小児必用記(小児必用養育草) (しょうにひつようき/しょうにひつようそだてぐさ)

  (香月牛山作。元禄16年(1703)作・序。正徳4年(1714)刊)

*香月牛山は、明暦2年(1656)生まれ、元文5年(1740)3月16日没。筑前遠賀郡香月の人。初め貝原益軒に、次いでI原玄益に学ぶ。豊前中津藩に仕えた後、京都で医業に従事した。生涯娶らず、門人・則道を養嗣とした。
*本書は、小児の誕生から養育までの万端にわたって詳述したもので、日本最初の本格的な育児書とされる。

○本文より抜粋・要旨

・ 毎年正月には、四民ともに、男の子に破魔弓を与えて弓を射ることを教えるものだが、これは平和な世の中にあっても武勇を忘れぬようにするという心であろう。今日では、子ども達が破魔弓を手にして、あたりを駆けめぐり、走らせれば、熱も体外に放射し、病気にもならず、歩行を健やかにさせるという意義がある。女子の羽根突きも、古い文献には「幼児が蚊に刺されないための呪い」と書かれているが、私(牛山)は、そうではなくて、熱のこもりやすい小児の熱を放射し、風に吹かれ、空に向かって気を吐いて熱をもらすという事だと考えている。

・ 手習いを修めるには、朝に10回、昼に30回、夜に10回練習するべきである。手本1冊を15日間と定めて、5日に一度ずつ清書(きよがき)をして、3度目の清書は暗書(そらがき=心に覚えて書く)にすべきである。世俗では近年、手習師匠に子どもをあずけて手習いさせるのが通例であるから、その勤め方は師匠の教えに従うべきである。

・ また、近頃では、女子も12〜13歳までは手習い所に通わせるが、これは非常によろしくない風俗である。聖賢も「男女七歳にして席を同じうせず」と戒めているのに、このように女子を外に出して男子と同じ場所で交わることはあってはならない。もとより手習師匠もそれを弁えて男女の席を別々にしているとはいえ、手習い所のスペースは狭く、自然と男子の様子に慣れてしまうので良くない。女子はとにかく家の中に置いて外に出してはならない。

・ 算用は、10歳になったら習うべきである。最近の生物知りの武士などは「算用は武士には必要なものではない」と考える者が多いが、これは間違いである。士農工商ともに算用ができないと何事も成就できない。家に入ってくるもの、家から出て行くものを把握できないと、必ず家を失うものである。とはいえ、子どもの十露盤が早く、人前で算用・金銀・利得・売買の事を言うのは見苦しいことである。中国の聖人も「10歳になったら書計を学ぶ」とおっしゃるくらいなので、算用をいい加減にしてはならないが、算用の能力は強いて人前に明らかにすべきことではなく、「知りて知らぬ」という言葉のように、人にはその芸を隠し、必要な時に用いるべきものである。


★本書は、『江戸時代女性文庫』4巻、『日本衛生文庫』2巻、『日本教育文庫・衛生篇』などに収録されています。架蔵本の原本で読みたい方はデジタル複写をお申し込みください。