プロローグ
どうして、生きているのだろう。
どうして、この世に生を受けたのだろう。
冷たかった。
少年の頭だけが川底に押しつけられている。冬の川の水は悲しいぐらいに冷たいが叫びも涙も川の流れに流されて形になる前に消えていった。
起き上がろうとしても起き上がれない。
腕に重たいものが圧し掛かっていて動かすことすらできない。
川底の石に頭が押しつけられて、とっても痛かった。
そして、苦しかった。
少年の首は二つの手によって締められており、その先には鬼のような顔をした女性につながっていた。
「おまえが生まれたからいけないんだ、おまえが生まれたからいけないんだ」
その表情は殺意に満ち溢れていた。
息子の首を締め上げる手にいっそう力がはいる。
「おまえなんか死んじまえっ!!」
どうして生まれたのだろう。
頼んだわけでもないのに、どうしてこの世に生まれてしまったのだろう。
生れ落ちた時から苦しみしかなかったのに。
ここまま死んでいけたら、少年は幸せだろうなと思った。
ちょっとしたことで、金属バットで気絶するほどに折檻されることもない。
何日も食べさせてくれなくて、腐った残飯を食べることもない。
辛いことも痛いことも苦しいことも感じなくていい、
死んでしまえば、全てが終わる。
なのに、
「かあさん、やめてよっ!!」
冷たい水の中で、少年は叫びを上げる。
死にたいのに、終わりにしたいのに
「かあさん、おねがいだから助けてよ!! 助けてよ!! 助けてよっ!!! かあさん!!!」
まだバスの中は消灯されており、寝息とBGMの音がハーモニーを奏でている。窓には分厚いカーテンが降ろされており、その隙間から漏れるのは闇だけだった。
狭いシートの上で遠野拓海は呆然とした。
「・・・くそっ」
拓海は窓ガラスを叩く。
濡れてもいないのに頭が濡れているような気がする。
首が締めつけられていたようで呼吸するのが苦しかった・・・・・・首なんて締められてもいないのに。
「・・・どうして」
苦しみは終わらない。
いつまでたっても繰り返される。
どうして、拓海は生きているのだろう。
死ぬ機会ならいくらでもあった。
殺されかけたりもした。
けれど、拓海は生きており、自分を引きとってくれるところへ向かっている。
どうしてなんだろうか?
死にたいと願っているはずなのに、
これ以上、痛みが続くことには耐えられないのに、
それなのに生きているということに執着する理由が拓海にはわからなかった。
「うづき、正気なの!?」
マンションの一室で黒髪を長く伸ばした20ぐらいの女性が、少女に詰めよっていた。
「だって、あの子は危険なのよ。渡した資料を読んだでしょ」
「そんなことないよ!」
女性の迫力に負けずに、少女は言い返した。
「拓海くんはいい子だよっ!!」
「なんで、そうと言い切れるのよ」
「うづきがいい子だっていったら、いい子なのっ!!」
女性のほうもヒートアップしていたが、少女のほうもヒートアップしてきて子供の言い争いになりかねなかったので、女性は言葉を控えた。
少女は言った。
「とにかく、うづきは拓海くんのことを引き取りたいの!・・・・拓海くん、とっても寂しそうだったから。拓海くんとはそりゃ色々あったけれど、ほっておけないのっ!!」