エルヴィス最後の

ピュアで素甘なスタジオ録音

"THE JUNGLE ROOM SESSIONS"

"THE JUNGLE ROOM SESSIONS"
ザ・ジャングル・ルーム・セッションズ
 
#4 from the "Follow That Dream" label
  (74321-74931-2) (Release Date; Apr.1,2000)

TRACK LISTING
1.
Bitter They Are, Harder They Fall
          (alternate takes 2-5) Time: 5:09
2. She Thinks I Still Care
         (alternate take 2A) Time: 5:40
3. The Last Farewell
         (alternate take 2) Time: 4:22
4. Solitaire (alternate take 3) Time: 4:51
5. I'll Never Fall In Love Again
         (alternate take 5) Time: 4:03
6. Moody Blue (alternate take 3) Time: 5:34
7. For The Heart (alternate take 2 & 3) Time: 4:15
8. Hurt (alternate take 3) Time: 2:26
9. Danny Boy (alternate take 8) Time: 4:06
10. Never Again (alternate take 11) Time: 3:00
11. Love Coming Down (alternate take 2 ) Time: 3:27
12. Blue Eyes Crying In The Rain
         (alternate take 2) Time: 4:05
13. It's Easy For You (alternate take 1) Time: 3:47
14. Way Down (alternate take 2) Time: 3:09
15. Pledging My Love (un-edited master) Time: 5:25
16. He'll Have To Go (rough mix-master) Time: 4:35
17. Fire Down Below (instrumental) Time: 4:50


エルヴィスのオリジナル・アルバムの中で、どれか一枚だけ好きなものを選んでください。そう問われたら、皆さんは何と答えますか。
私は、大いに迷ったあげく、『メンフィスより愛をこめて』と答えるでしょう。とっても好きなんです、このアルバムが。

 何とも形容しがたい、このアルバムにおける、あのエルヴィスの晩年の声にやられてしまったのです。この1976年2月のエルヴィスの声には、彼のそれまでの人生のすべてが現れていると思います。
 エルヴィスの体調がすぐれなかったせいなのか、精神面において安定していなかったのか。その辺りの詳しい背景をまったく考えずに聞いても、エルヴィスの負の部分(≒哀しみ)が、このときの声に顕著に現れているのがわかります。
 1曲目「ハート」における、いきなりの絶唱から、エルヴィスの傷ついた心、ボロボロの状態を、目の当たりにするのです。

 ビリー諸川さんは1999年8月に再発された国内盤CD『メンフィスより愛をこめて』の解説の中で「僕はこのアルバムを聴くとたまらなく淋しい気分になる。」と、おっしゃっています。また、岩崎邦明さんも「孤独、悲嘆、苦渋、たそがれの美といったイメージを感じて、繰り返し聴くことが出来ませんでした。」と、言っております。(月刊エルヴィスNo.185(May 1997)より)
 私も、同様のことをこのアルバムからひしひしと感じます。
でも、私の場合は逆に、好む好まざるにかかわらず、繰り返し聴いてしまうのです。
 ときどき、どうしようもなく(いろいろな意味において)疲れた時、無性に、このエルヴィス晩年の声を希求し、対峙しなければならない自分があるのです。『メンフィスより愛をこめて』は、私にとって「必要」なアルバムなのです。

 なぜなのでしょう。

 それは、例えば、芥川龍之介の「河童」「或阿呆の一生」「歯車」等や、太宰治の「ヴィヨンの妻」「人間失格」「桜桃」等といった、その後期の作品に心惹かれるのと、同じ理由があるような気がします。
 良質な作品、というのならば、芥川なら「杜子春」「トロッコ」「鼻」など、太宰なら「富嶽百景」「走れメロス」などといった初期・中期の作品が挙げられるでしょう。落ち着いていた時に書かれたこれらの作品は、揺らぐことのないすばらしい名作であります。エルヴィスでいえば、50年代、60年代、70年代初期までにわたるすばらしい曲達が、これらの名作にあたるでしょう。
 いわゆる安定期に作られたこれらの「名作」と、晩年の作品(「歯車」「桜桃」等及び『メンフィスより愛をこめて』)とは、根本的に異なるものであります。
 これら晩年の作品から香ってくる somethingは、人間の持っている本質=生きているということの底辺に漂っている哀しみのようなもの、夕暮れの匂いとでもいうべきものでしょうか。(たとえば、ビリー・ホリデイ後期の枯れた声にも、私は同じものを感じます。)

 また、単純に、この『メンフィスより愛をこめて』には、私の中で1曲も駄曲がないということも、好きな理由のひとつです。
 アルバムともなると、曲数が多いので、たいてい1、2曲は、あまり好きではない曲、飛ばしたい曲など、普通はあるものですが、このアルバムには不思議とそういう曲が私には存在しないのです。すべての曲が好きです。

 さて、この『メンフィスより愛をこめて』に収録されている、全10曲は、すべて1976年2月にエルヴィスの家=グレイスランドの、ジャングル・ルームで録音されたものです。
 この時に、この10曲の他に、もう2曲(「何でもないのに」「ムーディー・ブルー」)を録音しています。こちらは、別のアルバムである『ムーディー・ブルー』に収録されています。


 『ムーディー・ブルー』は、この2曲の他、その8ヶ月後の1976年10月に同じくジャングル・ルームで録音された4曲のスタジオ録音と、1977年のライヴ曲等で構成されています。
 結果的に、その後エルヴィスはスタジオ録音することなく、翌1977年8月に亡くなったため、この1976年10月の録音が、エルヴィス最後のスタジオ録音になってしまいました。
 私は、『ムーディー・ブルー』というアルバムは、全体的には、あまり好きではありません。スタジオ録音とライヴ録音がごっちゃになっており、とり散らかった感じがするからです。
 しかし、それは全体としてみての話で、個々の曲は好きです。特に「ムーディー・ブルー」「イッツ・イージー・フォー・ユー」などの1976年2月及び10月のスタジオ録音の曲は、好きです。(もちろん「アンチェイン・メロディ」も好きですし、オリビアの歌も好きだし…、ありゃりゃ、結局全部好きじゃん。)
 えー長くなりましたが、ようするに、エルヴィス最後のスタジオ録音である、1976年2月及び10月のジャングル・ルーム・セッションでの曲が、私は大好きなのだー、ということを言いたかったわけであります。

 そんな私でありますから、FTDレーベルより、この1976年2月及び10月のジャングル・ルーム・セッションのテイク違いを集大成したCDが登場するというニュースを、初めて聞いたときは狂喜乱舞しました。その事を初めて聞いたのは1999年12月でしたが、発売予定の2000年4月が来るのが、待ちどおしくて待ちどおしくてたまりませんでした。春を待つ北国の人。

 エルヴィスの音源は、特に70年代から、オーヴァー・ダビングが目立ち、オーケストラやホーン・セクションなどが、耳にうるさく聞こえることがあります。
 マニアには、これらのないピュアなアンダブド・ヴァージョンや、アウト・テイクを聴くのが夢・みたいなところがあります。

 たとえば、『ピュア・エルヴィス』とか、『ア・ハンドレッド・イアーズ・フロム・ナウ〜エッセンシャル・エルヴィスvol.4』(70年代初期に録音された曲のアンダブド・ヴァージョンを集めたアルバム)とかが発売され、それを聴いたときの喜びようといったら、雪が降ったときに庭を駆け巡る、犬のようでした。

 『メンフィスより愛をこめて』や『ムーディー・ブルー』各曲のオーヴァー・ダブもその例外ではありません。もともとのエルヴィスの歌とバック・コーラスとバンド演奏の音の上に、過度なエコーやディレイなどをかけて、さらに、オーケストラなどをかぶせて、こてこての音になっております。
 この二枚のアルバムの楽曲のオーヴァー・ダブは、オーケストラの音中心なので、他の70年代の曲のオーヴァー・ダブよりは、個人的に、まあそんなにも気になるものではありませんでした。
 が、しかし、例えば「ブルー・アイズ・クライング・イン・ザ・レイン」や「イッツ・イージー・フォー・ユー」のイントロのドラムの音が、キョキョキョンといった響き方をしていたり、「イッツ・イージー・フォー・ユー」のエルヴィスの歌が奥まったような感じを受けたりなどなど、不満点も多々あり、やはりピュア・ヴァージョンに対する欲求は、大きく大きくありました。
 それまで「ソリテアー」など一部の曲については、そのアンダブド・ヴァージョンをアルバム『ピュア・エルヴィス』で聴くことが出来ました。
 また、海賊版
『ELVIS among friends』は、音はあまり良くありませんが、1976年2月のジャングル・ルーム・セッション全曲のオーヴァー・ダブされていないものが収録されておりました。私はそれらを、ありがたく、手を合わせて拝聴していたものであります。

 そんなところへ、1976年2月&10月のジャングル・ルームにおける録音が、音も当然いいであろうFTDレーベルから発売されるというのですから、狂喜乱舞せずにはおれません。現物が届くまでの長い長い間、たとえば、あの名曲「イッツ・イージー・フォー・ユー」のアンダブド・ヴァージョンは、いったいどんな風なのだろうか
…などなど、いろいろと頭の中で楽しく想像する毎日が続きました。それは、まだ見ぬ花嫁を思う心にも似ていました。
 さらに、あの幻の「Fire Down Below」も収録されているらしいというニュースも聞き、興奮は高まるばかり。庭を駆け巡っていた犬は、エキサイティング!と叫び宇宙に飛びだしてしまいました。

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 素甘(すあま)という和菓子があります。
 あの白と薄紅色をした、蒲鉾型をした餅状の和菓子です。中には何も入っておりませんが、ほんのりとした甘さがあります。歯ごたえと粘りけのあるでんぷん質は、噛めば噛むほどその自然な甘さが口いっぱいに広がります。淡泊な味です。わたしは、あんこ等の入った和菓子よりも、この素甘のシンプルさを愛する一人です。

 初めて『ザ・ジャングル・ルーム・セッションズ』を聴いたとき、私は、これは、「素甘(すあま)」なアルバムだなと感じました。
 いままでに、こんなにリアルなエルヴィスの声をとらえた録音があったでしょうか。こんなにも生々しく、マーナ、キャシーらのヴォーカル・バッキングをとらえた録音があったでしょうか。こんなに、はっきり聞こえるアコースティック・ギターの音、今までのエルヴィスの音源であったでしょうか。
 自分も一緒にジャングル・ルームにいるようなこの臨場感!
 既発テイクは、オーケストラ等のさまざまなオーヴァー・ダビングが施されており飾り立てられたデコレイション・ケーキのような南十字星的華やかさがありました。それに比し、このFTDレーベル『ザ・ジャングル・ルーム・セッションズ』は、シンプルな素甘。まるで、北の空に美しく輝いている北斗七星にも似た、清らかさを持っています。
 このシンプルな一発録りの「バンド演奏」をバックにしたエルヴィスが、たまりません。
 美しい録音です。
 『ザ・ジャングル・ルーム・セッションズ』は、すぐに、西暦2000年における、私のベスト・アルバムに昇格しました。

 また、このCDは、1976年2月&10月のジャングル・ルームにおける宝石のような曲達を、録音順にきちんと並べ、時系列に整理されている点も、とてもうれしかったです。前述したアルバム『ムーディー・ブルー』収録の「何でもないのに」と「ムーディー・ブルー」が、やっと、収まるところに収まったといった感慨があります。あー、すっきりした。

 ところで、ぎっちょん、ジェリー・シェフが、エルヴィスのスタジオ録音に参加したのって、この1976年のセッションが、初めてなんですね。
 なぜか、私、70年代に入ってからは、ライヴだけでなくスタジオ録音においても、ジェリー・シェフが参加してたような気がしてたのです。特に1972年は、映画『オン・ツアー』の影響か、その思いこみが強く「「バーニング・ラヴ」のジェリー・シェフのベース、すげーな。」などと勝手に勘違いしていました。それはまったくの錯覚だったのです。
 改めて調べてみると、エルヴィス70年代のスタジオ録音は、ずうっとエモリー・ゴーディやノーバート・パトナム等がベースを弾いています。(前述の「バーニング・ラヴ」は、ベース=エモリー・ゴーディが正解。)
 したがって、この1976年のジャングル・ルーム・セッションが、エルヴィスの”スタジオ”録音において初めてジェリー・シェフが参加したものなのです。
 私は、ジェリー・シェフがとても好きなベース・プレイヤーのひとりなので、そう思って聴くと、この録音、彼の深いリズム感のあるベースが、最高ですね。すばらしい!このような偉大な人と1999年秋「エルヴィス・ザ・コンサート(ETC)」東京公演で握手できたんだから、感慨もひとしおってもんです。いやあー、渋くて、かっこよかったなー、ETCでの、ジェリー・シェフ。
 このエルヴィスの、『ジャングル・ルーム・セッションズ』は、
ドアーズの『LAウーマン』ボブ・ディランの『ストリート・リーガル』とあわせて、ジェリー・シェフのスタジオ録音におけるベース・プレイを堪能できる、偉大なる三大アルバムと、私は断言します。
 全国5000万人のジェリー・シェフ・ファンの皆様方、必聴ですぞ。

 さて、それでは、そんな素敵なCD『ジャングル・ルーム・セッションズ』を、曲ごとに聴いていきましょう。
 なお、このCDの聴き方ですが、おすすめは、真夜中にヘッドホンで、ラウドに聴く。←これです。

1. Bitter They Are, Harder They Fall
         (alternate takes 2-5)1976年2月2日

カツーン。
Will roll, it must be the take three.
  録音行きます。テイク3のはずです。
(Have) you got, (They) don't deserve me on the
very first part, you know?
  この(曲の)出だしのところは僕に向いていないね。
 そう思わない?
Alright
 オーライ
(What's) roll label?
 (何番目の)テークですか?
This is three, will roll.
 (テーク)3です。録音行きます。
One, two, three, two...
 ワン、ツー、スリー、ツー...

 出だしから臨場感に満ち溢れております。すばらしすぎます。
 ロニー・タットのドラムのスネアの音をはじめとする各楽器の音が生々しくて響いて、感動ものです。

 I told her…とエルヴィスが歌いはじめ、曲は進んでいきますが、すぐに、電話の音のため、それは中断してしまいます。よーく聞いてみてください。0:56のところでその電話のベルの音を聞くことができます。

Cut!
  カット!
(It is) phone to ring.
 (あれは)電話の音だよ。
Damn! Telephone.
  畜生、電話だ。
Try get the thing off.
  そいつを片づけてくれ。
Shoot them all.
  みんな(銃で)ぶっ飛ばせ。
Hard expression, shoot them all.
  はっきり言えば、みんな(銃で)ぶっ飛ばせばいいんだ。

OK, will roll, speak four.
  オーケー。録音行きます。テーク4です。
OK
  オーケー。
One-two-three, two, two...
  ワン、ツー、スリー、ツー、ツー.
..

 と、気を取り直し、再テイクに入ります。しかし、ここで、またもや、今度は犬の鳴き声により、録音が中断してしまいます。
 耳を澄ませてこのCDの1:19のところを聞くと、犬のうおおおおん、という鳴き声が確認できます。

Shoot dog and phone. Hold, shoot yellow dog!
  犬と電話を(銃で)ぶっ飛ばせ。おーい、臆病な犬を(銃で)撃ち殺せ!
Don't damn to give allee show, aren't we?
  喧嘩騒ぎになったって結構。ね、そうだろ?

OK, here goes five.
  オーケー。テイク5行きます。

 このアクシデントに、キャシーや、マーナをはじめ、みんな笑っています。ひとり目立って、げらっげらっ笑っている男性は誰なんだろう。チャーリーかな。おもしろすぎます。
 電話の音や、犬の鳴き声で中断するということは、この曲がジャングル・ルームにおける初めての録音なので、そこまでの準備がまだ整っていなかったからなのでしょうか。スタジオ風景のひとこまを見せてもらったようで、ちょっと得した気分です。
 また、この頃のエルヴィスは、なんでも銃でぶっ飛ばせという過激な面を持っていたそうですが、このことがこの場面からも窺うことが出来ます。

 この時に鳴っている電話は、家の各部屋と通じる赤い内線電話だったのでしょうか。それとも緑の外線電話だったのでしょうか。『グレースランド/エルヴィス・プレスリーの遺産』(音楽之友社)118 頁にこのジャングル・ルームの電話の写真が掲載されています。この本を眺めながらこのCDを聴いていると、興味が尽きることはありません。

 曲はオープニングにふさわしい、ゆったりとした盛り上がりをみせて進行していきます。んー、いいです。
 なお、エルヴィスはこの歌を、警察幹部の制服を着て歌ったそうです。 想像。

2. She Thinks I Still Care
         (alternate take 2A)1976年2月2日

 完成ヴァージョンとは、全く異なるこのイントロの美しいこと。惚れ惚れします。
 ぽろろろーん、というグレンのピアノに導かれ、まずコーラスのみでタイトルが歌われます。このJ・D・サムナーとザ・スタンプス、キャシー・ウエストモーランド、マーナ・スミスによるアカペラのみのイントロを聞いて、私は背中に電流が走りました。
 その綺麗なコーラスに続いて穏やかに滑り込んでいく演奏、特にアコースティック・ギターが印象的であります。
 個人的には、既発テイクより、こちらのテイクの曲のはじまり方が、好きですね。

3. The Last Farewell
         (alternate take 2)1976年2月2日

 流麗なホーンズではじまる既発テイクも素晴らしいですが、ホーンやオーケストラ等のないこのバンド演奏ヴァージョンも、簡素で、いいです。
 個人的には、イントロのロニー・タットのドラムが好きです。特に 0:19 のタッ・タカタタ、0:24のダッタ・タカタダン、極めつけ0:31の、ズドン・ズドンの重低音2連発のところが、胸に来ました。
 既発テイクでもそうですが、この曲の「For you are beautiful…」と歌われるサビ部分、私、大好きです。
 美しいサビです。最高です。
 それにしても、最初のところで、またもや、げらっげらっ笑っている男性はいったい誰なんでしょうか。チャーリーでしょうか。おかしすぎます。つい、こちらもつられて笑ってしまうような笑いっぷりです。
 明るく風通しの良い職場、好きです。

4. Solitaire    (alternate take 3)1976年2月3-4日

 カーペンターズも歌った、ニール・セダカの孤独なバラード。まさに、ソリテアーな佳曲。
 サビ部分の、グレンの下降するピアノがこぼれ落ちる涙のようで泣けます。グレン、ちょっとミスタッチしてますが。
 ロニー・タットのドラムもここでは雄弁に、繊細に、悲しい話を物語っております。
 ラストのジェリー・シェスのベースも、はかなげで、良い雰囲気を出しています。

5. I'll Never Fall In Love Again
        (alternate take 5)1976年2月4-5日

 左の刻むギター、いいですね。ジェイムスなのかな、ジョンなのかな。
 ロニーとジェリーのドラムとベースのコンビネイションも、最初から最後まで、きまっています。
 エルヴィスの熱唱アーーーーーーーーーーーーーーゲーーン(3:34-3:43)。たまりません。

6. Moody Blue   (alternate take 3)1976年2月4-5日

 さあ、このCDのハイライトです。ポップな佳曲です。
 エルヴィスは、快調に飛ばし、1番を歌い終え、サビ部分に突入、無事クリア。
 続いて2番に入り「…Monday comes she's Tuesday…」と歌い、そのまま、すんなり進んで行くと思いました。
 が、しかし、アクシデント。エルヴィスは突然、真っ白になってしまったのか「to another day again」と歌った後「Her personality… 」以下の歌詞が出てきません。(1:20)
 いきなり「かこちゅか・かてむんだ・かぽさんか・かぽべちょ…」と、護摩化し語により歌い(笑)、演奏が中断します。

What kinda lang(uage)!
 何語です、一体?
Thai-an, Thai-an version...
 タイ語、タイ語バージョンだよ。

などと、ギャグ(?)をかますエルヴィス。

Oh, (I) hate to read.
  あー、(楽譜を)もう読むのがいやになったよ。
Look at (in your) head.
  (読まなくても済むように)頭に覚えさせるんだよ。
How's your perfect pitch here, tonight?
  今夜は、君の絶対音感の調子はどうかね。
Thank here's guys tonight.
  みなさんのお陰です。

 そして、再テイクに入るのですが、その前の 1:42 のところで、エルヴィスが曲に入る前に水(ゲイタレイド?)を飲んだのでしょうか。カラカラと、グラスの中の氷が触れ合う綺麗な涼しげな音が聞こえます。このカラカラを聞いて私は、なんだか自分も一緒にスタジオにいるような感じがして、ぞくぞくしました。

7. For The Heart
       (alternate take 2 & 3)1976年2月5-6日

 「バーニング・ラヴ」の作者であるデニス・リンデによるアップテンポの明るい曲です。
 左右でかき鳴らされる、アコースティック・ギターの音色が気持ちいいです。

 1976年のジャングル・ルーム・セッションは、そもそも本来のスタジオでは行われず、エルヴィスの家で録音したという事実からもわかるように、この頃のエルヴィスは自制心を失い、やる気、集中力、精気といったものがまるでなかったそうです。先程も、なんでも銃でぶっ飛ばせという過激な面を持っていたと書きましたが、とにかく無茶苦茶な状態であったようです。体も心も、なにか悪いものに蝕まれていたのではないかと、私は想像します。
 そんな状態ですから、たとえば、朝からずっと待っているバンド・メンバーのもとに、やっと夜になってエルヴィスが二階から降りて来て、セッションがはじまったといったこともあったようです。
 そのようなエルヴィスではありましたが、この2月のセッションに関しては、この曲に取りかかったころからようやく彼らしさや自信を取り戻し始めたそうです。
 ビリー諸川さんも大好きだというこの曲。
 この曲自体が持つ、エルヴィスらしいある性質が、エルヴィスをそうさせたのでしょうか。

8. Hurt      (alternate take 3)1976年2月5-6日

 私や、多くの人にとって、この曲は、特別の意味を持つものでしょう。
 「俺は傷ついた。」と真摯に歌うエルヴィス。
 そのような曲でさえも、イントロをやり直すといった客観的制作過程を聞けるのが、こういったCDのユニークな点です。

9. Danny Boy   (alternate take 8)1976年2月5-6日

I would like to sing that...
 これを歌いたいんだ。
This one is (that) I would like to do better...
 この曲ならうまく歌えそうだ。

 エルヴィスの歌うこの曲も、「心の痛手」同様、ここで多くを語るのはよそうと思います。
 目をつぶって聞いていると、たまらなく来るものがあります。
 個人的には、
『プラチナム』の、テイク9の方が、好みかも。エルヴィスの歌と、グレンのピアノに涙。

10. Never Again  (alternate take 11)1976年2月6-7日

I'm working into disrupted the whole room.
  この僕がみんなの(努力を)台無しにしてるってわけだ。
One, two, one, two, three...
  ワン、ツー、ワン、ツー、スリー...

 この曲は、以前から、私、特別に好きな曲なのですが、このヴァージョン。いやー、もう、涙、涙、涙。もう、私も、ボロボロです。
 夏至の日の午前2時にヘッドホンで聴く「ネヴァー・アゲイン」。これは、効きます。
 ヴィヴラートするエルヴィスの歌声が、胸に迫ります。
 この曲を聴きながら、英語歌詞と、赤沢忠之氏の対訳を併せて読むと、いつも、涙があふれてとまりません。
 最後の「Never ever never again/Never again」「決して二度とないだろう/絶対にもうありえない」のところでは、滝のようにぶわっーと涙が流れてしまいそうな、やりきれなさが私を襲います。
 思わず私もつい「ねーぇう゛ぁあー、えぇーう゛ぁー…」と、力(りき)入れて、エルヴィスなみの、ヴィヴラートを付けて、歌ってしまいます。(笑)
 悲しすぎる歌です。
 そして、美しい。
 この曲が録音されたのは、午後12時から午前3時まで、完成音源は、テイク14だそうです。このCDに収録されているのは、テイク11。何時頃に録音されたのかな。
 などと、真夜中に想像して、もの思いに耽り、詩人になるのも、たまにはいいでしょう。

 私は、いつも考える。
 私は、赦してもらえるのだろうか、 と。

11. Love Coming Down
       (alternate take 2 )1976年2月6-7日

 グレンのピアノと、ジェイムス達のアコースティック・ギターがすばらしい。
 ところどころで出現するグレンのピアノ、だかだか・だ・だ・だーん、というフレーズが印象的。
 2:22からの展開部が、静かに燃え上がる炎のようだ。
 最後も、グレンの、だかだか・だ・だ・だぁーん、というフレーズで終わる。
 すばらしい。

12. Blue Eyes Crying In The Rain
          (alternate take 2)1976年2月8日

I've jumped on rain.
  (ほかの曲をやめて)(Blue Eyes Crying In
  The)Rainに飛んじゃおう。
Ours will just be two.
  テイクはまだ2です。
Someone in the room:One, two, one two, one two...
  ワン、ツー、ワンツー、ワンツー...

 ジェイムス・バートン、グレン・D・ハーディンは、エミルー・ハリスのヨーロッパ公演に行くため、当日当地を離れたので、この2月8日の録音には参加しておりません。
 代役として、エルヴィスには馴染みのないビリー・サンフォード(ギター)。そしてボビー・エモンズ(E ピアノ)が演奏しています。
 ジェリー・シェフも、同じ日に去る予定になっていたため、同様にこの曲におけるベースは、お馴染み名手ノーバート・パトナムがプレイしています。

 エルヴィス、新たな境地とでもいいましょうか、軽いノリの感じの、なだらかな緩急のある素敵な曲です。

 さて、2月8日は、もう1曲録音する予定でしたが、この曲だけで終わり、また翌9日までレコーディングの予定だったそうですが、結局やる気がなかったのかエルヴィスは姿を現さず2月の録音はこれでおしまいです。
(このCDの最後に大・どんでん返しがあります…それはアメリ………  秘密)

13. It's Easy For You
        (alternate take 1)1976年10月29-30日

 前曲から時は経ち、8ヶ月後、ここからは、1976年10月の録音になります。
 この時のエルヴィスは、セッションを始めるだけの熱意さえ残っておらず、初日の晩になんとかかんとか3曲だけ録音することができました。それも1曲ごとにエルヴィスは部屋に戻ってしまい、そのたびにメンバーは、何時間も待たされる。そんな状態だったそうです。
 やはり、なにものかに蝕まれていたのでしょう。
 でも、曲だけ聴くと、そんなことはわかりません。素晴らしいものをエルヴィスは我々に残してくれました。

I get carried away very easily.
  僕ってすぐに乗せられるたちでね。
more she'll (be) sunk in a rage...
  (それで)彼女がどうしようもないほど怒るってわ
  けだ。
I will get a roll take one...
   テーク1の録音をします。

Roll.
  録音エンジニア:録音行きます。
One, two...
  部屋の中の誰か:ワン、ツー...

 驚きました!!!この、素(す)の「イッツ・イージー・フォー・ユー」は、なんなんだ。あまりのピュアさに、鳥肌が立ったぞ。
 既発テイクにあった、エコーだかなんだかかけまくりのドラムスのキョキョキョ感などが、宇宙の向こうに飛んで行ってしまっている。エルヴィスの歌声の奥まったような感じが、まったくなく、純度 100%である。同じ曲なのですが、まったく、別物と言ってもいいくらいです。
 いつも夜にしか会わない、美人だが厚化粧の某スナックの女性、亜紀子さん19歳(既発テイク)に、偶然、ある晴れた日の昼間、街を歩いていたらばったりと出会いました。
 あまりにも突然サダンリィだったので、ちょっと吃驚しましたが、夜の化粧をしていない、なぜかすっぴんの亜紀子さん(Alternate Take 1=このCDのテイク)は、でも、太陽の下でも、きれいで、美しかったです。あらためて、惚れ直してしまいました。
 そんな、感じ。

 バンド演奏スタジオ・ライヴによる「It's Easy For You 」。これは、まじ凄いです。個人的には、このCD最大の聴きものがこの曲でした。やっぱ、アンドリュー・ロイド・ウェーバー、すごいね。
(注:この曲を書いた人で、他にミュージカル「エビータ」、「キャッツ」(「メモリー」が有名))、「オペラ座の怪人」の作者でもある。)

14. Way Down  (alternate take 2) 1976年10月29-30日

 頭の先からノリノリの曲。
 エルヴィス最後の爆裂スタジオ録音が、最高級・最上級の凄まじい演奏とともに、ぶちまけられます。
 トニー・ブラウンと、デイヴィッド・ブリッグス両者の、ロケンロー鍵盤が、いかすノリを醸し出しております。今振り返ると、このふたりの鍵盤担当。とんでもないコンビであります。
(注:現在、トニー・ブラウンは、MCA RECORDS の社長、デイヴィッド・ブリッグスは、業界のエラい人。)

15. Pledging My Love
        (un-edited master) 1976年10月29-30日

 前曲よりは、軽めのノリの曲。
 トニー・ブラウンの、きょきょきょきょ…というピアノがかわいいですね。
 間奏のツイン・リード・ギターも、えぐい味があります。
 ジェリー・シェフのベース・ラインも、ええわー。
 ビートルズの「オー!・ダーリン」にも似たこのタイプの感じって、なにか固有名詞はあるのでしょうか。ご存じの方、教えてください。(注:後日、モンタナさん他から「ロッカ・バラード」ですと教えていただきました。ありがとうございます。)

 既発テイクは、フェイド・アウトですが、ここでは最後の最後まで聴くことが出来ます。そして、次の曲へのつながり方が、また、なんともにくい。 
 にくい、あんちくしょう。

16. He'll Have To Go
       (rough mix-master) 1976年10月30-31日

 エルヴィス、最後のスタジオ録音である。白鳥の歌。スワン・ソング。
 このときこれを吹き込んだとき、エルヴィスは、そんなことは夢にも思っていなかったであろうに…。

 私には、この曲で聞こえる両サイドのアコースティック・ギターが、とても天国的に聞こえます。
 アニメ「フランダースの犬」の最終回。真冬の場面。天上から舞い降りた天使達が、飢えと貧困と寒さと絶望に倒れてしまったネロとパトラッシュを、迎えに来ます。

 すべてに疲れたネロとパトラッシュの体を抱え、天使達は、ゆっくりと天上の世界へと昇ってゆきます。凍てついたネロとパトラッシュの心と体でしたが、それもとけて、安堵した表情を取り戻し、天に召されるふたり。
 そんな、天上から鳴り響くアコースティック・ギターのエンジェルな音が、まるで聴く者の体を抱え天上に運ぶように、この曲で、左右から舞い降り、暖かな雪のように降り注ぐのです。
 天国的な美しさです。

 また、この曲は、ラフ・ミックス・マスターということで、このCDの中で唯一、ストリングスの音が入っています。このトニー・ヴィスコンティ風のストリングスが、まったく過剰ではなく綺麗な音で、まるでバンシーの泣き声のように鳴っております。(注:banshee, banshie バンシー〔家に死人が出る時大声で泣いてそれを知らせる妖精〕)

 オリジナルは、ジム・リーヴス、1960年の大ヒット曲。テキサスの美声といわれた彼のクルーナー風の歌い方がさらりとした感触を与えてくれる、名曲です。
 エルヴィスの歌は、オリジナルを反転したような、地を這うような深い味わいのあるものです。谷崎潤一郎の表現を借用すると「廃頽した快感が古い葡萄酒の酔いのように魂をそそ」る歌唱とでもいいましょうか。(谷崎「秘密」より)

 この10月のセッション2日目の晩。エルヴィスはまったくジャングル・ルームに下りて来る気配はなく、フェルトン・ジャービスは、この曲の演奏のみ録音したそうです。エルヴィスのヴォーカルは、後から録音したようであります。
 この日、エルヴィスのもとに、彼が待ち望んだオートバイが届きました。録音を望むフェルトンにとっては、まったく邪魔なものが来たわけです。
 エルヴィスはみんなを外へつれ出して、邸内のあちこちをそのオートバイで走り回ったり、すぐ近所のリンダの家まで行くのを見せつけたりしたそうです。録音どころの話では、エルヴィスは、全然なかったわけです。

 このCDの裏ジャケで、エルヴィスがまたがっているのが、件の物件なのでしょうか。

 その後も、エルヴィスは、部屋に引きこもっていたかと思うと、銃を持って現れ、本気なのかジョークなのか分かりませんが、スピーカーを吹き飛ばすと宣言したそうです。
 程無くエルヴィスは、自ら謝りの言葉を述べて、これ以上セッションを継続することはできない気分だとはっきり表明したため、結果的に、この10月のスタジオ録音は、これで終わってしまいました。四曲だけで。

 「彼は「或阿呆の一生」を書き上げたのち、偶然ある古道具の店に剥製の白鳥のあるのを見つけた。それは頸を挙げて立っていたものの、黄ばんだ羽根さえ虫に食われていた。彼は彼の一生を思い、涙や冷笑のこみあげるのを感じた。」(「或阿呆の一生」四十九 剥製の白鳥 芥川龍之介)

17. Fire Down Below(instrumental)   1976年11月1日

 全国5000万人のジェリー・シェフ・ファンの皆様。たいへんお待んたせいたしました。
 その存在は知りながらも幻となっていた、TCBバンド・フェンダー・ベース/ジェリー・シェフ!作曲の、"There Is A Fire Down Below"を、このCDで初めて聴くことが出来ました。感謝。

 この曲、歌がないので、もともとインスト曲だよといわれても、頷いてしまうほどに完成された曲だと、私は、感じました。さすが、ジェリー・シェフ!そのことからかえって、歌メロと歌詞がどんなのだったのか知りたかったりする私です。
 RCAのジョウン・ディアリー氏のインタビューによると、「Fire Down Below」について、誰かがヴォーカルを入れたテープは6リールありますが、エルヴィスのヴォーカルはありません。とのこと。(月刊エルヴィスNo.17(May 1983)より)
ということは、歌詞やメロディは、あるということなんでしょうね。
 エル友、タケルさんの情報によると、フェルトン・ジャービスは、なんとかエルヴィスをその気にさせてヴォーカルを吹き込ませようと、ツアー先にもこのテープをずっと持って歩いていたそうです。
 しかし、それは実現することはなかった…

 今までのエルヴィスの曲にはないタイプで、しかも、ノリノリ・ロケンロー・タイプの曲です。
 もし、エルヴィスが、この曲を歌っていたらと想像すると、楽しく、また悔やまれます。

 さて、先程も少し書きましたが、この曲が終わった後、空白秒少しの後。なんととんでもないものが、雲間から少しだけ射した太陽の光のように、突然現れます。
 これから初めてこのCDを聴く人のために、その事について書くのは止めておき、今回は筆を置くことといたします。お騒がせしました
 サンキュー。サンキュー・ベリーマッチ。 

(文中、CD会話部分の聴取りと対訳は、コーキー・対良さんによるものです。その他、本原稿作成にあたりコーキーさんには多大なるご協力、お力添えをいただきました。深く感謝申し上げます。)
(また、norimakiさんにも、多大なるご協力、お力添えをいただきました。厚くお礼申し上げます。)


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