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終末と時間についての考察

ロジャー・マクドナルド

 二十世紀最後のほぼ十年間に、西欧先進諸国の知と文化の領域において、ある独特の雰囲気が醸し出されている。それは終末というものへの強い関心である。いや、渇望とさえ言ってもいいかもしれない。千年紀(西暦2000年)が様々な感情や幻想の隠喩となっているのだ。たとえばそれは変革・未来・未知、そして西欧文明が「端」に近づいたという恐れの感覚などである。

 最近終末に関する多くの本が出版された。フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』に続いて、とりわけ時代・科学・国家・哲学の終末を主張する著作が現れた。こういった作品には、興味深く、知覚の鋭さを感じさせる部分が多いのは疑いないが、それでも私はいつも、なぜ彼らの主張がこうも人気を博しているのか問わざるをえない。おそらく部分的には、増大する政治・経済・文化・環境などの不安定さと関係があるのだろう。あるいは、それは「疲労」の結果かもしれない。西欧の進歩は疲れ、終末を求めているのだ。またひょっとすると、この終末の流行は千年、いや百年ごとに起こるものなのかもしれない。このように様々な原因が考えられるが、私には、このような現象を引き起こす重要な要素は、現象の下に横たわる、その文化固有のものの見方であるように思われる。それはキリスト教文化の時間のとらえ方なのである。

 終末という思想は、ある地点から別の地点へのものごとの直線的な進歩・発展を前提としている。キリスト教の世界観では人は終末に裁かれ、天国に昇るか地獄に落ちる。宗教の修道の道は罪から救いへ、無知から永遠の命へと続く。そのような理解の仕方に暗示されているものは、終末の自覚と受容だと思われる。著名なカトリックの神学者テイラード・デ・シャルディンはそれを「オメガ・ポイント」と呼んでいる。興味深いのは、終末を無知と世俗的な生存の終わりといった宗教上の意味を表す隠喩として使っていることである。また今日の西洋文明による、その隠喩の受け入れ方も面白い。

 西洋での終末への熱中の仕上げともいうべきものは、90年代の最初に始まった2000年への期待に満ちた雰囲気とそれへの準備である。2000年というものは、少なくとも私の住んでいるイギリスではマスコミやエンターテイメント産業の重要な部分となり、様々なやり方で記事や映像や商品が産み出されている。このこともおそらく時間を直線的で進歩するものと考えるキリスト教に基づく根本的な態度の反映であろう。一つの瞬間に最大の意義が与えられ、その文化全体がその瞬間を期待しているのだ。

 私はよく考えるのだが、日本人と欧米人の新年の祝い方の違いこそ両者の時間に対する考え方の違いを表している。日本では大みそかを家族と一緒に過ごすのに対して、西欧では友人と過ごすようである。これは多分クリスマスの時と反対であろう。西欧人は家族と過ごすのに対して、多くの日本人はクリスマスを恋愛やケーキと結びつけるようである。日本の新年は寺の鐘とともに静かに従順に迎えられる。一方、西欧の大都会の広場ではすべてがお祭騒ぎや音楽に埋没する。キリスト教文化では新年は時間の進行や継続を表すようである。新年の行事の喜びはほぼ、時間はなおキリストの名において進行しているという事実の喜びなのである。日本では新年はおそらく新たな周期の始まりを記すのであろう。時間はどこにも行かず、とぐろを巻いた蛇のように戻ってくる。大みそかに鳴る鐘はうつろな音で時間の空虚さを満たすように思える。それは各瞬間の無常さ、不安定さを思い起こさせる。

 私はこの文章を2000年を前にした西欧の終末思想の最近の傾向についての考察から始めた。日本は独自の状況にあって、終末への熱狂を共有していないようである。欧米との長い交流を考慮すると、近代日本の社会が多くのものを西洋と共有していることは疑いない。しかしおそらく時間についての考えは本質的に異なったままなのであろう。終末思想の理解の仕方や感じ方も日本では異なっているが、それは主に仏教徒の経験から生まれたものである。時間は、周期的で地域的なものとみられ、日々や季節の変化を通して、人々の経験に身近なものとして感じられている。時間は一直線に発展するのではなく、その源に戻るのである。おそらく日本では、毎年新年は真に新しいもので、それは何ものにも制限されない再生・再創造の生きた過程なのであろう。一方西洋にとって2000年はまさに審判の時を体現していて、世俗上・宗教上の成功・失敗の可能性もそこに見出されるのである。

(1997年1月)

■原文(English)を読んでみる?→"Thoughts on Endings and Time"


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