養生女の子算 (ようじょうめのこざん)

  (辻慶儀(忠郎兵衛)作・序。天保4年(1833)6月跋・刊。[京都]著者蔵板)

*天寿(天然の寿・天然の福禄寿)を全うし、天寿を少しでも伸ばすための工夫や心得を諭した教訓書。著者によれば30歳の天寿を80歳に伸ばすことはできなくても、4、50歳に伸ばす秘訣はあるとし、それを心・身・食事の養生に分けて説く。「心の養生」とは誠の志と正しい心を持つように努め、身勝手をせず天理に従うこと、具体的には先祖と親の心を己の心とすることとし、「身の養生」は「根気八歩(生まれ付きの根気・力量の八分を用いること。根気・力量を十分に使うことは血気を損ない寿命を縮めるとする)」を守ることや、労働も程よき位にし、耳目口鼻と女色を慎むべきこととする。さらに「食養生」では腹八分を守り、美食・大食・大酒を慎むべきことなどを教える。特に「天禄」として一生に食べる食事量は定まっており、大食すれば短命となり、少食であれば食い延ばして長命となると述べ、さらに「長寿の女の子算」として50年の天禄高を72石と仮定して、毎日3合半ずつ食すれば57歳余、3合ずつ食すれば66歳余、2合半ずつなら80歳、2合ずつなら100歳を保つことを説いている。また後半の「附録」では、年に10貫目の収入に対し8貫目で暮らすように努めれば、50年間で580貫660匁2分の貯蓄ができるなどの計算例を示す。本書は現代人的視点の健康法に多く触れないが、江戸時代の養生観の広さを示す一例であろう。


写真は表紙と本文冒頭部
○本文より抜粋

【心の養生】
○志を誠にし、心を正すことを常に忘れないことが、長寿の秘訣である。心の徳を失わないように、心を公にする。すなわち、自己の身勝手をやめ、「天理の当然」に従うことである。具体的には何事も、自分の心を抑えて、先祖と親の心を自分の心とするように努めることである。「天理の当然」を守れば、本来の天寿を縮めることはない。

【身の養生】
○「根気八分」を守ることが大切である。これは各自が持って生まれた根気・力量の八分を用いて、十分の根気力量を用いないことである。例えば、重さ10貫目を持ち上げる力を持つ者は8貫目を持ち、1日に10里歩ける者は8里で泊まるように、十分に使わないことである。これを無理に使うことは血気を損ない、寿命の毒となる。しかし、かと言って身体を何ら使わないことも寿命の毒である。長生きのためには、毎朝早く起きて、衣類を着替えて、程良い程度に労働することが薬となる。このような考えもなく、単に欲のために身に不相応の重荷を持つような者には長命な者が少ない。耳目口鼻・形の慎みもなく、女色にふけるなどして天寿を保たないのは、親や先祖への甚だしい不孝である。

【食の養生】
○「腹八分」が良いことは良く知られているが、これを守って天寿を保つ人は少ないものだ。生まれ付き体が強いとか弱いというのは人力の及ぶ所ではないが、その人相応の食養生によって天寿を全うすることはできる。食は人の命をつなぐ重要なものだが、用い方が悪いとかえって毒となる。美食・大食・大酒などをして天寿を損なうのはもったいない事である。天寿は人それぞれだが、50歳が平均である。普通の人が食べる食事は、1日4合とすれば、1年間で1石4斗4合になる。50年間で72石である。これを日々大食すれば天寿を縮めることになる。逆に、小食すれば天寿を延ばすことができよう。


★本書は原本が京大・早大・東北大・成田図書館等に所蔵されているほか、影印が『江戸時代女性文庫・43』『近世育児書集成』に収録されています。架蔵本を原本で読みたい方はデジタル複写をお申し込みください。