渡辺康建築研究所
WATANABE YASUSHI architect & associates



名曲喫茶

20年ほど前に有楽町や上野やお茶の水などあちこちに”ウィーン”とか”白鳥”とか
いった名前の名曲喫茶というものがありました。古城のような独特の外観で、中に入
ると床に1mから1.5mくらいの段差がある、スキップフロアの不思議な空間でした。
たいてい高齢のウエイターやウェイトレスがコーヒーをこぼさないように階段を上下
していました。何故、名曲喫茶にこのような空間が生まれているのか不思議でした。
20世紀初頭のウィーンで建築家アドルフ=ロースがラウムプランを提唱していました。
ラウムプランというのが、まさに中間階などで床や天井高さに変化をつけて、立体的
に空間をつなげることです。もしかすると、クラシックの好きな名曲喫茶オーナーは
ウィーンに行くことも多く、ウィーンに行くとラウムプランの建物がいっぱいあって、
影響を受けてくるのかと想像したりしました。でもウィーンに実際行って見ても、ア
ドルフ=ロース設計のものでしかそのようなものは見受けられませんでした。
先日ある出版社で、少し謎が解けました。そこに”とんぼの本”のような白黒写真本
でその手の喫茶店の写真ばかりを集めた本があったのです。実はこの手の設計を一手
にやっていた設計者がいたようだということを知りました。クラシック音楽といえば
ウィーン、ウィーンだからアドルフ=ロースだと考えたのかもしれませんし、たまた
ま、アドルフ=ロースに心酔していたのかもしれません。どこもよく似ていて10年ほ
ど前にいつの間にか無くなりましたからチェーン店だったのかもしれません。
今考えると、面積が小さい土地で喫茶店をする時、1階と2階に分けられているよりも、
上下が繋がり、全体を把握し易かったのではないでしょうか。全体に暗めで、動物の
巣のような小さな居心地良いコーナーがあちこちに生まれていたように思います。段
差がいっぱいあって、全然バリアフリーではないし、用途を変更したくてもなかなか
しずらいのでしょうが、コージーなコーナーが沢山生れていました。斜め上や斜め下
に視線が抜けて、そこここに居る人の一部が見え隠れしますが、レベル差があるので
あまり目が合うようなことはなく、適度な距離感もありました。見え隠れしながら、
向こうに空間が繋がっているのも感じられて、奥行感のある可能性を秘めた空間でし
た。改めて考えると光や照明をもっと工夫したならとても魅力的な空間になることに
気付きます。

2010/1/27


ピラネージの版画”The Smooking Fire(牢獄6)”
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