社会保障法・労働法の解釈・読み方
自由主義と民主主義

富士市 社会保険労務士 川口 徹
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法の目的は 
憲法11条 http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/kenpou.htm#kp11
憲法12条 http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/kenpou.htm#kp12 
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ
憲法13条 http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/kenpou.htm#kp13 
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

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法の目的は 人の幸福なのです
shutyou/kouseikeizai.htm

資本主義体制は手段としての制度 なのです 
企業は営利追及(_人の幸福ではありません)しますが なすべきことを決めるのは人なのです
企業の営利追及行為によって人に幸せをもたらすことができます 程度を超えたり事業目的により不幸をもたらす場合があります そのような場合は企業活動を停止したり禁止したりして人に幸せをもたらす範囲で営利行為が認められているのです

営利追及行為を操作をするのが人なのです 人は法の支配に従って判断します

自動車を運搬の道具として利用していますが運転手は人です 運転手が操作するから危険な自動車が役立つのです 運転手は交通ルールに従います
資本はそれ自体何もできません 人間がそれを道具として人間の希望を具現しているのです
また道具もいろんなものがあります
そして その人間がどのような人なのかにより道具や周りが影響を受けるのです
 

営利追求行為が人権を侵害しないように法の支配に従って企業を操作するのが人なのです

そのような人であるためにも自由が必要なのです  自由と規律 

さらに平等も友愛もないと自由が保障されないのです ヒューマニズムのない自由は論外なのです
自由が個々人の多様なかたちの幸福を実現できるのです

それに個々人に自由があることが環境の変化に対応していく最良の方法なのでしょう

市民法 人と人が平等の立場
労働(団体)法 資本と組合が対等の立場
社会保障法 政治行政の優位 企業目的の限定 友愛 ヒューマニズム

M&A買収合併は資本と資本の争いです
この争いに決着をつけるのが労働です 労働がなければ資本のみではゴミも同然です

然るに資本に従順な労働が多いのです これからは労働に従順な資本の制度を創設しなければなりません

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社会保障法の解釈・読み方

社会保障法の解釈・読み方

自由は人の目的

人とは あなただけではありません  自由と自由の摩擦 対立  サバイバル闘争 共存 生存権の獲得確認
従って皆が幸福になるにはどうすれば良いかということが大切なのです
公共の福祉という言葉で表現されます
私権と公共の整合 価値観の多様化・ダイバーシティー 許容の範囲

(個人の効率的な判断は社会全体の最適な選択につながらない 社会的ジレンマより)

法の解釈もそれにしたがって行います
しっかりした理念と強い意志 高邁なる精神 2005/2/18

法には立法目的があります 

法の趣旨 解釈事例 透明性 文書

法は 条文として言葉・文章で表現します(大陸法) 

英国では判例から法を表現します(英米法)過去の事実と現在の事実の同じところ違うところを浮き出し判断します 法が膨大な文章(判例)で表現されるのです

大陸法の考え方では条文と現実との乖離に悩みます 短く表現された条文に事実を充てはめます 複雑な事実を単純化してしまうのです わかりやすいのですが結論が現実的でなくなるのです

日本では英米法の影響も受けていますが大陸法のように条文を基に解釈します 

判断には根拠事実を共有する必要があります (要件事実 客観性)
言葉の意味内容が共通でなければなりません そのためその意味などを定義します 
それでも共通の理解が得られないことがあります 
最終的には当事者同士が相手を理解しようとする姿勢が重要になります 

論理より 情緒 国家の品格 藤原雅彦
論理より 情緒 
論理には出発点が必要 その出発点は常に仮説である だから論理は論理だけで完結しないのです
正しい論理を選ぶために 論理以前の総合力=情緒が重要なのです
2006/4/6 国家の品格 藤原雅彦より

社会保障法には国民の生存権を守る役割があります 
権利を守る場合と積極的に獲得しようとする場合があります
生存権確保の為として。
社会権・生活維持のために生活費等の要求する場合と 
労働権・就業・雇用の機会を与えよとかあるいは起業の援助の請求があります

昔は権力者の横暴な要求から人民・個人を守る為防御的に法が制定されました 
立憲主義 憲法に基づいて国家権力の乱用を防止し 国民の権利・自由・平等(自然権思想)を守る考え方をいいます)
イギリスにおけるマグなカルタが有名です 1215年    フランス革命 人権宣言1789年
国家からの自由

19世紀後半以降 階級対立 国家による生存権保障が求められていく
現在では更に進化して
国家の平和繁栄の為には国民の生存権を保障したほうが良いという考え方が基本にあります 
そして国家に対する権利・国家による自由とされましたが 社会政策 行政の目的ともなっています 社会保障法になります
個人対個人 企業対個人の関係にもにも使われるようになりました  (憲法の間接適用説)
具体的判断はケースバイケースとなります
いろんな立場から考察して 判断します 合理的理由いう表現を使います 

自由主義と民主主義の戦いの様相でしたが しかし・・・・
ナチスは民主体制から生まれました 第一次大戦の混沌のため自由が理解されていなかったのです
少数の支配者から生まれた社会主義国家も破綻しました

なぜか君主のいる自由で民主的な国家がバランスの取れた安定した先進的国家になっているのです 
英国 北欧の国 日本

自由はすべての人がほしがります 自由は強者が謳歌します 富と権力の担い手となります 強者に選択された弱者は強者の自由に奉仕します

排除された弱者は貧者となります これに対抗するのが民主主義の思想です 
民主とは国家の主権が国民にあることと国語辞典にに書いています 人民の力により 人民全体の利益のために政治を行う主義を民主主義といいます 参政権 選挙制度の確立  
リンカーンのゲティスバーク

リンカーン at ゲティスバーグ

でのスピーチが有名です1865年の11月

民主は制度手続きとして具現

君主国家からの自由 (自由権)が 企業国家を経て 国民主権の国民国家になると国家による自由と変革します
参考 
shutyou/st2005.htm#5

国家が 強者(例えば経済的強者)の自由を制限規制します  強者には資本主義社会では(強い)企業が該当します

国家はすべての人を包含します  包含の論理です 国家の権力者は選挙で選ばれます  

富の力が影響すると企業家の意思が国家の意思になります 株式会社では株式平等の原則になります 
国民国家ではこれは避けなければなりません
労働法入門rodso.htm

企業等の強者は自分に都合の良い人を選択します 企業に役立たずと判断された人は排除されます 選択・排除の論理です 労働関係では解雇の自由になります 昭和30・40年代(1960)の学説 この思想が企業悪行の数々として平成10年前後(バブル末期)顕在化したのです

企業は目的完遂には効率的最適な方法をとります 人も利潤追求の対象であり手段ですので代替物(人)を安価に入手しようとしますし できれば絞れるまで絞ることもします 労働力しか売るもののない無産階級労働者は当然生死をかけた生存権の戦いになります(三池炭鉱労働争議) 一山一家の元に絶望的団結で戦う 石田博文労働大臣
(労働基本権・具体的権利説)

企業は利潤を上げるには労働者に飴(アメ)を与えるが良いか鞭(ムチ)を与えるがが良いかの判断があるのです
子供の人格的教育にも飴か鞭か 労働者から利潤を上げる方法としても飴か鞭か 

企業が国家になると感じた人は資本論に組し共産国家を理想としましたが 共産国家は独裁国家になりました (1991年8,19ソ連崩壊)

国民の意思に立脚しない支配者が価値の支配者となり価値の押し付け社会となったようです 自由なる思考により成り立つ社会を 多くの人々は望んでいるようです

国家の統治者が富の影響力を排除した本人の自由なる意思による選挙で選ばれている国は現在先進国とといわれています 国民の生存権の確保

企業などを含めすべて国の構成員が民主主義国家の支配下にあれば 国家の目的として国民の幸福追求が可能です

国民の幸福追求が目的ならば法の解釈はそんなに異なることはありません 話せば解る・平和的解決の範囲です

富の力で国家が企業家の手中に入ると目的は経済成長 国民は富を生み出す労働力 家畜化されます

一部の権力者は 人々から富を収奪し 富により さらに大きな自由を獲得し 生活をエンジョイしようとするのです

自ずと行動が違います 選択・排除の論理は 不安を生み 許容の範囲を超え社会不安の震源になります・生存権をかけ絶望的闘争にまで進みます 企業目的の偏狭さと絶望的労働闘争はワンセットなのです

民主的な判断で自由の落としどころを探るのが大切なのです 民主は制度手続きとして具現され その結果に対する権威なのですが  自由は人の目的なのです
shutyou\jiyuu.htm

自由と自由の闘争をなくする役目が民主的手続きなのです 従って民主主義は自由主義にコミット(関与)すべきなのです

対立するのは 自由と民主でなく 自由と自由なのです

民主は中和剤なのです 中和剤の中身は国家の主権者たる国民の意思です 現代の黄門様の印籠は国民の意思なのです 
公共の福祉という言葉で表現されます 
対立紛争をなくすために相互に自由を抑止調整したりすることです

以前は全体の利益のためには個人の利益は犠牲にしなければならないという理解がされました

自由は民主を育て(民主的制度・民主主義思想が広がります)民主は相互理解により自由を拡大します

その保護の対象は国民です 社会法 政府に対しては直接的積極的な権利の主張になるでしょう 

労使間では労働者保護です 労働法 

企業に対して 防御的権利の主張になるでしょう 企業が政府に影響力が強ければ 直接的物理的闘争になっていくでしょう

民主体制になっていれば
権利の侵害者から(企業の場合が多い)国家を通して人の権利を守ることになります(判例は間接適用説)


国民は労働者でもあるが 国民は労働者としての存在だけではない 
生活の享受者である 少子化社会の原因shoskg.htm#1
shutyou\kouseikeizai.htm

生産と消費 
生産者(労働者貧困層)と消費者が分離から同一化に 
主たる消費者が権力者・富裕者から一般市民・労働者へ

社会政策で個別資本(個別企業)と総体資本総体資本(国家)という表現がなされました 
大河内東大教授(社会政策論)
国民は労働者です 経済成長がはじまる頃です

総体資本と資本が付いている限り経済的理解から抜けきれないのでしょう もっとも社会政策は経済学の範疇です 
経済学的に資本が労働者を保護する根拠を示したのでしょうが 条件が整えばそのような場合もあるということです 

本質的に国家と資本は異なります 
資本に優越する国家の権力の根源は主権者たる国民の意思なのです

それを担保するのは国民の具体的行動力なのです 
具体的行動力は具体的破壊力を想像させるものでなければなりません 
リアリティーが人の行動思考に強い影響を与えます
2005.11フランス移民者の差別感が暴動蜂起

 

生活を享受するには生産が重要です 

就労形態が大きく変わりました 
独立自営型が少なくなり国民の殆どが被用者の雇用形態になりました

生産の主な役割は企業が行っています 国民が労働者として労働を提供しています

 

企業は労働力が必要です 企業は労働力になるまでの国民にはあまり関心はありませんでした 
それまでは各家庭の責任で育成していました

労働力として役立つようになると労働者として雇用しました 労働力の育成費は個人もちです せいぜい労働運動で生活費として無理やりに勝ち取りました

企業は労働者いじめをしたのでしょう 
低賃金長時間労働 資本家・経営者と労働者の所得格差 横柄な金満家 

男女共同参画社会というのがあります 一件もっとものようですが 
少子化問題を個人夫婦の問題として捉え 男性が育児・子育て参加することを強調しています  
これは論点をはずす体制側の責任逃避的言動なのです
それに 私生活まで指導する恐ろしさを感じなければなりません 余計なおせっかいで済まされないのです

子育てしながら働ける環境 子育て費用を誰が持つか 

子育てしながら働ける環境
仕事と育児index2.htm

問題なのは雇用・労働関係なのです 子育てしながら働ける環境 子育て費用を誰が持つかということなのです 
所得が二極化していることは 子育て費用を企業家が収奪していることなのです 
そのため若い労働者の賃金が子育て費用まで回らないことなのです 
従って問題にすべきなのは政府・企業側の考え方なのです
企業の経営安定の口実で賃金を抑えたことが少子化に繋がり所得の二極化に繋がっていったのです
所得の二極化kmkkkg.htm

そこで慌てたのが政府と企業なのです
労働者がいなければ企業は活動できません 国力も衰退します
だから個人の自由意思に任せられるべき出産まで口出ししてきたのです
 

なにしろ企業は人がいないと成立しないのです 
営利追求のため子育て費用を追認するという現象が生じたのです 
設備投資と同じ理解になったのです 

個人と企業は異なった効果を期待しながら(個人は生活そのもの 企業は労働力獲得)
子育ては 共通の目的
であるという理解がされ始めたのです
かくして子育て費用は
企業が児童手当などの名目や社会福祉の費用としてして納付するのは当然だと意識されることになるのでしょう
企業の子育て支援
企業の子育て支援index2.htm#11   

その延長線上として
労働者の育成費用も企業もちだと思われるようになっ行くのでしょう
今では国が子の育成費は労働力の育成費といって企業からおそるおそる税金としてほんの少し徴収するようです
子育て費用は誰が持つかkosodate.htm#101

http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/kenpou.htm#kp13
生きるとは
つい最近までは いや今でも「生きる」とは・・・・・
現況において 
選択出産のボーダーライン上にいる当事者により その答えとして 
出産を諦める選択がなされています 
そのため まだ少子化に向かっているのです
 

生命が経済成長至上主義的思考に拒絶反応を示しているのだと思います

憲法11条 kenpou.htm#kp11 には国民の基本的人権は侵すことのできない永久の権利とされていいますが 
現場ではいまだ無理解な出産・育児環境なのです
少子化の原因shosiko.htm#16-2

こうした情勢の中で国家は少子化対策 社会保障政策を考えるのです 
自ずと社会保障法の解釈もこの線にそったものになるでしょう
2005/3/30

現時点においては 
出産該当者の選択の結果が少子化なのです 

然るに 
育児を負担しない・責任を負わない当事者以外の人が少子化を憂いているのです 

政府 企業は 
若者に意識の転換を求めます 強者の目的に誘導教育するのは 全体主義とか強者の論理です 
国民を労働力の対象のみとして捕らえ 人間的側面に非情は態度を示すのです

企業は
外部(海外・外国)に安価な労働力を求めました  
欲しいのは安価な労働力なのです 
そのためにはボーダレス思考が有利なのです 
人を資源としてみるわけです だから世界的視野からの判断のようです
ヒュウマニズムのボーダレス思考とは対極的に違うのです
そのような企業や人が権力に繋がると
国民は企業経営の手段・道具として位置付けられます
 かれらからみれば 人間家畜なのです
彼らが 
国民は 生産の従事者
(企業経営の手段・道具)であるが 生活の享受者(尊重すべき同胞)でもあるとの理解で接すれば 少子化は止まると思われます  
優れた労働力を欲すれば人間的側面をも配慮しなければならないと気づくはずです

しかし人口問題は違う視点からも永遠な関心事ではあるのです

偏在している富と表現されている所得の二極化は社会制度の不備の結果なのです 
社会制度の不備により運良く好影響を受けた人と その不備を利用して富を蓄積する人が 
社会的に悪影響を及ぼす程になっています

今までは組織が拡大すればそれに対応して富が偏在していっているのです
社会制度の不整備から生じる富の偏在がこれからの政治課題になります 
2005/6/20

人口減少社会を怖がるのは弱肉強食社会(レッセ・フエール自由放任社会)・戦争を思い浮かべるからでしょうか? 戦争の強い国は人口が増え続ける国です 武力により経済支配力を獲得できる思想です 国際平和が保障されれば 人口減少社会に不安を感じる必要ないでしょう
中華人民共和国(中国)を脅威と感じる人たち 人命を軽くみる国は戦争が強いのか

強者は 強者相互の意思の疎通が盛んで団結協力してますます強くなります 弱者は不平不満を言うが相互の助け合い協力・情報交換・団結を避けます そのため世界が小さく孤独になり ますます弱くなります 当然選挙も不平不満をいい投票に行かない理由を考えます 投票すれば責任を感じます この違いが 政治を左右します 国の良し悪しが決まります 2005/7/6

大切なのは まず自分は何をすべきか考えることでしょう これは民主型思考の根幹でしょう

レッセ・フエール自由放任社会は弱肉強食社会といい体力的強さがイメージされ 人々はその克服を意図しました
今ではレッセ・フエール自由放任社会は知的優秀さの弱肉強食社会なのです 弱肉強食社会ということでは同じなのです

体力と知力の闘争でで現在は知力が勝ったというだけの話です 
次の闘争は人々の幸せという理念が強者である社会がいいでしょう

自由と自己責任shutyou/shutyou.html#14

工業化の社会体制が人口減少化社会なのです 大量生産社会は物社会なので 生命軽視社会にむかったのです 物社会のリーダーが人社会の指導者になったので生命尊重社会でなくなったのです 2005/11/18
女性労働の変遷jyoseihen.htm

生きているとは
自然や物事に驚嘆し感動する時に意識します 
生きているとはそのことのような気がします 気持ち 心の意識でしょうか
生きる 生きているshutyou/ikiru.htm
2006/1/14

つい最近までは いや今でも「生きる」とは つい最近までは いや今でも「生きる」とは
機会の平等 土地分配 農地改革 高度経済成長 再分配政策 階層の固定化
http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/shutyou/ikiru.htm http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kentoukai/adr/dai13/13gijiroku.html   

 

 

くたばれ経済成長指標 2006/3/20

子育て少子化対策kosodate.htm#101

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行政型と司法型
条文の解釈は行政型と司法型があります

司法型は国民の自由保護を目的としますので 人により解釈にぶれがないように用語など文言が厳格に使われます
行政型は 行政目的達成の為行政官の解釈 自由裁量などがあります 

これからは自立 主体性 自由権重視の司法型に代わっていくようなきがしますが国民の意識次第でしょう

20世紀前半は自由は貧乏になる自由といわれました 弱肉強食のイメージが重なりました 
社会主義思想が移入されました 吉野作造 民本主義といわれました  京都には河上肇という人がいました 大正デモクラシーといわれました

民主主義思想が普及しました 

行政が積極的に活躍しました  迅速 公正 画一 に国民に応対しなければなりません

官僚型になっていくようです  住むところも食料も充分ありますが 自由権は制限されます

創立時の理念実現が行政官の生活保障目的に変わり限りなく大きな政府になっていきます

運用は硬直的になっていきます 

司法の判決のようにじっくり時間をかけて判断できません そこで判断の行き違いがでます 

そのため小さな政府にとどめなければなりません

司法型は
法に違反しない限り何をしても良いと解釈され自由が尊重されるために活気がありますが心が休まりません 
悪知恵が横行するかもしれません 
そのため監視が必要です お任せ社会でなく 全員参加型社会でなければなりません

ここを相互に理解しなければなりません 主権者たる国民のバランス感覚次第でしょう

言葉は相互理解の道具に使われますが 
その言葉が
周辺を切り離し排他的になり独自な意味を持ち周囲に影響することがあります 
文学 哲学の世界では認められます 
人の世界・社会保障法の世界では 言葉の世界は目的でなく手段なのです 言葉の意味に人が合わせられてはいけません 人に合わせ周辺事情を考慮して意味付けをします

法の司法型解釈を悪用したと思われるのがライブドア事件のようです 
また ばれなければいいという考え方がベースにあるのです
継続的に大掛かりに そして周りを混乱させたので犯罪ということになったのでしょう 
一般人の多くは 単発的に小規模に周囲に たいした害を与えずに終わっているのを経験しているでしょう
「ばれなければいい」という考え方は多くに人の口にはださないかもしれないが 生活のよりどころとされている言葉です
程度問題なのでしょうか 目的の善 義 利他などが 少なる悪などを洗い流すなどロンダリングするのでしょうか 
20061/25

形式知・暗黙知shutyou/shutyou.html#4

労働契約法rodkyh.htm

9 労働法 労使関係の歴史

10 集団的労働関係 集団的労使紛争
11 個別的労働関係 個別的労使紛争

12 労働法 労使関係の歴史

13 労働法の解釈

 

少数派の意見

少数の支持者から多数の支持者へ

少数者の境遇からから多数者の境遇へ

意見の相違は立場の相違

異質性と同質性

質の違い 量の違い

視点の多さ 視点の少なさ

社会保険労務士 川口 徹  BACKホーム

憲法kenpou.htm 
国家の権力の基本的あり方を定める法規範

社会保険法 shahohou.htm

労働契約 roukihou.htm#1-2

〔労働災害〕平成14年労働災害データが確定した。全国 死亡災害 1,658人 休業災害125,918人
(詳細は以下に掲載)
http://www.campus.ne.jp/~labor/sokuhou.html

女性パートの平均年収は152万円  152万円以上 35% 130万円未満 21%
http://www.tokyo-hellowork.go.jp/iidabashi/riyou/kounenreikeizoku.htm

飯田橋ハローワーク高年齢雇用継続給付
http://www.mhlw.go.jp/topics/2003/04/tp0425-1.html

http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/kaiko.htm 解雇

http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/roudou/kaiko.htm 解雇 雇い止め

http://www.bekkoame.ne.jp/~bozhi/ 茶壷

 

 

リンカーン at ゲティスバーグ

リンカーンは 
1865年の11月そのゲティスバーグの激戦地を訪れます、
その時のスピーチです、
民主主義の基本を述べたものとして有名です。

南北戦争(Civil War) は1860〜1865年、

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent a new nation cenceived in Liverty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great Civil War testing whether that nation or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle field of thar war. We have come to dedicate a portion of that field as a final resting place for those who have gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.

But, in a larger sence, we can not dedicate --- we can not consecrate --- we can not hallow --- this ground. The breave men living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remenber what we say here, but it can never forget what they did here.

It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be dedicated to the great task remaining before us --- that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion --- that we here highly resolve that there dead shall not have died in vain ---

that this nation, under God, shall have a new birth of freedom --- and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

87年前 ・・・・・・
自由を望み、
全ての人は平等であるという命題を掲げた 
新しい国を・・・・・。

我々が・・・・・・・は

そのような理想を掲げた国が存続していくことが可能なのかが・・・・・。
私たちはその戦争の激戦地を目の前にしています。
そしてそのような国の存続のために
命を捧げた人々の安らかな眠りの場として幾ばくかの場所を作ろうとしています。
これはまさにしなければならないことです。

しかし大きな意味で言えば
私たちは決してこの土地を決して捧げることも清めることも神聖なものとすることもできないでしょう。
ここで戦い亡くなり或いは生き残った勇敢な人達が既にこの土地を気高いものにしているからです。
そして・・・・・・・。

私たちがむしろしなければならないのは、
ここで戦った人たちの理想を更に進めていくことです。
私たちはこの目の前に残された仕事を仕上げなければなりません。
この名誉ある死者たちが
最大限の献身によってもたらしてくれたその結果を
更に大きなものにしていかなければなりません。・・・・・・・・・・。

私たちが・・・・・・・・。そして人民の、人民による、人民のための政治は・・・・・。

リンカーン
1864年の大統領選で再選、
1865年4月、リー将軍が降伏 
戦争終結直後の14日南部支持者により暗殺される。

生活重視の社会http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/seikatu.htm

社会保障法の解釈・読み方 (自由主義と民主主義)

1 労働法の解釈rdkaishk.htm
労働法入門rodso.htm http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/rodso.htm
民主は制度手続きとして具現
資本主義体制は手段としての制度
2 社会保障法各論http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/index.html
民主主義seiji/minshsg2.htm
厚生経済shutyou\jiyuu.htm
http://www.gpc.pref.gifu.jp/infomag/gifu/100/7-kawade.html
3 国民は 労働者でもあるが 生活の享受者である
生活を享受するには生産が重要です 
  経済成長至上主義的思考に拒絶反応
個別資本と総体資本
4 法の目的は 人の幸福なのです
年金と雇用と社会保障shahosho.htm
5 条文の解釈は行政型と司法型があります
法化社会ruleoflaw.htm
労働契約法rodkyh.htm  
少子高齢社会shosiko.htm  
育児支援sienn.htm
6 子育てしながら働ける環境 子育て費用を誰が持つかkosodate.htm#102
子育て対策 子育て支援kosodate.htm#101
企業の子育て支援index2.htm#11  
7 社会保障法とその発展shakaiho.htm
社会保障法の歴史shakaiho4.htm
8 社会保障法私見nenkin2/shakaiho.htm
9 高齢化社会の年金nenkin2/shaho.htm
  http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/kenpou.htm#kp14
http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/kenpou

労働法 労使関係の歴史
http://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/1657/
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/ashiobodo.html
http://www.happycampus.co.jp/docs/983429959901@hc06/9734/
集団的労働関係 集団的労使紛争
個別的労働関係 個別的労使紛争

リンカーン at ゲティスバーグ

 

 


                           

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