2003.04.24名人戦第2局初日 西浦決戦
角換わり腰掛け銀先後同型15歩型
羽生善治VS森内俊之
第1部 背水の陣
実況&分析 MashudaBBS2003.04.24
消費時間各9時間のうち後手森内=2時間 羽生=5時間。
55手めは34歩もある。本譜は当然のごとく55手めに11角。この手順はハッキリかったるい。阿部はこれが見たかったなどと言うが本当であろうか?我々は見たくない。見たかったのは当たり前のことだが24歩からの手順である。
森内にとって嫌な記憶は今年2月13日の王位戦リーグであろう。真田にこの旧式で攻められポカで惨敗を喫した。羽生に舐められたのはあの戦いがあったからであろう。しかしこのリーグ戦は第1戦が羽生を含めて温泉卵であった。なぜそれをぶり返すのであろう。
棋戦:第44期王位戦リーグ2003年2月13日
戦型:角換わり腰掛け銀
先手:真田圭一
後手:森内俊之
▲7六歩 ▽8四歩 ▲7八金 ▽3二金 ▲2六歩 ▽8五歩
▲7七角 ▽3四歩 ▲8八銀 ▽7七角成 ▲同 銀 ▽4二銀
▲3八銀 ▽7二銀 ▲9六歩 ▽9四歩 ▲1六歩 ▽1四歩
▲4六歩 ▽6四歩 ▲4七銀 ▽6三銀 ▲6八玉 ▽5二金
▲3六歩 ▽4四歩 ▲5八金 ▽4一玉 ▲3七桂 ▽5四銀
▲7九玉 ▽3一玉 ▲5六銀 ▽7四歩 ▲6六歩 ▽7三桂
▲2五歩 ▽3三銀 ▲4五歩 ▽同 歩 ▲3五歩 ▽4四銀
▲1五歩 ▽同 歩 ▲2四歩 ▽同 歩 ▲7五歩 ▽同 歩
▲2四飛 ▽2三歩 ▲2九飛 ▽6三金 ▲1二歩 ▽同 香
▲1一角 ▽3五銀 ▲4五銀 ▽2二角 ▲同角成 ▽同 玉
▲5六角 ▽7六歩 ▲3四銀 ▽7七歩成 ▲2三銀成 ▽3一玉
▲3二成銀 ▽同 飛 ▲7七桂 ▽2八歩 ▲4九飛 ▽4八歩
▲3三歩 ▽同 桂 ▲3四歩 ▽4二玉 ▲3三歩成 ▽同 飛
▲2五桂 ▽3一飛 ▲3九飛 ▽3六角 ▲同 飛 ▽同 銀
▲2四角 ▽4三玉 ▲3三桂成 ▽同 飛 ▲同角成 ▽同 玉
▲2三飛 ▽4四玉 ▲2四飛成 ▽5五玉 ▲6七桂
44-52手め 必然変化 投稿者:マシュダ一家 投稿日: 4月24日(木)16時41分55秒
羽生がここで名人の研究手をはずした経緯は好意的に受け止めることはできない。康光も丸山も今年は24歩から羽生に立ち向かったはずである。この15歩は潮流に逆行する手でありまずは昨年の羽生康光戦、谷川羽生戦を越えてから俺に挑戦しろという手に見える。これに勝ったら24歩は第4局でやってやるという態度に見えてしまう。
http://www.bekkoame.ne.jp/i/yusai/02308kioh4.html
http://www.bekkoame.ne.jp/i/yusai/020820oui4.html
名人の74歩が羽生を頑なにさせてしまったのであろうか。
羽生にまたしても裏切られた。名人ばかりか加藤一二三も阿部も康光も丸山も失望したことであろう。
39手め45歩=当然の仕掛け。ここで仕掛けないと後手から65歩と仕掛けられる。
40手め同歩=必然。
41手め35歩=仕掛けの継続。
42手め44銀=定跡。同歩だと45桂と歩を食われた後銀が逃げれば71角。44銀なら24歩-同歩-22歩から十字飛車。オチは33歩で後手崩壊。
次の問題は先手がグランクロス定跡への第二展開を実行するかということ。
どうやら33手から1時間程で42手まで進んだようである。名人が44歩と指せば当然の進行となる。
33手め66歩=名人が65歩としないで44歩としたのでこの手で先後同型が保証される。
34手め54銀=すでに自分からは65歩-64銀の形を作れない為当然の進出。
35手め25歩=先に37桂だとこの25歩は手抜きされて先攻を許してしまう。
36手め33銀=必然。ここで1歩渡せない。
37手め37桂=45歩からの攻めを見せる。
38手め52金=これで角換わり腰掛け銀先後同型の第1展開終了。ここで65歩は角で飛車が狙われる。既に先手の攻撃陣形が完成しているので52地点への補強が最善。
一時はどうなることかと思ったが時間差で名人に1本取られた。初日からいきなりこれだから森内は侮れない。丸山も翻弄されたのであった。森内相手に緩手は通用しない為に序盤の丸暗記ではまず勝てない。羽生も44歩でひとまず安堵したであろう。第1局で33歩成を喰らった当人としては生きた心地はしなかったはずである。
恐ろしい緊張であった。名人とはこういうものである。この44歩を見てようやく我々もメシが食える。
まだ先後同型への道筋はある。しかし名人は羽生の心を乱した。あの形へのあやふやな憧憬をもっと強い憧れにしようとしている。名人はここで66歩と突いてみろと羽生を脅している。
すでに持ち時間に差がついた。羽生の1時間50分に対して名人はわずか30分。
羽生は36歩。悩ましい。桂馬は17桂-25桂という順ですでに活用できる為にこれは3筋の攻め。しかし25歩を手抜きされたら先攻を許してしまうかもしれない。
74歩の継続手。森内は61金を保留した。後手のこの金の位置は作戦の要。様々な戦史がこの金にあった。阿部のように61不動金で羽生に勝った例もある。
http://www.bekkoame.ne.jp/i/yusai/0203Abe.html
羽生は自重。36歩-37桂の攻めあいの形を優先させると後手からの先攻を防御できない。大長考の前にまず名人の過激な順を探る。
だから森内は怖い。ここで54銀としないのは後手から73桂-65歩-64銀と言う形が選択肢としてある為である。先手が飛車先を保留した為に25歩には手抜きで攻めあいを挑むかもしれない。
腰掛け銀の明示。これで後手が先に65歩を突くことはできない。ここで36歩だと後手からの65歩が成立。羽生は名人の心換わりを嫌って先後同型を望んでいる手順となる。
この玉の移動交換で先後同型へ急接近する。次に25歩-33銀の交換で完全対象形となる。ここで後手は先攻できなかったのであろうか?先手玉がすでに79玉と逃げている為にすべて封じられるはずである。逆に41玉の形が危険。
角換わり腰掛け銀の序盤は覚えれば簡単であると阿部は言う。数式を丸暗記すれば簡単である。しかしなぜここが79玉なのか丸暗記では気色悪い。なぜ58金や36歩ではいけないのか。手順を述べたのでは誰も読まない。もっと簡単に説明できる。それは後手から65歩という形があるからである。6筋を攻められた時に68玉ではあたりが強い。だから玉を先に戦場から遠ざけて後手の選択肢を狭めるのである。68玉という形と後手の41玉という形の違いとなる。先手からは45歩の形はない。換わりに16歩が効くということである。どれも68玉-41玉の交換から派生している。
ここを手抜きすると25桂の攻撃が先手にある為に端が破られる。それに見合う攻め筋は41玉で一手遅れ、さらに41玉自体が戦場に近い為に二重のマイナスとなる。序盤における玉の移動はこのようにマイナスの双頭手となる為に最重要の分岐点となるのであった。
ここで先手の打診。この手は41玉に呼応する。もし後手がこの手自体を無視して先攻を計る場合41玉は有り得ない。16歩は早めに打診をすると手番が入れ替わることになる緩手となる。ところが先手は後手の右玉構想や急戦を逆に撃退することができるならば早めの16歩は誘惑手として解釈ができた。後手が41玉としたからにはここでの16歩は最善手となる。後手は手抜きができない。仮に手抜きで先攻を計ったとしても41玉の一手とこの16歩は相殺される。
将棋の面白い呼応である。先後同型とやがて進行するまでにこの決定的な分岐点で玉の形が全く違うのである。もし先に25歩と33銀の交換があれば42玉とすることで同型となる地点。そして先に16歩と14歩の交換があればこの先後同型は完全対象形となる。その瞬間が後手からの玉の移動で決定されるということが手番という問題に最も大きな関与をもたらす。しかし先手は26歩の利権保留をした為にここで生じる手番の構図はあの問題局面へそのまま引き継がれやすくなる。
先手は後手の棒銀が消滅した為に安心して68玉としたかに見える。この玉形提示は果たして先手の最善手なのであろうか?当たり前のように指しているがここは大きな分岐点。何を基準に先手の思考決定がなされたのか?まず26歩という飛車先の保留。25歩と33角の交換を先延ばししたのは先手の利権である。ところが玉形提示は先に作戦を明示する為にこの態度保留と方針が違う。そこでこれは最善手という問題ではなく手番の問題として思考決定がなされたということになる。先手番であることは既に有利であるが、先に作戦を明示しなければならないということは必ずしも有利ではない。
ここで63銀は心理的に後手が優位である。先手へニュートラルな質問をすることにより自己の選択肢の多様性をまだ維持できるからである。それが表象となる。心は決まっていても人間とはどこで心換わりするかわからない生き物であった。
森内が昨年丸山から名人を奪取できたのは第2局の角換り腰掛け銀を制したからであった。しかし先後同型ではなかった。
加藤一二三の印象「森内名人は剛の将棋、羽生王将は柔の将棋」
森内は剛の角換りで丸山に対抗したのであった。
http://www.bekkoame.ne.jp/i/yusai/020424meijin2.html
名人に迷いはない。直ぐに指す。これで相腰掛け銀を示唆。気息の一致の顕在化。羽生はここで康光と丸山と戦った先後同型の棋譜をすべて回想することになる。あの局面で今度は名人がどのような手を指すのであろうかと。
既に棒銀への先受けが9筋で成立した為に今度は腰掛け銀への動機となる46歩がここで指せる。羽生がここで少し考えていたのは36歩との相違。46歩ならば迷いはない。後手に同形を促すことになる。郷田が後手ならば18手めは考えるかもしれない。次に後手が83銀だと最後に56角打が46地点を守る攻防手となる。昨年の棋聖戦はかなり郷田が趣向を凝らしていた。
http://www.bekkoame.ne.jp/i/yusai/020718kisei4.html
名人は直ぐにこの端歩に対応した。この端歩を手抜きすることは可能である。その場合この手抜きで後手が先攻し先手が最善手で応じると千日手となる。名人はそれを嫌い堂々と受けたということである。
この手は腹の探り合いではなく先手の最善手として認知された。後手からの棒銀対策となる。これは棒銀という戦法に対する直接手ではなく手番という問題から派生する。ここで先手は何かを指さなくてはならないが46歩はここで指せない。腰掛け銀を目指す46歩の場合後手が棒銀を仕掛けるからである。その場合先手の玉は右へ囲う為に46歩は傷となる。一方それに代わる16歩は緩手。この場合は先後が入れ替わり棒銀で対抗される。68玉なら棒銀に向かうような悪手。25歩では33銀で手が戻り先手は変化が削がれる。そこで15手めは96歩が最善手となるのであった。
これがなぜ22銀ではなく42銀なのか?これは阿部が既に述べた先手の26歩の位置と関係がある。先手が26歩と保留することで25桂という攻め筋が発生した為に先手が指せるという経緯があった。先手は25歩と突かないでしばらく駒組を進める為に後手は2筋より4筋へ銀が進出した方が棒銀や右玉構想への含みを残せる。
阿部は今回が衛星中継解説初体験となる。緊張している。この77角成には42銀という手もある。以下22角成-同金となりこの壁金はどこかで32金と再び戻る。先手が77角と上がった一手と相殺される為に手損にはならないが腹の探り合いとなる。森内がここで角交換したのは序盤は既に方針が決まっているという決意表明。
森内の指し手は速い。34歩ならば横歩取りとなるが第1局と同じ戦形では精神が破壊される。羽生もインタビューで述べていたが名人戦は二日制である上に9時間も持ち時間がある為に他棋戦より異様に長い。1時間多いということは双方併せて2時間増しなので必ず二日目の勝負所で夕食休憩が入るためである。森内はこの夕食休憩で第1局の集中力を失った。
初手の駒が左寄りになるのは羽生が盤を右斜めから見る習性がある為である。対して名人森内は盤を左から眺める時は駒が右寄りになる。初手と第2手の駒はこうして互いに升目から位置がずれたまま。羽生の方向から見れば初手の自分に方向を合わせていると見える。この駒の位置は角換りに誘導したのは羽生の方でありそれを受けたのが森内であることを暗示する。羽生の初手が26歩ならば当然相掛りとなり、現在最先端の十字架銀を先手は指すことになったからである。
角換り腰掛け銀最強の立会人は羽生が78金を指す前にお茶を飲んでいる。しかもお茶会のごとく茶碗を回している。挙げ句に茶碗をあちこちの方向から眺めている。
今年の王将戦で康光、棋王戦で丸山が羽生と共に提示した最大のテーマが今日再現されることになる。
空気が重い。そこで窓を解放しよう。
クリスティが先々月東京で披露したラモー「華やかなインド」が聞こえる。
昔ルソーの著作にこの作品のことが触れられていた時題名だけで笑えたバロックオペラである。バロックオペラは旧東独が長い間ヘンデルに随分力を入れて上演していた。やがて日本でのDVD初リリース商品が「カストラート」という時代になってしまった。ラモーやビバルディは今回のようにコンサート形式が多い。
今日の角換り腰掛け銀はどうであろう?コンサート形式であろうか?
森内の真摯な精神を我々は受け止める。
http://www.bekkoame.ne.jp/i/yusai/030129ohsho03.htm
http://www.bekkoame.ne.jp/i/yusai/030305kiou4.html
羽生は10分前に入室して名人を待っていた。名人へ最大限の敬意を払う。羽生にしては珍しい。挑戦者の立場であっても藤井との竜王戦や康光との王将戦では後に入室するのが羽生であった。
5手め78金。先手の最善手。後手が阿部なら腹の探り合いとなる。竜王戦ではここから横歩取りになった。森内ならば角換り。
2手め84歩は名人の真剣勝負。一頃は矢倉と決まっていたが現代の潮流では後手番角換り腰掛け銀となる。先後同型への憧憬。
森内の親友阿部は振り飛車はないのではないかと思ったという。今回の7番勝負の場合様々な戦形が出現する期待があった。流行戦法の横歩取りで始まった為に順番から言うとゴキゲン-角換り-矢倉-四間飛車という変奏が好ましい。第2局で現代将棋の最高峰「角換り腰掛け銀」を選択した場合千日手への指向はなく最先端研究の精鋭な火花がいきなり飛び散ることになる。
羽生阿部の竜王戦死闘劇を彷彿させる4手め32金。
羽生「(第1局は)長かった。アッという間に第2局。(対森内連敗阻止は)1局1局なので。(以後の抱負)積極的にいい将棋を」
森内「(第1局の内容は)悪くなかったが集中力がとぎれた」
羽生も身が引き締まる思いであろう。森内背水の陣。
森内は怖い。角換りをここで出す気とは。
愛知県蒲郡市西浦温泉「銀波荘」
立会い=加藤一二三九段
副立会い=井上慶太八段
NHK解説=阿部隆七段
聞き手=中倉彰子女流初段
錆色の海。歩は相変わらず左寄り。
羽生の初手26歩の場合=相掛り十字架銀戦法。
羽生の初手76歩の場合=名人ゴキゲン中飛車。