第2話:クロムハートの子守唄
4th TRACK
それは翌日のことだった。
学校を終えてVDMに戻ってみたら雰囲気が変だった。
「あれ? どうしちゃったの?」
「何か・・・・・事故でもあったのでしょうか?」
駐車場には車が数台止まっていて、その回りでは黒服の男達が何人か打ち合わせを行っていた。目を凝らして見ると窓越しにVDMの店内には誰もいないことがわかる。なにやら警戒中といった物々しい雰囲気が漂っていた。
事故が起きたように見えるが警察の姿はなく、事故の痕跡もない。
「とうとうきたか・・・・・・」
「何が来たんですか?」
深刻そうなそぶりを見せる陸に樹が不安なそぶりを見せる。
「MIBがあたしたちを捕まえにきたんだよ。逃げなくちゃ」
「メ、メン・イン・ブラック!??」
陸の声の響きに樹は何かを感じ取ったのか怯えた。
「な、なぜ私たちが逃げなくちゃいけないって・・・・・・・・もし捕まっちゃったらどうなるんですか?」
「ライトパターソン基地に連れられてあーんなことやこんーなことを・・・・・・・・・」
「い、嫌ですっ、やだです」
完全に怖がりモードに入ってしまった樹は真義にしがみつくと、そのまま震えた。
「たすけてください、真義さん。私、いやです。捕まりたくなくないですっっっっ!!」
樹に抱きつかれたことを密かに嬉しく思いつつも真義は陸をにらみつけた。
陸は完璧に笑っていたからだ。
小動物のようにすっかり怯えてしまっている樹を可愛いと思いつつ、瑠柁によくしてやるようにその頭を優しく撫でると真義は言った。
「陸。樹は怖がりなんだからからかうのやめろって」
「なんで? MIBが来てるんだよ? あたし達の敵だよ?」
「んなわけねーだろ。張り紙が張ってあるじゃないか」
全ての謎は玄関に張ってある張り紙によって解けた。
「本日、貸切のため臨時休業します」
「・・・・・もーっ 陸ちゃんってば!」
かつがれたことを知って樹は陸に向かって拳を振り上げた。
振り上げてみたのはいいのだけれど、妙に可愛らしく見えてしまうのは何故なのだろう。
陸は罪の意識なんかまったく感じさせずに笑っている。
「樹ってば素直だから好きだよ」
「もーーっ」
樹はぷんすか怒っているけれど、この子のことだからまた乗せられてしまうのだろう。
「誰が来るんだろう・・・・・」
いきなり貸切にすることもさながら、ここにたむろっている人間全てがSPだとするとその警戒ぶりは尋常ではない。
「誰が貸し切ったっていうのかは想像がつくけどね」
「やっぱり、あの”会長”か」
陸は否定や肯定はしなかったけれど、あの男の関係者以外にVDMを貸し切りにできる相手が思い浮かばなかった。
「でもさ、いつまで抱きついてるの? 樹」
「はうっっっ!!」
真義に抱きついていることに今頃気がつくと恥ずかしさのあまりに力が篭った。
「樹はやっぱり真義のことが好きなんだ」
「ち、違います・・・・・・じゃなくて、あのその、これは偶然でほんとに偶然なんです」
「何処がどう偶然なのか400字以内で説明して欲しいなあ」
「それはその・・・・あのその・・・・・・はうう・・・・・」
樹は完全に混乱状態に陥り、そんな樹を見て陸は楽しんでいた。
瞳や理亜とは違って胸はないけれど、それはそれで嬉しかった。
爪が食い込んでいるのは痛いけれど、そんなもの瑠柁に締め付けられているのに比べればどうっていうことはない。
しかし、下半身に何か硬いものが当たっているのは気のせいなのだろうか?
「樹おねーちゃん、うらやましい・・・・・・」
そんな樹を瑠柁は羨望の眼差しで見つめていた。
「羨ましいのか?」
「うんっっ!!」
真義に尋ねられると疑いの余地がまったくないぐらいの明確さで瑠柁はうなずいた。
「ねえ、瑠柁もおにいちゃんのこと、抱き抱きしていい?」
天使の上目遣いで見つめられてこれで陥落しない男は間違いなくタマ無しであり、真義はタマ有りだった。
「いいけど、力は控え目にな」
見た目は小学生ぐらいのちっこい少女なのだけれど、力は羆の大人並の力があるから締め上げられようものなら冗談抜きで死にかねない。
瑠柁はうなずいたけれど、その約束が護られるのかどうか朝日が右に転向することよりも果てしなく疑わしかった。
ここで、はしゃいでいた真義たちを黒服がようやく見咎める。この時、真義がそっと手で樹を促して離れさせた。
真義は少しだけ肩に力を入れるが
「おっす。VDMのお嬢さんたち」
シュワルツネッガーのクローンのようなマッチョで威圧感に溢れた黒服のSPがヤンキーのような気軽さで声をかけてくるのだから、その余りの落差に真義は脱力した。
某超遅野家がVDMを迎賓館代わりに使いまわしにしているとしたら、その警護をするSPと自然と顔見知りになる。
「こんちはー」
だから、陸もご近所に挨拶するような気楽さで返す。
「いったい誰が来てるんですか?」
「実はだ」黒服は周りを見回すと小声で囁いた。
「来日中の某I国の首相がイタリア料理が食べたいと言い出して。総裁にとってもオレ達にとっても美味しいイタリアンを出すところといったらここしか思い浮かばないんだ」
「某I国というとメルカバとかメルカバとかメルカバとかの」
「残念ながらそっちのI国じゃない」
何故、残念なのだろうか。
「ていうことはひょっとしてあのベ○○○○ー○首相でしょうか」
「ああ、自分が所有しているチームの試合を見て「何故、1トップなんだ」とさんざん怒鳴りまくってロッカールームに電話をかけてくるあの首相のことだ」
真義の疑問に黒服が肯定した後、ちょっとした沈黙が訪れる。
何処かで烏が鳴いているような気がした。
VDMに来る前は有名人に接触する機会なんてまったくなかったわけで、イタリア首相という以前にセリエAの某強豪チームのオーナーとして、その毒のあるキャラクターで知られている超有名人が自宅いえるような場所までやってくるなんて想像することもできなければ現実味もなかった。
改めてVDMの凄さというものを真義は実感する。
もっとも、VDMの会食の場でイタリア首相と超遅野のトップが会食で何を話すということについては興味はない。
「でも、いいんですか? よく「今度やる時はイタ公抜きで」というじゃないですか?」
「俺もそう思うが決めるのは俺じゃない」
「お隣のあの国よりはマシだってば、真義」
「そのネタは危険過ぎ・・・・・」
話がやばい方向に脱線しそうになって真義は苦笑した。
個人の思惑はどうあれ、利益があると判断したからこそこうやって会談の場が設けられているのであって、真義には及びのつかない高い時空で話が進んでいるのであり、イタリアと絡んだことによって超遅野コンツェルンが大打撃を受けようとも真義には関係ないのない事柄だった。
「でもさ、ベ○○○○−○って100%のイタ公という話だよね」
「プポーネみたいだったらむっちゃ怖いんだけど」
陸と真義はプポーネが政権を握っていることを想像してみたら胃が痛くなってしまった。
幼稚園児に国政を任せること以上に不安だ。
「プポーネが政権とったらスタディオ・オリンピコの真下に地下鉄が通っちゃうのかな」
「陸、そういう一般人には分からないネタ飛ばすのやめろよ。確かにあの本は面白いけどさ」
「あははは、そうだね」
横目で見ると瑠柁と樹がすっかりひいてしまっていた。
「でも、違う意味で気をつけたほうがいいと思うんだけど。だって、あの人っていったら自分の歌が入ったCDを女性職員にバラまいたり、棺桶に片足突っ込んでいるくせして美容整形してるイケイケじゃん」
「イケイケって死語っぽいぞ・・・・・」
そういいながら、真義はイタリア首相に瞳が口説かれている姿を想像してしまい気分が悪くなった。
うっかりゴキブリでも飲み込んでしまったかのような気分の悪さだった。
そして、何故瞳の姿を思い浮かべてしまったのか更に自己嫌悪に駆られた。
瞳のことは詮索しないつもりだった。
瞳は家族であったそれ以上なのだから、他の男に口説かれようがセックスしようが関係ないはずだった。
「そういや神野さんから伝言があったぞ」
黒服の声で真義は我に帰った。
「急な予定につき全員休みだそうだ」
「お休みですか?」
真義は今日は休みだったからさほど驚きはしなかったけれど、シフトが入っていた樹は驚いて思わず聞き直した。
「瞳さんと蒼衣さんは?」
「神野さんと高木さんが給仕にあたるそうだ」
「・・・・そうですか」
超遅野グループのトップが貸しきっていることもさることながら、主賓が某I国の首相なのだから粗相があってはならない。一組だけだからウェイトレスが2人だけでも問題はないだろう。
「おにいちゃん、どうしたの?」
瑠柁がちょっと不安そうに真義を見やった。
「どうしたって?」
「なんかおにいちゃん、怖い顔してたから」
心理を読まれているような気がして真義は冷や汗を流しながらもごまかし笑いを浮かべた。
「なんでもないよ」
「ほんと?」
・・・・・・・・
夕飯を食べ終えた後、真義は自室に引きこもってベットに寝転がっていた。
何をするでもなく、ただ無駄に時間が流れていく。
何をしようったって気力に欠けているし
かといって、こういう時に限って睡魔は訪れてはくれない。
「しんぎーっっ」
訪れたのは陸だった。
ドアをノックする音が激しく響いた後に瑠柁の声が続く。
「忙しい?」
「いや、暇だけれど」
考えてみたら、こうやって自分一人の時間をもてるのは随分と久しぶりなことだった。つまり真義はようやく光沢の環境に慣れたということなのだろう。
「みんなでゲームしようっていう話が出てるんだけど」
「いいねえ」
たちどころに自分一人だけの時間は消えるのだけれど、それも悪くはなかった。
「美味しいお茶も用意してあるからさっさと降りてこいよ」
「毒じゃないよな」
「違うってば」
それを最後に陸の声は消えた。
真義はげたるそうに身体を起こすと部屋を出た。
一階に降りると一際大きい声が響いた。
どうやら会食は宴会モードに変わっているらしい。
興味を覚えた真義は状況がどうなっているのか確かめるために、店舗の方へと歩き出した。
当然のことながらVDMには厳重に警戒されているとはいえ、内部の人間だからSPの目を盗んで店内を観察することなんか容易かった。
さしあたって、休憩室から真義は店内をのぞき見る。
イタリア首相とおぼしき太った外人の男が豪快に笑い声を上げながら蒼衣と話し込んでいた。酒が入っているのか顔が赤くなっている。おもいっきり嬉しそうだった。
目線が出てきた理亜の、白いシェフ服に包まれた大きな胸に行っている。
そのかぼちゃのように大きくて、プリンのように形のいい乳房に目を奪われ、大きなの乳房とは対照的に幼子のようなベビーフェイスに釘付けになってたいる。
何処をどう見ても口説く気満々で真義は頭が痛くなった。
でも、大丈夫だろう。
蒼衣がフォローしてくれるから
しかし、蒼衣がイタリア語が話せるとは意外だった。
蒼衣が外人とイタリア語で喋って、ギャグが受けているのだろうか合間合間に笑い声を上げ、それに釣られるようにして数人の男たち・・・・恐らくは超遅野コンツェルンとその関係者も笑っている。
この様子を見る限りではウェイトレスは単にオーダーを取ったり料理を運んだりするだけではなくホステスとしての才能が必要だと言う事を思い知らされる。
だから、バイト連中は外したのだろう。
陸はともかく瑠柁や樹では話にならないし、真義自身も話を盛り上げられるほど社交的というわけではない。友達とたべるような感じで無秩序に騒ぎまくるのは簡単だけれど、相手が主役だということを意識して退屈させないように話を盛り上げていくことは能力がない人間にとっては大変なのだ。
会食の席はデザートも食べ終わり
酒も振舞われて賑わっていた。
このままベット上での二次会になりそうな不安にかられるのだけれど、多分はそれないだろうと思いたい。
そんな笑い声が飛び交う中で妙に静かな一角があった。
瞳と光沢海洋の生徒会長である超遅野大志が話し込んでいた。
笑い声が大きすぎて何を話しているのか分からない。
とっても楽しそうだった。
会長が話し込み、瞳がそれに相槌を打つ。
ときどき瞳は酢を飲み込んだような表情になるけれど、それは会長があの寒すぎるダジャレを飛ばしたからだろう。
でも、それはご愛嬌のようなもので会長と話している瞳は実に楽しそうであった。
どういったらいいのか分からない表情をするのと同じ頻度で笑顔を見せる。
病院に行くと見せかけて、超遅野の研究所に行っているということは=超遅野とつながっていることだから、そのトップに近いところにいる会長と個人的につながりを持ってもおかしくはない。
おかしくはないし、瞳が誰と付き合っていてもおかしくはない。
むしろ、容姿端麗有能、性格は菩薩様と来ているのだからこれで彼氏がいないほうがおかしい。
だから、会長と親しそうに話をしていてもおかしくないし、真義が怒る道理というのはないというのに
そんな2人を見ていると心穏やかでいられないのは何故なのだろうか。
怒っちゃいけない
落ち着いてなくちゃいけない
そう思っているにも関わらず、波風は立ちまくったまま落ち着いてくれない。
落ち着かせようと数分間努力して結局、ここに留まっても神経を果てしなく害するだけだと悟ると真義はそのまま立ち去った。
冷静ではいられなかった自分に真義は驚いていた。
意外に嫉妬深かったのかと思ってしまう。
とにかくむかついた。
瞳が超遅野大志ととっても楽しそうに話し込んでいるその光景に
真義はむかついて
何故、自分でもそんなに憤っているのか分からなくて
怒りつつも置いてきぼりにされた子供のように途方にくれていた。
「嫉妬に満ち溢れた視線を感じたような気がしたんですが、気のせいでしょうか?」
会長が言った一言に瞳は曖昧な微笑を浮かべるだけだった。
瞳も誰かが遠くから見つめていたことに気づいていた。
「瞳さんは真義くんのことをどう思っているのですか?」
瞳は何かを思い出すようなそぶりを見せた後、口を開いた。
「真義くんは私にとって可愛い弟のようなものです」
「真義くんがかわいそうですね。真義くん、瞳のさんのことをまるで小学生が保険医のおねーさんを見るような目で見つめてましたから」
瞳は困ったような表情を浮かべて黙ってしまう。
そんな瞳の顔から会長は何かを読み取ったのだろう。
「弟だったら、はっきりとそういっていただければ真義くんも助かるとは思うんですが」
「・・・・・・ええ、それは分かっているんですけれど」
その時の瞳は銃撃でも受けたかのように、とっても痛々しく見えた。
「瞳さんには誰かお好きな方はいないんですか?」
「真義くんも好きですよ。あと、蒼衣ちゃんも陸ちゃんも樹ちゃんも大好きです。あと瑠柁ちゃんは可愛いですし、理亜さんは・・・・・ちょっと羨ましいですけどそれでも大好きです。あと、大志さんも好きですよ」
「ボクだけは”あと”付きですか」
「すみません」
「いや、いいんですけど」
知っててトボけたのか、それとも実は天然だったのか。
会長の聞きたかった好きは”Like”ではなく”Love”のほうだったうまくかわされてしまい苦笑いするだけだった。
「素敵な彼氏が見つかるといいですね」
「私も見つけられたらいいなとは思っているんです」
瞳は微笑を浮かべる。
それは遠くを見つめているような
遠い昔に失ってしまった何かを懐かしんでいるようなそんな笑みで、人をひきつけはするけれど夕焼けを見ているようにとっても切ない感じにさせる笑みだった。
会長は何かを言いかけてやめると、代わりに別なことを言った。
「瞳さん。真義くんにご自身のことをお話しになったらいかがでしょうか?」
「ええ・・・・・」
言葉とは裏腹にどうも歯切れが悪い。
「真義くんなら問題ないでしょう。人として信用できるとは思いますから」
瞳は反応しない。
「それとも真義くんをしんぎくれないと思っているのですか?」
会長が言った後で2人の周りに絶対零度の空間が出来上がる。
それこそ空気さえも凍りついた無音の時間がしばらく続いた。
「もちろん、真義くんのことは信じてます」
でも、心臓にナイフでも突き刺さっているかのようにとっても痛々しい。
「ほんとうですか?」
「ほんとうです」
会長はあくまでも微笑みを浮かべたまま呟いた。
「なら何故、真義くんにその存在を疑われるのですか?」
瞳は答えなかった。
「何も全てを明かせっていうわけではありません。本当の瞳さんを知ってもらえれば真義くんも納得してくれると思いますよ。瞳さんの悩みを解決するにはその方法しかありません。それしかないと思うんですよ」
あくまで会長は優しかったが、それだけにより深く心に突き刺さる。
しかし、瞳は何も言わなかった。
・・・・・・・・・
真義が光沢飛翔に通い始めてから1週間近くになって、未だに回りとの問題は抱えているものの新しい環境に順応できていた。
「おーい、スゲ。今日は休みか」
全ての授業が終わってHRから先生が退出して放課後になるとプポーネが声をかけにきた。
「ああ、休みだけれど」
今日のシフトは樹と陸で真義はお休みである。
「せっかくだから遊びに行こうぜ」
「なんだよ、せっかくって・・・・・・・・」
プポーネは真義の肩を捕まえるとぐっと引き寄せた。
「まあ、いいじゃねえかよ」
「いいじゃねえかよって、あのなぁ」
そうやって曖昧な態度に出ているということは何かよからぬことを企んでいるといっても間違いない。
「なあに、ちょっくらオマンコの連中を狩りに行くだけだからよ」
「ちょっと待て」
相変わらずなことだとはいえ頭が痛くなってきた。
「冗談だ、冗談。気にすんな」
プポーネのことだから冗談に聞こえない。
「今日はほんとしんどかったからストレス晴らしに行こうぜ」
フポーネがストレスというものを感じるかどうかは疑問だったけれど、授業で集中砲火を食らって真義もいささか疲れており、鬱憤晴らしをしたいのは真義も同じだった。
「本当にカツ上げしたりしないでしょうね」
プポーネの行動に疑問を持っていたのは真義だけではなかったようで、まだ残っていた委員長がプポーネに警告を発する。
「しないって。なんたってオレ様は永世中立だからな」
「・・・・・・本当に意味分かって言ってる?」
そんなの絶対に分かっていないに決まっている。
「あたし達は仕事だけれど、瑠柁はどうするの?」
樹と陸が仕事ということは瑠柁は暇だということである。
瑠柁のキャラクターから考えて絶対についていくというだろうけれど、真義は考え込んでしまった。
そんな真義を見て陸は微笑んだ。
「しょうがないなあ。貸し1つだよ」
「悪いな」
瑠柁には悪いとは思うのだけれど出来れば一緒に連れて行きたくないというのが本音だった。
「瑠柁はいい子だとは思うんだけど、何かあるたびに締め上げられたんじゃ身が持たない・・・・・よね」
何かあるにつれ関節を極められたり首を締め上げられたりと瑠柁の従兄である代償であるかのように激痛を味わっているのだから、お互いに寒い笑いを浮かべるしかなかった。
真義の心の中にもやもやがたゆっている。
意識をしっかり保っていなければ押し潰されるもやもや。
それだけに疲れていて、鬱憤晴らしなり気分展開を計るなりしなければやっていけそうになかった。
そういう時の相棒は異性よりも、気楽に馬鹿騒ぎが出来る同性のほうがいい。
その相棒がプポーネというのが不安といえば不安なのだけれど、光沢にやってきてから出来た友達の数を数えてみると真義の背筋が寒くなった。
・・・・・・・ぜんぜんいない。
VDMに住んでいることで未だに大半の男子生徒から敵視されていて、プポーネ以外の友達を作れてはいない。プポーネとVDM関係者以外で知り合いになった連中を上げてみると山尾はまともだとしても会長はまともじゃないし、ましてやあの三人組に至っては友達というにはかなり微妙だった。
なんでオレの回りにはこんなのしかいないんだ。
那岐川にいた時はそこそこに友達が作れていただけに、友達と呼べる相手がプポーネしかいないというのはかなり悲しかった。
「意外だったなー。真義の好みが瑠柁でも樹でもあたしでもなくプポーネだったなんて」
「違う」
「初体験まで行ったら報告よろしくー」
「そんなんじゃねーーっっ!!」
真義は抗議するけれど、当然のことながら陸は無視を決め込んでいたりする。
「真義さんってプポーネさんみたいな人が好みだったんですか・・・・・・」
「あのさ、なんで顔を赤らめる?」
ひょっとして樹にやおいの属性があるのだろうか?
そんなことを思わせる樹の反応だった。
「ご、ごめんなさいっっ!!」
生暖かい眼差しで見つめられていることに気づいて樹は反射的に謝ってしまう。
「真義ぃ、いくら瑠柁にいたぶられているからって樹をいぢめるのはいくないなぁ〜」
「違うっっ!!」
スルーすればいいのにと理性では分かっているにも関わらず反応せずにはいられない。
そして、謝ることがもはや条件反射として焼きついてしまっているにも関わらず、事情を知っていても真義が樹をいぢめているようにしか見えないのも事実だった。
「おい、菅野が樹をいぢめてるぞ」
その光景を見ていて男子生徒の1人がおもむろというよりも、むしろ真義にはっきりと分からせるように携帯を取り出すとコールし出した。
「TIFFOSI全員終結っっ!! ただちに我らの救いの天使である樹さまを泣かせる不届き者に天誅を!! オブイェークト!!!」
「おい、ちょっと待て!!!」
思わぬ展開になってきて真義は抑えようとはするものの、堤防を破ってきた水を戸板一枚で防ぐようなものでその勢いは止められるものではない。
プポーネが真義の肩を叩いた。
惚れ惚れとするぐらいの晴れがましい笑顔で
「楽しいことになってきたじゃないか♪」
「ぜんぜん楽しくねぇっっっ!!!」
「真義さん・・・・・大丈夫でしょうか」
樹の親衛隊たちの怒声がノートパソコンのファンの音のように響きまくる中で樹はひとり途方に暮れたように呟いた。
「大丈夫だと思うよ。プポーネはともかく真義だって・・・・・あの三人組と互角にやりあえたんだから親衛隊なんて目じゃないって」
”3人組”のところに嫌悪感をこめて陸は言うと陸はため息をついた。
そもそもの発端は樹の誤解に真義が突っ込んだことにあるのだけれど、本人はそのことに全然気づいていない。そして、これからも気づくこともないだろう。
「樹、むやみやたらに謝るのはやめようよ」
「それは分かっているのですが」
分かっているという割には見ている人間を罪悪感のあまりに自殺に追い込んでしまうぐらいほどにしょんぼりとしてしまうのだけど、しょうがないだろう。これは
「真義も楽になれればいいんだけどね〜」
「そうですね」
2人とも気づいていた。
真義がいつものように振舞おうとして自分に無理を強いていることを
「ま、プポーネがいるからいいストレス解消にはなるとは思うんだけど」
でも、それは根本的な解決方法にはならない。
「私たちに出来ることはないのでしょうか?」
「ない」
陸はあっさりと言い切った。
「そんな・・・・・」
情けなさそうな顔をする樹に脱力する陸だったけれど、そこをなんとかこらえて陸は言う。
「樹の気持ちも分からなくはないけれど、これは真義と瞳ねえの問題だから2人で解決するしかないんだよ」
そう、これは2人の問題なのだから回りにしてやれる事はあまりない。
だから、何かしてあげたいのに何もしてあげられない空しさに樹はうなだれてしまう。
陸もその辺りは同じでは同じではあったけれど、樹とは違って割り切りができているからそう沈み込むことはない。
ただ、これから先どうなるのかちょっと不安になった。
特に根拠があるというわけではないのだけれど陸には状況が好転するとは思えなかった。むしろ、悪化していくように思えた。
「そのときはその時か・・・・」
「何がその時なんですか?」
「ううん。なんでもない、独り言」
何事につけてもネガティブな樹に陸は微笑みを返す。
しかし、陸の予感通りに状況はますます悪化を辿っていくのであった。
・・・・・・・
樹親衛隊”TIFFOSI”の追撃を振り切って、学校前の電停から路面電車に飛び乗ると真義はプポーネと2人で市の中心部へと向かった。
繁華街にあるゲーセンで久しぶりにゲームをやりまくること2時間。ストレスを発散させ・・・・・・たかどうかはちょっと微妙な状態で真義はゲーセンから出てきた。
「スゲ。ちっとはオレにも勝たせろよ」
プポーネも同じように腐っていた。
「それとも何か? 勝ちたかったらロレックスでも贈れってか? そんな金ねーぞ」
「あのなぁ・・・・・」
真義はこいつとだけはサッカーゲームをするかと硬く心に誓った。
ふと気まぐれにサッカーゲームをやってみたのが運の尽きでプポーネが負けると勝つまで勝負を要求し続けるのだから真義としては溜まったものではなかった。
サッカーでもガチガチに護る戦術がイタリアの伝統だったりするのだから、勝負には粘着なまでにこだわるのがイタ公といえばイタ公なのだろうけれど、付き合わされる人間にとってはいい迷惑である。
しかし、本当に頭が痛いのはそこではなかった。
「プポーネが勝てないのはシュート打つたびに「スプーンシュート打つぞ! スプーンシュート打つぞ!」と叫んでるからだよ」
イタリア語で叫ばれていたわけであるが、プポーネと付き合っているうちにイタリア語(ローマ弁)のスラングには堪能になっていたのと、叫んだその直後に山なりにカーブしたシュートを打ってくるのだから読みやすいといえば読みやすい。だが・・・・・・
「えっ、オレ叫んでたったけ?」
真義はプポーネをマジマジと見る。
ごまかしているのではなく、素で自覚していないようで真義はタライでも落ちたように肩をがっくりと落とした。
シュートを打つたびにイタ公の狂った絶叫が響いて
ゲームを続けているうちにいつしか真空地帯が出来ていた。
誰も近寄らない空間。
見てはいけないものを見てしまったような人々の眼差し。
それらの視線が真義にとっては痛かった。
天然になってしまえば楽だというのだろうか。
責めを受けるべき当人がちっとも気づいていない能天気ぶりに真義はがっくり来た。
「なあ、真義。まだ落ち込んでるのか?」
落ち込んでるというより呆れているのだが
「・・・・・オレ様がせっかく元気づけてやってるのに元気がでないとはしょーがない奴だな」
プポーネ?
どうやら落ち込んでいるというか沈んでいるのをプポーネにさえ見抜かれていたらしい。
けれどプポーネがプポーネなりに気遣っている。
「何がおかしい」
笑い出した真義にプポーネが文句を言った。
「いや、おかしいとかそんなんじゃない」
プポーネなりに気遣ってくれることがおかしくもあり、その心遣いがうれしかった。
「てめぇなあ・・・・・まあ、いいや。飯食いに行こうぜ、飯」
「ああ」
VDMの賄飯も美味しかったりするのだけれど、たまには別のところで食べたいというのもある。
「もしよかったら、スゲが落ち込んでいる訳を聞かせてもらいたいところなんだが」プポーネはウインクをした。「もしかしたら助けられるかもしれねーぜ」
「考えておく」
プポーネが歩いていったところは横道に入った目立たないところにあるハンバーガーショップだった。
”ブラックベリーカフェ”という看板が掲げられているそのお店は交通の便が悪いにも変わらずカウンターに行列が出来ている盛況ぶりだった。
瞳と瑠柁がライバル店として名前を上げていたことを思い出す。
味にはこだわるイタ公が真っ先に行く店だから凄く美味いのだろう。
「スゲ。オレは並ぶから、スゲは場所取っておいてくれ」
「了解」
とはいうものの、席の方も混んでいて空いているスペースが見つからない。
「菅野くん??」
「委員長?」
奥のボックス席で委員長が黙々とハンバーガーを食べていた。
偏見なのだろうけれど、女の子がチョイスするものとしてはかなり大きい。
委員長が四席ある席を独占する形になっていて、真義は声をかけた。
「プポーネも来るんだけれど、その席に座っていい?」
「いいよ」
「さんきゅ」
真義は委員長の対面に座るとカウンターを見た。
カウンターでは相変わらず行列が続いていて、GWウィークの東北道のようになかなか解消しそうにない。その中で頭一つ飛びのけているプポーネの長身は目立っている。
しかし、良く見ると片方のレーンは順調に流れているのに、片方のレーンは滞っているように見える。
「気にしないほうがいいよ」
「そうなのか?」
「気にしているとやってられないから」
頭が痛くなるけれど、委員長の言うとおりだろう。
委員長は不意に表情を曇らせると小声でそっと囁いた。
「私がいったこと、まだ気にしてる?」
皮膚の下に埋まりこんだ破片を刺激されたが真義は痛みを無理やり押さえ込んだ。真義も気にしているように、委員長もまた真義に影響を与えてしまったことを気に病んでくれていたからだ。
「気にしてないっていったら嘘になるかな」
「良かったら話してみてくれない?」
「ああ」
一瞬、VDMじゃない人間を巻き込むことに躊躇いを覚えたけれどそれ以上に心の中に溜まっているもやもやを晴らしたい欲求のほうが強かった。
話すことによって楽になれるし、突破口を見つける鍵になるかも知れなかったから。
「瞳さんがクローン病じゃないかもしれないと委員長は言ってたけれど、オレもそれっぽいような感じがする」
いくらクローン病じゃないといっても、せめて薬とか飲んだする光景を見かけないのはあまりにもおかしすぎる。
しかし、クローン病ではないとしたら瞳は何故食べないのだろうか?
栄養を必要としない生き物はいない。
何かをエネルギーに転換して消費することによって生き物は生きている。
瞳は栄養剤を直接胃に注ぎ込むことによって栄養を得ているわけなのだが、その栄養剤はどういう代物なのだろうか?
クローン病患者用の栄養剤じゃないとしたら?
ただ一ついえるのは栄養剤が本当に患者用の栄養剤のか真義には分からないということだった。持ち出しに成功してしかるべきところに見せれば分かるだろうと思うのだけれど情報を拡散させたくない。
「超遅野重工の光沢研究所ってどういうところ?」
「超ち○こ重工といったら、グループの中でもやばいところだぜ」
そう言ったのはハンバーガーを乗せたトレイを持ったプポーネだった。
「でっけぇなあ・・・・・」
真義が眼を奪われたのハンバーガーの大きさだった。
一つにつきビックマックを4つ並べたように大きさがある。
ミートパティもハンバーグステーキとして出せるぐらいに分厚い。
コーラを入れた紙コップも巨大なアメリカンサイズだった。
そこで真義はオーダーを言わなかったことを思い出した。
「金は・・・・」
「いいって」プポーネは言った。「これはオレのおごりだ。おもれえ話が聞けそうだからよ」
奢られるほど危険なことはない。その代償としてどんな無理難題を吹っかけられるか分かったものではない。
顔をしかめる真義を余所にプポーネは隣に座わる。
Lサイズのポテトを頬張りながらプポーネは語り出した。
「重工っていうところは車や船も作っているが同時に軍事企業だからF−15のライセンス生産もやっているし聞いた話によるとそれこそハリウッドに出てくるような新しい兵器の開発もやってるらしい。警備会社と唄っておきながら実は私設軍隊のセキュリティサービスよりはマシだけれど、SSに武器弾薬を供給しているのは重工だからな」
「・・・・なんかうそ臭せえ」
軍事企業が諸悪の根源というのはまともなプロデューサーなら採用しないぐらいに陳腐なネタである。
「その新しい兵器を開発しているというのが光沢研究所なわけか」
「菅野くん。どうして東海岸があのままで放置されているか知ってる?」
もちろん知っているはずがない。委員長は続けた。
「それは超遅野関連の企業があの辺りの土地を買い占めているからよ」
「ほう。あいつらは演習場にするつもりか」
プポーネの言葉に”そんなばかな”という顔をした真義であったが、委員長の言った言葉に愕然となった。
「その可能性はないとはいえない。だって、何をやっているのか分からないもの」
現実に起こっていることなのに、出来の悪い小説のように安っぽくて現実味がないことのように思えてくる。
でも、天使と一つ屋根の下で同居しているのだから、物理法則を超越しないだけマシだと思えるのがちょっと悲しかった。
要は流されたものが勝ちなのだろう。
「SSが私設軍ってどういうこと?」
「文字通り。超遅野は自社で所有しているアフリカの鉱山とか油田を自前で護っているんだよ。もっと正確にいえば後ろめたいことをやるセクションだ。もちろん尻尾はつかまれないようにしているが、オレ様たちの間では有名な話だ」
「どこのオレ様たちだよ」
突っ込みを入れたら危険だと本能が警報を鳴らしていた。
「真義はなんで悩んでいるんだ?」
真義はちょっと悩んだけれど口を開いた。
一応、簡単な説明をし終えて巨大なハンバーガーを咀嚼しているとプポーネが言った。
「スゲは瞳さんの正体に疑いを抱いているんだけれど、それが聞けなくて悩んでいるっていうことか」
でかさだけではなく、肉の絶妙な焼き加減やコクの深さに舌鼓を打ちながら真義はうなずいた。
「だったら聞けばいいじゃん」
「そりゃそうなんだけれど正直に話してくれるとは思わなくて」
「実は信用がないんじゃないかと悩んでいるわけか」
「そりゃそうなんだけれど」
プポーネの反応が要領を得なくて、真義はいらつきを覚えた。
そのいらつきを解消させるために真義は委員長に話し掛ける。
「委員長は瑠柁や陸たちをどう見てるんだ?」
「人間じゃない」
即答だった。
「人間じゃないってどういうところが人間じゃないと」
性格はどうあれ彼女たちは見た目は人間そのものである。
手が100本も生えているとか、首が4つあるとか、目が無数にあるとかそういう分かり易すぎる差異はない。
委員長は考え込んだ。
言う言葉に困っているようであり、それは「こんな事を言ったら信じてもらえるだろうか?」ということが出ているようだったがしばらくしてから委員長は口を開いた。
「有馬さんや高木さん達はオーラというか雰囲気というか、普通には眼に映らない何かが私たちとは決定的に違うの。信じられないかも知れないけれど、私にはそうとしかいえない」
真義は陸が言っていたことを思い出す。
自分達はこの世界の法則から外れた存在だと
陸や瞳たち。VDMに住む人々はそれぞれ人に言えない秘密を持っている。
陸が天使であるように、おそらくは瞳とは人とは違っているのだろう。
この場合、他人は関係ない。
重要なのは委員長が正解を言い当てていることだ。どのような式にもとずいて解を得たのかは興味があるが重要ではない。
重要なのは
「委員長には瞳さんがどんな感じに見えた?」
「幽霊・・・・かな?」
委員長は言葉を選びながらもきっぱりと言った。
「幽霊?」
「神野さんは普通の人に比べて生気がないように見えるの。菅野くんやミハイロビッチくんが10だとしたら神野さんは1ぐらいの濃さにしか見えないというか」
どうやら表現する言葉が見つからないらしい。
「キャラが薄いとか、個性がないとか、そんな感じ?」
自分と委員長のイメージを補完させるように真義は言う。
「・・・・・・まあ、そういうところかな」
納得していないのは表情で明白なのだろうけれど真義はそれで納得せざる終えなかった。イメージが分かったところでヒントになるというだけで正解にはならない。
病院に行くと見せかけて研究所に通っている。
研究所は怪しい物を研究開発している場所。
・・・・・となると瞳さんはモニターになっているのだろうか。
食べながら今までで集めた情報を整理して結論づけているとプポーネが言ってきた。
「スゲの悩みは瞳さんの正体を知りたいんだけど教えてくれなかったら、調べようかそれとも忘れようか、そういうところなんだろ?」
「まあ、そうだけど」
「だったら知っちゃえよ」
プポーネは無遠慮なまでにあっけらかんと結論を出した。
「はぁ??」
「なんだ、その態度は。こっちだって真剣に考えてやってるんだぞ」
「それは分かっているんだけれど」
そうあっさり結論を出されると悩んでいることが馬鹿みたいであり、心が痛いことを無視されているようで真義は不快だった。
「瞳さんは隠しておきたいだから、そうやって穿り返す意味があるのか」
「真義は知ることをやめたいのか?」
その問いに答えることが出来ないことに真義は気づかされる。
「答えはNoだろ? 知ることをやめられるんだったら悩んでなんかないはずだ。違うか?」
真義は答えることが出来なかった。
プポーネの言うとおりだった。
知りたくないのであれば、自然に忘れていく。
本当は瞳のことを知りたくてたまらない。
瞳の存在に疑問を抱いていて、自分を信じていてくれているのか知りたいのにその欲求を抑えなくちゃいけないから心が痛いのだ。
「オレが知って瞳さんが傷ついたら」
瞳を傷つけるんだったら自分が苦しんでも知らないほうがいい。
「何かを得るためには代償が必要だ。痛むのも当然といっちゃ当然だわな」
そんな真義をプポーネは笑った。
迷っている真義を嘲笑っているように
「だがな、真義。自分に正直でいられないっていうのは辛れぇぞ。それで苦しんでるんじゃないか」
「ミハイロビッチ君は正直すぎるのよ」
委員長がすかさず突っ込みを飛ばすがそれを聞いている余裕は真義にはない。
「でも、オレは・・・・・」
”瞳を傷つけたくない”と続けようとしたところプポーネの声が割り込んだ。
「スゲ。それで家族だなんていえるのか?」
それはラティ対戦車ライフルの弾丸が頭蓋に炸裂したようなものだった。
「な・・・・なんだと?」
自分の声なのに、何処かのスピーカー越しのように聞こえる。
「知りたくない。知ることで瞳さんを傷つけたくないんだったらそれでも構わない。スゲの問題なんだからスゲが決めることだ。でも、瞳さんとは家族になれない。なぜならスゲは瞳さんの上辺しか知らないし知ろうともしないからだ。そんなの家族じゃない。単に暮らしているだけだろ。そんなことじゃいつ後ろから撃たれたって文句はいえないぜ。もちろん、掘らなきゃよかったって思うかも知れないけど、そんな痛みを乗り越えてこそ瞳さんの家族になれるんじゃないのか」
プポーネが言い終わったその後、真義の身体は崩れ落ち、何もできないまま震えていた。
瞳が何を思っているのか知らない。
向けてくれるあの優しい笑顔は実は仮面で、ほんとうは何も思っていないと考えたら立ってなんていられない。
プポーネの言葉は真義が抱えていたもの。身体の中に巣くった悩みやもやもやを形にして真義に突きつけたものだったからだ。自分が知りたくなかったこと、逃げていたことを抉り出されて平静を保っていられる人間なんていうのはそう多くはない。直視できないからこそ、人はそこから逃れようとするのだから
「ミハイロビッチくん・・・・・??」
そして、委員長は点目になっていた。
「熱・・・・・・ある?」
「ないぜ。お嬢さん」
無意味に歯を光らせながらプポーネは笑ったが、委員長は呆けたままだった。
無理もない。
プポーネがこんなにまともなことを喋るなんて思っても見なかったからだ。
「ひょっとして明日は光沢が沈んじゃう?」
委員長が大災害や大恐慌が起きるのを本気で心配した。
「沈む? 沈むのラツィアーレだ」
「そういうことじゃなくて」
こういうところはやっぱりプポーネだったりするわけで、そんなプポーネを見ているとホッと出来てしまうのが委員長にとっては悲しかった。
そうやっている間に、真義が立ち直ってきたのを見計らってプポーネが肩を叩いた。
「知ることによってスゲも瞳さんも傷つくかもしんねーけどよ、知らなければ瞳さんを助けることができないんじゃないのか?」
「助ける?」
「秘密っていうのは大抵悩みに直結してるもんだ。医者だって患者がかかっている病気が分からなければ治せないだろ。それと同じだ」
「プポーネ」
真義はプポーネをまじまじと見つめた。
そんな真義を見て、プポーネはニヤっと笑う。
真義は俯くとそっと呟いた。
「・・・・・やってやるよ。やってやろうじゃないか」
小さくはあるけれど力が篭った声。
その瞳には最近の真義にはなかった光が灯っていた。
欲求を止めることはない。
最初は辛いけれど、後から考えればそれが役に立つとプポーネに後押しされて真義はおもいっきり楽になることができた。
ハードルも何もなくなった。
後は突っ走るだけ
「良かった・・・・・というべきなのかなぁ」
「委員長、プポーネ。ありがとう」
「どういたしまして」
真義が立ち直ったのは喜ばしいのではあるが、なにか間違った方向に立ち直ってしまったような気がして委員長は複雑な表情を浮かべた。
「でも、プポーネに諭されるなんてなんか癪っつーか、ビルから飛び降りて人生をもう一回やり直したほうがいいんだろうか」
「なんだと、こら」
プポーネがこんなにまともな事を言ったのはおもいっきり意外であり、またその言葉によって立ち直れたのはある意味、屈辱的なまでにショックだった。
「これならローマはスクデットは取れるな」
「そうかそうか」
ほんとはプポーネがまともなことを言ったからローマがセリエB落ちすると言いたかったのだけど、それを言ったら血を見るので別なことを言った。
「でも、スクデット取るなんて言うんじゃねーぞ。ウンコ(運勢)が逃げちまう」
それでも天変地異が起きたからローマが優勝と言っているのだからロマニスタなら怒りそうなのだけれど、一発で機嫌を直してしまうのがプポーネたる所以なんだけれど本当はまともなのにバカなふりをしているのか、それともあの時だけ人格変換を起こしたのかそれとも死んだおじいちゃんの霊が取り付いたのか判別せず、フランチェスコ・ミハイロビッチという人間がどういう人間なのかわかりづらくしていた。
表層だけ見ていれば分からないのが人間の複雑さでもあり、面白さなのだろう。
「瞳さんを調べるようだったらオレ様もつき合わせろ」
「プポーネも!?」
「ちょっとちょっと」
プポーネの発言に2人は泡を食った。
「女はねーちゃんからロリまで選り取りみどりなんだから、面白いことぐらい独占すんなよ」
「面白いことって、あのなぁ」
プポーネは瞳を巡って一悶着が起きることを見越していて、それに加わることを望んでいる。プポーネが加わるとトラブルを誘発しそうで真義は露骨に顔をしかめた。
「おいおい」
プポーネは親しみのある笑みを浮かべると真義の肩を叩いては、その首を引き寄せた。
「オレ様はスゲの悩みを解決してやったんだぜぇ。その恩人に対してそんな態度はないんじゃないのか?」
真義としても借りを作ってしまったがためにNOとはいえない。
「だいたい、トラブルが起きた時にスゲだけでクソが拭えるのか?」
プポーネを入れる事でトラブルを呼び込みそうな気がしないでもないのだけれど、こないだの化け物熊に襲われたレベルのトラブルを想定してみると一人だけで立ち向かえない。誰かの助けが必要になってくる。
「だろ」
そんな真義の心理を読み取ったのか、プポーネは勝利を確信したような表情を浮かべた。
「スゲが嫌だと言っても絡むからな。せっかくのパーティなんだ。オレ様がいなくなくてもいいことはないよ、な」
一瞬だけ、氷の刃が突きつけられたような冷たさが空間を走った。
「な」のところでイタ公らしく陽気に笑っていたが、その笑みは何処となく獣性を帯びていた。その眼差しは戦場にいることを臨む鬼の目だった。
この男のことだから、真義が断ったところで強引についていくだろう。
結局のところ、プポーネもビルやデアンドロ達の同類なのだ。
プポーネが真義と会う前にどんな人生を送ってきたのかは知らないけれど、いつものおバカなプポーネとさっきのまともな言葉が繋がったような気がした。
「了解。よろしく頼む、相棒」
真義は首筋にかすかに感じた恐怖を唾と一緒に飲み込みながらうなずいた。
「スゲのことだからそーいうと思ったぜ」
プホーネは喜びながら肩を叩くと真義から離れていく。
委員長が口を開いたのはその時だった。
「瞳さんのことを調べるのなら私も付き合う」
「委員長。いや、そこまでしなくても・・・・・・」
「よしなよ。海パン(皆勤)記録が途絶えちまうぞ」
真義としては出来るだけ関わりあいになる人間を減らしたいところだったのだけれど、プポーネと同様に委員長も退こうとはしない。
「貴方達を放置しておくのが危険だから私もついていきます」
「おいおい。オレは核かよ」
「迷惑度からいえば、核廃棄物並」
委員長はそこまで言い切った。
実際、プポーネをフリーにさせておくほど危険なことはないから洒落になっていないところがとっても頭が痛かった。
「でも、なんで”貴方達”なんだよ」
真義としてはプポーネと同類に扱われるのは心外だったが、委員長はそれに対する反論をちゃんと用意していた。
「菅野くんはミハイロビッチ君とは違う意味で危険です。瑠柁ちゃんのことを「オレのオンナ」と言い切っている人の何処が危険じゃないというんですか」
自分で言ったのだから真義は、迂闊な発言をしたことを後悔しながら机に突っ伏すしかなかった。
そこへプポーネが追い討ちをかけた。
「よっ。ロリコン大将っ♪」
「ロリコンじゃねーーーーっっ!!」
・・・・・・・・・・・・
日付が変わった頃、真義は瞳の部屋の前に立つと息を吸って緊張をほぐしながらノックした。
「瞳さん。入ってもいいですか?」
「いいわよ」
少し遅れて返事が返ってきて、真義はドアを開けた。
瞳の部屋はアンティーク調の机に、黒檀っぽいタンスと本棚といった女性らしい上品な部屋できちんと整頓されているところに瞳の性格が現れていた。
瞳はグリーンのパジャマ姿で、そろそろ寝ようとしている。
傍らに牧場からかっぱらってきたような金属製のボトルが何本か転がっているのを真義は見つける。
そのボトルに瞳は自分達とは違うことを知らされる。
「ご飯でも食べてたんですか?」
「ええ。今日は仕事が忙しくて」
瞳は切なさと優しさがこもった笑顔を見せる。
「寝る前の飯は太りますよ」
「もうっ。真義くんのバカっ」
真義が軽口を飛ばすと瞳はぽかぽかと真義を叩いて見せた。
「太りませんからね」
「その根拠は?」
「知りません」
そうはいうものの瞳は笑っていた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なに?」
硬くなりかけた雰囲気を軽口で明るくなっているうちに真義は用件を切り出した。
「瞳さんって、本当にクローン病なんですか?」
「どうして、そう思うの?」
幼い女の子のように澄んだ瞳で問い掛けられると真義はつい言葉に詰まってしまう。
「い、いえ。クローン病のことを色々と調べたんですけど、クローン病にしては元気すぎるかなーって」
瞳は何も言わない。
じっと子供のように見つめているだけで、それ故に時間が立つにつれて真義は首吊りたくなるぐらいにいたたまれなってくる。
「オレ、瞳さんのことが知りたいんですよ。瞳さんのことを助けたくて、知らなくちゃ助けられないから・・・・・・・でも、やっぱり迷惑ですよね。そういうのって」
ここに辿り付くまでに頭の中で何十回とシミュレーションを繰り返したにも関わらず、その内容がぶっ飛んでいた。
心臓が激しく鼓動する。
血液が熱くなっている。
いわなくちゃいわなくちゃ、と頭の片隅で叫んでいるのだけれど何を言ったらいいのか分からなくて、とにかくその場の雰囲気をうまく処理するための言葉づかいに終始して、その言葉でさえもなくなっていく。
どうしようもなくなって頭の中が破裂しそうになった時、瞳は微笑んだ。
「ありがと、真義くん」
それはどんなに冷血な人間でさえも一瞬にして溶かしてしまうほどのあったかみのある笑顔で真義の頭の中から何もかもぶっ飛んだ。
「でも、私は大丈夫だから」
だけど、その言葉が熱くなった真義を冷めさせる。
瞳は何も言ってくれない。
けれど、瞳は一人ぼっちの寒さに震えているのを我慢しているようなそんな切ない笑みを浮かべている瞳を見ていると真義は何もいえなくなってしまう。
「ごめん。それじゃ」
色々と考えて、結局それぐらいのことしかいえなくて
真義はそのまま立ち去ろうとした。
「ちょっと待って」
瞳は真義に近寄ると、そっと真義の頭を撫でた。
身体が硬直する。
いつもは撫でる側なので、撫でられるのはちょっと新鮮だった。
ちょっとは成長したかなとは思っているのだけれど、こうやって頭を撫でられているとまだまだ子供だというのを自覚する。
でも、悪い気はしない。
瞳に撫でられていると安心できる。
「あのね、真義くん。ちょっと重い話になるけど聞いてくれる?」
聞く聞かないではない。真義はうなずいた。
「人っていうのは時にはどんなに汚いことしても生きなくちゃいけないことがあるの。友達を裏切っても、親を殺してでも、自分の身体を切り売りしてまでも生きなくちゃいけないことだってあるの」
例えようもなく重たい話だった。
瞳はそんな体験をしたことがあるのだろうか。
表情からは窺い知れなかった。
でも、そんな想いを味わったことがあるのだろう。
「瞳さんはなんでそこまでして生きようとしているんですか?」
そこまで言うのであれば、きっと死を望んだことだってある。
「みんながいるからよ」
「みんな?」
「ここに真義くんがいて、理亜さんがいて、陸や蒼衣、瑠柁ちゃんがいる。私はみんなが大好きでこの場所でずっとこれからも私は生きていたいの。だから、私はどんなことだってする。たとえそれが人を殺すことであっても、物を奪うことだとしても、そうしなければ生きられないんだったら私はそうする」
「そんなこと言わないでください」
痛かった。とっても痛かった。
なんで瞳がそんな想いをしなければならないのだろう。
どんなに辛いことであったとしても、何故それを瞳は甘受せねばならないのだろう。
「瞳さんが人を殺さなければ生きていけないっていうのなら、オレが代わりに殺しますから」
物騒なことを言ってると思ったけれど真義は本気だった。
瞳のためだったら人だって殺せるし、自爆テロだってやれる。
「たとえよ、たとえ。本気にしないの」
蒼衣や陸だったら「ばーか」とでも言うような感じで瞳は軽く頭を叩いた。
その様子はまるで血の通いあった姉と弟だった。
「でも、真義くんはそんなことしなくていいの。汚れるのは私ひとりで充分だから。たとえ生きるためには汚れなくちゃいけなかったとしてもそれは私だけでいいの」
・・・・・・・・
ベッドに戻って寝ようとしてもなかなか寝付けずに真義は天井を見つめていた。
その耳にはたえず瞳の言葉が蘇っていた。
「人はどんなに汚れようとも生きなくちゃいけないことがある」
どんな想いで瞳がそんな言葉を言ったのかは分からない。
ただ、痛かった。
その体験をしてまで生きている彼女のことを思うととっても痛くて
家族を護るためにどんな苦痛を味わっても構わないという彼女がとっても切なくて。
瞳は分かっているのだろうか。
表面上は傷つかなくても
自分を犠牲にしてまで庇われると、その庇われた相手も辛くなるということが。
そして、庇われた相手は庇った相手を護りたいということも。
瞳の心の一端に手を触れたら火傷のように痛かった。
ちょっと触れただけでもこんなに痛いのだから、本当のことを知ったらその痛さは今回の比ではないだろう。
だけど、その笑顔の下には苦しみと痛みが隠されている。
それを知ってしまったからには後戻りなんてできなかった。苦しみや痛みを瞳1人だけに背負わせたくはなかった。簡単にその痛みは消せやしないだろうとは思うのだけれど、せめてその痛みを重傷から軽傷に軽減してやりたかった。
プポーネの言うとおりだった。
彼女のことを知ろうとしなければ、彼女の痛みに気づかずに日々を送っていただろう。その事を思うと真義はゾッとした。
瞳を知りたいと思う。
好きとか恋しているとか、そういうのじゃなくて家族として
・・・・・・・
瞳は失敗したのかも知れない。
この時、素直に自分の正体について告白すれば真義もそれほど深く追求することもなかっただろう。
しかし、瞳は告白せず却って真義を駆り立てる結果になってしまった。
事は真義1人だけからプポーネ・委員長と広まっており、その事を知っていたら瞳も違う対応を取っただろう。
真義に告白していれば自分の管制下の元で状況が推移したのだろうけれど、言えなかったことによって事態は瞳の思惑を超えた方向へと突っ走りだす。
決まったとしたらこの時だろう。
瞳と真義が辛い想いを味わうことになるのは。
・・・・・・・・
「所長、リストが出来ました」
「どれどれ」
白衣を着た所長と呼ばれた男は部下からプリントアウトされた資料を受け取るとそれを読んだ。
「多いな」
「全部で127人います」
名簿に書かれた人数を部下がいうと所長は呆れた表情になった。
「実に嘆かわしい。こんなにも品性下劣な輩がいるとは」
「しょうがないじゃないですか。うちの方針は品性よりも才能ですから」
「キミは合法だからといって幼女を輪姦しようとする輩を無条件に信頼できるかい?」
部下は首を横に振った。
「選抜はキミにまかす。この中から使いものになりそうにならない輩をピックアップしておきたまえ」
「わかりました」
承諾した後で部下は言った。
「リストラリストとは知らずに応募した連中が哀れですね」
「哀れ? 意図に気づけない愚物なんざここにはいらんさ」
[BACK] [NEXT]