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「百物語」に説かれた町人心得
  (樹下先生作。浦川公左画。嘉永2年(1849)刊 『今昔道之栞』。[大阪]河内屋太助ほか板)
広い座敷に100本の灯火をともし、参集した若者達があれやこれやと恐ろしい怪談話を始め、一話毎に一本ずつ消していき、最後の灯火が消えた瞬間、真っ暗闇となって様々の化け物が出てきて人々を苦しめ、命を奪うという「百物語」は、幼稚な空言のように思うかもしれないが、そうではない。
 昔の人は「国家が滅ぶ時には、必ず妖けつ(怪しいきざし)がある」と言ったが、本当である。「ろくろ首」という化け物は色白く、鉄漿(かね=おはぐろ)も黒々として、口元はいつもにっこりしており、その笑顔に心を奪われれば、家や蔵ばかりか命まで惜しまないほどに気にさせられ、ついには家屋敷は本当の化け物屋敷になってしまう。
 そのうえに、諸道具や夜着・ふとん・膳椀・燭台等々にいたるまで手足が生えて動き出し、主人の顔をうらめしそうにながめ、「お前の心一つで、今まさに他人の手に渡るハメになり、われわれは恥さらし、売れたら店ざらしとなり、えらい苦労をいたします」と口では言わないけれども、そのくらい哀れなことであろう。
 ああ、恐ろしい。百物語の真似だけはしてはならないことよ。
 「化けばかす 狐・狸は さもなくて 人のこころの 化けぬ間ぞなき」
 (狐や狸が化けたり、人を化かしたりするといっても大したことはない。本当にすごいのは、人の心の化けぬ間のないことよ)