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男女平等のためのもう一つの視点

荻野誠人

社会へ出て仕事をすることと、家にいて育児や家事をすることと、どちらが尊いであろうか----。

世の男性の多くは大昔から今日にいたるまで、仕事の方が高級だと思い続けてきたようである。なぜならば、仕事は収入や権力や名誉をもたらしてくれる。それに対して、育児や家事は、いくら懸命にやっても、お金にはならないし、身うちを除けばだれからも評価されないからだ。このような価値観は当然、家庭を守る女性に対するあなどりを生む。今でも、自分の収入を武器に、「だれのおかげで生活できると思ってるんだ」と妻に圧力をかける夫の何と多いことか。男女差別のそもそもの原因はこの価値観にあるのではないかと私などは思う。

だが、本当に育児や家事は仕事よりも価値のないものだろうか。私は、育児や家事も仕事同様になくてはならぬものであり、両者の価値は等しいと思っている。仕事のもたらす収入、権力、名誉などが、育児や家事のもたらす温かい人間関係よりも価値のあるものだとは少しも思わない。

職業に貴賤はないという。それには異論はないが、人々にとってどうしても必要な職業と、なくてもそれほど困らない職業とがあることも事実である。この必要性という点で分類すれば、育児は間違いなく、トップクラスに入る「職業」である。何しろ単なる生物である赤ん坊に心を与えて人間にするのだから。乳幼児期の教育が赤ん坊の一生を大きく左右することは、心理学などによってすでに十分証明されている。赤ん坊が善良な心をもって幸福な人生を歩むか、邪悪な心をもって不幸な人生を歩むかは、母親の育て方一つ、とまで主張する人も少なくない。

家事もまた温かい家庭を築くためにはなくてはならないものだと思う。たとえば、子供の健康や好みを考えた手料理を毎日食べている子供と、インスタント食品ばかり食べさせられている子供とでは、身心の発育の面で大きな差が出るはずである。また、いつも家の中が整理整頓されていれば、それだけで家族は毎日を気持ちよくすごせるだろう。愛情をこめた家事は家族の強い心のつながりを作っていくのではないかと思う。

現在日本では、男女平等が実現しつつある。これまで男性が独占していた職場にも女性がどんどん進出している。男性を部下にもつ女性もすいぶん増えてきた。企業や男性も、女性が働きやすくなるように職場や家庭で少しずつ協力を始めた。女性にも平等に機会が与えられるというのはたいへんいいことである。

だが、不思議なのは、女性の社会進出だけが男女平等の達成をはかるものさしになっていることである。それが間違っているというのではないが、育児や家事を仕事と同等のものと評価することによって男女平等を実現するという発想はどうして出てこないのだろうか。

男性からはそんな発想は余り期待できないようだ。だが、最近女性の中にも、専業主婦を「ひまでいいわねェ」と馬鹿にする人が出てきたのは一体どういうわけか。同性にまで見下されては、黙々と育児と家事に毎日を送っている女性は立つ瀬がない。

私は別に専業主婦のかたをもって職業婦人を目のかたきにしようというのではない。それぞれの事情や個性があるのだから、うかつに口出しをするべきではないと思っている。ただ、専業主婦のやっていることも、仕事同様尊いのだと主張したいのである。

これからも男女平等はますます進むだろう。だが、真の男女平等は、社会進出の機会を平等にするだけではなく、育児や家事を仕事と同じく評価し、それを行う女性に、ふさわしい敬意を払えるようになったときに初めて実現するのではないだろうか。

(1990・5・3、1991・1・27 改稿)


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