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NEW251 猪頭往来 (いのがしらおうらい)
【作者】不明。【年代】寛政一二年(一八〇〇)書。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。阿波国名東(みょうとう)郡徳島城(猪津城)下周辺と板野郡鳴門近辺の名所旧跡や風趣を綴った往来。現・徳島県中央部の神山町に「猪ノ頭」の地名があるが、記述内容の中心が徳島市・鳴門市周辺に限られるため、徳島城下近辺の意味で付した書名と思われる。内容は「兼々御約束いたし候徳島見物之事、此節時分宜しく御座候間、思立候はゞ、私も御連立申度候」と同道を希望する旨の文面から始まり、旅の計画や観光名所を説明する形で、岩津の渕、種穂権現、高越山(こうつさん)、眉山、勢見山(せいみやま)観音、二軒茶屋など城下の貴賤男女の遊山スポットを巡り、さらに佐古諏訪神社、庚申堂、大安寺、名東地蔵尊から津田浦、立石海岸を散策した後、城下の内町・新町付近の呉服店や小間物店で土産や誂え物を購入し、さらに撫養(むや)、鳴門方面へも足を伸ばし、里浦の塩焼き風景や清少納言ゆかりの尼塚、また、鳴門沖や淡路島を一望した四軒茶屋や早崎の津で一泊し、帰路の道すがらに大鹿権現にて願解きをして帰宅するまでを綴る。本文を大字・四行・無訓で記す。なお、本往来は『竜田往来・義経腰越状』と題した手習本の後半部に収録されている(「義経腰越状」は表題のみで本文未収録)。
★数少ない四国地方の地理科往来。



NEW252 筆道指南手引艸 (ひつどうしなんてびきぐさ)
【作者】戸田儀左衛門(玄泉堂)作(「筆学要論」)。丹波屋太郎右衛門校。【年代】文化三年(一八〇六)刊。[大阪]海部屋勘兵衛(多田勘兵衛)ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『筆道指南手引草』。半紙本三巻三冊。筆法心得全般について記した往来物。安永三年(一七七四)刊『筆道指南大成』や寛政一二年(一八〇〇)刊『筆道早合点』†等の本文の中核をなす「和漢筆道手習指南」(元禄一二年(一六九九)刊『和漢字府諺解』†の本文に同じ)に種々の記事を増補した改題本。上巻は、本文欄に「六書の沙汰」「名筆筆法要論(漢帝筆法十四点之論ほか)」、前付に王羲之、三筆・三蹟の略伝と挿絵、また頭書や巻末に「行草手習筆法」「格法七十五字」「忍返之筆法伝授」を掲げる。中巻では「永字八法」を詳述し、巻末に「運筆(基本漢字の書き順)」や、俗字・本字の違いなどを示した「从俗古字」「遵時字」「古今通用字」を掲げる。下巻に筆道書『筆学要論』†(宝暦八年(一七五八)頃戸田氏撰作で、翌九年頃大阪書肆・堺屋清兵衛より単行本として刊行)を掲げ、巻末に「訓点千字文并文字正誤辨」を付す。なお、本書の記事の一部を差し替えた改編本『筆道指南早学問』†が弘化三年(一八四六)に刊行されている。
★これまで文化5年が最も古いと考えていたが、文化3年の初板本を初めて実見できた。


NEW253 石田梅巌先生家訓 (いしだばいがんせんせいかくん)
【作者】不明。【年代】江戸後期作か。明治初年書。【分類】教訓科。【概要】異称『石田梅岩先生家訓』『石田先生家訓』。半紙本一冊。石門心学の開祖・石田梅岩作に仮託して綴られた教訓で、漢字五字一句、二句一対を基本とする『実語教』†風の往来。「陰陽天地祖、人者五常主。為善天与福、為悪天与禍。作善如築山、作悪如崩山。見善如食物、見悪如探湯…」で始まり、「…天理言義理、義理言天理。天理与義理、欲一以貫之」と結ぶ全一九〇句から成る。人欲や私利を離れて天理に従い積善をなすこと、人の一念や私語は全て天に通じるため、人を欺けば結局は天を欺くことであり、その罪を逃れることはできないことなどを諭し、そのほか、他人の誹謗中傷の戒め、知命、学問、育児、倹約など勧善懲悪の諸心得を説く。

★山田賞月堂の最晩年の往来物であろう。



NEW254 書札案文大全 (しょさつあんもんたいぜん)
【作者】竹村雪啓書。千清夢拝梅刻。【年代】享和元年(一八〇一)序。享和二年刊。[大阪]河内屋八兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。「年頭披露状」から「奉公人究遣す状」までの合計二二二通を収録した用文章。内容は五節句や四季、年中行事に伴う手紙をまず掲げ、続いて、通過儀礼および普請・移転・開店等の各種祝儀状、不縁・死亡など凶事に関する書状、火事・洪水・地震・雷等の見舞い状、湯治・参詣・旅行に伴う書状、商取引等に関する書状、その他諸用件の書状の順に掲げる。本文を大字・七行・概ね付訓で記す。
★用文章には似たものが多く、系譜作成には綿密なデータベース作成が肝要である。



NEW255 越前国村尽 (えちぜんこくむらづくし)
【作者】服部市九郎編。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[福井]森市蔵(敬業堂)板。【分類】地理科。【概要】中本一冊。敦賀郡・南条郡・今立郡・丹生(にゅう)郡・足羽(あすわ)郡・吉田郡・阪井郡・大野郡の順に越前国の郡毎の村名等を列挙した往来。各郡ともまず村名を楷書・大字・四行(一行に概ね三カ村)・無訓で記し、続いて「同郡市街」として町名を楷書・小字・八行(一行に概ね三町)・無訓で記す。
★福井地方の地理科往来も幕末から少しずつ出版されるようになった。