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第16回

『百科全書』の種本探し

小関武史 一橋大学講師
2001年 5月24日(木曜日)

 『百科全書』はフランス啓蒙思想の集大成として位置づけられている。しかし、つぶさに内容を検討すると、多くの項目が他の文献からの引き写しであることに気づく。すなわち、『百科全書』にはおびただしい数の「種本(典拠)」が存在するのである。この事実は必ずしも『百科全書』の価値を貶めるものではない。他の文献を写してはならないという共通理解は存在しなかったこと、事業の大きさを考慮すれば剽窃が不可欠だったこと、剽窃の結果として知識が一箇所に集積されたこと、などがその理由として挙げられる。
 種本さがしによって、『百科全書』研究には二種類の効果が期待される。第一は直接的効果で、種本と項目との異同を検討することにより、項目執筆者の見解を明らかにしうる。項目執筆者の思想は、原文のうちどれをそのまま残し、どれを削ったかという点に現れているからである。第二に、ある分野に関する先行文献は多くあるはずで、そのうちどれを選びどれを捨てたかによって、執筆者の思想を間接的に推察しうるという効果もある。
 さて、実際に種本を突き止めるには種々の困難が伴う。そして困難の種類に応じて対処法も異なって来る。第一に、種本に関する情報が完全に欠如している場合がある。しかし、手がかりが全くないわけではない。『百科全書』ではある分野の項目が特定の人物に任されることが多く、その人物は自分の気に入った文献をもとに項目を書いている可能性が高い。したがって、ある項目の種本となっている文献は、別の項目の種本でもあることが多い。そうした基本文献を博捜すれば、『百科全書』の項目に取りこまれた部分を発見するのは比較的容易である。第二に、情報が部分的に欠如している場合がある(書名の一部省略など)。そういうときは欠落部分の復元に努めることになるが、フランス国立図書館の目録が電子化された現在、復元作業は以前とは比べものにならないくらい容易になった。第三に、種本に関する情報に虚偽が混じっている場合があり、これが最も厄介である。剽窃は『百科全書』だけが行っていたことではなく、『百科全書』の種本Aに別の種本Bが存在していることも珍しくない。往々にして『百科全書』の項目にはBの文献名だけが残されており、Bこそ種本だと早合点する危険は常にある。単に内容が重なるというだけでは、直接的な引用関係の証明にはならず、かならず実物を綿密に検討する姿勢が要求される。
 このように、種本の探索は地道な調査の積み重ねであるが、『百科全書』研究の環境整備のためにはこうした研究が必要不可欠である。

(文責・小関武史)


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