本-開平成21年 お寺座の怪人Cb和尚の辻説法本-開

<何故、毎月15日が月参り?>

 いつもより書き込みが遅くなったのは、朝の鐘突諸堂お勤めのあと、毎月15日は阿弥陀様と御開山教信上人の例月回向の為、本堂と開山堂の佛花を入れ替え、お膳をお供えする為に、何度も庫裡と諸堂を往復して準備していたからです。昨日に比べ風が止まっていたので最初はそれほど寒さを感じなかったのですが、素足で冷え切った畳や板場の上に居ると、流石に足下から体中冷えてしまいました。何故毎月15日かと言うと、旧暦8月15日に上人が往生された日とされるからですが、十五夜とか色々ご縁がありますが、日本往生極楽紀の撰者:慶滋保胤が起草した「二十五三昧起請」では毎月15日の夜に念佛を修する!と決めていたからかもしれません。この「二十五三昧起請」については、明日から説明いたしましょう。合掌 1/15

二十五三昧会>

 とかく25と言う数字はよほど佛教に縁があるのでしょうか?一番に思いつくのが二十五菩薩来迎練り供養かもしれませんが、私たち衆生が輪廻転生する世界を二十五種類に分けた考え方で、六道に集約されます。

 日本での浄土佛教発展興隆に大きな功績を残した比叡山横川にあった首楞厳院で恵心僧都源信(往生要集などの著者)と慶滋保胤(日本往生極楽記の撰者)らが中心となり、俗っぽい言い方をすれば「念佛秘密結社・オカルト集団」を25名で構成(源信・覚超など比叡山の高僧から無名の青年僧まで68歳〜24歳の多様な参加者で結成)し、以下の発願文をもって父母兄弟以上の契りを結んで、毎月15日に集い念佛三昧をしていたようです。

 1.毎月15日の夜に念佛三昧を修すること。

 2.光明真言を呪して、土砂加持を(自らの遺体を埋める土を)修すること。

 3.メンバーは規律を守り、これを破いた者は脱退させ、代わりの者を補充すること。

 4.阿弥陀如来を安置した往生院を建立し、病んだメンバーは、ここに移し末期の準備をすること。

 5.病んだ団員には、メンバーが二人一組となり昼夜に係わらず一人が看病、一人が念佛を修すること。。

 6.メンバーの者が亡くなれば墓地を定め、春と秋に全員が集まり念佛を修すること。

 7.常に、西方極楽浄土を念じて功徳を積むこと。

 8.メンバーが没して欠員となしても、その縁を保ち修善すること。

と言う八カ条の起請の条目が慶滋保胤が記した結社の決まりとされ、後に恵心僧都源信が自ら「十二カ条起請」(988)に記しています。(*保胤と源信は発足当初からのメンバーで無い説もある)

 なかなか厳しい結社の約束事ですが、現在に残る行事や戒律に通ずるものだと思います。合掌 1/16 

<日本への念佛伝搬と派生>

 およそ2500年前のお釈迦様の説かれた佛教は時空を超えて様々な各国各地の感銘を受けた国王国家豪族貴族に高僧達から伝播され、いつしか民衆の心の拠になりました。その、大きな役目を果たしたのが阿弥陀仏に救いを求め極楽往生を願う浄土仏教思想でしょう。

 浄土仏教思想の流れは、古代文献的なルーツを検証すれば、紀元前100年〜300年頃に編纂された「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」「十地経」などが大乗経典を代表する浄土経典と言えます。特に南インドの龍樹菩薩リュウジュボサツ(〜250頃)は注釈を加え「十地経論」とし、また北インドに生まれの天親菩薩テンジンボサツ(〜400年頃)が「浄土論」を撰述し安楽往生を説きました。それらインド浄土思想を元に、中国の雲鸞大師ドンランダイシ(476〜542)が「浄土論註」を、その後、随の道綽禅師ドウシャクゼンジ(562〜645)が「安楽集」を著し、弟子となる唐の善導大師ゼンドウダイシ(613〜681)に受け継がれていったのです。この禅導大師の念佛思想を、中国五台山で体得して帰国した滋覚大師/円仁ジカクダイシ/エンニン(794〜864)が比叡山乗行三昧堂で五台山の念佛を行い、滋恵大師/良源(912〜985)、その弟子で「往生要集」著者の恵心僧都/源信エシンソウズ/ゲンシン(942〜1017)へと比叡山では受け継がれ、それらの派生が、踊り念仏の開祖空也上人(903〜972)、書写山圓教寺を開いた性空上人(910〜1007)、「日本往生極楽記」の撰者慶滋保胤/寂心(931?〜1002)、「往生拾因」の著者永観(1033〜1111)、融通大念佛宗の開祖良忍上人(1073?〜1132)、浄土宗開祖の法然上人/源空(1133〜1212)、浄土真宗開祖の親鸞聖人(1173〜1263)、時宗の開祖一遍上人(1239〜1289)、融通大念佛宗中興の祖法明上人(1279〜1349)等、日本国中の念佛聖へと次々と伝播されるのですが、実は、滋覚大師円仁よりも先に日本で念佛を行っていたのは播州賀古の教信沙彌(?〜866)であり、次が箕面勝尾寺の勝如上人(?〜867)との説も有力視されてる事に、国際的浄土佛教研究者の間に注目されている。その賀古の教信については、以下のページをご参照下さい。 合掌 1/17

播州賀古の聖者沙彌教信の思想と生涯「松のみどり」

「社会福祉と教信沙彌の佛教」

播磨風土記研究「かこのうまや」

楽劇「教信沙彌の生涯」

<みんなで鐘突>

 今朝は、久し振りに合宿で宿泊している数名が鐘突諸佛参拝に参加してくれました。明け方まで頑張って起きてた学生若干1名は寸前に寝てしまい起きてきませんでした。他の者は再会に花を咲かせ徹夜で参加のようでした。

 若い頃は、徹夜しても平気だったのが、近年はとても若い学生達に付き合って徹夜はまったく出来なくなり規則正しく早寝早起きの生活になってしまい、年を感じるようになりました。

 愚僧が若者と一緒に語れるのは夢と希望と溢れる慈愛の気だけのようです・・・・・。毎日の普通のことは出来ても、だんだん気持ちがあっても無理は身体がついてこんのですな・・・・。合掌 1/18

<今日は写経会>

 もう、何年続いているのでしょう。母はいつも写経会の前日から徹底的に庭や座敷を掃除しながら精進料理の献立を考え、朝の掃除が終わってから一日中の接客後、夜遅くに下ごしらえをしていました。師匠は写経が終わった後、全員で般若心経をお称えする様に願文を和訳したプリントを配り、お経を読んだ後は短い法話で和ませて、一緒に母の作った精進料理を頂くのでした。お二人の気配りとおもてなしが、参加者の菩提心を起こさせ、生きる苦しみや悲しみを、生きる喜びに変えさせておられたように記憶しています。だから、今日まで何十年も続いているのが法泉院の写経会なのです。毎月第三月曜日の午前10時から昼食終わるまで約3時間、貴方も温かい法泉院に迎えられ、温かい心の会員に迎えられ、貴方自身も温かい心になって、今度は接する人々に以心伝心できる様になりたくは無いですか?思い立った人は、今日からでも飛び入り参加されても結構ですよ。心よりお待ち申し上げています。合掌 1/19

<最近の中学生>

 長年コントラバスを学ぶメジャープロから音大生・受験生、一般アマチュアから中学生まで、多くの向学心溢れる若者が私如きの処へレッスンに来てくれたり、欧州主要都市各地の音大・音楽学校から、日本の音大・音高、またオーケストラやブラスバンドのコンクール審査委員や直接指導で音楽にかける情熱溢れる若人に出会いました。

 国や地域によってそのレベルの違いは有りますが、環境条件が悪かったり、時間的に余裕がない若人ほど、集中して私のアドバイスを聴いてくれました。それは、より良く、より上手く、より世界のレベルに到達出来るようにとの願いが強いからかもしれません。恵まれた環境では有る程度の上達は当たり前ですからね。しかし、正しい教育や、実践プロの指導を受けられた学生は幸せです。やはり専門の分野で活躍した一流の指導者からの適切なアドバイスが、その学生が意欲さえ失わず努力する人ならば、世界をも軽く視野に入る頭角を現す大きな要因になることは間違いないでしょう。

 昨日は午前中の写経会、午後からは着付け教室、コーラス、音楽教室個人レッスンなどで、寺院も音楽の館も全館使用されていましたが、唯一空室のホール客席を利用して、母校の中学校ブラスの木管アンサンブルが大フィルのフルート奏者の指導の元、練習に来ていました。寺務仕事をしていた私は、書類を取りに通りがかるたびに一瞬、窓越しに音を聞いただけですが、先に述べたように可成りのレベルの演奏を音楽専門学校でない中学生七名がアンサンブルしているのに驚きました。一昔前では考えられません。学校の音楽の先生の指導だけでは、個々の楽器の専門的な指導までは不可能だからです。近年は、中学校ではブラスが盛んになり、弦楽器ではジュニア弦楽合奏団が地方でも盛んになりました。そして、いずれも専門の指導者が個々にレッスンをしている為に、高度な技術的な方向性も素人ではなく、しっかりしたものと日本もなってきたのだな・・・、と、戦後貧困の日本に、音楽芸術文化がここまで裾のに広がったんだなと、ある種、幸福感を感じた一瞬だったのです。ところが、この若人が、将来、音楽の道に進む人は、殆どいないのが現在日本の社会です。何度かウィーンフィルの団員や海外の音大教授とも、こうした日本の優秀な音楽家の玉子達の現実の実状を話したことがあります。経済社会一辺倒の日本の大人社会が成熟していない為に、仕事として受け入れる演奏文化団体の貧弱な経営体勢が残念でなりません。文化庁の国家予算が欧州に比べ、極端に少ないのが日本の現実なのですから・・・・。合掌 1/20

<水仙は黙って皆同じ方向を見つめる>

 咲く場所や高さや傾斜の違いがあっても、南淡路灘岩黒水仙郷に見事に咲きほこる可憐でほのかに甘い香りを放つ水仙達は断崖絶壁の下の海や、私たち下界の人間達が登ってくるのを見ていました。

 明石大橋を渡り淡路自動車道を徳島方面に走れば一時間ほどで、この極楽浄土のような水仙郷の景色に今のこの季節だけ出会えます。

 此処は、淡路島の南端に近い紀伊水道に面した東側の斜面、南あわじ市灘黒岩水仙郷。人里離れ厳しい環境に静かに咲き並ぶ、まるで悟りを開いた菩薩様や仙人の様に、じっと劣悪な環境でもそこに座り続け、美しく気高く、たった一人でなく、皆一緒に、登ってくる迷える人間達に、「早くこっちの悟りを開いた平和な世界に日々精進して到達しなさいよ〜〜!」っと、一斉に声をかけてもらってるような気がする、不思議な場所です。

 もし、皆さんも、幸せなときはより幸せに、そうでない権力や財力への執着心から来るポジション争いや、自我の欲望から発する人間同士の醜い争いや、人を陥れたり、罵声を浴びせたり、嫌がらせをしてきたり、逆恨みで誹謗中傷する様な人間を見たり聴いたり感じたりして、心が辛くなったり疲れたら、是非この水仙郷に訪れてみて下さい!

 俗世間のくだらない悩みや心労を水仙達が菩提心を起こさせ超越させて下さり、誰もが自ら心の中に持つ仏様に必ず出会えて癒されます。美しい自然こそ、平和な心のよりどころです。動物は植物を植えて育て守るのが有史以来の天命ですから、人間の都合でもし木を切ったり草木を枯らしてしまったら、必ず植樹したり花を植えて育てる、そんな慈愛の心を忘れないようにしましょうね。合掌 1/21

<オバマ新アメリカ大統領就任式>

 昨日は、どのチャンネルでもニュースの大半は就任式典も模様でした。まるで、日本がハワイ州に次いでアメリカの最後の州のような情報量です。それにしても、多くの日本人は連邦議会議事堂前での宣誓に200万人以上が祝福に参じ、ホワイトハウスまでの2.7キロのパレードに熱狂した光景を見て、冷め切って白けてる日本の政界と比べてしまったのではないだろうか?戦後日本はアメリカ型消費文化の渦に引き込まれ蟻地獄の様に抜け出せなくなってしまった。我々の将来をアメリカに託すだけの日本。アメリカが咳をすれば日本は風邪で寝込むと言う表現そのままに、昨年来の金融崩壊から経済破綻、企業の倒産や経営悪化によりキャノン、トヨタが派遣社員の切り捨てばかりか、日本のリーダーたる優良企業のソニーが正社員の自主退職を促す解雇を打ち出している。今、日本の保身と利益誘導が信条で動く政治家はもう必要ない。「己を忘れて他を利する」奉仕の精神と、自給自足できる強い日本の基盤を安定させ、豊かさを求める消費文化から脱却し、幸福感あふれる精神文化への将来を展望できる志のある人材がリーダーとして出現してもらいたいものです。合掌 1/22

<FM86.9 BAN-BANラジオ>

 今夜8時10分頃、FM放送チェンネルを86.9MHz(ラジカセ・カーステレオ等)に合わせてください(BAN-BAN-TVチューナーからは78.8MHz)。

愚僧が生出演してお話しいたします。残念ながら聴けるのは加古川市役所新館屋上より発信されるので受信可能な地域は加古川市・高砂市・稲美町・播磨町の皆様に限られ、全国の皆様には届きません。御免なさい。そのかわりテレパシーで発信しますので受け止めてくださいね。

最近、風邪ぎみで、鼻声になっていますが、懐かしく聴いて下さる方も多数おられることと存じます。もし、耳にされたら「聴いたよ!」とメールでも下さいね!では、また。合掌 1/23  

E-Mall: musikhaus@nifty.com

辻説法バックナンバーhttp://www.bekkoame.ne.jp/~housenin/saying.html

<再び寒波到来>

 今朝のお勤めは再び寒波到来の空気が境内に張りつめていました。ただ、上空は雲が無く、満天の星の元、いつものように本堂・境内諸石仏・上人御廟所・そして両親ご先祖様の墓参りまでお参りが出来ました。この空気では、恐らく北国や日本海側では昨日の雨が路面に凍結してスリップ事故に繋がりかねません。週末スキーや温泉などお出かけの方は早めにスタットレスタイヤかチェーン装着して十分に注意してください。

 さて、昨夜の地元FMラジオのゲストコーナー生出演での話は、今月29日市立野口公民館大ホールで午前10時開演に市の外郭団体依頼による「コンバスの和尚おしゃべりコンサート」が開催されるので、宣伝を依頼されて15分ほど出演してきました。ところが、いつもは低音の美声なのですが、またまた寒波の中のお勤めが続いてるせいか風邪をひいてしまい、鼻声が電波に乗ってしまいました。それでも、番組パーソナリティー・スタッフ一同「素晴らしいお声とお話しの内容で、有り難う御座いました。鼻声も素敵でしたが風邪が治った低音の美声の時にもう一度出演してください」と、逆に感謝されてしまいました。お礼を言うのは宣伝させてもらったこっちのほうなのですがね・・・・。兎に角、様々な文化がこの30年で地元に開花し、特に私たちが手がけて望んだ音楽文化の発展には感歎します。世界水準を目指す地方の草の根運動的活動も長年続ければ微力ながらも、世界のお役にたててるのかもしれないなと、ふと感じた一時でした。合掌 1/24

<縁の糸>

 昨日・今日は正月気分も終わった最初の土日だからか、両日とも法事が3軒かさなり忙しくしています。サラリーマン家庭では週末ゆっくりされるのでしょうが、住職と寺庭婦人は、年中お寺の管理人さんや掃除婦に徹しながら法務をこなしている上に土日祝日は特に忙しくなるのです。この世ではもうお見受けできないご先祖様にご回向をする為に、この世に残されたご家族様がご極楽浄土に向かわれたご家族に感謝する気持ちのお手伝いをさせて頂いてるのですから、その美しい気持ちが損なわれないように綺麗に庭も庫裡も仏間も掃除をしてお迎えするのです。

 さて、いまNHKの朝の連続ドラマの「だんだん」のテーマ曲が「縁の糸」と言う竹内まりやが歌う主題歌で毎朝流れて聴き入っています。袖ふれあうも何かの縁、この世は皆、縁と糸で結ばれていると言う歌詞です。でも、私は、それに加えてご先祖様やこれからこの世に生まれる赤ちゃんの三世代と同じように、進化論では人間がアメーバーから脊髄動物として受け継がれた生命誕生以来「命」の受け渡しが延々と未来に続く「縁の糸」だと解釈しています。

 しかし、そんな屁理屈よりも、4分の4拍子が3連譜の心地よい8分音符12ビートに乗って爽やかに歌われるバラード風のこの曲が気に入り、月末の「CBの和尚おしゃべりコンサート」ご来場の皆様にアンコール演奏でプレゼントしたく思い、金・土曜の2日でコントラバスとピアノの為の二重奏に編曲してしまいました。いい感じで編曲できたと思います。是非、29日午前10時に聴きに来て下さいね。 合掌 1/25

<教信寺初冠雪>

 今朝は絶妙のタイミングに遭遇しました。いつものように午前6時0分0秒の鐘を突く為、当山寺領の北端の自坊から南端の鐘楼まで歩く間、放射冷却で大気中の空気が氷って霧氷のように頬に当たりました。本堂のお勤めが終わって再び境内阿弥陀石仏納髪処に向かうと大粒の雪が落ち、教信上人御廟処でお経を読んでると小雪が舞い、地蔵石仏からご先祖様の墓前で般若心経を称えている間に墓石の頭が白くなり、庫裡の仏間で朝の勤行を終えて自坊に戻る頃には中庭は既に真っ白の銀世界になっていたのです。

 この数日の冷え込みは全国的で、北日本のみならず四国太平洋側や南九州でも雪が降ったとニュースで報じられていた時も、ここは日溜まりの縁側は欄の花の温室になる暖かさで、当地だけは全国区と違う局地的気候なのかとさえ思っていましたが、これでやっと、全国の皆様と同様に、この世の乱れや汚い物を包み隠して、純白のベールに覆われた感動的夜明けを迎えそうです。  合掌 1/26

<50肩>

 多くの人々から50肩で腕が上がらないとか、痛い痛いと聞かされ認識はしていましたが、長い間全国津々浦々への演奏活動で両腕を毎日使ってる自分には関係ない人ごとだと思っていました。

 ところが、先代から住職を引き継いで9年目に入った今年、法務に忙しく楽器をもう10年近く半径300km範囲での、たまの本番だけしか弾くことが無くなり、酷使してきた左腕筋肉が錆び付いてボロボロになって自由に動かなくなってしまったようです。

 人間の身体は不思議です。使いすぎれば筋肉痛になるし、使わないと錆び付いて50肩になって激痛が走る。毎日同じように筋肉を使いつづければ100歳になっても自分だけのためでなく世のため人のために身体を動かし頭を使い慈愛を他に与えることだって出来るのですから。皆さんも今している何でも些細なことでも結構ですからライフワークを死ぬまで続けて下さい。

 それにしても、まさか自分が・・・。いや〜身を以て、今までしてきたことを止める身体からの抵抗を感じとり苦痛に耐えてる今日この頃です。 合掌 1/27

<夜明けは変わらず日暮れが伸びてきました>

 今朝も満天の星の下、朝の鐘突諸堂参りから墓参してきました。夜明けの時間はあまり変化を感じませんが、明らかに日没時間が長くなりました。最近は毎日夕方5時に当院の門を閉めに行きますが、正月はすでに暗くなっていたのが、今はまだ夕焼けにも早い時間帯になったのですから不思議ですね。

 もっとも欧州ウィーンに留学していた頃は日本より3〜4時間1日昼夜の割が多かったですね。冬は午後3時から暗くなり午前9時頃から明るくなりました。また夏は午後9時頃日没し午前3時には明るくなっていましたからね。

 これが北欧や北極南極ではもっと極端な白夜になり、赤道の地域では昼が長いのです。丸い地球が自転しながら太陽の周りを大きく惑星とバランス関係しながら軌道を回るから、この日照角度と時間に大きく影響します。この惑星地球に住む地域によって、様々な風土の違いに人々は順応して生活しているのですね。今、暮らしてるこの場所が全てだと思ってはなりません。極端な気候の地球上に暮らす人々の数だけ違った生活環境があるのです。だから、熱い寒いと言っても、いくらでも、それより寒い生活も熱い生活の中でも人々は生活をしています。生きる為に環境に合わせた工夫をして頑張ってるのです。その人々総てが共通して願う事は夫婦の絆、守るべき子供へのよりよい幸せな環境を構築する愛と、人間同士が殺し合う戦争や紛争の無い平和な世界、そして父母とご先祖様、地球自然環境からの恩恵への感謝のはずです。合掌  1/28

<名誉や栄達を捨てた沙彌教信>

 教信上人が地位や名誉・利権や権力を求めて争いの渦の中にある当時の奈良の都を捨てて、全国行脚の末にたどり着いた加古川を安住の地として理想の仏道実践をした。それは、地域の農民や一般の人々の中に飛び込み、生きる喜びや自然の恵みへの感謝の心、もっとも素直な心から発する最も簡単で無限の功徳を得る「お念仏」を伝えたのです。

 いつの時代に於いても、人々は地位や名誉、利権や権力を欲しがり、自分が得るためには平気で他人を陥れる策略に暴走し、自らを見失いいつしか破滅していく。

そんな無様な醜態から脱却する為に教信沙彌は総てを捨てて真実を生き抜いたのです。だから、後の親鸞・一遍を始めとする多くの聖に憧れをもって亡くなられても尚、約1150年もの間いつの世にも輝き続けたのです。

 もし、嘱望されるままに当時の奈良の都で、興福寺や東大寺の貫長や座主に上りつめていたならば、歴史の一角に名前だけを残したかも知れませんが、ここまで教信という世捨て人の個人の人生観までもが後世まで脈々と伝えらっれる事はなかったでしょう。名誉や権力をむさぼる世界を捨て、ただひたすらにお念仏に生きた教信上人こそが真実なのです。合掌 1/29

<Cb和尚の辻説法ライブコンサート満員御礼>

 昨日、野口人権教育推進「翔」の会が主催する「ぜんざい会」の公演者として招かれピアノの横田ちさとさんと特別にアレンジした二重奏のプログラムを用意して会場に向かいました。地元の市立公民館大ホール客席はすでに椅子が並べられ準備されていました。私たちはグランドピアノを中央右に移動させ数分音出しをして準備完了。控え室で着替えて出番を待っていると、主催者スタッフが打ち合わせに来られました。地元の知人や音楽仲間もメンバーとして働いていました。その代表の方が「今年は例年になく問い合わせが沢山あり吃驚しました。先生の音楽ファンの方から法話を楽しみにして折られる地域の歴史と佛教ファンの皆さんが参加したいとの連絡が殆どでした。椅子を多めに用意したのですが、予定していた定員をはるかに超えるお客様が、開演間際にどっと増えて、今、後方や通路側にも補助席を倉庫にあるだけ全部出して追加して並べています。もう開演時間になりましたが、しばらくお待ち下さい。」と、ありがたい悲鳴でスタッフの皆さんは忙しく対応されていました。

 案内されて会場に入ると、リハーサルの椅子の数の倍以上に増えてるように見える満席のご来場、客席を見渡せば、流石にひさしぶりの地元での公演だけあって、知人のお顔が多数お見かけでき嬉しく思いました。

 本番では決して口にしなかったのですが、実は、急に左腕が50肩なのか激痛が走って2週間になります。演奏では左腕を上げる事はないのですが、ハイポジションで腕を伸ばすと激痛が走り辛い状況ではあったのですが、折角お集まり頂いた満場のお客様に、本物の感動を伝える為に、阿弥陀様とご先祖様が腕の痛みを「すーっと」忘れさせてくれたのか、昔からサービス精神旺盛な性格は痛みを超越して誠心誠意の音色を響かせてくれたようでした。

 それが証拠に、満場のお客様のお顔が、演奏と法話が進むに連れ、とっても優しい表情になられ、終演後には、全員笑顔で大喝采を下さり会場を後にできたのです。

 法話でのテーマが「縁の糸」でしたが、本当にこうしてご縁でご来場下さり出会えた皆様に感謝申し上げます。「ありがとうございました」合掌 1/30  <この反転は当日弾いた特別のプログラムチラシgif画像です>

<睦月も終わり>

あっと言う間に平成21年もあと11ヶ月になってしまいました。今日で1月が終わります。明日からはこの毎朝の辻説法のページも如月のページになりますので、また、そちらへも毎日お越し下さいませ。それにしても昨夜は南からの湿った空気が北上してきて大雨となり、全国的にも気温が4月の陽気まで上昇しました。これもまた耳慣れてしまいましたが、この時期としては観測史上初めての暖かさだったのです。ここまで地域の気候に異常な変動が続けば、農作物や自然大系にも異変が起こり、近い内に食糧難が私たちの日本にもやってくるのではないでしょうか?今から、花壇を菜園に、休耕地や空き地があればサツマイモなどを栽培される準備をされたほうがいいですよ!愚僧も寺の中庭空き地に菜園を作ろうと思っています。人間の、いや動物が植物の繁栄に貢献する本来のこうした関係が、地球に最もやさしく、一番の地球環境改善と温暖化防止につながる作業だからです。合掌 1/31

どんなことでも、貴方様のご感想や、ご意見も是非お聞かせ下さいね。
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