産家やしない草 (うぶややしないぐさ)

  (佐々井茂庵作。安永4年(1775)作・序。安永6年刊)

*本書は、「産前の心得」8カ条、「臨産の心得」9カ条、「産後の心得」18カ条、合計35カ条を婦女子が読める仮名書きの書として説いた通俗的な産育書である。恩師の賀川玄迪が寄せた跋文にも「国字(仮名)をもてしるす事は、世の人のあまねく知り、多く見て、一婦も災害なからしめんと欲してなり」と述べ、妊婦は本書に書かれてあることをよく慎んで従うがよいと勧めている。出産にまつわる俗説を廃して、(当時の産科の)正しい知識をできるだけ平易に説こうとした点に意義があろう。

○本文より抜粋・要旨

*以下は「臨産のこころえ」からの抜粋。
・夏の産を「熱産」と言う。産室を設けるには日陰のささない場所を選ぶのが良い。そして戸・障子・窓も開けて涼しくし、ただし涼しすぎないように見計らうがよい。風があたらない方がよいというので、みだりに室内を閉め切るのは良くない。陣痛が起こって汗を流し、精力を出す時は通常の何倍も熱さに苦しみ、発熱しのぼせて、嘔吐する者も多い。
・冬の産を「凍産」と言うが、この時は戸・障子を閉め、すきま風を防ぎ、座敷の大小に応じて火鉢を置き、寒からず、熱からぬように配慮せよ。暖かさは春の陽気のようにする。産婦は炬燵の近くにいて、背中や腰が冷えないようにするのが良い。
・出産に臨んで、産婦が空腹ならば、少し控えめに食事をさせよ。しかし陣痛が甚だしくなってからは食事をしても落ち着かず、かえって吐き気が生じて苦しみを重ねることが多い。
・産に臨んでゆとりがあれば、水油をつけて手早く髪を取り上げておくと良い。産後は三七夜も櫛の歯を入れることを忌み嫌うため、髪をすいておかないと結ばれて後で難儀するものである。
・出産というのは本来病気ではなく、身分の高い低いに関係なく、人の妻たる者が自然に生むべきものであるから、人手を借りるほどのことではないと心得て、産に臨んでも決して焦ってはいけない。時がいたれば、捨てておいてもひとりでに生まれてくる場合も多い。時がいたるというのは、段々と腹の痛みが下がっていって、小服より前陰へ向けてつっぱり、しきりに小便したいような気持ちがするけれども出ない状態になる。また、腰から肛門にかけて張ってきて大便を排泄したいような状態になり、やがて破水し、目から日の出るように思われると、つい生まれるものである。
・破水しないうちはどれほど腹が痛んでも生まれない。この時が来ないうちは、周囲からせかされても、力んではいけない。気力が尽きて難産になる場合が多い。
──さらに作者は、産婆の弊害について、こう述べている。
・いかに老練な産婆といえども、特別に学んだわけではなく、臨産の場に立ち会った経験が多いというまでのことだが、医者ですら産科を学ばずに産婆に聞く者も多いため、産婆もいつの間にか「自分がいなくては産のことは医者にも分かるまい」などと思い込んで、我意を通すことが風俗となっているのは、実に嘆かわしい弊風である。


★本書は、原本は国会図・東博・京大・東北大等にが所蔵しています。また影印等では『江戸時代女性文庫』4巻、『日本衛生文庫』4巻に収録されています。原本を読みたい方はデジタル複写をお申し込みください。