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容姿の美しさについて

荻野誠人

 人は美しいものを愛する。自然や芸術はもちろん、服や食べ物やペットを買うときも、なるべく美しいものを選ぶ。人のそういった性癖や行為については誰も疑問に思わない。それどころか美しい自然や芸術に感動するのはすばらしいこととして大いに勧められているほどである。

 ところが、容姿の美しさを愛するとなると、途端に文句が出る。例えば「顔なんか本人の努力と何の関係もない」「人間の本当の価値が分かっていない」といった具合である。いわゆる「面食い」などは軽薄な人間として馬鹿にされ、肩身が狭い。容姿の美しさも自然や芸術と同じもののはずなのに、どうしてこうも極端に態度が変わるのだろうか。これなら、美は人間の迷妄だ、とすべての美を否定してしまう方が矛盾がなくてずっと説得力がある。

 その理由の一つは、容姿の美しさが自然や芸術と違って多くの人の嫉妬を呼ぶということだ。容姿に恵まれない人や、美男美女を恋人にしたいのに縁がない人からの嫉妬である。自然がいくら美しいからといって、嫉妬を感じる人はいないだろう。芸術作品がいくら美しいからといって、それに嫉妬するのはライバルの芸術家ぐらいのものだろう。天の橋立や青磁の壺がどれほどすばらしくても、多くの人にとってはさほど重要なものではない。ところが容姿はすべての人に備わっていて、いやでも意識せざるをえない。普通の人は自然や芸術にふれるよりも鏡をのぞく回数の方がずっと多い。容姿は自然や芸術よりもはるかに普遍的な関心事なのだ。その容姿が一部の人だけ、しかも生まれつき優れているので、その他大勢の人がしゃくにさわるのである。

 しかし、めんつや体裁があるため、嫉妬を露骨に表すわけにはいかない。嫉妬は恥ずべきものだという社会通念があるからだ。そこで、「顔なんか本人の努力と何の関係もない」「人間の本当の価値が分かっていない」という理論武装をし、容姿を愛する人を批判するのである。批判のすべてがそうだとは言わないが、嫉妬に基づくものはかなりの割合を占めるだろう。美人コンテストにかみつくご婦人方など格好の実例ではないか。批判の正体がそのようなものであれば、まともに受け取る価値はない。「面食い」は何もひるむことはないのだ。

 次の理由は、容姿の賛美が欲望の表現という、一部の人にとって芳しくない印象を与えることであろう。自然や芸術を前にした場合、たいていの人は感動のため息をつくのみである。しかし、特に男性の美女へのほめ言葉はしばしばその女性を獲得したいという願望の表れでもある。単なる美への感動ではないのである。それを「いやらしい」「あさましい」と否定的にとらえる人たちが容姿への愛をけなすのではないだろうか。

 しかし、これは賛美自体を否定する批判ではないし、美女を恋人にしたいという気持ちが混じっていてもどこが問題なのかと思う。それは個人的な事柄であり、相手の女性に迷惑をかけない限り、また既婚者ならその願望を実行に移さない限り、他人からとやかく言われる筋合いはないだろう。まして既婚者の望みは十中八九その場限りのはかない夢だというのに。

 容姿への愛情が批判される次の理由は、人間が自然や芸術よりも複雑なものだということだ。自然や芸術を愛好する人にとっては、その美がすべてである。芸術作品の値段や制作過程などは鑑賞には関係ない。しかし、人間には人柄・健康・学力・技能・収入・地位・経験など様々な面があり、容姿の美はほんの一部に過ぎない。その容姿をことさらに大きく取り上げるのは公正ではないというのが批判の根拠であろう。

 なるほど、求職者の中から美人を優先して採用する話などはよく聞く。美人の方が男性客を引きつけ、男性の同僚の士気も上がるという現実的な理由もあろうが、経営者の全くの趣味で選んでいるような場合もあるらしく、そのような偏った評価は他から批判されても当然である。しかし、それは個人と経営者の立場を混同していたり、ものの見方が歪んでいたりするのであって、容姿の賛美が悪いわけではないのだ。その場面に応じて容姿も他の要素も公平に評価すればいいのであり、それができる人はいくらでもいるだろう。

 容姿は人柄などと比べれば、単なる外面的なもので、幸福の決め手ではないという意見もある。それはその通りかもしれない。しかし容姿も人に感動を与えうる立派な価値の一つであることは誰も否定できまい。その価値をことさら無視しようとするのなら、それもまた偏ったものの見方とはならないだろうか。

 以上なぜ容姿の賛美だけが批判されるかを考えてきた。その理由はここであげた以外にもあるかもしれない。だが、ここまで考えてきた限りでは、批判が不当なものではない場合でも、賛美自体の否定とはなっていなかった。やはり容姿の美は自然や芸術の美と同じなのだ。堂々と美しい人をほめたたえてかまわないのである。

   

(1997・11・16、1998・3・16、8・13改稿)


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