傷だらけのガラス玉。羽虫。
「ラス前」のエルヴィス。
"TUCSON '76"

"TUCSON '76"
テューソン '76
 
(Recorded in Tucson, Arizona, June 1st 1976)
 #6 from the "Follow That Dream" label
 (74321-79045-2) (Release Date; Oct 1, 2000)

TRACK LISTING
1. See See Rider
*
2. I Got A Woman / Amen
3. Love Me
4. If You Love Me
5. You Gave Me A Mountain
6. All Shook Up
7. (Let Me Be Your)Teddy Bear/Don't Be Cruel
8. And I Love You So
9. Jailhouse Rock
10. Help Me
11. Fever
12. Polk Salad Annie
13. Introduction:
13. Early Morning Rain
13. What I'd Say
13. Love Letters
*
13. Long Live Rock And Roll
14. Hurt
15. Burning Love
16. Help Me Make It Through The Night
17. Danny Boy
18. Hound Dog
19. Funny How Time Slips Away
20. Can't Help Falling In Love

* Recorded in Odessa, Texas, May 30th 1976, Afternoon show

ジャケットの写真
 1976年7月3日テキサス州フォート・ワース公演より


 さて、このCDのレビューを書かなければならないのであるが…とても難しい宿題を、学校の先生から与えられた気分である。
 一聴して、まずその事の困難さが頭に浮かんだ。
 …冬を前にした、羽虫のようなエルヴィスがそこにいたからである。
 難しい。難しすぎる。このエルヴィスは。
 しかし、引き受けた以上、書き上げなければならない。宿命だと思っている。頑張って気力を振り絞って、書こう。

 1976年6月1日のアリゾナ州トゥーソンのライヴである。(2曲のみ、前々日5月30日テキサス州オデッサでのライヴ音源を使用。)
 エルヴィスの公式ライヴ音源は、年ごとに整理すると、(私の記憶が正しければ)1971年ものと、この1976年ものが、未発表であった。1976年のエルヴィスのライヴ音源が、公式に発売されるのは、このCDが初めてなのである。
(注1)
 ファンにはとてもうれしい贈り物である。万歳である。
 収録も、75分01秒と、たっぷりされている。素敵なプレゼントである。

 が、しかし、である。
 1976年は、「ラス前」のエルヴィスなのである。
 ラストが1977年ならば、1976年は、ラス前なのである。坂道をゴロゴロと転げ下る年が、エルヴィスの1976年だった。
 傷だらけのガラス玉が、あちこちにぶつかりながらさらに傷ついてころがり落ちてゆく。
 そんな、41歳のアローンなエルヴィス・アーロン・プレスリー…
 一聴して、そう感じたのだ。

 このCDで繰り広げられる世界。
 それは「豊饒の海」
(注2)である。
 この言葉。一見文字だけ読むと、たわわに実った、豊かな、広い、すばらしい海を感じる。しかし、これは月面にある「海」の名前のひとつである。なにもない広大な窪みが月面上の「海」なのである。
 このCDも、グレイトな数あるエルヴィスのコンサートのひとつの録音ではある。とても素晴らしい。
 が私には、この時のエルヴィスに、月面上の「海」のような広大な空虚さを感じるのだ。

 別の例えを挙げよう。
 私の好きなシューベルトのピアノ曲に、即興曲集
(注3)がある。
 比類ないくらいに美しいこの全8曲も、シューベルトの死の前年に書かれたものだそうだ。
 この曲を聴いて、美しい音楽の向こう側に横たわるその底辺に漂っている青白い孤独感のようなものを感じ取ることはたやすいであろう。ディヌ・リパッティや、バックハウス
(注4)が、亡くなる前にその最後の演奏会でこの中の曲を弾いたことも、私がこのように感じることへの影響を及ぼしているのかもしれない。
 私には、同じ死の前年である1976年のエルヴィスからも同種のものが感じとられる。
 言い切ってしまうと、「死の予感」か。

 1976年。
 “エルヴィス・プレスリー・ショー”の「公式フォトグラファー」であるエド・ボンジャ氏は、その前年でエルヴィスの撮影を止めてしまったそうだ
(注5)
 「75年後半になりエルヴィスの体重が増してきた時、私は彼がもう少しスリムになるまで写真をとるのは止めようと決断しました。残念ながらその時は来なかったのですが…」
 1976年にはその時は来なかったのだ。
 このCDの1976年のエルヴィスの「声」を聞いただけでも、私にはこのエド・ボンジャ氏のいうことがよくわかる。エドは、エルヴィスをとても好きだったのだろう。だから、あえて、自ら「ダニーボーイに耳をふさいで」しまう決断を下したのだ。

 どうも1976年のこの時のエルヴィスの声が、普段の彼の声とは別人のように聞こえてならない。それは弱いのだが、不思議なたおやかさを含んでいる。なんだか、すべてを悟りきったような、すべてをあきらめきったような、そんな涅槃からのつぶやきのような声に聞こえる。スコラ哲学者の夢のささやきのようでもある。まるで、モノクロームのモノローグ。このCDの黒っぽいジャケットそのままだ。
 この時、エルヴィスはもう、ばらばらになった人生のかけらを、すべて拾い集め終わったのだろうか。

 この夏に発売された『エルヴィス・オン・ステージ〜30th Anniversary Edition 』DISC TWO は、すばらしかった。1970年8月の精力に満ち溢れるライヴ音源を、このCD『TUCSON '76』が発売された秋までに聴き続けてきたことにも、原因があるかもしれない。あまりにも違いすぎる。1970年から6年を経て、エルヴィスがこうなってしまったという事実が、このCD『TUCSON '76』にさらけ出されている。そしてその翌年の夏には、残念ながらそれは確実に証明されてしまった。
 こんなに悲しいことはない。

 今回は出だしから、暗くなってしまった。
 申し訳ない。
 深く考えすぎであろうか。
 コンサート自体はとても楽しそうではないか。エルヴィスは、力を振り絞って歌っているではないか。少女達の黄色い声が、キャーキャーいっているではないか。叫び続ける少女の前で、エルヴィスは最後まで歌ったのだ。少女達が熱狂するものに間違ったものはない。すばらしいではないか。それで、いいではないか。

 気を取り直して、各曲解説は、強いて、わざと明るく行こうと思う。

1. See See Rider

 突然始まる「シー・シー・ライダー」に、吃驚仰天。
 デイヴィッド・ブリックスのファンクする電気クラヴィネットが、ブリブリいっている。レッド・ツェッペリンの「トランプルド・アンダーフット」
(注6)におけるジョン・ポール・ジョーンズのクラヴィネットよりも、そのブリブリ加減はすごい。
 「ブぅリブぅリぶりっこ」と、むかし飛ばしていた山田邦子のブリブリぶりをも髣髴(ほうふつ)させてしまう強烈なグルーヴを醸し出している。

 音質は、サウンド・ボード音源ということで、いいことはいいのだが、どうも音に広がりがないなぁ。エルヴィスの声も、くぐもった感じがする。残されたテープがどういう状態のものだかわからないが、もっとうまくリミックスすることはできなかったのだろうか。

2. I Got A Woman / Amen

 このCDは、この2曲目以降ほとんど6月1日のライヴなのだが、1曲目は5月30日の録音。
 普通、こういうのをくっつけるときは、よーく聴いてもわからないように上手にやるものだが、このCDの1曲目と2曲目のつなぎ目は、急に音が少し広がったようになるので、誰にでもわかる。
(13番目の「ラヴ・レター」も、同じく。)
 厳しい言い方をすると、この事といい、先程述べた音質(リミックス)のことといい、もっとていねいな仕事が出来なかったのかという疑問が生じる。
 FTD担当の方。毎度楽しみにしており、毎回とても期待して待っているので、頑張って製作してくださいね。
 個人的には、ドラムの音をもう少し大きくとって欲しかった。(残されたテープが、チャンネル数が極端に少ないなど、リミックス以前の問題のテープなら、仕方がない話なのですが。)

 さて、定番アイガッタウーマンに引き続き「えーい、面。」「えーい、面。」と、エルヴィスが剣道の練習をする、ステージではお馴染みのメドレーが続く。
 空手だけではなく、剣道の練習もしていた彼の武道家魂がすばらしい。空手や剣道の得意な果物は、葡萄(武道)ぞなという、怪人ゾナーのなぞなぞを思い出してしまった。
 JDサムナーの、超低音ボイスが炸裂。(3:50前後及び5:00前後)スピーカーが破けそう。凄い人だわさ、サムナー。

3. Love Me

 曲に入る前に、会場の遠くに近くに女性の悲鳴が聞こえるのだが、これがいい。
 このCDでは、各所でこういった叫び声が聞こえる。今こうやって客観的に耳を傾けていると、1976年の弱り切っているように聞こえるエルヴィスではあるが、実際にそのコンサート会場にいたこれらの女性ファンには、変わらぬエルヴィスの雄姿がステージ上にあったのであろう。
 凄い。
 壮絶なプレゼンスである。

 そんなエルヴィスではあるが、可もなく不可もなくこの曲をこなしていく。穏やかに時は流れるのだ。

4. If You Love Me

 私は、オリビア・ニュートン・ジョンが中学生の頃好きだった(注7)が、これはそんな彼女の曲。
 私がエルヴィスを好きになったのは、中学生時代から遙かに時が経った三十路(みそじ)を超えてからのことである。そんなエルヴィスが、中学生時代の私のアイドルであったオリビアの曲も歌っていることを初めて知ったときは、正直驚いた。エルヴィスと、オリビアが、うまく、私の頭の中で結びつかなかったからだ。(エルヴィス歴6年の今では、このふたり、しっかりリンクしている。)
 それゆえに、普段エルヴィスも、杏里の「オリビアを聞きながら」のように”お気に入りの歌”を聞いていたんだなと思うと、なんだかうれしい。さらにエルヴィスの場合、ステージ上でこうやって正直に歌ってしまうのだから、たまらない。

 エルヴィス、女性コーラス、JDサムナー、ホーン・セクションが渾然一体となったサビ部分が、グレイトだ。
 (曲自体は)さわやかな佳曲である。

5. You Gave Me A Mountain

 最初に、やり直しあり。おもしろい。まさに、純生ライヴである。
 
 この世には、様々なミュージシャンの色々なライヴが満ち溢れている。そんなライヴの中には、レコードを単純に再現するようなアーティストもいらっしゃるようである。ひどいのになると口パクとか、ギタリストが手を振っているのに、ギターが鳴っていたなんていう輩もいるようである。レコード・コンサートで、ないっちゅーの。
 しかし、ご覧のとおりエルヴィスは違う。まったく違う。ステージ上の演奏は明らかに今演奏され歌われているものであり、アレンジはスタジオ・ヴァージョンとは異なり、場合によってはこうしてやり直しまでするのだ。
 こういったエルヴィスのステージを聞いていると、エルヴィスという人は、真の偉大なるライヴ・アーティストだったんだということを、あらためて痛切に再認識させられる。
 まさに、ロックの鏡である。

 個人的な話で恐縮であるが、この曲のイントロが聞こえ始めると、なぜか私はETC(エルヴィス・ザ・コンサート)東京公演を思い出す。この原稿を書いている今は、2000年11月22日。ちょうど1年前の出来事だったのである。
 その時、この曲のサビ部分で日本人美人ヴァイオリニスト達が奏でるストリングスの音が、とてもよかった。以前そういうアレンジをしていたのかどうか分からないが、このCDや他のライヴでは、この曲のサビ部分での大きなストリングス音を聞いたことがない。やはり、生(なま)は全然違うということを痛感した。
 この曲で私が好きなところは、このCDでも、もちろんそうなのだが、サビ部分でエルヴィスが「…マウンテーーーン」と歌い上げた後の、ロニー・タットの、づったか・づったか・づったか・づったかという力強いドラムである。すばらしい。
 いつもこの部分が来ると、自然と力が入り、足を踏ん張って思わずドラマー/ロニー・タットになってしまう自分がいる。そんな自分が大好きだ。
 自分はー、自分です。(by 渡哲也)
 もちろん、ETC(エルヴィス・ザ・コンサート)東京公演でも、ステージ上の本物のロニー・タットと一緒に、自席で架空のスティックを力強く握りしめ、幻のフット・ペダルを思いっきり踏んでいた自分がいたことは、いうまでもない。ほんとこの部分、力はいります。

6. All Shook Up

 ロケンロー・メドレーその1。
 曲に入りそうで入らないエルヴィスのじらし戦法がにくい。「ブルームーンがまた輝けば」を一瞬歌いそうになり、どきりとする。
(注8)
 00:20 で、ついに突入されると思いきや、「待って待って」と言うエルヴィス。へっへと笑っている。
 そしてついに 00:27に、やっとこさスタートされる。はふ〜。

 曲は、その後グイグイと進行し、突進していくのであるが、途中00:45で、またも、待って待ってと言うエルヴィスであった。
 がしかし今度は中断せずに、バンドの演奏は否応(いやおう)なしに進む。演奏は急には止まれないのだ。
 がはは。
 その時のエルヴィスのしょーがねーなーといった苦笑しているであろう顔を想像すると、笑いがこみ上げてきてしょうがない。

 あっという間に曲は終わる。エル君、早い。

7. (Let Me Be Your)Teddy Bear/Don't Be Cruel

 前曲に続いての怒濤のロケンロー・メドレーその2及びその3。
 1:25の、女性の悲鳴がまた、凄い。
 エルヴィスも、たじろぎ笑いして、声がよたついている。とてもおもしろい。

8. And I Love You So

 楽しいロケンローのステージから、一転して、しっとりとした曲が始まる。
 まるで、「8時だョ!全員集合」冒頭のドリフの爆笑劇
(注9)が終わり、おちゃらけたファンファーレが鳴り響き(注10)回り舞台が回転しステージ上のすべてが片づけられるのを背にして「喝采」のイントロが流れはじめる中、左袖からゆっくりと舞台中央に進みバラッドを歌いはじめる、ちあきなおみのようだ。
 素晴らしい場面転換である。

 私の好きなエルヴィス・バラードの一曲。
 1:37〜、3:09〜のところの、キャシー・ウエストモーランドのビューティフル・ハイ・ヴォイス・シンギングが、文字通りとても綺麗に美しく会場に響きわたる。
 美しすぎて君がこわい。

9. Jailhouse Rock

 バラードから一転して、またまたロケンロー。
 ドリフでいえば、ちあきなおみの歌のコーナーの後、CMが終わり、その次の体操コーナーといったところか。

 最後をエルヴィス・エンディングでまとめる。あーじーんと爽快だー。

10. Help Me

 おお!この曲もライヴでやっていたのかい。うれしいぞなもし(by 夏目漱石)。
 スタジオ・ヴァージョンとはまた違ったゆったりとした味わいを持っている佳曲だ。すばらしい。
 エルヴィスとシェリル・ニールセンのダブルな歌声が、左右に広がる。まるで、山を登っている途中、霧が立ち込めて視界ゼロになり、それがずっと続いて不安な気持ちになり、恐る恐るゆっくりと一歩一歩踏み出しながら歩いていたところ、突然霧が晴れ、太陽光線が何本かの線になって降り注ぎ、まわりが明るい世界になり、ふと前を見ると頂上はすぐそこにあった、というような感動が、この曲にはある。
 ホーリー・エルフの歌を聴いているようだ。
 でも、 夏目漱石さん。この曲1974年のメンフィス・ライヴでもやってたぞなもし。

11. Fever

 くるくると場面が展開するように、曲がめまぐるしく変わる。まるで万華鏡をみているような、バラエティーあふれるカラフルなエルヴィスのライヴの曲達である。
 
 ずっしりとしたジェリー・シェフのベースが全編を貫き、ロニー・タットのドラムが、適切でユニークなおかずを所々に絶妙に挿入する。
 実は、この曲のスタジオ・ヴァージョンは、私的にあまり好きではないのだが、このライヴ・ヴァージョンはおもしろいと思う。

12. Polk Salad Annie

 1970年ヴァージョンに比べると、ポーク・サラダのアニーちゃんも、ちょっとというかかなりというか年取ったねぇ、と、感じてしまう。そんなこなれすぎて、熟れきった果実のような味わいの、1976年の「ポーク・サラダ・アニー」が展開する。バナナは、少し置いておくと味が良くなると言いますが、このアニーちゃんのようにあまり長い時間ほおっておくのも、だめなものなのですね。

 滋味あふれるジェイムスのギターと、それに呼応するホーン・セクションは、すばらしい。

13. Introduction

 この童謡「山の音楽家」のようなメンバー紹介のパターン俺は僕は(by 町田康)好きなんですぅ。「わたしゃ音楽家、山の小リス、上手にヴァイオリン弾いてみましょう。きゅきゅ、きゅっきゅっきゅっ…」てな具合に、それぞれの楽器を各バンド・メンバーが、エルヴィスに紹介されて、順番に弾いて行く。
 とてもおもしろい。

 ひととおりエルヴィスがコーラス隊を紹介した後、引き続き、リズム・ギターのジョン・ウィルキンソンを紹介する。間髪入れずにジョンのギターで始まる「アーリー・モーニング・レイン」。このギターが、とってもいいのだ。ちょっとメローな味がするこのイントロのギターが俺は僕は大好きだ。曇り空の下の朝の雨の匂いがするギターだ。エルヴィスも満足げに歌っている。
 そのあとも、次から次と、各自のソロを演奏するのだが、その流れが俺は僕は最高に感じるのだ。
 ジェームス・バートンのギター・ソロは、ユニクロの全50色のフリースのように、色鮮やかに始まる。そしていつの間にか「ホワット・アイ・セイ」になっている。みごとな十二単(じゅうにひとえ)的七変化である。素晴らしい。
 続くロニー・タットの、強烈なダラス・テキサスな体育会系のドラム・ソロがまた凄い。レッド・ツェッペリンのライヴ
『永遠の詩』におけるジョン・ボーナムのドラム・ソロ(「モービー・ディック」)よりも、凄いかもしれない。または『嵐を呼ぶ男』における、石原裕次郎のドラム・ソロのオーラをも超えていると言えよう。豪快な暴れ太鼓が続いた後の最後部分のユニークさがまたよい。エルヴィスも、そんなロニーに、ハハハ、イエーイ、ファンタスティック・と言っている。
 フェンダー・ベースのジェリー・シェフも、渋くブルーズをきめる。ええわー、ええわー、かっこええわー。徐々に段々と、魂の奥底から沸き上がっていく情念の低音ギターが、墨絵流しのマーブル模様のように水面に広がっていく。
 ニュー・ピアノ・プレイヤーの、トニー・ブラウンも、軽快でスキップしたくなるようなソロを飛ばす。その気持ちよさに、エルヴィスも一緒に、うーうーと歌っているくらいだ。最後はユニークに決めてくれる。楽しい。
 エレクトリック・クラヴィネットの、デイヴィッド・ブリックスは、洒脱でファンクなソロを小柳ゆきのアイメイクのようにブリブリ炸裂させる。
 その後、ブリブリから一転して、ゆったりとしたイントロが弾かれる。エルヴィスの紹介により、デイヴィッド・ブリックスが1966年5月、ナッシュビルのRCAスタジオBにおいて、急遽、フロイド・クレイマーの代理ということで、当時は緊張で固くなりながら弾いたであろうあの「ラヴ・レター」のイントロを、今度は10年後の彼がゆっくりと落ち着いてステージの上で弾き始める。すばらしい演出だ。


 

こうして、このIntroductionを聴いていると、エルヴィスのバックにはまったく、とてつもなくすごい演奏家音楽家集団がいたのだなということをあらためて思い知らされる。

 チャーリー・ホッジの紹介。そして、ファンタスティック・ジョー・ガーシオ・オーケストラの紹介。
 ジョーの指揮する「ロング・リヴ・ロケンロー」が、またとても楽しい。軽快なラッパが、胸を躍らす。わくわくする。
 さあ、盛り上がってきたぞー。

14. Hurt

 盛り上がったところで、さあ、このライヴの、ハイライトです。ファンファーレ(笑)とともに登場だ。

 1976年以降は、以前の「アメリカの祈り」等に変わって、この曲がステージのきめの一曲となったようである。
 しかも、今夜のエルヴィスは、サービスがいい。
 このとんでもない名曲を、2回も完璧に歌ってくれる。
 それにしても、ワイルドな熱唱だ。同じ曲を、しかもきめの曲を、2回もステージで歌ってくれるなんて、エルヴィス以外にそんな歌手はいるのだろうか。サービス精神旺盛な人である。

15. Burning Love

 エルヴィスの、から元気ロックンロール。表面上は元気なロックン・ロールであるが、その奥に悲しみがぎっしり詰まっている1972年に誕生した、とんでもない名曲。
 ここでも、それは遺憾なく、だらだらと発揮されている。
 コウハンノスイート・インスピレーションズニチュウモク。

16. Help Me Make It Through The Night

 しっとりとしたバラード。数あるエルヴィス・バラードの中にあって、これもわたくしの好きな一曲である。うれしい。アルバム『エルヴィス・今』の一発目を飾るこの曲って、意外と隠れた名曲にあたるのかな。

 イントロなしで歌い始めるこのエルヴィスの声がいい。まさに、グッド・バラード・シンガーである。
 こういう曲を選曲してステージで歌っちまうなんて、そのセンスに脱帽である。

17. Danny Boy

 エルヴィスが、「レディース&ジェントルメン・ううううう」に、新しい曲のリクエストを求める。
 
 「ラスト・フェアウェル? おわ・ふー。」
(そんなのできるかよー。←エルヴィス心の声)とか、言ってる。

 でもって、なんだかんだあって、いつのまにかキーをもらってエルヴィスが「ダニー・ボーイ」を歌いはじめる。
 凄い。凄すぎる。
 エルヴィスが、この曲「ダニーボーイ」をライヴで完全に歌ったのは、これが最初で最後らしい。いつもは、シェリル・ニールセンが歌っているのだが、な・なんとご本人さんが、最初から最後まできっちり歌っている。奇跡のようだ。
 清水アキラがサブちゃんの物真似を、鼻を黒くして披露しているとき、突然背後からご本人であらせられる北島三郎さんが現れたような、そんな強烈な驚きである。
 
 むかし、甲斐バンド
(注11)の初期の曲で「ダニーボーイに耳をふさいで」というのがあった。当時私は、もともとの「ダニーボーイ」という歌自体は全く知らなかったのだが、悲しい気持ちでよくこの甲斐バンドの曲を聴き、一緒に口ずさんで泣いたものである。
 誤解が生じるのをわかって、あえて極端にこのアイロニカルな表現を借りて述べさせていただくと、ここでエルヴィスが歌うこの曲は、まさに耳をふさぎたくなる熱唱だ。
 それほど、胸に来るのだ…

 こういう内容の詩を持った曲を、死の前年に歌ったということが、今思えば、なんとも予言的で、象徴的である。静かに、敬虔に、耳をふさいで、聴いていただきたい。

18. Hound Dog

 救われる。前の曲が曲だけに、次にこの曲をやってくれたおかげで助かった。この辺の曲順の組み合わせが絶妙である。いや、絶妙と言うよりは、無茶苦茶と言った方が適当な表現であろうか。
 まさに猫の目のように変わるカレイドスコープなステージ。
 
 まったりとしたノリの熟成したハウンド・ドック。
 0:52からのラストに至るまでの展開部のノリとエルヴィスのかけ声、徐々に隆起していくバックの楽器部隊、最後に向かって盛り上がっていくホーンズが楽しい。

19. Funny How Time Slips Away

 冒頭の、イェー・ハロー・ゼアー で、もうまいってしまう。
 不思議な浮遊感があるこの曲も、私に1年前のETC(エルヴィス・ザ・コンサート)東京公演を、思い出させる。詩の内容も、ぴったりだ。まさに、時のたつのは早いもの。
 あの時の記憶が麩菓子のように少しずつふやけていくのが悲しい。

 アイ・ラヴ・ユーとかいってる時に聞こえる、ブッチュ・ブッチュという音(0:21)がけっこう生々しい。もう、エル君ったらっ。笑っちゃったりしてー。
1:17〜の女性の悲鳴が、また凄い。

20. Can't Help Falling In Love

 エルヴィスとファンタスティック・オーディエンスとのお別れの合図の曲。
 1年前のETC(エルヴィス・ザ・コンサート)東京公演でも、この曲のイントロが流れた時、これで最後なんだなと思うと、悲しい気分になったことを思い出す。
 ドリフでいえば、楽しかった全員集合もラストを迎え「いい湯だな」の替え歌によるエンディングがもう来てしまったのかといった哀しみが、ライヴのこの曲にはある。カトちゃんの笑顔の「歯ー、みがけよー。」のセリフも悲しいのだ。

 そして、エルヴィスも、ビルディングを去ってしまったようだ。

          SPECIAL THANKS to "norimaki"

(注1)
主だったものをここに挙げておきます。

1969年『コレクターズ・ゴールド』
1969年『オン・ステージVol.3』
1969年『プラチナム』 
1970年『オン・ステージVol.1』
1970年『オン・ステージVol.2』
1970年『70年代ボックス』『プラチナム』
1970年『オン・ステージ 30th Anniversary Edition』
1972年『イン・ニューヨーク』『70年代ボックス』
1972年『アフタヌーン・イン・ザ・ガーデン』
1972年『バーニング・ラヴ』
1973年『イン・ハワイ』
1973年『アロハ・リハーサル・ショー』
1973年『アロハ・フロム・ハワイ』 
1974年『ライブ・イン・メンフィス』
1975年『エルヴィス・アーロン・プレスリー』
1977年『イン・コンサート』

ほら、こうやって並べてみると、1971年と、1976年がな
いでしょう。

(注2)
三島由紀夫の小説の題名より。
新潮11月臨時増刊『三島由紀夫没後三十年』掲載の橋本治 100枚の特別読物『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』からのインスパイアーです。
この<特別読物>は凄いな、と思って読んでおりましたら、小林信彦さんも「近年出色の文章である。」と書いておりまして(週刊文春2000年11月30日号)、頷きまくりました。
(さらに注:この増刊号、その後、単行本化されたようです。)

(注3)
シューベルト SCHUBERT IMPROMPTUS OP.90&142
即興曲集 作品 90 D。899(第1番〜第4番)
 即興曲集 作品142 D。935(第1番〜第4番)
内田光子の1996年の録音は、すばらしいですよ。涙出ます。(PHILIPS/PHCP-1818)

(注4)
ディヌ・リパッテ(1917〜1950)
 「ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル」
  〈1950〉(EMI-TOCE3149)
ヴィルヘルム・バックハウス(1884〜1969)
 「最後の演奏会」〈1969〉(L-POCL2659?60)
このふたりの演奏もとてもよいです。感動します。

(注5)
AE No.96 40頁「エド・ポンジャ e メール・インタビュー」を参照してください。    

(注6)
レッド・ツェッペリン6枚目のアルバム『フィジカル・グラフィティ』収録曲。シングル・カットされました。
「トランプルド・アンダーフット」は、私がリアル・タイムで初めて聞いたレッド・ツェッペリンの曲です。
なお、ツェッペリンのBBCライヴでは、「胸いっぱいの愛を」の後半で「ザッツ・オールライト・ママ」「ア・メス・オブ・ブルース」を聞くことが出来ます。

(注7)
当時「そよ風の誘惑」が、スマッシュ・ヒットしており、わたし、その笑顔とともに、ノック・アウトされました。

(注8)
へその次に下方向に向かって来たので、○○○に来るかとうれしく予想していたが、はぐらかされて、またへそに戻った指先(舌先でも可)のような、そんな前戯上手なこの曲でのエル君なのであった。(ばかばか。こんなこと書いて。)
なお、エル君は、この「じらし戦法」のほかに、「びっくり驚かし戦法」というテクも所持している。ライヴのハウンド・ドックで、いっきなり大声で「油煙(ゆえん)」と怒鳴るあれだ。テクニシャンである。

(注9)
当時、毎週土曜日に放映されていた人気番組。たしか冒頭のコント劇のコーナーは、午後8時05分から、20分くらいまでやっていたと思います。その後に、ゲスト歌手の歌のコーナーがありました。
こどもの頃、毎週毎週楽しく見てました。 普段は、8時に寝なさいでしたが、土曜日だけこの番組を見て9時に寝ることができました。そのことが、とてもうれしく、一週間に一度の楽しみだったものです。
(したがって、その後のキイ・ハンターは、見ることが出来ませんでした。ゆえに、キイ・ハンターには、禁じられた大人の香りがしたものです。)

(注10)
この音楽を、紙面で、表現できないのが、残念です。
今度、お会いしたたときに、口で教えますね。

(注11)
「裏切りの街角」
「HERO(ヒーローになる時、それは今)」
「感触(タッチ)」
「安奈」
「ビューティフル・エネルギー」
「破れたハートを売り物に」(!)
等のヒットのある、甲斐よしひろ率いる日本のロック・バンド。
私はギターの田中一郎がとても好きでした。





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