松五郎の玉手箱
MASTUGORO'S TAMATEBAKO                                      HP  一覧
ここは我輩の情報保管箱です。(メール、新聞・雑誌の記事、手紙・葉書の投書 等々)
【保管ファイルNo.54】

22. 5. 7 わしは・・・渡辺に違和感、鳩山に親近感

【正論】拓殖大学学長・渡辺利夫 鳩山政権を蝕む「反国家」の思想     (ソース:産経新聞WEB)

 国家といいたくないから市民社会といい、国民ともいいにくいので市民というような感覚の指導者が日本には少なくない。往時の自民党の大幹事長が“私は国民というより市民という表現を好む”といった趣旨のことをテレビで語っていたのを思い起こす。
 鳩山由紀夫氏が首相になるしばらく前まで「地球市民」という言葉を多用していたと友人から聞かされた。“日本は日本人だけが住まうところではない”と書いた鳩山氏の文章を読んで強い違和感を覚えたことは私にもある。

 ≪国家や共同体の価値認めず≫

 首相の言葉遣いがあまりに軽佻浮薄、閣僚の発言もばらばら、一体、指導者が日本をどこに導いていこうとしているのかがまことに不鮮明だ、というのがマスコミによる現政権批判の常套句である。
 そうだろうか。永住外国人への地方参政権付与や選択的夫婦別姓制度や人権侵害救済のための法案などがいずれ上程される可能性がある。東アジア共同体の創成といった構想も打ち出されている。これらを眺めるだけでも、民主党の政治家たちが胸中に秘めている思想の在処にはある特定のベクトルがあって、彼らがめざす日本の将来像は決して不鮮明なものだとは私には思えない。むしろ思想は鮮明なのではないか。
 国家とか共同体といったものに価値を求めず、国家や共同体に拘束されない自由な「個」を善きものとみなす思想である。主権国家という空間、国民国家が紡いできた歴史、つまりは空間的、歴史的な「境界」概念を希薄化させ、むしろ境界意識を無効化させることが「個」としての「市民」には欠かせないという規範である。
 この規範が「ポストモダニズム(超近代)」なる思想である。思想としては曖昧で多義的に過ぎよう。しかし、むしろ定義が曖昧で多様な意味と感覚を盛り込めるがゆえに社会の「雰囲気」を包容的に示し、しかもこの概念には、問わず語りに社会の向かうべき方向性までが暗示されている。

 ≪現実性欠いた東アジア共同体≫

 特定の領域と領域内に住まう人々のうえに君臨する唯一の合法的な権力が国家であり、武力とナショナリズムをもって自国を防衛するという主権国家の時代が「モダン」である。対照的に「ポストモダン」の時代においては、経済や立法や防衛などについては主権国家の意思決定にかえて国際的な枠組みや条約が強力となり、内政と外政の区別が曖昧化し、かかる状態を求むべき規範とする思想がポストモダニズムである。
 確かにEU(欧州連合)においては単一市場が形成され、単一通貨ユーロと共通通商政策が導入され、これらを保障するEU法が国内法に優先する超国家的統合が実現されつつある。安全保障面からみればEUは「不戦共同体」となったかの感がある。人々はナショナリズムから遠く離れ、「個」としての市民的自由のありようのみが問われるべき関心となっている。

 しかし、日本はEUの一員ではない。日本はナショナリズムと反日を国是とする「モダン」の国々を近在に擁する。ナショナリズムと反日の海の中で、日本がひとりポストナショナリズムの涼しい顔で船を漕いでいるという奇妙な構図が東アジアである。東アジアの地政学的状況は、欧米とは異なる。にもかかわらずポストモダニズムそれ自体が「善きもの」として日本人に受け入れられ、これが欧州はもとより東アジアにおいても妥当性をもつかのごとくに思考されてしまっている。
 東アジア共同体は、共通通貨と恒久的安全保障枠組みの形成をめざすという。可能とは思われない。日中関係、日韓関係は半世紀近くをかけてなお氷解していない。氷解していないどころか、中国は尖閣諸島の領有に並々ならぬ意欲をもち、韓国は竹島の不法支配をますます強固なものとしている。東シナ海の制海権はほどなく中国に握られよう。北朝鮮の核ミサイル保有宣言もそう遠い日のことではあるまい。

 ≪夫婦別姓で家族の解体へ≫

 @永住外国人の地方参政権は、地方自治体の反国家的行動の抑止を難しくさせる権利となるかもしれない。A選択的夫婦別姓制度は血族・姻族・配偶関係を不透明なものとし、家族という共同体の基礎を毀損してしまいかねない。B人権侵害救済法は、「反差別」の名のもとに黒々とした情念をたぎらせる反国家集団の排除を困難とし、時に権力の内部に彼らを招き入れてしまう危険な可能性がある。
 現政権の政治家たちが抱く国家像は不鮮明のようでいて、多少とも遠目からこれを眺めれば、ポストモダニズムという危うい思想を現実化するためのいくつかの提言から成り立っていることがわかる。日本の近現代史において稀なる国家解体の思想である。
 現代に生きる日本人の多くが多かれ少なかれ抱えもつ「わが内なるポストモダニズム」を真摯にみつめ、国家共同体としての日本に改めて覚醒しなければならないと思うのである。(わたなべ としお) 

cogito:
@永住外国人の地方参政権は、地方自治体の反国家的行動の抑止を難しくさせる権利。
 Que:一億火の玉でまた戦争に突っ込むというのか。
A選択的夫婦別姓制度は血族・姻族・配偶関係を不透明なものとし、家族という共同体の基礎を毀損。
 Que:夫婦別姓制度で家族という共同体の基礎が毀損されている国をあげてみろよ。
B人権侵害救済法は「反差別」の名のもとに黒々とした情念をたぎらせる反国家集団の排除を困難とする。
 Que:「反国家集団」とは何ぞや。「天皇を中心とする神の国」に反する見解をもつ集団かや?


【保管ファイルNo.53】

22. 5. 5 NPT再検討会議

NPT再検討会議:米核弾頭5113発 透明性強調、他国に軍縮迫る

 クリントン米国務長官は3日、ニューヨークの国連本部で同日開幕した核拡散防止条約(NPT)再検討会議で演説、米国の保有核弾頭数を公表すると述べた。米国防総省は同日、戦略・戦術核や備蓄分も含め昨年9月末現在で5113発を保有すると明らかにした。機密だった核弾頭数を全面的に公表するのは異例で冷戦後初めて。秘密のベールに覆われた「核の世界」に説明責任を持ち込むことは、他の核保有国に情報公開や核軍縮を迫る圧力にもなる。【ニューヨーク大治朋子、モスクワ大木俊治、テヘラン鵜塚健】

 今回発表された国防総省の資料によると、核弾頭数は冷戦期だった1967年の3万1255発をピークに漸減し、ベルリンの壁崩壊を機に激減。91年に2万発を切り、ソ連(ロシア)との第1次、第2次戦略兵器削減条約調印などを経て、04年に1万発を割り、07年から5000発台になっている。国防総省は94年から昨年までに解体した核弾頭は8748発とした。

 ただ、現有の5113発には既に退役し、廃棄待ちの核弾頭「数千発」は含まれておらず、AP通信などによると全体の数は8000〜9000発程度になるという。

 核保有国が核弾頭数をあいまいにしてきたのは、核抑止力を実態以上に大きく見せたり、核軍縮の義務をあいまいにできる利点があったからだ。公表したことで、核軍縮のスタート地点が明確になる。国防総省は「世界の核保有の透明性を高めることが、核不拡散や今後の削減努力に重要になる」とした。

 同省高官は記者団に「米国は機密解除により(情報公開の)基準を示した。特に中国には透明性の確保を求めたい」と述べるなどその軍事力を「不透明」と非難する中国に姿勢転換を求める戦術だったことも示唆した。

 公表のもう一つの狙いは、非核国の核保有国に対する不公平感を解消し、核不拡散体制の強化に向けた協力を取り付けたいという思惑だ。

 3日、クリントン長官に先立ち非同盟諸国の代表として演説したインドネシア外相は「(米国など核保有国は)国際社会の期待を満たしていない」と指摘。「さらなる核軍縮の努力が必要だ」と訴え、不満を示した。

 オバマ政権は今年4月、ロシアとの新しい戦略核削減条約「新START」に調印し、配備済みの弾頭の上限数をそれぞれ1550に制限した。だが、弾頭数の数え方が複雑で、実際に削減する量は両国とも200発未満との指摘もある。対象は射程の長い戦略核のうち配備済みのものに限られ、配備外の戦略核に加え、戦術核は対象から外されている。こうしたあいまいさが非核国の不信を呼んでいる。

 そもそも人類を何度も滅亡させることが可能な数千もの核弾頭を保有する必要があるのか。公表で非核国から批判が起こる可能性もある。

 他の核保有国の受け止め方は冷静だ。米国と並ぶ核大国のロシアの専門家で、軍事誌「国防」のコロチェンコ編集長は「数字の公表に大きな意味はない。核保有の透明性を主張するパフォーマンスとしてロシアが同様の公表措置をとる可能性もある」とみる。

 米国が公表した核弾頭数は、第1次戦略兵器削減条約(START1)に基づき米露が相互に通告してきた数字と大差ない。4月に調印された新STARTでも相互通告は義務付けられた。ロシアの軍事研究所によると、昨年8月の相互通告では戦略核と戦術核を合わせて、米国が保有する核弾頭数は5573発、ロシアは3906発だった。このうち戦略核は運搬手段の数も相互通告している。

 ただ、実際の核軍縮交渉では見せかけの核弾頭数よりも備蓄弾頭の扱いや検証方法、ミサイルなどの運搬手段が大きな争点になってきた。戦術核の運搬手段については両国間の取り決めはなく、今回の公表ではこうした問題は解決されない。

 ◇脅迫だ/違反、自動的に罰を イランと米、強気の応酬

 3日のNPT再検討会議ではイランのアフマディネジャド大統領も演説、クリントン長官と非難の応酬を繰り広げた。イランが大統領まで送り込んだのは、NPT順守の姿勢を強調、ウラン濃縮を巡る国連安保理の追加制裁を回避する狙いがある。米国側にはイランを参加国の中で孤立させて議事妨害を防ぐ意図がありそうだ。

 アフマディネジャド大統領は「核兵器でイランや他の国を脅迫している」と米国を非難。「核の平和利用を続ける」とあくまでウラン濃縮を続行する意思を明確にした。

 イランが強気の態度を取るのは恐怖の裏返しとの見方もある。オバマ政権は先月の「核態勢見直し(NPR)」の中で、イランや北朝鮮を核攻撃の対象から除外しなかった。「過剰なまでの反応は強い危機感の裏返しだ」とテヘランの外交筋は分析する。

 イランは制裁回避に躍起だ。イランのアホンザデ外務次官は再検討会議を前に毎日新聞と会見し、核兵器廃絶に向けた研究機関をテヘランに設置する方針を明らかにした。この機関が中心となり、今年4月にテヘランで開いた核軍縮国際会議を来年も開催する。国際社会の批判をそらす狙いがある。

 一方、クリントン長官は演説でウラン濃縮活動を続けるイランは「国際社会から孤立し、その圧力に直面している」と反撃。「イランはこの中で唯一、国際原子力機関(IAEA)の包括的保障措置協定に従わない国だ」と強調。違反を「自動的に罰する」制度を検討する必要があると提案した。

 アフマディネジャド大統領はイスラエルの核兵器保有もやり玉にあげ、95年の再検討会議での中東非核化決議の即時履行も求めた。今後、全会一致が原則の再検討会議を混乱させる可能性もある。05年の前回と同様に非核国が核保有国に反発、イランがそれを利用して最終文書に合意ができない事態もありうる。そうなれば「NPT体制の深刻な危機だ」と国連外交筋は懸念する。 (ソース:毎日新聞)

2009年時点の核兵器保有国(および疑惑国) (ソース:ウィキペディア)

国 名

戦略核弾頭数

核弾頭数合計

初核実験の年(実験名)

NPT

CTBT

NPTにおける核保有国(五大国)

アメリカ合衆国

2,126

9,400

1945年 トリニティ

批准

署名

ロシア(旧 ソビエト連邦)

2,668

13,000

1949年 RDS-1

批准

批准

イギリス

160

185

1952年 ハリケーン

批准

批准

フランス

300

300

1960年 ジェルボアーズ・ブルー

批准

批准

中国

180

240

1964年 596

批准

署名

その他の核保有国(NPT非批准国)

インド

60

60-80

1974年 核実験

パキスタン

60

70-90

1998年 核実験

北朝鮮

10以下

10以下

2006年 核実験

脱退

核保有の疑いが強い国

イスラエル

80

80

1979年? ヴェラ事件

署名


【保管ファイルNo.52】

22. 5. 4 米国の「全世界即時攻撃」計画と、「核戦争の危険性」

 米国防総省は、論争を呼んでいる「全地球即時攻撃」プロジェクトについて、[2014年の配備を目指し、]2011年にはおよそ2億4000万ドルの予算を付けたいと考えている。このプロジェクトの最終目標は、地球上のほとんどすべての場所を1、2時間以内に攻撃できる武器の開発だ。
 だが、2億4000万ドルという金額は、ほんのわずかな頭金にすぎない。技術開発途上であるため、総額がわからないのだ。公的にはミサイル1基につき5億ドルかかる可能性があるとされているが、10億ドルするだろうという予測もある。
 米国防総省はこの目的を達成するため、3種類の技術の開発を推し進めている。その1つ目は、核弾頭を搭載した大陸間弾頭ミサイル(ICBM)を通常弾頭に取り替えて再配備するというものだ。だがこれは、他国がこのミサイルを核ミサイルと誤認し、核ミサイルで反撃する事態を誘発する危険性を抱えている。
 ブッシュ政権は、論争を呼んだこのICBM再配備構想を再三にわたって推し進めようとしたが、そのたびに議会は予算を付けることを拒んだ。その理由はきわめて明快だ。このミサイルは見た目も飛び方も核ミサイルとまるっきり同じなため、ロシアあるいは中国から核ミサイルが発射されてハルマゲドンとなってしまう可能性があるからだ。当時のプーチン大統領はその危険性を警告していた。
 計画を支持する側は、ブッシュ政権での計画が潜水艦を使うものだったのに対し、現在の計画は地上基地からの打ち上げになることを指摘し、ロシアや中国にあらかじめ情報を与えておけば誤解は生じないし、両国はレーダーで違いを認識できるだろうと主張している。しかし、パキスタンやインド、イスラエルやイランといった国が独自のミサイルを開発していたらどうだろうか。多極的な世界では、「全地球即時攻撃」プロジェクトが危険を呼ぶ可能性は高いはずだ。
 米国防総省による2つ目の取り組みは、音速の5?6倍で飛ぶことのできる短距離巡航ミサイルの開発だ(『B-52』が5万フィート上空まで運び、発射する方式、動画参照)。超音速実験機『X-51 WaveRider』の飛行テストは2009年12月に予定されていたが、障害があり、2010年5月まで延期されている。
「全地球即時攻撃」計画に向けた米国防総省による3つ目の取り組みは、音速の20倍で飛ぶグライダーだ。
 米国防高等研究計画局(DARPA)は『Falcon』(Force Application and Launch from Continental United States)プロジェクトで、極超音速技術実証機『HTV-2』(Hypersonic Technology Vehicle 2)等を開発している。
 HTV-2の初の飛行テスト(PDF)は、4月23日(米国時間)に行なわれた。この実験では、カリフォルニア州からロケットで宇宙にまで打ち上げられ、そこで切り離されて大気圏に突入し、音速の20倍の速度で飛行しながら、30分後に、およそ7600キロメートル離れたクェゼリン環礁の北部に着水する予定だった。
[クェゼリン環礁はマーシャル諸島にある世界最大級の環礁で、97の小島と礁湖からなる。米軍はマーシャル諸島共和国政府から11の島を賃借し、ロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場を設置している。ここから長距離弾道ミサイルを発射し、カリフォルニア州ヴァンデンバーグ空軍基地から迎撃側のミサイルを打ち上げる等の実験を行なっている]
 浮力を高めるために薄っぺらいクサビ型をしたHTV-2には、極超音速飛行の厳しい環境に耐えられるように炭素繊維強化炭素複合材料が使われ、精度を上げるための自動ナビゲーション・システムが搭載されていた。地球に帰還する他の宇宙船よりも低い迎角で、より遠く、より正確な位置まで飛ぶことが期待されていた。
 だが、実験は完全には成功しなかった。大気圏のなかでマッハ20を超える速度で制御された飛行を行なうことには成功したものの、打ち上げから9分後、HTV-2からの通信は途絶えてしまったのだ。DARPAは現在、その原因の究明に取り組んでいる。
[2011年はじめにHTV-2の再実験が予定されている。Falcon計画について紹介した2003年の日本語版記事はこちら。以下はFalcon計画の別の実験機『HTV-3X』("Blackswift")を紹介するコンセプト動画。マッハ6を実現したが、2009年に予算が停止された]  (ソース:WIRED VISION)

【保管ファイルNo.51】

22. 4.30 年間150億!「50年間発病ゼロ」狂犬病予防行政の実態は獣医師の利権確保?

 ペット大国と言われる日本。街を歩いて散歩中の犬に出くわさない日はない。
 (社)ペットフード協会の調べでは、2008年の日本国内における犬猫飼育頭数は約2,683万9,000頭(犬:1,310万1,000、猫:1,373万8,000)。また、(株)矢野経済研究所が調べたペットフード、ペット用品、生体などを含めた08年度ペット関連市場は1兆1,371億円。02年度と比較して、実に15%も拡大している。
 日本でペット頭数が増え続けている理由について、矢野経済研究所は調査結果の中で、「社会環境が変化し、家族とのつながりが以前より希薄になってきている中で、近年ペットをパートナーとして家族同様に扱い、また同時にペットに"癒し"を求める傾向が強まっている」と分析。世知辛い世の中で生きる現代人にとって、心を癒してくれるペットは生きるうえでのパートナーというわけだ。
 人間社会に欠かすことができないペットゆえに、一緒に暮らすからには「家族」としての義務も求められる。その代表例の一つが、犬の登録と狂犬病予防注射だ。狂犬病予防法では、生後90日を経過した犬には、市町村への登録と年一回の狂犬病予防注射が義務付けられている。罰則規定もあり、違反者には20万円以下の罰金というから、けっこう厳しいのだ。
 ところがこの予防注射、法律で義務付けられているものの、全国すべての飼い主が遵守しているわけではない。埼玉県に住む40代男性は、これまで飼った3頭の犬に、ほとんど注射を受けさせたことがないという。
「年3,000円の予防注射代がもったいないわけじゃない(笑)。単純に必要ないですよ。日本では狂犬病は50年以上前に根絶している。年一回の義務化は過剰だと思う。そもそも、狂犬病予防法ってサンフランシスコ講和条約の時代にできた法律でしょう。当時は必要だっただろうけど、なぜ見直しがされないのかむしろ不思議」と訝しがる。
 また、都内で2匹のミニチュアダックスを飼っている30代女性も、注射を受けたのは最初の1回だけ。今後は受けるつもりはないという。
「アメリカから来た友達に話したら『信じられない』と驚かれて、初めて日本が特殊なんだと知った。アメリカでは狂犬病はまだ根絶されていないけど、3年に1度でいいらしい。それでも狂犬病が蔓延したという話はない。ググってみたら、こんなことしてるの日本だけみたい」
 法律が過剰なのか飼い主のエゴなのかの議論はさておき、たしかに狂犬病予防法が施行されたのは1950年。国内における狂犬病患者は1956年を最後に確認されていない。半世紀以上前に根絶されている狂犬病の予防接種が、今も法律で毎年義務付けられていることについて、監督官庁である農水省はどう考えているのか。
「根絶したから必要ないと言いますが、毎年徹底した予防行政を行っているから抑えられているんです。それに、中国や韓国、インドネシアなどでは発生が増えており、近隣アジアとの交流が活発な現代では予断は許さない。狂犬病は一度発生してしまったら助かることがない恐ろしい病気ですから、年一回の予防注射は必要だと考えています」(畜水産安全管理課)
 しかし、国内約1,300万頭の飼い犬のうち予防注射を受けているのは、実は全体の4割程度に過ぎない。1,300万頭の6割にあたる約780万頭が、注射を受けずに"放置"されていることになる。にも関わらず狂犬病の発生はゼロなのだ。これについて同省は「今まで無いからこれからも無いとは言えない。たまたま出なかったとも言える」と譲らない。神奈川県内のある獣医師はこれについて「うーん、奇跡ということでいいんじゃないの?」と笑顔で答えてくれた。果たして、年一回の予防注射義務化は本当に必要なのだろうか。
 これについて、ワクチンの安全性という面から警笛を鳴らすのは、「公益財団法人どうぶつ基金」の佐上邦久理事長だ。
「予防注射に使われる狂犬病組織培養不活化ワクチンは、意外に知られていませんが、非常に副作用の強い危険な薬なんです。イギリスの調査報告によると、ワクチンの副作用として大腸炎やてんかん、脳障害、心臓病、すい臓病などが報告されています。また、アメリカでもてんかんや筋肉の脱力脳脊髄炎、意識喪失、死亡などが報告されています。最悪の場合はショック死する犬もいるのです」
 海外で衝撃的な事例が報告されている狂犬病ワクチン。日本国内も例外ではない。農林水産省動物医薬品検査所のホームページでは、「副作用情報データベース」のコーナーで、薬品による様々な副作用事例を公開している。試しにキーワード欄に「狂犬病」と打ち込んで検索してみると、平成14年から現在まで145件(4月16日現在)の狂犬病予防注射による副作用報告が抽出され、その半数以上が「摂取後に死亡」していることがわかる。
 たとえば、平成20年10月29日に報告された雌のチワワ(5月齢)の死亡例では、注射後に「嘔吐、脱糞が認められていることや病理解剖所見より、ワクチンによる遅発性のアナフィラキシーショックの可能性が高い」としたうえで、ワクチンとの因果関係について「因果関係があると考えられる」としている。また、平成20年5月4日に報告された雄のウェルシュコーギー(9歳)では、注射後に「多量の血様液(ピンク色)が鼻より流出」して死亡し、「ワクチンに対するアレルギーが原因となって発症したという可能性が否定できない」との所見が記録されている。
 これら死亡原因が狂犬病ワクチンであると科学的に断定するには、「死亡例のサンプルを収集し、ウィルス学的、免疫学的、病態学的、病理組織学的根拠を出す必要がある」(獣医学研究者)というものの、現状ではそこまでの実験を農水省は行っていない。ただ、「いずれにしても副作用が強いことは事実だし、何よりこうした情報が飼い主たちへ十分に周知されていない」(同)と指摘する声もある。
 副作用で死亡する可能性がある危険な薬が横行している現状について、「ワクチン代で稼ぐ獣医師たちの利権が背後にある」というのは、前出の「公益財団法人どうぶつ基金」理事長の佐上氏だ。
「予防注射の代金は2,500円〜3,000円ですが、ワクチンの仕入れ価格は約300円。ほとんど技術料です。注射を受ける犬の数が全国で年間約500万頭なので、原価との差額が2,500〜3,000円とすれば単純計算で120〜150億円の利権が存在することになる。集団接種の場合、各地の獣医師会が地元保健所から委託されて仕切り、獣医師会に一旦プールしたお金から日当として各獣医師へ配当されるのが一般的。予防注射が4〜6月に行われるため、獣医師業界では『春のボーナス』と呼ばれています」
 日本全国の獣医師に絡んだ"利権"150億円という数字が莫大かどうかは判断が分かれるところだが、あくまで春の臨時収入という前提と、仕入れ価格が300円前後であることを勘案すれば、極めて高い利益率であることは間違いない。さらに言えば、300円という原価でありながら3,000円前後に設定している注射代金の根拠もあいまいだ。関東の複数の保健所に電話で問い合わせたところ、「ずっと前からそうしている」を繰り返すだけで、どこも積算根拠は「特にない」との回答だった。
 また、甲信越地方のベテラン保健所職員は次のように言う。
「保健所が金額のことをとやかく言って獣医師会がヘソを曲げたら困る。限られた期間で、法で定められた注射を済ますには獣医師会に頼むしかないのだから。地元に獣医師会は一つしかないので、行政はどうしても立場が弱くなる。うちの地域はまだいいほうだけど、よその県では獣医師会がえらい威張ってるとこがあるらしいからね」
 佐上氏は言う。
「6割が予防接種を受けていない状態で、狂犬病発生が50年間ゼロというのが何よりのケーススタディ。今後も発生する可能性は限りなくゼロに近い。発病すれば死亡するのも事実ですが、実は噛まれた後からでも発病までの数週間から数カ月以内にワクチンを打てば、ほぼ100%完治する珍しい病気なんです。でもそういう営業上都合の悪いことはほとんど知らされない。万が一狂犬病が発生しても事後の対処で十分です。それより、犬が副作用で死んでしまうリスクのほうが大きいという合理的な考えから、日本以外の根絶国では義務化を廃止していると考えられます。日本でも、死んでいく犬の命の重さを考えた法改正が必要です」
 3月24日に参議院会館で行われた民主党議員による「犬や猫等の殺処分を禁止する議員連盟」(座長:生方幸夫副幹事長)の勉強会へ講師として呼ばれた佐上氏は、集まった30人ほどの議員を前にして次のように語った。
「およそ800万頭近い犬が注射を受けていないのに、狂犬病にかかる犬が50年間一匹もいない。先進国の狂犬病根絶国で狂犬病ワクチンを毎年義務化している国は日本だけです。いまだ狂犬病があるアメリカでさえ、動物愛護協会が3年に一度の摂取を推奨しているだけ。オーストラリアでは副作用の危険性から使用を差し控えているという話もある。それほど危険な薬が獣医師の利権のために使用され続けていることが大きな問題です。また、鑑札や注射済票が無い犬は、捕獲されると狂犬病の疑いがあるという前提で検診もされずに殺処分されてしまう。動物愛護法の精神にも矛盾します。狂犬病予防法5条、6条を早急に改正して注射の義務化を廃止するとともに、施行後60年が経過して賞味期限切れとなった法律全体を、抜本的に見直すことが必要です」
 議員立法を経て法改正までたどりつかなければ、犬を「死」という副作用から守ることは不可能なのだろうか。佐上氏は続ける。
「いえ、現行法のままでも飼い主が愛犬を守る方法はあります。狂犬病予防接種は法により義務付けられてはいますが、例外として副作用を伴う疑いがある場合は接種しなくてもいいことになっています。飼い主さんはワクチンが死を伴うリスクがあることを理解して、獣医師による十分な診断のうえで摂取を受けるべきでしょう」
 都内の獣医師に以上の話をぶつけてみると、匿名を条件に次のように本音を語ってくれた。
「飼い主を欺いて利権確保する今のやり方を時代遅れと感じてる獣医師も最近は多い。それに、"本業"でしっかり儲けてる都市部の獣医師は"春のボーナス"のありがたみが無いから、獣医師会に加盟しない人も少なくない。都心部では加盟率70%くらいだと聞く。独力で稼げる医師と、獣医師会に頼らざるをえない層との二極化が進み、会自体が弱体化してるとも言われている。獣医師会のボス連中は現行法を堅持するため旧与党の代議士に献金したり、関係省庁にロビー活動をしてきたと聞いたことはあるけど、自分らは詳しいことは知らない。それに政権も変わったし、今後はどうなるのか......」
 永住外国人地方参政権や夫婦別姓など「トンデモ法案のゴリ押し」(自民党若手議員)や、普天間基地の移設や子ども手当ての支給などで迷走続きの民主党。支持率も17.2%(4月16日・時事世論調査より)と超低空飛行を続ける中で、今夏の参院選に大きく不安を残しているのが現状だ。
 前述の議員会館での勉強会の後、薬害肝炎訴訟の福田えりこ議員と言葉を交わす佐上氏の姿があった。
「薬品会社や医師の利益のために副作用を無視して命が奪われていく構図は、薬害肝炎と同じですねと言うと、福田さんは大きくうなずいてくれました。ペット業界団体や獣医師会とのしがらみのない若い議員に期待したいです」
 参院選へ向けて亀井静香金融担当相が取り込みを図っていると言われる郵政票が最大でおよそ100万票。一方、飼い犬登録数から勘案される犬の飼い主の総数は、その10倍となる約1,000万人だ。全国の「飼い主票」獲得へ向けた政策提言は、党の支持率回復へ向けた起爆剤となる可能性を秘めていると言えるだろう。
(2010年04月25日18時20分 / 提供:日刊サイゾー / 文=浮島さとし)  

【保管ファイルNo.50】

07.12.15 気になる記事 100歳爺の言葉が重い

特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか

 松原泰道さん  <おちおち死んではいられない>

 ◇最期はお任せしなさい−−禅僧・100歳・松原泰道さん

 ◇痛ければ「いた〜い」と叫び、悲しかったらあんあん泣いたらいい

 垣根のツバキが紅白の花を開いていた。東京・三田の名刹(めいさつ)、臨済宗龍源寺。100歳を迎えて、なお現役という前住職の松原泰道さんがつえをついて歩いてきた。「眼鏡も補聴器も限界でね。こうして対なら聞こえるんです」。テーブルを挟んで対面するのではなく、隣にちょこんと座らせていただく。なんだか、孫がおじいさんに教えを請いに来たような図である。

 ■

 この一年を振り返る。子が親を殺し、老舗は商品を偽って売り、役人のトップは接待ゴルフ三昧(ざんまい)。いったい、礼儀正しく、正直で、勤勉であったはずの日本人はどこへ行ってしまったのでしょう。

 「そういうひとごとのような話し方が、私は不満でね」。いきなり、ピシャリ。「自分の国だということを忘れているんじゃないの。『日本はどうなるんでしょう』ではなくて『日本はどうしたらいいのか』です。そこが明治の人間と考え方が違う。こうしなきゃいけないんだという強い気持ちが欠けている。戦前・戦中の滅私奉公を唱える教育の反動で、自我を主張することを強調してきた戦後教育の弊害でしょうか」

 それでは、どうしたらよろしいのでしょう。

 「まずは謙虚に反省することです。人間は万物の霊長だ、という思い上がった気持ちを捨てて、パスカルが言うように『人間は、自然の中でもいちばん弱いものだ』と貶(おとし)めて考える必要がある。そうすると、人間の尊厳は考えることにある、と気づく。あらゆるものから学ぶことです。現代人は教えよう教えようとしている。そうではなく、学べば学ぶほど自分の足りないところが見えてくるもの。そうすると、自然に謙虚な気持ちになれます」

 ちまたでは「KY(空気が読めない)」などという言葉がはやっているが、いま、日本人に本当に必要なのは、結論を急がず、立ち止まって、ものごとの本質を見極めることではないか。

 「リンゴは熟したら落ちる。万人がその現象を見ているのに、引力に最初に気づいたのはニュートンでした。松尾芭蕉に『よく見れば薺(なずな)花咲く垣根かな』という句があります。薺はペンペン草で、義理にもきれいとは言えない。ところが、小さな花が人知れず咲いているところに美を見いだした。そうした心の受信装置を備えることが大事ですね。その感度を磨けば磨くほど、いろんなことをキャッチできるようになるんです」

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 ところが、現代人はインターネットだ、ケータイだと手軽さにかまけて、本をじっくり読んだり、深く考えたりするという習慣を失いつつある。

 「父親に『辞書は引くものではなく、聞くものだ』とよく言われたものです。なるほど、広辞苑を広げていると、面白い発見があります。ある時、人間の『間(ま)』の字について聞いてみたら、『あいだ』『すきま』などと常識でわかる意味のあと、6番目に素晴らしい解釈が載っていました。『めぐりあわせ』です。網の目を思い浮かべてください。網の目は無数にあるけれど、ひとつだけでは存在できません。また、たったひとつでも欠けていたら、網全体が成り立ちません。そのかけがえのない網の目のひとつが自分だということですよ。網の目は『ふち』が隣の目と共通ですが、これを漢字に当てはめると『縁(えん)』になる。『人間は生まれて、生きさせてもらって、ご恩返しに他を活(い)かす』ということです」

 石原慎太郎都知事とは、72年に出版してベストセラーとなった「般若心経入門」に推薦文を寄せてもらって以来の仲。9月にも上寿祝いの訪問を受けた。その時、贈られた村山大島紬(つむぎ)のはんてんを羽織る。

 「あの意志の強い人が、死が怖いって言うんです。江戸末期に博多の聖福寺(しょうふくじ)の住職を務めた仙香iせんがい)という名僧がいました。死に際、弟子たちから最後の言葉を求められ、『死にとうない』と言った。『ご冗談ではなく、本当のことを』と再び求められると『ほんまに、ほんまに、死にとうない』と言ったそうです。痛ければ『いた〜い、いたい』と叫べばいい。悲しかったら、あんあん泣いたらいいんです。死ぬ間際まで、格好いい言葉を残そうなんて色気を出すことはない。生きるときは精いっぱい生きて、死ぬときはお任せする。それが禅の生き方です」

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 仏の教えをわかりやすく説く伝道を始めて70年、超宗派の「南無の会」会長を務めて30年が過ぎた。辻(つじ)説法は今も月1回、近くの喫茶店で続けている。

 「20人ぐらいしか入れませんが、お話をした後、有志5、6人とお酒を飲む。これが楽しみで、昼間は『南無の会』、夜は『飲むの会』なんてね。結婚式の披露宴でキャンドルサービスというのがあるでしょ。新郎新婦が客席のろうそく一本一本に火をともしてゆく。世の中が乱れているとか、暗いとか嘆いているだけではだめで、一人一人の心が明るくなるように、キャンドルサービスのような気持ちで法話を続けています。人のお役に立つ人間になろう。そういう願いをもって生きてほしいですね」

 「もう一歩進んで」と話は続く。「人のために生きるには、学問や資財はいりません。逆境のときの方が、人のお役に立てることがあります。例えば、病気のとき。同じ病気で苦しむ患者の代表だと思えば、自分の生き方が多くの患者さんの励みになることがある。健康な人より同病の人に慰めてもらった方がうれしいものです」

 100歳の誕生日(11月23日)の翌日、龍源寺で南無の会の集いがあった。遺書にこう記したと明かし、会場を沸かせた。「私が死ぬその日は、地獄での説法の初日でございます。『千の風(になって)』ではないけれど、私はお墓の下におりませんので」。話の続きが聞けるのなら、地獄に落ちるのも悪くない。

 寺の門を出て、垣根のツバキを再び見つめた。この寒さをもう少しこらえれば、その先に春の訪れが待ってるよ。そう教えられたような気がした。合掌。【大槻英二】

(ソース: 毎日新聞 2007年12月14日 東京夕刊)  


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