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セオドア・ゼルディンの「フランス人」について

垂水 洋子 翻訳家
1999年10月7日(木曜日)

 「フランス人」は1983年にフランスで出版されるとベスト・セラーになり、ゼルディンは、フランス人よりフランス人をよく知っているイギリス人という評価をえた。愛や家族、文化や趣味、労使の対立、農民や小売商、あるいは移民労働者、ユダヤ人への対し方、フェミニズムなど30項目について論じたフランス人論であるが、本書の魅力は各項目に登場するフランス人の多様さ、多彩さにあろう。これら多数のフランス人がそれぞれの生活や心情を率直に語り、著者の主張を証言、あるいは著者が司会をつとめるかたちで、これらの発言をもとにひとつの項目が構成されてゆく。週刊誌「ル・ポワン」は「歴史学の古典的方法と社会学の調査技術がこれほど巧みに結合されたことはない」と賛辞を送って紹介した。セオドア・ゼルディンは1933年に生れ、フランス近代史を研究する歴史家であり、オクスフォード大学教授である。1973年から77年にかけて仏訳、出版された長大な著書「フランス人の情熱の歴史1848年−1945年」で、すでに「フランス人」の成功は約束されていた。「愛と野心」「誇りと知性」「趣味と退廃」「怒りと政治」「不安と偽善」の5つのテーマをそれぞれ1冊におさめている。フランス人がこれらの問題にいかに情熱を傾けてきたかをめんめんとつづり、現代のフランス人の両親、祖父、曽祖父たちの姿を描き切った。

 著者の目的は、フランス人がいかにフランス的か、フランス人らしいかを説くことではない。むしろ既成のフランス人像を打破し、現代に生きるすべての人間が抱える問題を考えることにある。日本人読者へのことばで、「これは日本人について、日本人論でもあります」と述べている。国家と個人の関係、政治的、社会的対立の研究にフランスは著者にとってかっこうのフィールドなのだ。有名シェフやデザイナーの信条や手法を披露し、食欲をそそる場面もある一方、統計に現われたフランス人の衣料費が、近隣諸国に比べて低いことなど、意外な事実も知らされる。食卓でのもてなし方では、ブルデューの調査結果の紹介がある。労働者、小ブルジョア階級では、客をご馳走攻めにする傾向があるのに対し、上層階級では、料理も雰囲気も軽く、しゃれていることを重んじる、と。労使対立の項目では、フランスが革命のあった国であるにもかかわらずかなりの階級社会であることをはっきりと指摘している。

 現代ではブルジョアと労働者の区別は明確ではない。そこで著者はフランス人を3つのグループに分けることを提案する。乱暴にまとめると、命令するのが好きな人々、命令する人に無条件に反発する人々、こうした関係を脱し、自由に生きようとする人々である。この第3のグループに属するのが、68年(1968年の五月革命)の人々であり、外交官から木工職人になった人、「リベラシオン」紙創刊に携わった人々などが紹介されている。とくに同紙創刊時の理想を再検討しながら継続させてゆく経過は興味深い。

 本書が出版されてほぼ15年、「68年」から20年経過した。今年度のノーベル平和賞を受賞した「国境なき医師団」が68年世代であると「フランス2」のニュースで聞いたときは、深い感慨をおぼえた。1994年にイギリスで出版されたゼルディンの著書 メAn Intimate History of Humanityモ が去る5月邦訳(「悩む人間の物語」NHK出版)された。古今東西の人間を結ぶきずなについて考えさせられる本である。この中でゼルディンは国境なき医師団の代表ベルナール・クルシュネールの悲痛な体験を伝えている。同じ信念をもつ者同士がこの信念の解釈をめぐって対立し、悲惨な結果を生むことがある。目標をわずかに共有し、だれが上位につくかに煩わされない人々の協力関係が目的を達成しやすい、と。

(文責・垂水洋子)


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