渡辺康建築研究所
WATANABE YASUSHI architect & associates



必要による空間

前項の工場や廃虚などに魅力があるということに関係してですが、坂口安吾の文章に
”日本文化私観”というものがあります。様々な人が引用していますが、内容を要約
すると”・・法隆寺や平等院は歴史などを納得しなければならない美しさで物足りな
いが、小菅刑務所やドライアイス工場や軍艦は心をすぐに郷愁へ導く力があり、なぜ
かくも美しいのか・・”そして、必要だけで作られたそれらを短距離走者の美しさに
なぞらえて、”・・法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ、必要なら取り壊
して停留所をつくるがいい。我が民族の光輝たる文化や伝統は、そのようなことによ
って決して滅びたりしない・・・”という文章を読んで当時少し分ったような気がし
ました。デザインの教科書では以前から、必要性だけで作られたジープの美しさにつ
いて書かれていました。そこには繊細な美しさを求めることだけでは作りえない魅力
があるのです。
30年ほど前にさかんに石山修武なども、地方の不法に増築を繰返した住居やゴミ屋敷
の不思議さ面白さを調査して雑誌に書いていてとても面白く読みました。”建築家な
しの建築”という魅力的な本も出版され、サーベイがさかんにされたのも、美しさや
魅力が一様ではないということが認識の根底にあったのだろうと思います。そのころ、
僕もいろいろな場所を訪れて、新しく出来た建物よりも、採石場や倉庫やコンビナー
トやダムなどの土木的な巨大で、繊細な美しさなど求めていない空間がとても印象に
残っています。その魅力は、時間の積み重ねを感じることもありますが、独自の合理
性からくる存在感なのではないかと思います。
コンバージョンであれば倉庫やワインカーヴや酒蔵や山小屋や工場の跡地を住宅にし
たりレストランをつくって魅力的なものが生まれるように、新旧のコントラストや架
構と家具のそれぞれに自立した合理性のコントラストが面白い効果を生みます。新築
でもそのような自立した合理性を持つ全体の骨格(構造上のことではなく構成上のこ
と)が必要なのだと思います。


2009/9/9


大仁金山

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