渡辺康建築研究所
WATANABE YASUSHI architect & associates



犬の算数

学生の時にインドとネパール側の標高3000m前後に位置するチベットの集落や僧院
を見て廻りました。そこは年間降雨量11.6mmと少ないので、ヒマラヤ山脈からの雪
解け水の流れる所以外は植物も虫もない荒涼としたところでした。しかしその何もか
も風化してしまうような所で意外だったのは、時折色鮮やかな宗教上の旗がはためい
ていることと、数kmおきに現れる建物がマンダラを基本にした正方形のプランと立
面を基本にしていたことです。土や石で造られたものですからでこぼこしていますし、
山の斜面に造っていますからずれたり欠けたりしていますが、だからなおさら床や壁
を平らな水平や垂直に近づけようとしていること、柱や梁の間隔を等しくしようとし
ていることが浮き彫りになり、人の強い意志を感じました。また、あちこちに円と正
方形を組み合わせたチョルテン(仏塔)も置かれています。そこでは幾何学的な正方
形や円、水平、垂直とは何だろうと思いました。雨が降らないということは屋根も必
要ないわけで、形を決めているものは人の意志だけなのです。荒涼とした自然の中で
は、それらの人工物は際立ちながらもホッとする存在でした。
考えてみれば、黒板で幾何学の問題を解くとき、線は太くよれよれで、現実には問題
にしている正方形や円など存在しないながらも、人の頭のなかでは解かれていくのは
不思議だと思ったことがあります。
その点在する集落にある小さな畑を見下ろしていて、彫刻家の若林奮の“犬の算数”
というスケッチを思わせる光景に出会いました。地面に杭を打ち、スケッチでは犬で
したがここでは牛をロープで繋ぎ歩かせ脱穀しています。杭と牛をロープを繋ぐだけ
で、大地には杭を中心にしたきれいな円が描かれます。人が手を加えることで幾何学
が生まれるというのは象徴的です。人工と自然の差とはなんなのか考えさせられます。
少なくとも、自然に近づけた方が良いということで、有機的な形が正しいというのは
違うのではないかと思うのです。

2007/2/24

チベット密教のお堂/ラダック

 12 

copyright WATANABE YASUSHI architect & associates