ロケットの歴史(世界)
THE HISTORY OF ROCKET

姿勢安定を考えた最初のロケット

 ロケットをねらった方向に飛行させることは、かなり難しいのです。当時、銃や大砲の方が武器としては正確でした。ロケットをスピンさせることで姿勢を安定させるヘール式ロケットが開発されたのは1840年のイギリスでのこと。イギリスだけではなく、メキシコ戦争、クリミア戦争、南北戦争、日本では薩英戦争や西南戦争にも使われました。

19世紀に発達したロケット

 20世紀になって急激に宇宙開発が進みました。その下地が作られたのが19世紀。それまで使われていた黒色火薬に変わって、大きな推力を得られるニトロ化合物(ダイナマイト原料)の研究が進んだからです。ヨーロッパで、中世の錬金術に始まった物質の研究は化学に、占星術に始まった運命や天空の研究は、物理学にたどりつきました。これが次の世紀に人間を宇宙に運ぶための瞬発力となったのです。

素人研究家大活躍

 ロケットで宇宙に行く。こんな発想を持ったのは、ロケットを兵器として日夜研究していた軍人ではありません。宇宙ロケットの原理を発明したのは、ロシアの貧しく耳が不自由な数学教師、ツィオルコフスキーです。
 そしてそれを世界中に広めたのは、フランスのSF作家、ベルヌでした。19世紀の終わりに発表された本や文献は、当時の若い素人研究家を奮い立たせました。『ロケットで宇宙へ行こう!』武器としては取り扱いの難しさや、命中率の低さから、廃れかけていたロケットに新しい命が与えられたのです。

ドイツとロケット

 ヨーロッパ中、そしてアメリカでもロシアでも一斉に民間の発明家たちが研究を始めました。特に熱心だったのがドイツです。自動車メーカーのオペル社はロケットグライダーやロケット自動車を基礎実験用に開発しました。
 また惑星間旅行協会など科学愛好者が集まってロケットの研究を始めました。ツィオルコフスキーの研究で宇宙に行くために燃料は液体燃料でなければならないこと、が解っていました。しかし固体ロケットに比べてかなりの困難を伴い、民間人たちが情熱だけで研究するには重すぎる課題でもありました。

ヒットラーとロケット

 ロケットは宇宙への乗り物として息を吹き返したのですが、それを再び戦争の道具に引き戻したのがヒットラーです。1927年に結成された惑星間旅行協会は折からの経済不況と、ナチスの人材引き抜きによって1933年には解散を余儀なくされてしまいます。陸軍で豊富な資金と施設が与えられ、あの有名な報復兵器V2ロケットが誕生します。


日本のロケットの近代史
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 構成は西條寿雄氏(日本モデルロケット協会)「ロケット発達史研究」、並びに久保園晃氏「龍勢ロケットへの心」をヒントにしています。同書は「日本ロケット物語」として三田出版会(03-3817-7200 \2,500)から出版されています。(図版や文章の一部を許可を得て掲載・引用)
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