---スペイン語映画のお楽しみ。---

1 フェルナンド・トルエバ監督
ベルエポック

Belle Epock


古き良き時代
1992年
::分
LD

**-**

スプラッター度:なし
ラブシーン過激度:@
**(**:***)

ただいま工事中。ごめんなさい。

***あらすじ***
*1931年春、第二共和制が始まったばかりのスペイン。軍隊に居ることに不安を感じたフェルナンドは脱走し、ある老人の家に住み着くようになる。「王に死を」と落書きのあるこの村で、彼は共和派だと自己紹介するが、「神学校でコックをしていたプロテスタント」と、得体の知れない流れ者だ。この村には人の好い親父と、ゴリゴリの王党派の親子がいる。
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14 ホセ・ルイス・クエルダ監督
蝶の舌
La Lengua de las Mariposas

蝶の舌

1999年
95分
2001年
8月4日
公開

アスミック
公式HP

スプラッター度
なし

ラブシーン過激度
なし


フェルナンド・フェルナン・ゴメス
(ドン・グレゴリオ:学校の先生)

マヌエル・ロサノ
(モンチョ:始めて学校にいく少年)

ウシア・ブランコ
(ローサ:モンチョの母)

ゴンサロ・ウリアルテ
(ラモン:モンチョの父)

アレクシス・デ・ロス・サントス
(アンドレス:モンチョの兄)

*
文部科学省推薦。主役の子供で泣かせる映画。灰谷健次郎の推薦文。そして、学校もの。見たくない条件がこれだけ揃っている映画なのに、見に行ってしまいました。予告編を見ただけで、ユーモアや意外性に欠ける映画だと見取った娘は同行せず、学生の頃「カタルニア賛歌」にはまっていた夫と見に行きました。
まず70代のおじいさんおばあさんのカップル、そして50代ベビーブーマーの強面なおじさんにおばさん、横浜・関内アカデミーのお客はこれだけで半分を埋め、いわゆる単館系に集まる2〜30代が少数というのが笑えました。
映画はまっすぐで、長いなと思う時もありましたが、フェルナン=ゴメスの命が縮まるんじゃないかと思うほどの憔悴した演技と、優しくてものすごく強いお母さんの存在感が素晴らしくて、引き込まれます。呑気な前半に無防備に浸り切っていると、突然集団強盗に踏み込まれる、そんな、身を切るような恐怖に襲われる。悲鳴はたった1回、ロケのお母さんが叫ぶ、それだけなのですが。
フランコがいなかったら、市民戦争もその後の悲惨も無かったのでしょうけれど、やはり戦争は「私」がするもの、家族で、町内で、友達の間で、続けられるものなんだなあと思いました。こういう状況になっちゃったら、もう雪だるま式に恐怖が膨らむ、そういう映画を満員の映画館で見ました。おもしろかったです。
***あらすじ***
1936年冬、ポルトガルの北、スペイン最西端のガリシア。喘息のモンチョは新学期から半年遅れて入学した。恐いと思っていた学校の先生は優しい人で、モンチョはすっかり先生が好きになった。居酒屋の息子ロケと親友になって、新しい世界がモンチョの前に広がる。2月、村は総選挙で勝利した共和派アサーニャ内閣誕生を祝って、赤黄紫の三色旗が翻った。モンチョのお母さんは信仰に篤い人だけど、先生とお父さんは共和派で教会に行かない。ティロノリンコという鳥はメスに蘭の花を送る。蝶には隠し持った渦巻きの舌がある。カルミーニャはお父さんの秘密の娘。アンドレスは中国の娘が好き。アンドレスが入った楽団と一緒にモンチョも隣国で公演する。グレゴリオ先生に後押しされて大好きなアウローラに花を渡す、、、。しかし、7月、フランコ反乱軍がモロッコからスペインへ入ると各駐屯地の国軍が反乱軍に呼応してガリシアもファシストが支配する地域となる。お父さんは党員証を焼き、息を殺している。共和派は逮捕され、連行される中に居酒屋のロケの父親と、グレゴリオ先生もいた。
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13 マヌエル・ゴメス・ペレイラ監督
電話でアモール
Boca a boca

口伝えで

Mouth to mouth

1995年
**分
NHK衛星2
**


スプラッター度
なし

ラブシーン過激度
なし


ハビエル・バルデム
(ビクトル:無名の俳優)

アイタナ・サンチェス・ヒホン
(アマンダ:謎の女)

ホセ-マリア・フロータ
(ビル/リカルド:テレクラの客、整形外科医)

マリア・バランコ
(アンヘラ:ビクトルのエージェント)

*
スペイン映画の現代もの、それも主演はセクシーなハビエルさん、でゲイ風味となれば、かなり濃厚と予想したのに。すばらしくオシャレな粋なコメディーで、驚きました。フランス映画のビクトリア・アブリルさん主演のゲイもの「彼女の彼は彼女」(そのまんまな題名だなあ)も、すごく良かったけど、もっともっとスマート!脚本の勝利です。
アンヘラがビクトルをなんとかハリウッドに売り込もうとする苦心が笑えます!「そんな格好じゃあアメリカ人みたいよ。スペイン人に見えなくちゃ!」とか、「相手の目をじっと見るのよ、そらせちゃあダメ。」とか。アメリカ人の期待するステロタイプのスペイン人を「情熱的」に「無謀」に「激しく」アピールさせます。アメリカの映画監督も「現地では有名、アメリカでは無名な俳優を使いたいんだ。ホルヘ・サンスみたいな。」なんて言う。彼の映画「ベル・エポック」がアカデミー外国語映画賞をとったのが93年だからなんでしょうけど、私にはやっぱり、91年のハリウッド映画「マンボ・キングス」でアントニオ・バンデラスが巻き起こしたハリウッドの熱狂を思い浮かべてしまいます。監督が期待するどんな演技にもビクトルがビシバシ対応して、驚愕させるシーンなんて、「ゲイもできるソフトな俳優」だったバンデラスが映画「暗殺者」と「デスペラード」でアクション俳優になってみせた事を思い出しニンマリしちゃうのは、私だけでしょうか。今ではバンデラスに次ぐスペイン人俳優としてアカデミ−主演男優賞ノミナーにまでなったハビエルさんの、若くて心優しいビクトルを楽しむ映画です。
***あらすじ***
マドリッドに出て来て13ヵ月、無名の俳優ビクトルはバイトを首になり、もう故郷に帰るしか無い。しかしアメリカの映画プロジエクトがスペインロケということで、動き出しているらしい。どうしてもその役が欲しいビクトルは、意を決してテレクラで稼ぐ事にする。これも演技の練習と割り切って、電話で甘い誘惑をするビクトル。常連客は内気なビルだ。
めずらしく女性客が電話をかけてきたその日、ビクトルはすっかりその客アマンダに夢中になってしまった。逢ってみればすごい美人、ところが、、、。
映画のオーディションを乗り越え、アマンダとの愛を育て、彼女の問題を解決し、ビルとデートし、アメリカ映画の役をゲットする。殺し屋に狙われ、自殺を思い止まらせ、女優を蘇生させる(Mouth to mouth)、アマンダは実は誰の妻なのか?という、映画。まあ、見て下さい。楽しめます。
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12 マテオ・ヒル監督
パズル
Nadie conoce a nadie

誰も知らない

Nobody knows anybody

1999年
108分
シネ・ラ・セット
パズル公式HP


スプラッター度
X

ラブシーン過激度


エドアルド・ノリエガ
(シモン:小説家志望のパズル作家)

ジョルディ・モリャ
(カエル:シモンのルームメイト)

ナタリア・ベルベケ
(マリア:新聞記者)

パス・ベガ
(アリアドナ:喫茶店の女)

*スペインはカトリック教会の国ですが、もちろんすべての人がキリスト教徒ではないでしょう。映画「ベル・エッポック」の時代、キリスト像を銃殺にした時代には、カトリックの呪縛から放たれた人々が新しい時代を感じて、子供達に聖人の名ではない新しい名前をつけたと聞きます。「エル・スール」のエストレリャ(星)「ベル・エッポック」のロシーオ(露)ルース(光)とか。その後の市民戦争、そしてフランコの時代、現代のスペイン。キリストの像に銃を向ける映画が若者に支持され、信仰とは関係なく娯楽として見る事ができるのは、とてもうらやましい事です。聖週間のお祭りや教会を壊そうという映画ではありませんが、タブーの多い日本から見るとなんとも風通しのいい自由な雰囲気がして、若い映画人がグングン社会を引っぱって行こうとする力を感じました。
セビリヤの細い街路で繰広げられる、おもちゃの市街戦!!街の穏やかさと白い壁の美しさがものすごく引き立って名場面でした。コミカルで、不気味、ケガをしないはずなのに徐々に薄れていく意識、ヒットポイントが無くなった、、というセリフ!若者が真似て社会問題になったっていうのも納得の面白さです。お勧めです。
***あらすじ***
シモンはクロスワ−ドパズル作家。彼を溺愛している彼女もいるし、父は苦言を呈しながらも小説を書けと励ましてくれる。パズルが新聞に掲載されているおかげで恵まれた生活をしているが、升目を一つづつ埋めていくような生活のなかで、彼は書くべきものを失ってしまった。日常に埋没し溺れてしまった彼に脅迫電話がかかって来た事から、殺人テロの「ゲーム」が始まる。恋人を失い、親友を失い、警察に指名手配されたシモンは、非現実としか思えないような現実の、悪夢の街を走る。謎の「敵対者」とは誰か?「選ばれし者」に指名された彼は、「悪魔」が設計したゲームを止める事ができるのだろうか。
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11 アヴァロ・フェルナンデ・アルメラ監督
惨劇の週末
El arte de morir
死の技法
The art of dying

2000年
102分
DVD
株式会社エスピーオー

OPSD-S038
(日本語吹替有)

スプラッター度
X

ラブシーン過激度
なし


フェレ・マルティネス
(イヴァン:ナチョの友達)

マリア・エステベ
(クララ:ナチョの女友達)

ルシア・ヒメネス
(パトリシア:クララの友達)

コスタヴォ・サルメロン
(ナチョ:4年前に死んだ友達)

*4月27日の同じ日に発売された「インビジブル」にそっくりなカバ−写真。何故でしょう?
ティ−ン向けスプラッタ青春映画という感じの装丁ですが、いえいえ、どうして。本格サイコ・スリラーと書いてあるように、みごとな心理サスペンス映画でした。やはりスペイン映画は面白いなあと、惚れなおしました。テシス、オープンユアアイズと魅力的な「しょうもない男」を演じて来たフェレ・マルティネス君、堂々の主演です。女は脅すが友達にはからっきし弱いイヴァンをまたまた好演。錯綜するストーリーを「ちょっと待ったあ!」と叫びながらなぞっていくうちに、人間の心理、生死観にたどりつくという仕組みです。
あちこちに微妙な笑いのつぼがあって、必要以上にのめり込む事がなく、後味もさわやかです。
ディズニ−ランド的な華やかな殺戮は有りませんが、写真集のような見事に美しい映像で見せます。だんだん白く閑散としてくるインテリアにも、やがて重要な意味が有ることが明らかにされます。つい何回も観てしまう映画です。お勧めです。
***あらすじ***
4年前に行方がわからなくなったナチョ。警察の取り調べにイヴァンが呼ばれてから、友達4人は次々と不審な死を遂げ、危機はクララとイヴァンに迫る。やがてイヴァンは個展で発表したナチョの絵に彼等の最後が描かれていた事を知る。
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8 アグスティン・ディアス・ヤネス監督
死んでしまったら私のことなんか誰も話さない

Nadie Hablara De Nosotras Cuando Hayamos Muerto


私達が死んだら誰も私達のことを話さないでしょう
1995年
104分
VHS

OH98-1136

スプラッター度:XXX
ラブシーン過激度:@@@
ビクトリア・アブリル(グロリア)

ピラル・バルデム(フリア)

フェデリコ・ルッピ(メキシコのマフィア)

スペイン・アカデミー賞主要8部門受賞
最優秀作品賞、脚本賞、新人監督賞、主演女優賞、助演女優賞、音楽賞、編集賞、制作者賞受賞。
サン・セバスチャン国際映画祭主要3部門受賞
主演女優賞、撮影賞、審査員特別賞受賞。
*「バンビの眼をしている」と言われた可憐なビクトリア・アブリルさんも、ターミネーターのヒロインのように捨て身の女に変身して、銃撃戦を潜り、猛犬をかわして金庫に忍び寄り、大形トラックの運転手にもなる。なるほど、これがヒットしないわけがない。日本映画でこういう女性像が作れないのは、やはり男性の監督の女性像が貧困だからじゃないでしょうか。または、お金を出し製作する側の問題なのでしょうか。
お姑さんのフリアが、とてもステキです。売り出し中の闘牛士と結婚したグロリアは、当然イケイケな女の子だったに違いなく、彼女が手本にしてきたのは、ハイ・ブロウなフリアでした。北のバスクの金髪の老婦人。市民戦争の闘志で、フランコ政権になってからは教師になる事も出来ず、ひっそりと子供相手の私塾を開いている彼女。貧しくとも襟を正して生きているフリアのもとに、泥沼を這いずって来たグロリアが帰ってくる、、、。二人の友情の物語、メキシコマフィアがらみの。
もちろん、傍役もしっかり、宗教的な心の問題も加えて。(じゃないとスペイン映画じゃないですからね。)グロリアを脅迫するギャングが、重病の少女を溺愛していてね、神父さんと話ながら自分の来し方を考えるシーンなんか、ハリウッド映画には絶対出てこないシ−ンだと思う。神の下に人間は平等に弱いものだという思想は、アメリカ映画では出て来ないんじゃないかなあ。
お姑さんのフリアは、2001年のアカデミー賞主演男優賞にノミネートしたハビエル・バルデムさんのお母さんです。授賞式で二人揃って笑ってたのを観ても、そっくりですね〜。ゴツイです。
原題の「私達が死んだら、、」の「私達」は女性形で、グロリアとフリアのこと、つまり市民戦争で負けたスペインのお爺ちゃんお婆ちゃん達の思い(フリア)、それと現代の貧しくて出稼ぎをしても、がんばってへこたれない仲間(グロリア)。『「私達が死んだら誰も私達のことを話さないでしょう」だから私達は絶対死なない。私達の想いは、映画になって伝えられるでしょう。』という意味でしょうか。まあ、娯楽映画ですけどね。

アブリルさんの役名は、米インデペンデンス映画の雄カサベテス監督の娯楽+名作「グロリア」に敬意を表したのでしょう。マフィアの情婦ジーナ・ローランズ演じるグロリアが、ファイルを持って帰国した先は、ピラル・バルデム演じるフリア奥様のアパートだった、、なんてキャストだったら、凄いだろうなあ。二人の友情はマフィアより怖いかも。


***あらすじ***
*メキシコ。マフィアの麻薬取り引きの現場で銃撃戦がおこり、居合わせた娼婦が裏金ファイルを盗んで行方をくらませた。彼女グロリアは人気闘牛士の妻だったが、夫が牛に突かれ意識の戻らぬ身になると、生活の苦しさから逃れるように故郷スペインを捨てて来たのだった。「貧者は、王国を取り戻そうとする王子なのですよ。」というフリアの言葉を支えに。
そのグロリアがスペインに戻って来た。姑のフリアは冷静に、そして暖かく迎え入れる。「ドニャ・フリア」、「フリアの奥様」と皆から慕われている彼女は、貧しいながらも上品で知識階級の誇りを持って暮らしている。しかしメキシコのマフィアは、グロリアを見逃すはずはなかった。
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Lastmodiffied:30/Jun/2001
CreatedBy
Etsuko