「保革コアビタシオンの前途」
倉田保雄
「日仏会館図書室友の会」第１回公開講演会は、１９９７年７月１０日の第１回総会のあとに行われた。当日は、ジャーナリストの倉田保雄講師に、「保革コアビタシオンの前途」と題し、最新の情報資料にもとづいて講演していただき、１６名が参加した。以下は、その講演要旨である。
保守のシラク大統領と左翼連合のジョスパン内閣という保革コアビタシオン政権が、この６月に成立し、注目を集めている。日本では、これを「保革共存」政権と訳しているが、フランス語の
とは「同棲」を意味しており、「共存」と同格に扱うことはできない。日本語でも「彼と彼女は同棲している」とはいうが、「共存している」とはいわない。このような政治現象はフランス特有のもので、第５共和制憲法のもとでは、大統領任期は７年、議会の任期は５年なので、大統領任期中の総選挙で、大統領与党が敗れれば、保革コアビタシオン政権が誕生するためである。今回は、シラク側が保革の力関係を誤算して敗北した。
では、なぜ「コアビタシオン」というのか。この場合、大統領（シラク）と首相（ジョスパン）の関係は、正式に結婚しているカップルではなく、同棲関係にあり、その間の「同棲の機微」が政治をうごかしているとみるからで、単なる共存ではそれは無理、というわけである。
ミッテラン大統領１４年の在任中にも、２回にわたりその前例がある。最初はミッテランとシラク首相（保）のコンビ（１９８８−８８年）で、２度目はミッテランとバラデュール首相（保）とのコンビ（９３−９５年）がそれである。ただし前２回は国民会議の任期５年満了による結果だったが、今回は５年満了（９８年）以前の議会解散により誕生した、という大きな違いがある。この社会民主主義的潮流の復調は、ドイツ、スペイン、英国労働党政権にも見られる傾向である。
ところで、今回の「コアビタシオン」政権には、［１］シラクとジョスパンのそれのほか、以下にみる多くの「同棲関係」がのりあわせている点が、その前途を考えるのに参考となる。
まず、［２］ジョスパンの PS と PC と Vert、つまり社会党・共産党・緑の党の相乗りがあり、さらに［３］閣僚中に女性が８名もいる。この男女平等政権は、文字どおり「男女コアビタシオン」政治を地でいく観がある。これには、社会党の女性三羽ガラス（マルティーヌ・オブリ雇用・連帯相、エリザベート・ギグ法相、セゴレーヌ・ロワヤル社会教育相）以下、カトリーヌ・トロットマン文化通信相、緑の党のドミニック・ボワネ国土整備・環境相や共産党のマリ=ジョルジュ・ビュッフェ青年・スポーツ相、ミッシェル・ドメシーヌ運輸・観光相など、多彩である。もっとも、退陣したジュッペ内閣の当初の女性閣僚１０名のうち、最後まで残った２名以外は「追放」されている。思想傾向では、［４］ジョスパンと社会党内部の２派−長老派の Elephant （ミッシェル・ロカール）と青年トルコ党的急進派 Jeune Turc や、シュベーヌマンらを受け入れている。
このほか、興味深いのは、［５］カトリック派とプロテスタント派の「同棲」である。フランスの全人口では、80 % 対 2 % の両派が、今回の同政権にあっては、なぜかプロテスタントはが少なくない。ジョスパンその人はむろんのこと、Ｍ．ロカール、ルイ・ジョックス、さらに知日家で、日仏会館のかつてのパンショネールだったクリスチアン・ソテール経済相もまたプロテスタントで、さきの女性閣僚トロットマンはユグノーである。しかもかれらには離婚者が多い。
政策課題についてみても、［６］シラク＝ジョスパン政権には、財政再建とＥＵの盟主フランスのが移行政策の枠がはめられている点も呉越同舟である。また［７］閣僚の多くが国立行政学院（ENA）出身のトップ・エリートで、ENA が保革の潤滑油になっている点も見逃せない。
シラクの任期はあと５年あるが、いまの力関係は当分逆転し難く、５年後の大統領選挙は総選挙と同時にかさなる異例の事態になるだろう。ポスト・シラクにむけて、以上にみてきた「同棲」関係はどう作用するか、大いに注目されるところである。
（文責・筆宝康之）
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