「双子の星」に登場する星は?(2)
   

「双子の星」に登場する星は?(2)


「星めぐりの歌」
 「星めぐりの歌」はいろいろな研究者に議論されてきた部分です。歌の内容が実際の星座と大きく異なるためです。 賢治の単なる誤りなのか、それとも意図的な表現手段なのか?

あかいめだまの さそり

星座図 解   説

さそり座
さそり座は夏を代表する星座です。 そして賢治が最も愛好した星座とも言えます。 「赤い眼玉のさそり」と歌われていますが、その赤い星は1等星のアンタレスで、星座上は「さそりの心臓」をさしています。 ではなぜ、賢治は眼として表現していたのでしょうか。 草下英明先生によれば(1)、賢治には元来、目立つ星を「眼」としてとらえる感性があったのではなか?と説明されています。 例えば、初期の短歌の中にこぜはしく 鼻をうごかし 西ぞらの 黄の一つ目を いからして見んという作品や、西ぞらの 黄金の一つめうらめしく われをながめて つとしづむなりなどがあります。 これはおそらく、夕方の一番星(金星?)を「眼」として捉えたもので、その着想には共通するものがあると思われます。
 ■「赤眼の蠍」参照。

ひろげた鷲の つばさ
星座図 解   説

わし座
わし座は夏の天の川にある星座で、その1等星アルタイルはたなばたの「彦星」あるいは「牽牛」として知られる星です。 また夏の星座をたどる時の良き手がかりとなる「夏の大三角」の一つの星でもあります。 星座神話では、大神ゼウスの使いとして働いた大鷲の姿とされています。 星座絵もその翼をひろげた姿で、賢治もそれを詩にしたのでしょう。

あをいめだまの 小いぬ
星座図 解   説

こいぬ座
こいぬ座は、冬の星座です。 「あをいめだま」とは、こいぬ座の1等星プロキオンのことでしょうか。 プロキオンのスペクトルはF5ですから、色とすれば白、あるいはやや黄色がかった白でしょうか、すると青ではないようです。 そして「めだま」というのも違い、この星には「犬の前(おおいぬ座のシリウスにさきがけて昇る)」という意味があります。 そういえば、「空の泉」こと「かんむり座」の星も青い星と言っていましたね。

ひかりのへびの とぐろ。
星座図 解   説

へび座(へびつかい座)
へび座は、夏の星座です。実際には「へびつかい座」という星座によって頭部と後部に分断されていますが、蛇遣いによって操られている東西にのびた蛇の姿をしていまます。 賢治のいっている「ひかりのへびの とぐろ」とは何でしょうか? 草下英明著「宮澤賢治と星」(1)でも「別にとぐろを巻いている様子はない。」と述べられています。 もしかすると、賢治は当時の天文書で見た、系外星雲の写真のイメージを読み込んだのでしょうか。

オリオンは高く うたひ つゆとしもとを おとす、
星座図 解   説

オリオン座
オリオン座は、冬の代表的な星座です。 星座のことをあまり知らない人が、 「オリオン座しか知らないんです。」と引用されるほど知名度の高い星座です。 中心部に「三つ星」とよばれる並びがあり、それをとりまく大きな四辺形を狩人の姿に見た星座です。 「オリオンは高くうたひ」というのは、オリオンが大声で歌を歌うというのではなく、東の空から南中を目指し、日周運動により、高く駆けあがる様子を言っているのでしょう。 賢治の作品では、他に詩「東岩手火山」の中など多数の作品にオリオンが登場します。
 「露と霜とをおとす」の部分は、好天に恵まれた晩には夜露がおりたり、寒い時期(オリオンの舞う季節の晩なら、なおのこと)ならあたり一面が霜で真っ白になることがありますが、これをオリオンの仕業にしてしまったことでしょうか。

アンドロメダの くもは さかなのくちの かたち
星座図 解   説

M31=NGC224
(アンドロメダ座の大銀河)
アンドロメダ座のなかほどに、M31、通称「アンドロメダ座の大星雲」又は「アンドロメダ座の大銀河」などど呼ばれる有名な系外星雲があります。 私たちの銀河系に非常に近いため視直径も大きく、空気の澄んだ夜空の美しい場所では、肉眼でもぼんやりと、その存在を確かめることができます。 賢治のいう「アンドロメダの雲」とは、多分この星雲をさしていると考えられます。 しかし、次の「魚の口のかたち」の解釈に苦しむところがあります。 M31はほぼ楕円形で、どう見てもさかなの口のかたちにはならないようなのです。 賢治の童話「シグナルとシグナレス」や「土神と狐」という作品の中で、こと座のM57というドーナツのような形をした惑星状星雲に、環状星雲(フィッシュマウスネビユラ)とルビをつけている箇所があります。 魚の口を真正面から見ると確かに「○」の形をしています。とすると賢治は何か勘違いしてしまったものでしょうか? また、アラビア星座の中に「二匹の魚」という星座があり、うち一匹の魚の口の位置がちょうどM31の位置にあたっていて、このことを賢治が知っていたかどうかも大変気になるところです。

大ぐまのあしを きたに 五つのばした ところ。
星座図 解   説

おおぐま座
おおぐま座は北天にあり、なかでもその7つの星が作る北斗七星は、天の北極の傍らにある2等星、「北極星」を探す時の良き目印となることで知られています。 さて、この歌の最後に「そらのめぐりの めあて」と続き、意味としては、「おおぐま座の足の星を北に5倍延ばしたところに、〜天の日周運動の目印(=北極星)」になります。 しかし、左に星座図を見てわかるように、実際の北極星の見つけ方は、北斗七星の「β星」から「α星」を結んで、その延長を5倍するので、「おおぐまのあし」を5倍のばすという考え方は明らかに誤りであることがわかります。

小熊のひたひの うへは そらのめぐりの めあて。
星座図 解   説

こぐま座
こぐま座には、現在の天の北極(=日周運動の中心)があります。 そしてその中心のほど近くには北極星(ポラリス、ポーラースター)があり、方角を知る上で重要な役割を果たしてきました。 賢治はその見つけかたとして北斗七星の二星を用いる一般的な方法(他にカシオペヤ座や夏の大三角を用いる方法など他多数あり)をこの歌で紹介していますが、この方法を使うと「小熊の額」ではなく「小熊の尾の先」にたどりつきます。 賢治の時代の天文書「肉眼に見える星の研究」(2)や「星座の親しみ」(3)などもあたってみましたが、同様の記載はありませんでした。 なぜ賢治がそうしてしまったのかわかりませんが、そのことばの美しさには何の変わりもありません。

彗星(ほうきぼし)
 双子の星たちの前に彗星がやってきます。 彗星には「大きな乱暴者」「空の鯨」と形容がなされ、いかにも荒々しい言葉で旅に誘います。 賢治の時代には数多くの彗星が見えていてその影響がこの童話に反映されているのかも知れません。

 ■「賢治はハレー彗星を見ていたのか?」参照。
 ■「賢治の時代に出現した彗星は?」参照。

 さて、この彗星の描写や言葉で面白い点がいくつかあります。


フッフッと青白い光の霧をふきかけて...


 彗星は眼視では一般に青白い色に見えますが、賢治がどこかで見た実体験に基づくものでしょうか?


俺のあだ名は空の鯨と云ふんだ。


 くじら座という星座がありますが、神話ではアンドロメダに襲いかかろうとしていた怪物くじらの姿をしています。 賢治が星座神話を知っていて、くじら座のもつキャラクターを彗星に反映させたのかも知れません。


俺は鰯のやうなヒョロヒョロの星やめだかのやうな黒い隕石は
みんなパクパク呑んでしまふんだ。


 隕石の描写で、「めだかような黒い」と形容していますが、賢治は本などで隕石の表皮が真っ黒なことを知っていたようです。 もっとも「石コ賢さん」と呼ばれるくらいですから当然ですね。


一番痛快なのはまっすぐに行っててそのまままっすぐに戻る位
ひどくカーブを切って廻るときだ。


 彗星の近日点通過付近の運動を表わしているような、ぴったりのことばが使われています。 彗星も基本的にはケプラーの法則によって運行していますから、太陽に接近すると急激に加速し、近日点通過後方向を変え、再び遠日点に向かってつき進んでゆきます。 この件は、須川力氏が「ハレー彗星と宮沢賢治」(宮沢賢治6号P114(4))で極端に細長い楕円形軌道を持つハレー彗星との関連を指摘されています。

海蛇
 やはりこれも星座からの引用でしょうか。 海蛇は、海の底で困り果てた双子のお星さまを王様の元へと案内します。 うみへび座は春の宵に見える星座で、明るい星こそありませんが、その長く伸びた大きさは全天一で、夜空をたどって見た場合あまりの大きさに驚きます。 賢治はこの童話で海蛇の姿を「白髪」「小さく」と描いていますが、その地位は海の鯨を平伏せてしまったりする海の王の家来としてふさわしく力強く描いています。

その他...
 双子のお星さまが彗星にふり落とされて落ちる時の描写に、


二人のからだが空気の中にはひってからは雷のいやふに鳴り赤
い火花がパチパチあがり見てゐてさへめまひがする位でした。


という部分があります。 これは、宇宙空間を漂っていた塵は石などが、大気圏突入の際に大気との摩擦で流れ星として光って輝く様子を描いたもののようです。 最近公開された映画APOLLO 13でも大気圏に突入するシーンがありましたね。 まさに双子の星たちはそんな心境でしょうか? 賢治はきっと流星の原理を知っていたのですね。

1996,6,8

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(1)草下英明著「宮澤賢治研究業書1 宮澤賢治と星」学芸書林
(2)吉田源治郎著「肉眼に見える星の研究」警醒社書店
(3)山本一清著「星座の親しみ」警醒社書店
(4)「宮沢賢治」洋々社


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