蔦の葉通信九七号
喜多村蔦枝
いてもたってもいられない、むしゃくしゃした気分でした。幸いに仕事が途切れています。歩けばすっきりするかと思ったので、外へ出ました。ただむやみにそこかしこを歩けばよいものを、郵便局へ行く用事を作りました。切手を買いにです。そんな自分が腹立たしくもありました。
日ざしはやわらかでしたが、空気が動かないような気がしました。だから歩いていても足が重いのです。ゆっくりうつむいて歩きました。猫背だったかもしれません。
自転車が通り過ぎました。子供が一人歩いてくるのが分かりました。その子が通り過ぎたのも知っていました。それから五、六メートルばかり歩いた時、
「おばちゃん」
その子が恐る恐るといった感じで声をかけてくれました。振り返るとユイちゃんでした。ランドセルをしょっています。
ちょくちょくわが家へ遊びにくるユイちゃんは、口の重い子で話しかけても返事をすることが滅多にありません。黙って私の顔を見ています。広告の紙の裏の白いものを出してきて、何やらそれに描いたりしています。一時黙って遊んだらそうっと帰っていきます。でも必要最小限のことは話す子供です。顔の表情をあまり変えないので、我慢強い性質かもしれません。
「あっ。ユイちゃん、おかえり。呼んでくれてありがとう。おばちゃんつらいことがあったのでそればっかり考えていて、ユイちゃんに気がつかなかったよ。ごめんね」
と言いました。ユイちゃんは顔をちょっとゆるませて、頭をこっくりして、それから手を小さく振って帰っていきました。
ふと、人生において深刻なことって何もないんじゃないかなとそんなことを考えました。切手は必要な時に買いにいこうと思いました。予定変更、遊歩道を駆けだしました。
ユイちゃん、いつ遊びにくるかな。
(蔦の葉通信97号より転載)
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