渡辺康建築研究所
WATANABE YASUSHI architect & associates



官能的

官能的と呼びたい空間がまれにあります。官能小説のような意味ではなく、妖しい店
の内装のようなエロチックな意味でもなく(間接的には繋がるかもしれませんが)”、
すごい!”とか”すばらしい”としか言い様がなく、理性では判断できないのですが
その魅力と迫力に圧倒されて感覚的に蕩けるような空間です。スペインの建築家リカ
ルド=ボフィールの自邸+アトリエは元コンクリート工場の6m以上はあろうかという
天井が高く荒々しい空間に、とても長く柔らかいレースのカーテンが天井から床まで
垂れ下がり、大きな植物が繁殖しているさまはまさに官能的でした。宮崎駿の映画の
”天空の城ラピュタ”が実際に存在するならばこのようだろうと言えば想像できるで
しょうか。また、タルコフスキーの映画”ノスタルジア”の伽藍の廃虚にも近い感覚
です。
それと似たようなもので、伊豆の大仁町の金山の廃墟を昔訪れたことがあります。山
の斜面にトロッコで運搬した石を落とし、精錬していく巨大な設備が斜面を利用して
下まで設けられ朽ちつつありました。木造の大架構の工場の廃虚の内部には周囲の植
物が侵食し、巨大な錆びた鉄の設備と緑とが同居している空間に屋根に空いた穴から
光が差し込んでいる様は感動的でした。また、大谷石の採石場も巨大な地下空間の天
井に穴があき地上の植物が垂れ下がり、そこから採石の跡の残る岩肌に光が射してい
ました。朝の築地魚市場も大屋根の下の薄暗い大空間の下に小さな店が並んでいます
が、幾筋も細いトップライトの光がホコリが舞って筋を作っていました。より小規模
ですが、大阪の船場の倉庫を改造しているデザイン事務所を訪れたことがあります。
床の雑然としながら活気ある多くの机と人々の上に、骨組みもむき出しな高い天井の
一部に設けられたトップライトから光が落ちている様がとても魅力的でした。
学生の時、そのような工場や廃虚が魅力的に感じていて幾つか見てまわりましたし、
当時”建築家なしの建築”という魅力的な本もあり、課題に行詰まると見ていました。
そこに時間の濃密な蓄積が感じられるからでしょうか。住宅のスケールを超えた非日
常的な寸法の空間のその高みから落ちる光によるのでしょうか。屋根はあるのに大き
な植物が侵食していて屋外と屋内が混然となった雰囲気でしょうか。はたまた、とて
も暗い中に一筋の光が落ちたり、古く荒々しい中に新しい家具がおかれているコント
ラストのせいでしょうか。

2009/9/9




ボフィール邸

 37 

copyright WATANABE YASUSHI architect & associates