2003名人戦第1局考察

反中原囲い-三角門の秘儀-攻めの強迫観念

MashudaBBS2003.04.20 

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名人戦第1局考察 番外 攻めの強迫観念誘発 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 4月20日(日)08時10分49秒

指し手についてはすでに実況分析の方で言及したのでこれ以上細やかに書いても無駄である。この局面は二度と出現しないことを名人が証明したからである。しかしなぜ羽生がプロ棋士の中で一人勝ちしてきたのかをこの将棋から考察することは有意義である。それは精神の在り方と深く関わりがある。だから秘儀という表現が有効となる。心の在り方を駒の機能と絡めることになるからである。ここは番外である為にざっくばらんに述べよう。名人は緩手を自らだしたのではなく羽生に誘発されたのである。最後は羽生に強迫神経症患者にされてしまった。このプロセスをざっくばらんに記そうということである。
羽生はこの将棋のどこからが終盤かわからないと言っている。終盤は58手め37歩成から始まっている。これを羽生自身の口から述べることはできないであろう。谷川は驚いたはずである。この手が逆転への導入部となる。以下棋譜を羽生の立場から平易な言葉にすると以下のようになる。55飛狂乱の舞とは言葉にすればこのような態度なのである。

58手め37歩成=24歩で切らしに行くのは芸がないっしょ。ここで脅せばモーリーはひるむンダナ。
59手め34歩=まあ誰でも打つ。っちゅーかそれ以外ないか。
60手め42玉=マシュダ一家なら羽生ディレイ終盤型と呼んでくれるカナ
61手め33歩成=どーぞどーぞ。
62手め33同銀=こっちも取るっきゃないけど。
63手め33同桂成=そっちも取るっきゃないヨネ。そんなに嬉しい?そっちも火がついてるけど。
64手め33同玉=桂馬がほしかった。あんがとね。と言ってみる。
65手め34銀=ひっかかった。その気持ちよっくわかる。金はやっぱり惜しい。NHKはおしん。
66-75手め=とーぜん。
76手め38と=64歩と成銀を先に取ると思った?こっちの銀でも銀得だとわかる?
77手め52歩=ひっかかった。そーくると期待してた。これでこっちの勝ち。お茶飲もっと。

森内は局後に76手め38とで負けにしたかと述べている。羽生に騙されたのであった。なぜ名人は悲観したのであろう?それは58手め37歩成に生じた強迫観念から始まっている。攻めてこいと羽生は誘ったのである。以下が図式。

誘惑手58手め37歩成=攻めさせる。
相停滞65手め34銀=金か銀かで迷う。緩手1
誘惑手76手め38と=もっと攻めさせる。
相転換77手め52歩=緩手2。攻めなくては負けるという強迫観念で名人は局面を悲観し直接手を誘発。

受けつつ攻めるという終盤の鉄則が倍増する誘惑で脆くも崩れ去ったのであった。



名人戦第1局考察4 三角門の秘儀へ 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 4月20日(日)06時30分07秒

49手めがマイナス思考68金でもプラス思考68銀でも羽生の狂気の龍を追い払いつつ先手玉の逃げ道を作ることにおいて攻防手となる。攻防手が出現すると得点が高い。ところがさらに得点が高い手がある。三種類の効果を発揮するトリプル手である。68金では要の59地点を死守できない。68銀ならば59地点を三重に守る為に渡した飛車をここに打ち込まれることがない。実況に述べた通り先手は遠慮なく37桂馬を活用することができるのであった。従ってこの68銀は竜を追って手番を握り、桂馬を攻撃に参加させることができたという攻撃主軸の最高手なのであった。これは単純な構図である。そして次が問題の大局観となる。
50手めで羽生が龍を縦に逃げているようでは後手に勝ち目はないと考えるのがまっとうな大局観である。ところがここで羽生が龍を逃げるのが当然であると考えるからこの将棋は難解と思われてしまうのであった。すでに二枚換えが成立し取られそうな桂馬まで使えては先手が優勢となるのは当たり前である。そこで羽生はここで37歩成か37龍切りが決行できなくてはすでにおかしい。ところが局面はみればみるほど絶望感に覆われている。羽生は先に取った飛車を敵陣のどこにも打てないのである。これは初心者にもわかることであった。先に奪った飛車で先行できないのでは裸寸前の玉を受けるしかない。ところが先に二枚換えされている為にここで飛車を渡しては後手陣は永遠に手番が取れないのであった。森内は4時間も考えたが羽生がここで龍を逃げるしかないのでは自信満々で10分でここまで指せるかも知れない。羽生が相手だから4時間も考えたのである。結局あの羽生の55飛という手に誰もがだまされてしまったのであった。あのような手をまともに考えることが馬鹿らしいので木村は二度と55飛のタコ踊りを指していない。しかしそう言っては身も蓋もない。もう少し有り難く棋譜を分析しなくては誰もが羽生にバカにされたままとなる。名人はその名にかけてあのようなふざけたタコ踊りに真剣に付き合ったのであった。
問題は終盤。そこで序盤から連鎖する三角門の秘儀が解明できれば羽生は二度とあのような狂乱の舞を試みることはないはずである。


名人戦第1局考察3 コンプレックスの三つ又 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 4月20日(日)05時27分11秒

神崎七段の夢日記に以前こういうのがあった。かならず三種類の夢を見るという。いずれも時間に遅れて冷や汗をかく夢である。棋士のこのような夢日記は現実の日記より我々にはリアルである。もっと多くの棋士にこのような夢を公開していただきたい。夢の方が真相を語る。そしてコンプレックスがある限り棋士はもっと強くなる。コンプレックスには三通りある。相停滞とはこのコンプレックスの中にある。神崎はこのコンプレックスのおかげでもっと強くなるであろう。もっと上に行きたいと欲するから冷や汗を出す。

49手めで68金ならば玉が78に脱出しやすい。しかし59地点が死守できないばかりか87龍と桂取りにスライドされるのでマズイ。ここで歩を使うと先手には1歩しか残らないために37龍切りの二枚換え返しの紛れが有効。先手は攻めを継続する強い意思を見せているので玉が逃げることを優先しては負ける。コンプレックスにはプラス思考とマイナス思考がある。プロ棋士は上位であればあるほどコンプレックスのマイナス思考を優先する傾向にある。本局の場合はなぜか?それはやはりこの49手めの地点に三種類のコンプレックスが潜んでいるからである。それを遠隔操作しているのは飛車ではなく角であった。飛車に翻弄されるとこの角が主軸の筋を見落としてしまう。実戦の怖さを知れば知るほどプロ棋士はマイナス思考を優先させてしまう。しかし名人は恐れなかった。それが本譜。


名人戦第1局考察2 49手めの夢 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 4月20日(日)04時54分01秒

名人が35角を羽生に打たせたことは誰にでも驚きであったろう。続く33歩成には我々も驚嘆しその感情をすぐに押さえることは困難であった。感情に理性が破壊された瞬間であった。ライブ中継の醍醐味でもある。
森内の棋風を鉄板流と考える内藤の解説はこの将棋を棋風という先入観で解釈しようとした為に局後まで終始先手森内の強引さをアピールする。大御所にありがちな色づけとして大目にみるしかない。戦形のパターン認識は将棋を分かりやすくするが、棋風のパターン化は透明な大局観を歪める場合がある。ナントカ流というネーミングの弊害について我々は何度も述べてきた。だから内藤自身が淡路より最近長手数になったことを紹介する話の方が面白いのである。これが内藤のバランス感覚であり、この話によって自らの解説の先入観を中和できるのであった。
本局の序盤において森内は飛車を渡しても良い戦形を維持している。右の金や銀を一手でも動かすと飛車を渡せなくなる。しかし名人はこの一手で形成した金銀の連結を最後までそのまま放置する方針を貫いたのであった。この方針は強引ではなく理にかなっている。そして二枚換えなら飛車を渡してもよいという将棋は誰にでもわかることであろう。ところがこの当たり前のパターン認識を難解にしているのが49手めであった。神崎はこの局面を夢にまで見たという。興味深い。そしてここで68銀ではなく68金という形はどうかと夢に見るのであった。ますます興味深い。


名人戦第1局考察 反中原囲い 森内は強引ではない 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 4月20日(日)04時14分23秒

我々はこの将棋が難解であるとは思わない。端のからみもなく駒の関係は極めてシンプルである。なぜ諸君等は難しく考えるのであろう?
この将棋は先手と後手の金銀の形を比較すれば終盤の在り方がもっとわかりやすくなる。
後手の中原囲いの優秀性とその弱点については周知である。対して森内が選択した右辺の金銀の形を見ればよい。38銀とたった一手だけで後手の中原囲いに対抗している。この38銀と49金の連結が飛車打に強い形であることは中原囲いと共通。先手は飛車を渡しても戦えるのである。こんなことぐらいは誰でもわかることであろう。ところがそれを述べずにわざわざ難しそうに解説しているから皆騙される。だから我々はこの先手の囲いを反中原囲いと命名してその優秀性をパターン認識しようとしたのである。名前をつけてパターン化すれば誰にでも分かりやすい。先手はこの反中原囲いの金銀連結をたった一手でつくったことに大きな意味がある。後手は中原囲いの金銀連結に二手費やしている。だから森内が終始強引に攻めていると感じるのは間違っている。森内は省略した一手分で先攻できるのである。あとは攻防の連続がこの互いの金銀の位置とどう関わるのか形で把握するようにすれば実にシンプルな終盤となる。