My \(^o^)/ Sound!


 私は5歳〜6歳にかけてオルガンを習い、小学校の6年間はアコースティック・ピアノを習ってい
ました。

 実は、なぜ習っていたのかは未だに不明でして、ある日突然、母に連れられて自宅から歩いて5分
ほどの所にある、うちの家と大差ない一般住宅に連れて行かれ、「この人か先生よ」と母と同年代ら
しい女性を紹介されました。

 「はじめまして、私が先生です。じゃあまず音符と楽譜の記号の読み方から始めましょうね」と、
事の成り行きが理解できずにあっけに取られている私をよそに音楽の基礎講座が始まりました。

 状況がいまいち飲み込めないまま、それから週1回のレッスンが始まりました。レッスンのメニュ
ーはピアノ演奏だけではなく、音符を音階に合わせて声に出して歌う "ソルフェージュ"、先生がピ
アノを弾いて出す音を聞き分けて書き取る聞き取り練習、音楽記号の書き取りテストなど、音楽の基
礎全般に渡っていました。

 しかし、元々私が望んだ事ではなかったためやる気がまったく起きず、レッスンは遅々として進み
ませんでした。(私が自宅でなかなか練習しようとしないため、ピアノを10回弾くまではテレビを見
せないとお袋に言われたほどでした)

 また、当時、「ピアノは女がやるもんだ」と言う風潮が小学校にあり、同級生からはいじめられこ
そしなかったものの、皆で遊びに行く話をしている時に、「ピアノのレッスンがあって行けない」な
どと私が言うと、嘲笑の対象にはされました。

 周囲の環境がそんな調子ですから、約40名はいたであろうピアノ・スクール生の中で、男は私以外
にはエレクトーンをやっていたひとりだけしかおらず、女の子に囲まれて肩身の狭い思いをしていた
ものでした。

 当時は、男女がいっしょに遊んでいると、学校で冷やかされて仲間はずれにされるような風潮があ
ったため、とても女の子に囲まれて嬉しいと言う状況などではなく、私は、むしろピアノを習ってい
る事を負い目に感じていました。(しかも、ピアノ・スクールの中でも、同期だった女の子たちと私
では実力に雲泥の差があったため、その点でも肩身が狭かったのです)

 結局、普通の(やる気がある)子ならば1年程度でクリアする基礎テキストの『バイエル』(赤い
表紙のスコアと黄色い表紙のスコアの2冊組)を修了させるのに、途中を飛ばしてもまるまる6年も
かかってしまい、中学に進学した時、『高校受験に備えるため』と言う大義名分の元、両親公認の上
でピアノを退役しました。

 私のピアノ・スクールにおける最終的な "戦績" は、バイエルを(中途半端に)修了。それにスク
ールの発表会(ちゃんとした公会堂を借りて行う)での演奏3回でした。

 自分で言うのもなんですが、中途半端ながらピアノをやっていたおかげで、小学校〜中学時代の私
の音楽の成績は抜群に良かったのですが、高校入試の科目に音楽はありませんから、内申書が少々良
くなる程度で大した御利益はなかったような気がします。

 それからばったりと音楽演奏はやっていなかったのですが、会社に就職してからしばらくして、中
学時代からの親友と電話で話していると、何とシンセサイザーを始めたとの事。

 その話しを聞いてキーボート雑誌なるものを読んで見ると、中学/高校時代にはとても手が届かな
いほど高価だったシンセサイザーが、最下級機種ならば何とか買えそうな値段になっていました。

 事ここに至り、私は憧れていたYMOの曲をプレイすべくシンセの購入を決意し、音楽演奏に復帰
しました。

 しかし、ピアノ退役以来の10年を越えるブランクで指がなかなか動かず、1年程度はリハビリに費
やす事となりましたが、それでもピアノ・レッスンをまともにやっていなかったせいで基本的な演奏
テクニックがなっておらず、まじめにやっときゃ良かったと今では後悔している有様です。(^^;

 そんでと、以下に私が目指しているアーティストや憧れているアーティスト、気に入った曲を紹介
しておきます。ジャンルがまちまちなのが特徴と言えますかね・・・。(^^;


私が好きなアーティスト
飯島真理
沢田研二
イエロー・マジック・オーケストラ
オフ・コース/小田和正
カシオペア
クリストファー・クロス
小比類巻かほる
東海林修
谷村有美
浜崎あゆみ



私が好きな歌手
森口博子



昔ハマったアーティスト
レベッカ



私が好きな曲


洋楽ミュージックお勉強プロジェクト