「赤眼の蠍」
   

「赤眼の蠍」


賢治と赤眼
 賢治の詩や童話に、多数の「さそり座」が出てきます。賢治はこれを「赤眼」として好んで表現していました。

「さそり座」

 さそり座は、「S」字型のバランスのよい配列をしていて、誰の眼にもさそりの姿を連想させるほど、完成度の高い?星座で、その姿は自然造形の不思議さをも感じさせます。 賢治も「星座芸術の傑作」と賞賛していました。ほぼ中心にある1等星はアンタレス(アンチ・アーレス)、は火星に対抗する者という意味のとおり、赤い色で、中国では「火」「大火」「火星」として、星座では「さそりの心臓」と考えられてきました。

「赤眼の蠍」はどのくらい登場しているか?
 そんな中で、賢治の作品群にはアンタレスを「赤眼」として比喩することが大変多くあります。 さそり座を、赤眼としてどのくらい登場させているのか表にして示してみました。

おもな作品
作品名登場部分(抜粋)創作日
童話「双子の星」みなみの空の赤眼のさそり1918年8月ごろ
「星めぐりの歌」
(童話「双子の星」)
あかいめだまの さそり1918年8月ごろ
童話「シグナルとシグナレス」さそりの赤眼が見えたころ1923年5月から
「温かく含んだ南の風が」 赤眼の蠍1924年7月5日
「鉱染とネクタイ」 蠍の赤眼が南中し1925年7月19日
「宮沢賢治と星」草下英明著(1)及び筑摩版全集より/作品名を筑摩版全集に変えてあります。

 みたところいくつかの作品で、赤眼としています。 では、なぜ賢治がこの表現を用いているのでしょうか? 一般には賢治の読んでいたとする天文書「肉眼に見える星の研究」(2)に由来するとの説が一般的(?)でした。 しかし、この本が出版されたのは1922年9月5日のことですから、「星めぐりの歌」の創作時期には賢治がこの本を読むことは不可能です。 つまり賢治のオリジナルでしょうか。 その理由を、奥羽大学の大沢正善氏は「《銀河鉄道の夜》の天文紀行」(3)のなかで、「仰ぎ見る賢治の視線を見つめ返す星々の視線に、畏れと親しみを感じていたのであろう。」と述べられています。

「肉眼に見える星の研究」のさそり座に関する記述
 吉田源治郎氏は、同志社神学校出身の牧師で、マクファーソン氏の著した天文学の入門書から「肉眼に見える星の研究」を出版しました。 当時はアマチュアのための書籍があまりないこともあり、親しみやすい文面でかかれたこの本は一般の科学愛好者に広く愛読され、山本一清博士の「星座の親しみ」と共に、代表的な入門書として親しまれました。  では、この中で、さそり座はどのように書かれているのでしょうか。


 ペータ、デルタ、ピーノ三星が蠍座の頭部をつくり、ムー、
ゼータからテータへ跳ねた尾の巻具合など実に巧みにできてゐます。
 そして此等全体に蠍の恐ろしき焦点、 眼玉として赤爛々たる
アンターレスが輝く
など実に偶然とは思へない程巧みな星の配置であります。


 確かに、賢治と同様に「眼」に例えています。 しかし、賢治はこの本が出版させる数年前に「あかいめだまの」と表現していますからこの本からの影響は考えられないことになります。 但し、「アルビレオ」の表現方法や「水仙月の四日」への詩の引用などはまさしくこの本からの影響と推測できそうです。 この点については、前記の「《銀河鉄道の夜》の天文紀行」が詳しいので参照してみて下さい。

「星座の親しみ」のさそり座に関する記述
 この本の著者である山本一清氏は、1889年生まれで1913年に京都帝国大学(現:京都大学)を卒業し、その後1918年には鳥島での皆既日蝕観測時にわし座に新星を独立発見するなどめざましい活躍をされた。 特に変光星の観測やアマチュアに対する天文普及に貢献していたことが知られています。 「星座の親しみ」は1921年6月30日に初版が刊行されているので、「肉眼に見える星の研究」より1年以上前に出版されていたことになります。 この中でさそりの記述は次のとおりです


 夏の天になくてはならぬものは、
かの赤々と燃えあがったアンタレスの光である。
アンタレスは黄道十二星座の第八位にある蠍星座の首星として、
蛇使いの南に長々と横たわった一列の群星を率いている。
 『アンタレス』の字義はアンチ・アーレス、
すなわち火星の対抗者という意味で、その烈々たる光と色とが、
壮んなる火星をさえ顔色なからしむる
という意を巧みに言い表わしている。(以下略)


「肉眼に見える星の研究」同様に、さそりの形にならぶ自然造形の巧みさとアンタレスの色に主眼をおいて説明しています。

1996,6,8

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(1)吉田源治郎著「肉眼に見える星の研究」警醒社書店
(2)草下英明著「宮澤賢治研究業書1 宮澤賢治と星」学芸書林
(3)「星の手帖 Vol.49 特集 宮沢賢治と星の世界」河出書房新社


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