである。しかし、本作、つまり60年代の黄金クインテット時代だけが理解できなかった。マイルスの音楽はすべてわかるとうぬぼれていたので、悔しかった。何度も聴いた。しかしまったく理解できない。
 ということで、本作のCDは棚で埃をかぶり、そのうち他のと一緒に中古屋に売るつもりだった。
 そんなとき、まったく別のルートで、あるきっかけでウェイン・ショーターという奇妙なサックス奏者の魅力に気づき、ショーター作品をいくつも聴き始めた。そういえば本作にもショーターが参加してたな……とまだ中古屋に売ってなかった本作を引っ張り出して聴いてみた。今度は一発で本作の魅力がわかった。そして理解した。本作はマイルスのアルバムではない。ショーターのアルバムだったということに。
 こういう身体感覚というのは最も信頼できるものだ。

 なんでこんな思い出話から始めたかというと、マイルス中心主義のジャズ評論家の中には、本作までマイルスが作った作品だと言い出す者がまだいるからだ。本作についても、同時期の新主流派の各アルバムでは聴けない、マイルス独自のものだなどと無理矢理主張するのだ。どこを聴いてそういっているのかもわからない。そもそも根拠も示さない。
 しかし、昔から多くの人が指摘するように、本作と次作『Nefertiti』はマイルス・バンドでのショーターの影響力が頂点に達した時期の作品であり、実質的にショーターのリーダー・アルバムである。ショーターの次に強い影響力を発揮しているのもマイルスではなく、トニーだ。
 そして、実際本作の演奏は、同時期の新主流派のアルバムと似ている。もちろん、全く同じメンバーで同時期に録音したアルバムはないので、全く同じという作品はないが、ショーターとトニーが揃っているということでは『Soothsayer』(65)に似ているし、同時期の録音ということでは『The Procrastinator』の中のショーター作の2曲とも似ている。『The Procrastinator』にトニーも参加していたら、もっと似ただろう。
 そして何より、この時期のマイルス・バンドの中心がマイルスではなかったことは、マイルス自身が自伝でそう書いてもいることでもあるのだ。

 また、本作までマイルスの手柄にしたがるマイルス中心主義の批評が嫌いな理由がもう一つある。それは、ぼくは本作でのマイルスのサイドマンとしての態度こそに、マイルスという人の最も尊敬できる部分を見るからである。
 つまり、前作『Miles Smiles』まで思い切りブレーキだったマイルスは、しかしいつまでもブレーキをかけて、無理矢理自分流にメンバーを従わせようとはしなかった。ショーターが提示した音楽を優れたものだと認めると、自分のバンドでそれを自由にやらせた。そして努力して奏法を変え、他のメンバーについて行けるようにし、優れた音楽の創造のために自己を捨ててもサイドマンとして奉仕したのだ。
 やはりマイルスはただの「オレがオレが」の人ではなかった。オレが一番の人ではなかった。努力の人だった。優れたものには奉仕する謙虚さの持ち主だった。
 本作での、統一した色彩の音楽を創り出すために、自分の個性を捨ててもサイドマンとして一心に奉仕するマイルスの姿を見ると、やはりこの人、いい人だなあ、と思ってしまう。
 ただし、マイルスがそこまで奉仕するのは、あくまで売れればの話である。結局マイルスはオンリー・ワンよりナンバー・ワンを目指す人だから、それで売れなければすぐに方針を変える。そして本作は優れた音楽ではあっても、売れる音楽ではなかった。大衆性がなさすぎ、セールス的には振るわなかった。したがってこの路線は2作で終わり、『Miles in the Sky』(68)からマイルスのテコ入れが始まるのである。

 本作に話を戻そう。
 つまり本作はマイルスの影響力がほぼ消滅した、ショーター・バンドとしてのマイルス・バンドの完成作である。つまり人間関係上はマイルスがリーダーであっても、音楽的にはマイルスはサイドメンの立場で参加。ショーター的音楽の創造のために一心に奉仕した作品である。
 ショーターもそんなマイルスの奉仕に応えるように、"Prince of Darkness"、"Masqualero"と、いかにもトランペットの映える曲を提供し、一トランペッターとしてのマイルスの見せ場を作ってあげている。美しい話ではないか。
 そして、それ以外も本作の収録曲はマイルス作の曲は一曲もなく、マイルスはすべてショーターら若いメンバーに音楽を自由に作らせている。
 また、この2枚では、ショーターの音楽の一部としてのマイルスの演奏が聴け、マイルスのこのようなスタイルの演奏はこの時期しか聴けない。もう一、二年もすると、もっとウォームな、さらにはホットな、パーカッション的奏法へと変わっていってしまう。
 したがって、マイルス・ファンにとっても、この時期のアルバムは、いつもと違うマイルスの演奏が聴けるアルバムとして貴重なものではないかと思う。

 まず冒頭の"Prince of Darkness"。先述したとおり、トランペットの音色が映えるめちゃくちゃカッコいいテーマである。しかし、演奏面で特筆すべきはトニーだろう。疾走するトニーのドラムは黄金クインテットの売りであるが、とくにこの曲はその完成形という気がする。ドラムを聴いているだけでも、飽きないどころか、ため息ものの曲だ。
 続く"Pee Wee"はそのトニーのオリジナル。この曲だけマイルスが抜けてショーター・カルテットになっている。たいかにこの曲にマイルスはいらない。煙のようなショーターのサックスがいい。トニーの生んだ名旋律として「シスター・シェリル」などとともに有名な曲。
 続く"Masqualero"も先述した通りトランペットの音色が映える曲。マイルスが仮面舞踏会の華やかさを、ショーターがその影の部分を描き出す。ハンコックのピアノは舞踏会場を出た夜のヴェネチアの風景か。本作のクライマックスの一つだ。
 "The Sorcerer"はいかにもショーターらしいタイトルだが、ハンコックのオリジナル。トニーの軽快なドラムに乗って、サックスとトランペットの短いソロの応酬が続き、どことなくジャム・セッション風でもある。
 "Limbo"。「リンボ」とはキリスト生誕以前に生きていた人々や、洗礼を受けていない者が行く死後の世界のことらしい。ミディアムテンポの曲だら、これも"Pee Wee"のように、マイルス抜きでやってくれたらうれしかった。落ちついた雰囲気で聴きたい曲なのだが、マイルスのトランペットのせいで妙に派手派手しくなってしまった。この曲のサックス、ピアノ、ギターとのトリオによる演奏は『Power of Three』(86)で聴ける。
 "Vonetta"。いつも素晴らしいショーターのバラードだ。マイルスが(ちょっとあやしいところがあるが)頑張って吹ききってくれた。つづくショーターは文句なし。ハンコックはソロよりバッキングで冴えてる印象。
 さて、この"Vonetta"で本作は締めくくられる筈なのだが、この後に一曲、"Nothing Like You"が入ってる。これだけ62年録音の、ボブ・ドローのボーカルをフューチャーした曲。マイルスとショーターの初共演曲ということで入っているらしいのだが、多くの人が指摘するように、この曲の存在が本作の完成度を低めている。カットしたほうがいい。
 が、先述した通り、最初に本作を聴いた時には、この曲しか理解できなかったという、苦い思い出がある。


03.3.20


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Miles Davis "Nefertiti"      (Columbia)
   マイルス・デイヴィス『ネフェルティティ』


01、Nefertiti 
02、Fall 
03、Hand Jive
04、Madness 
05、Riot  
06、Pinocchio 

    Wayne Shorter (ts) Miles Davis (tp)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Tony Williams (ds)     1967,6,7-19


 『Sorcerer』と並んで、黄金クインテットが完成に達した作品である。
 黄金クインテットが当時のジャズの最先端を走っていたかのように語る人がいるが、間違いである。黄金クインテットが完成に達した67年といえば新主流派のムーブメントは峠をこえてしまった時期であり、いわば黄金クインテットは一つの時代の幕引きを演じたバンドだったともいえる。
 また、この二作で黄金クインテットはあまりにも高度な完成度に達してしまい、可能性を探求しつくして、もうこれ以上前へは進めない所まで来てしまい、そのためそれを打破して前進しようとしたのが『Miles in the Sky』(68) 以後であるという評もあるが、間違いである。
 本作の氷のように冷たく研ぎ澄まされた音楽を、サムシングを加えながら推し進めていったとしても、決して『キリマンジャロの娘』(68) や『Bitches Brew』(69) にはならない。それは『Super Nova』(69) になる。
 『Miles in the Sky』以後のマイルス・バンドの作品は、マイルス自身が自伝にも書いているとおり、本作を始めとする黄金クインテットの作品がセールス的に振るわなかったために、マイルスがショーターからリーダーシップを奪い返して路線変更をした作品であり、本作の延長線上の作品ではない。
 それに対してショーターが本作の延長線というべき方法を推し進めていったのが『Super Nova』以後のショーター作品だといえる。
 話が先へ行きすぎたので、本作の話へ戻そう。
 では、本作を始めとする黄金クインテットの作品は、今日に至るまで最高の賛辞を受けながら、当時はなんで売れなかったんだろう。
 内容そのものが高度すぎて親しみやすいものではない、という点もある。と同時に、時代の流行の逆行していた点もあるように思う。
 60年代末というのは、ノリがよくて熱くて黒っぽいものが人気を奪った時代だ。ビートルズやモータウン等によって白人の聴く音楽も黒人音楽の流れのものに変わった。『Miles in the Sky』以後のマイルスが指向したのも、この流れだ。
 しかし、いわゆる新主流派の音楽、あくまでクールで緊張感に満ちた世界は、このような流行に背を向けた反動的な指向だったと考えられる。新「主流」派なんていう日本ジャーナリズムの造語が、あまり適当でないとぼくが考えるのも、そのためだ。

 ということで、本作を最後にマイルス・バンドの中心がショーターだった時代は終わる。次作あたりではまだ色は残っているものの、それ以後はショーターはマイルス・バンドに実質的にもサイドマンとしてかかわっていく。
 そして、ショーター自身は『Schizophrenia』(67)以後、『Super Nova』(69)までソロ作は作っていないので、本作は伝統的なジャズのフォーマット内で、ショーターがリーダー的立場で作った、最後期の作品となる。
 さて、本作の内容にうつるが、先述した通り本作は基本的に前作『Sorcerer』と兄弟のようなアルバム。ショーター作の曲は『Sorcerer』が4曲、本作が3曲と減っている、が、ショーター色は『Sorcerer』より若干強くなっているように感じる。
 それは、『Sorcerer』が、ショーター作ではるが、トニーの見せ場ともいうべき"Prince of Darkness"で颯爽と始まり、続いてトニー作の"Pee Wee"と続くのに対し、本作の冒頭2曲はどちらもショーター作で、演奏面でもショーターがリードし、異様な魔術的な空気が立ちこめていることが大きいだろう。この2曲が空気を決定づけてしまい、後続の曲までショーター色に染め上げられて聴こえるのである。
 まず1曲目、"Nefertiti"はショーターのテーマ演奏から始まる曲。語られつくした感もあるが、アドリブ・パートがなく、テーマを延々と繰り返しているだけ。しかし、それでいて緊張感に溢れたジャズになっているという曲だ。じっさいはリハーサルで演奏したのを、内容が素晴らしいので、そのまま本採用にしたものだと聞く。
 続く"Fall"も素晴らしい。マイルス作では絶対ありえないマジカルな雰囲気のバラードで、薄闇の世界にゆるやかに入っていくような前半部に続いて、後半ショーターのソロが始まったところで一気に空間が広がる。奥行きのあるショーターのサックスの音色が素晴らしい。
 この最初の2曲の印象はとりわけ強烈だ。
 続くトニー作の"Hand Jive"、ハンコック作の"Madness"、"Riot"と続くあたりは、いつものトニーの軽快なドラムを前面に出した曲。いわば、黄金クインテットのウリの部分だ。
 "Hand Jive"はジャム・セッション風の曲。"Madness"はいつも通りのマイルスより、揺らめく青白い炎のような、いまにも消えそうに吹くショーターが、やはり素晴らしい。"Riot"はリズムが工夫の仕方がいかにもハンコックらしい。
 そしてラストはショーター作の"Pinocchio"。ウェザーリポートでも再演された曲だが、これも完成度の高い、本作を締めくくるのにふさわしい名演だ。
 やっぱり、聴き返してみても、ショーターで持ってるアルバムの印象を強くした。本作と同時期に『Water Babies』の中のショーターのオリジナル3曲も録音されているが、もし本作のショーター以外の作の3曲と入れ替えたら、より強烈なショーターのソロ作になっていたと思う。


03.3.20


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   Miles Davis "Water Babies"       (Columbia)
   マイルス・デイヴィス『ウォーター・ベイビーズ』


01、Water Babies
02、Capricorn
03、Sweat Pea

    Wayne Shorter (ts) Miles Davis (tp)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Tony Williams (ds)     1967,6,7-23

04、Two Faced 
05、Dual Mr.Tillman Anthony

    Wayne Shorter (ts.ss) Miles Davis (tp)
    Herbie Hancock, Chick Corea (key)
    Ron Carter , Dave Holland (b)
    Tony Williams (ds)     1968,11,11


 70年代の後半、未発表作品集として世に出た音源で、結果的に5曲中4曲までのショーター作と、ショーターのアルバムのようになった。
 67年と68年の録音の二つの時期のセッションのみを合わせたものなので、とかく様々なセッションの寄せ集め的内容が多いマイルスの未発表作品集のなかでは、もっともまとまりの良いアルバムといえる。

 まず前半3曲"Water Babies"、"Capricorn"、"Sweet Pea"は『Nefertiti』と同時期の録音で、つまり黄金クインテットの頂点といえる時期の録音だ。
 ご存知の通り、その後3曲とも別のバンドで録音し直されてショーターの『Super Nova』に収録されている。が、"Water Babies"はともかく、"Capricorn"と"Sweet Pea"は別の曲といったほうがいいほどに変わっている。("Sweet Pea"は題名も"Swee-Pea"に変わってるし)
 この時点でもかなり完成度は高く、個人的には『Nefertiti』から"Hand Jive"か"Riot"あたりを外して、"Capricorn"と"Sweet Pea"を入れても良かったような気がする。ではなんでこの3曲は不採用になったのか。これ以上『Nefertiti』にショーターの曲を入れたら、いくらなんでも『Nefertiti』がショーターのソロ作以外の何物でもなくなってしまうと判断したのかもしれない。マイルスは自伝では、単にコロンビアが76年まで出さなかったとだけ書いている。
 どちらにしろ、どれをリリースし、どれをお蔵入りにするかの理由なんて、(当時の担当者にすれば明確な理由があったのかもしれないが)後から見てみると、ほとんど理解できない、恣意的なものに映る場合がほとんどだ。それはブルーノートの発掘作を見ればあきらかで、あれらが何で当時リアルタイムでリリースされなかったのか、きちんと答えられる者などいるまい。
 どちらにしろ、現在はこれらの曲も両方のヴァージョンで聴けるので、聴き比べて楽しむこともできる。
 まず、"Water Babies"。これは3曲のなかで唯一、『Super Nova』のヴァージョンと似ている。が、『Super Nova』のヴァージョンのほうが遥かに完成度が高く、ソプラノ・サックスのほうが曲に合っている。トランペットもいらない。ごく単純に「あの曲をクインテットでやるとこうなるのか」の興味で聴くものだろう。ところで、ほんとうにこのタイトル「水子」の意味なんだろうか。
 "Capricorn"。ハンコックはソロ以外ではピアノを弾かず、ドラムとベースだけをバックにショーターとマイルスがソロを吹く様は、いつもと違った表情で妙な迫力がある。2人ともピアノレス・トリオでの録音はないので、けっこう貴重な録音ではないか。
 "Sweet Pea"はバラード。これもいい曲だ。このあたりになると、単純に黄金クインテットの演奏がもっと聴けてよかった……という気分にもなる。ショーターのソロも胸に迫る。

 後半は『キリマンジャロの娘』の少し後ぐらいの時期。たぶん、何曲か録ってみたが、すぐにザヴィヌルを入れたバンドに移行し、『In a Silent Way』への路線を進んでしまったんで、この時期の録音はアルバムにはならなかったのではないか。
 なかではやはりショーター作の"Two Faced"がいい。これはあきらかに『Bitches Brew』の原形的な作品である。全曲がマイルスのオリジナルであった『キリマンジャロの娘』の収録曲よりも、ほぼ同時期のショーター作のこの曲が『Bitches Brew』を想わせるのは興味深い。『Bitches Brew』におけるショーターの役割というのを考え直してみなければならないのかもしれない。『Bitches Brew』はマイルスとザヴィヌルのコラボレーションだと思っていたのだが、違うのかも知れない。
 ラストの"Dual Mr.Tillman Anthony"は冒頭のベースとエレピのユニゾンで延々と続く部分が冗長でゲンナリさせられる。続くソロもイマイチの感。この曲は聴かなくても良し。どうせならほぼ同じ曲の名演 "Splash" (『Circle in the Round』等)があるので、そちらを聴いたほうがいい。


03.3.20
『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Miles Davis "Circle in the Round"   67.12/ 68-      (SME)
   マイルス・デイヴィス『サークル・イン・ザ・ラウンド』


01、Two Bass Hit   
02、Love for Sale   
03、Blues No.2   
04、Circle in the Round
05、Teo's Bag
06、Side Car I
07、Side Car II 
08、Splash
09、Sanctuary
10、Guinnevere

   「04」
   Miles Davis (tp, chimes, bells)  Wayne Shorter (ts)  Herbie Hancock (cel)
   Joe Beck (elg) Ron Carter (b) Tony Williams (ds)   1967.12.4

   「05」
   Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (p)
   George Benson (elg) Ron Carter (b) Tony Williams (ds)   1968.1.16

   「06」「07」「09」
   Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (p)
   George Benson (elg-7,9)  Ron Carter (b) Tony Williams (ds)  1968.2.15

   「08」
   Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts) Joe Zawinul (p, org)
   Chick Corea, Herbie Hancock (elp) Dave Holland (b)
    Tony Williams (ds)    1968.11.12

   「10」
   Miles Davis (tp) Bennie Maupin (bcl) Wayne Shorter (ss)
   Chick Corea, Joe Zawinul (elp) Khalil Balakrishna (el-sitar)
   John McLaughlin (elg) Dave Holland (elb)
   Billy Cobham, Jack DeJohnette (ds) Airto Moreira (per)   1970.1.27


 『Directions』と同時期にマイルス・バンドの未発表録音集としてリリースされたもの。マイルスの未発表録音に関することは『Directions』の項を参照してほしい。

 では、ショーター参加の部分だけ見ていってみよう。
 まず "Circle in the Round" 26分にもおよぶ長い曲。『Miles in the Sky』の直前、初めてジョー・ベックのギターをクインテットに加えての演奏だが、ギターはリズムを弾いてるだけでほとんど目立たない。
 基本アイデアはおもしろいと思う。ベースでリズムを刻みドラムは自由に叩くというオーネット・コールマン風のリズム作りに、ハンコックのチェレスタが不思議な気分を盛り上げている。しかし多分これ、リハーサルだったと思うのだが、マイルスはどうせ出す気はないんで手を抜いているのか、この日は不調だったのか、フヌケのような力のない音で同じようなフレーズをえんえんと繰り返すだけで単調。ショーターの演奏はそんな中でもイマジネーション豊かな世界を描き出すが、いかんせん、ソロ・パートがマイルスのほうがずっと長い。まったく盛り上がらないまま終わる。
 つづく "Teo's Bag" と "Side Car I" は『Miles in the Sky』の時期のクインテットのみでの演奏。実験的で未完成の部分も多い演奏だが、演奏のレベルは高い。 "Side Car II" のほうはこれにジョージ・ベンソンを入れた編成でのリハーサル。ソロは全編ベンソンがとり、ハンコックがこれに応える。それはそれでおもしろい。かえってアンサンブルが邪魔な気がする。
 "Splash" はなぜ未発表だったのかわからないが完成度の高い演奏。『Water Babies』に入っていた "Dual Mr.Tillman Anthony" とほぼ同じ曲だが、冗長で覇気に欠けた "Dual ..." よりこのヴァージョンのほうがずっといい。本作最大の聴きどころではないか。
 "Sanctuary" は『Bitches Brew』に入る曲のクインテット+ジョージ・ベンソンでの演奏。この編成でもこの編成なりの良さはあるが、とくにマイルスのソロ部分がスカスカに聴こえてしまう。ショーター、ハンコックのソロ部分はなかなか味があって良い。
 ラストの "Guinnevere" はもう、試しにリハーサルをやってみたというだけの録音だろう。おそらくどう編集しても曲にはなるまい。聴かないであげたほうが親切では。


04.1.8


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Miles Davis "Directions"        67.5/12,68-    (SME)
   マイルス・デイヴィス『ディレクションズ』


01、Song of Our Country   
02、'Round About Midnight   
03、So Near,So Far   
04、Limbo 
05、Water on the Pond 
06、Fun 
07、Directions I
08、Directions II
09、Ascent
10、Duran
11、Konda    
12、Willie Nelson   

   「04」
   Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (p)
   Buster Williams (b) Tony Williams (ds)    1967.5.9

   「05」
   Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (elp, cel)
   Joe Beck (elg) Ron Carter (b) Tony Williams (ds)   1967.12.28

   「06」
   Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (el-hpsc)
   Bucky Pizzarelli (elg) Ron Carter (b) Tony Williams (ds)   1968.1.12

   「07」「08」「09」
   Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ss) Joe Zawinul (p)
   Chick Corea, Herbie Hancock (elp) Dave Holland (b)
   Jack DeJohnette (d) Teo Macero (per-9)    1968.11.27

   「10」
   Miles Davis (tp) Bennie Maupin (bcl) Wayne Shorter (ss)
   John McLaughlin (elg) Dave Holland (elb) Billy Cobham (ds)   1970.2.17


 本作と『Circle in the Round』はマイルスが長期引退中、マイルス・バンドの未発表録音集としてともに2枚組でリリースされたもの。
 現在ではこれらの録音はボックス・セットになったり、CDにボーナス・トラックで入ったりと、いったいどういう買い方をすれば一番得なのかわからないが、とりあえずこの未発表録音集で紹介させてもらう。
 さて、この2組の未発表録音集、どういう事情があったのかはわからないが、年代別に分かれていなく、どちらも10年以上におよぶ期間の中からちょっとづつ収めてある。現在の目から見るとあまりありがたくない編集だ。

 これらマイルスの未発表録音を見ていくコツとしては、録音年を見るというのがある。つまりマイルス・バンドの場合、録音された時期によってだいたいどんな録音か判断がつく面がある。
 まず67年以前、つまり『Nefertiti』を録音した時期までの曲だが、この時代は未発表録音そのものの数か少なく、既発表曲の別テイクかリハーサル・テイク、もしくはライヴ盤の録音中、時間の関係でカットされた曲等である。当時のレギュラーバンドでの演奏であり、演奏スタイルも既に発表されているものに近い。現在であればそれぞれのアルバムのCD化に際してボーナス・トラックとして収録するのが適当と思える演奏だ。
 そしてその後『Miles in the Sky』への準備が始まる67年末から68年いっぱいぐらいの録音だが、この時期になると未発表録音の数は増え、内容は実験的な性格が強くなり、メンバー的にも新しい顔ぶれが見られたりするが、きちんと曲を演奏しているという印象を受ける。つまりは試みにやってみたが不満足な結果しか得られなかったんでボツにしました……という内容。
 69年以後になると数はさらに増え、実験的な性格がさらに強まり、もはや曲を演奏してはいない。つまり69年以後はスタジオ録音の方法を切り替え、漫然と気の向くまま演奏した素材を後で編集して曲に仕上げる、という形をとるようになったため、未発表録音として出てくるにはその素材となる録音となる。つまりこの時代の未発表録音とは、編集して仕上げようという気にもならなかったボツ素材が、無編集のまま出てくるということになる。
 以上の書き方でもわかると思うが、69年以後の未発表録音はコレクターでもないかぎり収集する意味はあまりないと思う。まず曲にはなってない上、冗長な部分が多く、聴いていてツラい、BGMにもならないものばかりだ。もちろんマイルス・バンドの面々は後でカットすることを前提にして冗長な演奏を繰り広げているわけだから、むしろ聴かないでいてあげることのほうが礼儀といったところ。
 というわけで、聴いていておもしろいのは68年ぐらいまでとなる。

 では、ショーター参加の部分だけ見ていってみよう。
 まず "Limbo (alt.)" は『Sorcerer』収録曲の別テイク。この日ベースがピンチヒッターのバスター・ウィリアムズだったので、ロンで録音し直したのだろう。テーマ部が終わり、アドリブが始まるとリズムが疾走しはじめる『Sorcerer』版に比べ、本作ではテーマ部の優雅なリズムのままアドリブ部に入るのが特徴で、本作のヴァージョンのほうがショーターっぽい。
 つづく "Water on the Pond" は『Miles in the Sky』の準備期間の67年末録音で、黄金クインテットに初めてギターのジョー・ベックを加えた編成。『Circle in the Round』の表題曲も同じく編成だが、演奏そのもにはこちらのほうがずっといい。マイルス、ショーターのソロは決まっているが、ジョー・ベックを入れた効果というのはあまり出ていないような……。これでジョー・ベックを断念してジョージ・ベンソンの参加となったのだろう。
  "Fun" も同時期の録音。これは新しいリズムへの試みだろう。複雑なリズムにのってほぼ全編でショーターの快調なソロがたっぷり聴ける。ショーター・ファンにとってはたいへんうれしい、聴きどころだ。マイルスがソロをとってないのでボツになったのだろう。
 ここからの3曲は68年11月27日録音。『In a Silent Way』の準備期間というべきで、ジョー・ザヴィヌル、ハンコック、チック・コリアとキーボードが3人いる編成。この日初めてショーターはソプラノでの演奏を録音したのだが、既に "Directions I, II" でのアップテンポの演奏も、"Ascent" での幻想的なバラード演奏も完全に自分のものにしている。コルトレーンが最初は下手なまま録音し、だんだんと上手くなっていく過程を見せているのに対し、完全に自分のものになるまで世に出さないというショーターの性格がうかがえる。
 まず "Directions I" と "Directions II" 、ここが本作で最大の聴きどころだろう。 この曲はこの後マイルス・バンドでもウェザーリポートでもライヴの重要なレパートリーになるが、録音されているかぎりこれが初演。多分『In a Silent Way』とは色彩が違うなどの理由でリアルタイムでリリースされなかったのかもしれないが、両方とも緊迫感あふれる名演だ。
 "Ascent" は15分近い長い曲だが、どうやら3つぼどのテイクが繋ぎ合わされたかたちらしい。
 まず最初の4分半ほどはバックの演奏だけで、誰がソロをとるでもなく展開もなく冗長。リハーサルだったのだろう。4分半から9分半までの5分ほどの部分はショーターが主役で、全編でソロを吹く。初めてとは思えない見事なソプラノの音色で、夢幻の境地をさまようかのような幻想的な演奏である。9分半過ぎからはマイルスがソロを吹き、いきなり現実に連れ戻された気分。
 たぶん始めから編集を前提として演奏したのが、最低限の編集しかされず冗長なかんじになったものだと思うが、ちゃんと編集していたらかなりいい曲になっていたと思う。惜しい。
 "Duran" はファンキーなベースにジョン・マクラフリンのノイジーなギターをフューチャーした曲だが、ロック的というにはどこか覇気がない気も。ショーターは後半になって出てくるが、ベニー・モーピンと遊んでいるような印象。


04.1.8


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Lee Morgan "The Procrastinator"    (Blue Note)
   リー・モーガン『プロクラスティネイター』


01、The Procrastinator
02、Party Time
03、Dear Sir
04、Stopstart
05、Rio
06、Soft Touch

    Lee Morgan (tp) Wayne Shorter (ts)
    Bobby Hutcherson (vibes) Herbie Hancock (p)
    Ron Carter (b) Billy Higgins (ds)   1967,7,14


 ついにショーターとモーガンの最後の共演作だ。
 モーガンはショーターと共演歴のあるミュージシャンの中で、最もショーターを意識していた人の一人だろう。
 ショーターのメッセンジャーズ入りもモーガンの手引きがあったというし、メッセンジャーズを離れた後もソロ作で何度も共演。また、自己のソロ作でショーター作の曲を積極的に演奏してきた。
 しかし、これまでは自己のソロ作にショーターを呼んで共演する時は、自作曲が中心。ショーター作の曲をとりあげるのは、ショーターが参加していないアルバムで、という方法をとってきた。ショーターの影響力が強くなり過ぎないようにしたんだろう。
 が、本作で初めて、ショーター参加のアルバムでショーターのオリジナルを2曲とりあげた。それもあって、本作はこれまで以上にショーター色濃厚な、ほとんどショーターとの双頭バンドのアルバムといったほうがいい作品になった。
 参加メンバーはハンコック、ロンは当時の黄金クインテットそのまま。やはりボビー・ハチャーソンの参加がうれしい。
 ハチャーソンは当時のショーターとは近い位置にいた人のはずだが、共演作は少なく、この後は『Jazz at the Opera House』(82)までない。
 1曲目のチムチム・チェリーみたいな"The Procrastinator"でもうハチャーソンの参加が大きい効果を上げている。それにしても、おぼえにくいタイトルだが、「ぐずぐずしている人」といった意味らしい。この曲と続く"Party Time"、ラストの"Soft Touch"の3曲はいずれもモーガン作のマイナー調の曲で、落ち着いた、くつろいで聴ける雰囲気。63,4年ぐらいのメッセンジャーズの作品と並べたらちょうどいいかも。この3曲が本作の一方の雰囲気をつくっている。
 続く"Dear Sir"と、5曲目の"Rio"がショーター作で、これがもう一方の本作の雰囲気をつくっている。この2曲ではぐっと空気が濃密になり、黒い美学といった感じ。そのまま『Nefertiti』あたりの雰囲気だ。ハチャーソンとの相性も抜群だが、モーガンも意外にマイルス以上に合っているかも。もっとこのメンバーの作品がないことが惜しまれる。両曲とも名曲・名演、本作の白眉だ。
 ほか、"Stopstart"は本作の中ではわりと派手な、ファンキーなかんじの曲。しかし、こういった曲だとこのメンバーは生きない。もちろんそれなりの好演ではあるが。

 全体的にモーガンのトランペットはいつもの派手派手しさに欠け、よりなめらかに歌っている。それを新境地と見るか、不調と見るかは人によるだろうが、いつものモーガン色が薄いのは否めない。
 なんでこんな事になったのか。思えばこの時期はモーガンの低迷期で、モーガン自身が方向性を見失いかけてたのかも知れない。ひょっとすると本作はモーガンの賭けだったのかもしれないが、なぜかお蔵入りし、モーガンの死後リリース。これでは賭けた意味がなかった。
 余談だが、作品内容的に見ると、モーガンはこの後69年頃低迷期を抜けだし、じょじょに調子を上げていって、これからという時に不慮の死を遂げてしまった。せめてあと数年生きてたら人気も復活し、V.S.O.P.にモーガンが参加ということもあったかもしれない。残念だ。



03.3.29


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Miles Davis "Msqualero"   (Fonac)



01、Agitation 〜 Footprints
02、'Round About Midnight
03、No Blues 〜 Riot
04、On Green Dolphin Street
05、Msqualero
06、Gingerbread Boy 〜 The Theme

    Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Tony Williams (ds)         1967.10.28

 これはブートCDで全体で、全体で64分ほど。音質は贅沢をいわなければ鑑賞には問題はない。
 録音年月日を見ると、これは Jazzman から出ていた『His Greatest Concert Ever』というブートレグと同一内容なんだろうか。そっちを聴いてないのでわからない。

 黄金クインテットは67年の5〜7月に『Sorcerer』『Nefertiti』を録音した後、10〜11月に短いヨーロッパ・ツアーを行う。このツアーの後にはマイルスはバンドの主導権を奪い返し、テコ入れを行って電気楽器の導入やメンバーの変更を行っていくので、このツアーからの音源が黄金クインテットのほぼ最後期の姿ということになる。この頃になると、ライヴでは各曲をメドレーで演奏するようになってくる。
 さて、『Sorcerer』や『Nefertiti』がマイルス・バンドが事実上ショーター・バンド化していたアルバムだったことでもわかるとおり、この時期はマイルス・バンド内で最もショーターが影響力を発揮していた時期にあたる。そのため、ショーターへの興味でマイルス・バンドのライヴ盤を聴くのなら、最もショーター度が高いこの頃の録音が最適だ。
 さて、このツアーは短いものだが、このツアーからの音源を順に並べて聴いてみると、かなり変化があっておもしろい。この10月28日のライヴはツアーの初期、おそらく初日のライヴらしく、そのせいかまだ固さが残り、この後に続くこのツアーのライヴ音源に比べると、まだこのバンドの真価が発揮されているとは言いがたい。その理由は本作においてはまだバンドが「マイルス・デイヴィス・クインテット」であることを完全に振り切れてはいない事にある。
 具体的にいえば、演奏が定型の編曲の枠内にあり、個人のソロのレベルではかなり素晴らしい演奏を聴かせるものの、バンド演奏のありかたとして定型にとどまっているのだ。このツアーのこの後の日付のライヴでは、テーマ部からマイルスのソロ部分まではやや定型でやり、マイルスがソデに引っ込むと、後はカルテットで自由自在に変化しながら対話的な演奏を展開していくようになる。この定型を脱したカルテット部分こそがこのバンドの真骨頂なのだが、このツアー初期のライヴではまだそこまで達してないのである。
 とはいえ、本作も個人のソロに限定していえば、先述した通り素晴らしい演奏である。"Footprints" におけるショーターのソロが特にいい。それに、いくら定型にとどまっていてイマイチとはいっても、それは同時期のさらに凄い演奏と比べればの話で、これ以前のクインテットのライヴ盤に比べれば、この67年の演奏は相当に凄いレベルのものだと思う。


05.7.11


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Miles Davis "Miles in Rotterdam"



01、Footprints (fade in)
02、Round About Midnight
03、No Blues
04、On Green Dolphin Street
05、Riot
06、Masqualero

    Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Tony Williams (ds)      
    at De Doelem, Rotterdam, Holland   1967.10.30

 これも67年のヨーロッパ・ツアーからのライヴ音源。黄金クインテット最後期の演奏を収録したブートレグだ。収録時間は47分半ほど。音質は発掘ものとはおもえないほど良い。
 このディスクは上記のとおり一曲めの "Footprints" が途中から始まっている。拍手の音がしてショーターのソロから始まるので、おそらくテーマ部からマイルスのソロが切れていて、冒頭の拍手はマイルスのソロにたいするものだったのだろう。まあ、ショーターめあてに聴くならそう大きな欠点ではない。
 10月30日ということはこのツアーの始めのほうなのだろうが、28日のライヴよりはるかに演奏に勢いがあり、ずっと良く聴こえる。一気に調子が上がってきたのか、あるいは録音が良いせいでそう聴こえるという面もあるのかもしれない。
 この時期のライヴを聴いていて感じるのは何より自由さだ。リズム・セクション、とくにトニー・ウィリアムズの自由なアプローチがこの時期のマイルス・バンドの魅力だったんだとおもう。一曲のなかでもリズムが自由に変化し、あるときは静かに、あるときは激しく、自由自在にフロントを煽っていく。
 その自由度はやはり、マイルスがソロが終えてソデに去ってから大いにアップするようだ。例えば2曲めの "Round About Midnight"。マイルスのソロが終わり、ショーターのソロに切り替わった途端にいっせいに駆け出すあたり、すごくいい。そしてハンコックのソロに移ると失速したようにみせて、また徐々に勢いがついていく緩急のつけかた。
 この時期のトニー比べると、トニーの名演として知られる『Fore & More』(63) の頃はまだ全力疾走していただけだったように感じる。
 そして実は、この後もこんなふうな自由なドラミングは聴けなくなってしまう。マイルス・バンドは編曲性を強めて定型のポリリズムを分厚いサウンドで聴かせるほうに進んでいくし、トニーが独立して作ったバンド Lifetime にしても、強力なビートを叩き出すばかりで、この時期の演奏に見られるような絶妙の緩急の差はみせなくなっていくようにおもう。
 まあ、それはそれで行き方の一つではあり、そっちのほうがいいという人もいるのだろうが、この時期のショーター〜トニーの自由で対話的な演奏というのは、60年代のジャズの一つの到達点だったんだとおもう。


07.2.2


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Miles Davis "Live in Europe"      (New Sound Planet)



01、Agitation
   〜Footprints
   〜'Round About Midnight
   〜No Blues
   〜Masqualero

    Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Tony Williams (ds)        1967.11.4

02、All of You

    Miles Davis (tp) Sonny Stitt (as,ts)
    Wynton Kelly (p) Paul Chambers (b)
    Jimmy Cobb (ds)         1960.9.29


 これは1967年のツアーからのメドレー43分ほどに、60年のライヴをオマケとして15分ほどプラスしたブートレグで、音質は良好だ。このオマケのほうはショーター不参加なので、ここでは67年のメドレーだけ見ていく。
 さて、この67年頃のマイルス・バンドは、ショーターが最も強く影響力を発揮していた時期であるが、この時期のライヴのなかでも本作は特に特筆すべきライヴではないかと思う。
 聴き比べてみるとわかると思うが、本作の演奏内容は、1965年のウェイン・ショーター・カルテット(マイルス不在のマイルス・バンド)による『Live at Village Vanguard』の雰囲気にかなり近いのだ。
 つまり、64年のツアーのショーター参加直後の演奏や、『Plugged Nickel』(65) での、他の4人による氷のようにクールな演奏に対し、マイルス一人が熱い演奏を試みて分裂が生じていた演奏と異なり、バンド全体がショーターとトニーとの間の緊張感にリードされて演奏している。特に本作はぼくが聴いた限りこのツアーの音源のなかでも特に演奏の緊張度が高く、まさにショーター=トニー双頭クインテットの真骨頂というべき演奏が聴ける。曲目を見てもショーター作の "Footprints" や "Masqualero" を始め、この時期のオリジナル曲が演奏され、『Plugged Nickel』の頃のようなスタンダード中心の曲目から脱皮している。
 しかし、マイルスがいるにもかかわらず、マイルス不在の時の演奏と似てくるということは、マイルス以外の4人が勝手に疾走していってしまい、マイルスの手綱さばきがきかなってきたことを意味している。「マイルス・バンド」である筈が、もはやマイルスがバンド内で影響力を発揮することは難しくなり、マイルスは他のメンバーの演奏に合わせていくだけ……という状態だったことがうかがえる。
 これではいけない……とマイルスはこのツアーの後に主導権を奪い返し、『Miles in the Sky』(68) 以後の路線へ進み、事実上黄金クインテットは崩壊していくわけだが、それは後の話だ。
 ここでは、マイルス・バンド史上最高のメンバーが揃った黄金クインテット、マイルス自身を超えてしまったマイルス・バンドともいえるグループの最も脂がのりきった時期の演奏を鑑賞しよう。


05.7.9


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   Miles Davis "No Blues"



01、Round About Midnight
02、No Blues
03、Masqualero
04、I Fall in Love Too Easily
05、Riot
06、Walkin'
07、On Green Dolphin Street
08、The Theme

    Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Tony Williams (ds)        1967.11.6  

 これはブートCDRだが、かなり以前からブートCDとして出回っていたもの。違うタイトルで何度も出直されたりしているようだが。たぶん、このタイトルが一番有名ではないだろうか。収録時間は72分半ほど。以前出ていたものはわからないが、最近ぼくが入手したものは、オフィシャル並みと言っていいほど高音質だ。
 それにしても最近のブートレグの音質の良さはどういうことなんだろう。80年代以後のライヴを収録したものが音質が良いのは理解できる。技術が進歩し、サウンドボードから DAT に落とせば簡単にオフィシャル並みの音質で録音できるようになったからだ。しかし、こんな1967年のライヴまでが平気でオフィシャル並みの音質で出てきたり、劣悪な音質だったブートレグが大幅に音質を改善されて出直されたりしている。こういうのって、新しいテープなどが見つかったということなんだろうか。それとも人工的にこれほど改善できるもんなんだろうか。そっちのほうは詳しくないもんで、わからない。
 いずれにしろ、高音質なものがネットで簡単に買えるのだから、いい時代になったものだ……なんて書いてしまっていいのだろうか。けっきょくは非公式盤だし。……でも、同時期のライヴがオフィシャルで出ていない場合、ブートものでも聴きたくなるファンの衝動は押さえがたいものだ。ほんとうはオフィシャルで出してくれたら一番いいのだが。
 さて、音質が良く、収録時間も長いので、お買い得かというと、そうもいえない。
 どうもこの日のマイルス・バンドは妙におとなしい、数年時間が戻ってしまったかのように、型にはまったオーソドックスな演奏をしている。もちろん、この時期のこのグループにしては、という話だが。
 この日は不調だったのだろうか? それとも、会場側からの指示でおとなしく演奏するように頼まれたのだろうか?
 ぼくは何らかの理由でオーソドックスに演るよう指示があったんじゃないかという気がしてしまう。前日までのライヴと違って、各曲がメドレーになってなくて一曲づつ演奏されていたり、勢いに乗ってくるところでリズム隊が申し合わせたように静かになってしまったり、なんだか不調という理由ではこうはならないような気がしてくるからだ。
 それでもまあ、こういう演奏のほうが好みだというファンもいるだろう。半分50年代に戻ってしまったかのようなテイストだ。


07.2.2


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     Miles Davis Quintet "European Tour 1967"      (Impro-Jazz)



Disc-1
01、Introduction
02、Agitation
03、Footprints
04、'Round About Midnight
05、Gingerbread Boy 〜 The Theme

    Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts)<br>
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)<br>
    Tony Williams (ds)         1967.10.31

06、Agitation
07、Footprints
08、I Fall in Love Too Easily
09、Walkin'
10、Gingerbread Boy 〜 The Theme

    Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts)<br>
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)<br>
    Tony Williams (ds)         1967.11.7


 1967年の二つのライヴが収録されたDVD。「1967年10月31日」のライヴが33分、「1967年11月7日」のライヴが42分ほど。映像はモノクロで、美しいとはいえないが、頭にくるほど酷くはない。音質はなかなか良く、特に11月7日のライヴのほうがいい。
 映像の貴重さはさておき、サウンド部分のみにおいて見ていく。

 まず特筆すべきは「1967年11月7日」のライヴの部分だ。これは1967年の黄金クインテット最後のツアーからのライヴ音源のなかでも最高級の演奏だと思う。
 このツアーでも最後期の音源だが、3日前の『Live in Europe』と比べると熱い勢いこそ劣るものの、対話しながら自由に展開していく演奏の緊密性が増していて、いわばクールな名演となっている。
 同じ67年の「10月31日」は別記『Msqualero』の3日後になるツアー初期の音源だが、もはや『Msqualero』での型にはまった演奏から抜け出して、自由に対話しながら演奏していくスタイルが出てきている。ツアーのもっと後の音源に比べれば多少劣るものの、これも良い。
 つまりはこのツアーは、全体的にいって後期になるにしたがって、演奏の対話性、展開の自由度がどんどん増していっているのが感じられる。

 さて、このツアーの後、マイルスがエレクトリック化へすすむテコ入れを行うために、黄金クインテットは事実上このツアーをもって終わるわけだが、もしマイルスがテコ入れを行わなかったら、この後このバンドはどうなっていたんだろうか。
 このツアー中の演奏スタイルの変化や、その後のメンバーの活動を見ていくと、やはり集団即興性が高まる方向に進んでいったように思う。この後のショーターとハンコックの演奏の対話性は緊密なものがあるし、トニーも喜んでこの方向性に乗っただろうと思われる。ロンは、積極的には乗ったとは思えないが、ベーシストとしての役割は果たしたであろう。最大のネックは、やはり最後まで集団即興はできなかったマイルスだ。
 後にマイルスは自伝のなかで、この時のグループはトニーやショーターやハンコックのアイデアを送り出していただけだった……と述懐しているが、その送り出したアイデアにマイルス自身がついていけなくなったのでは仕方がない。音楽的アイデアが他のメンバーのものだったとしても、人間関係上のリーダーはあくまでマイルスなのだから。
 マイルスがこの後テコ入れを行って、自分の方向へとバンドを引き戻そうとしたのは、マイルスとしては正しい判断であったわけであり、やはりこのグループは残念ながらここで終わるしかなかったのだと思う。
 もちろん、このままこのグループがこのグループの方向性でどう発展していったのかという意味での「その後」を聴きたい気持ちはあるだろうが、そう残念がる必要もない。アコースティック・バンドにおける集団即興の演奏ならば、21世紀に入ってからのウェイン・ショーター・カルテットや、ショーター+ハンコック+ホランド+ブレイドのカルテットで、さらに理想的なメンバーによる演奏がたっぷりと聴くことができるからだ。


05.7.24 /09.6.18改




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