<行政資料集 1>

『コミュニティ』という語の概念

『社会学辞典』(福武直・日高六郎・高橋徹 編/有斐閣、1971)


『日本には「コミュニティ」は弥生時代以来存在したことがない。』という意見をもらった。「コミュニティ」という語の定義の認識の差であろうが、「コミュニティ」の存在しない社会など在るはずもない。ゲゼルシャフト、ゲマインシャフト、村落共同体、農村共同体、コンミューン、オプシチーナ、惣、講、模合、契、寄り合い、等など何と呼ぼうと一定の集団があればその集団が集約的な意思を共有しようがしまいがそれは「コミュニティ」と呼んで差支えなかろう。この「葛飾区再成案」で意図されている「コミュニティ」とは『人間がともに住み、ともに属することによって、おのずから他の地域と区別されるような社会的特徴が現われる。それのみでなく、そこに住む人々は人間生活全体にわたる関心を持ち、したがってそこには共同体感情も生まれる。』といった漠としたものである。一定地域の一定期間の限定的な「コミュニティ」の定義に基づくものではない。
 私が学生時代に使っていた社会学の辞典から関係項目を以下掲載する。爾来30年近く経過し社会学自体進んだことであろうが私の中の基本的な概念はこの辞典と共に眠っている。

コミュニティ (英)community

 マッキーヴァーにより、社会類型の理論としてコミュニテイ(共同体)とアソシエーション(結社体)の対置概念が提出されて以来、コミュニティは基本的な社会学概念となってきた。彼にいわせれば、「コミュニティの基本的指標は人の社会的諸関係のすべてがその内部で見出されうるということである」。つまり、人間の共同生活が行なわれる一定の地域である。人間がともに住み、ともに属することによって、おのずから他の地域と区別されるような社会的特徴が現われる。それのみでなく、そこに住む人々は人間生活全体にわたる関心を持ち、したがってそこには共同体感情も生まれる。つまり「コミュニティの基礎は地域性と共同体感情である」。

 しかしコミュニティの概念は、社会学の基礎概念として明確なようで、実は必ずしも確立されているとはいえない。もともとコミュニティ論は、アメリカにおいては、農村社会をどのようにして把握するかという行政その他の実用問題から起こった。初期(今世紀初頭)には、たとえばウィルソンは、「取引の中心地から馬車で日帰りできる距離内の地域」がそれであると概念づけていたし、実際にはギャルピンが、地図法を用いてコミュニティを見出そうとしていた。この伝統をうけて、アメリカ社会学では、コミュニティを地域概念として捉えることが、ほぼ共通な見解となっている。しかし、この地域概念はそれ自体あいまいであって、理念型としての社会の分類概念に昇華させた場合はともかくとして、実体概念として理論化するには種々の問題がある。そのため、たとえばフェアチャイルドは、コミュニティの特徴として「自給自足」とそうした集団に個人を結びつける「感情や態度の総体」とをあげ、テンニエスの流れをくむヘバーレは「血縁関係」と特徴づけ、さらに「客観的構造そのものではなく、その構造の存在の自覚とそれから生ずる権利や義務の認知」で構成づけられたものとしている。その他にも、ギンズバーグは「規則の共通の体系によって結びつけられたもの」、オグバーンとニムコフは「制度の集合体」とそれぞれ規定している。これらはいずれも、地域性の強調に加えて、コミュニティの特質をより明確に捉えんとして立てた概念である。つまり、単なる地域概念では、農村共同体・都鄙共同体・国民共同体、ひいては国際共同体まで拡がってゆくこの内容を、他の部分と区別して明確化することは不十分だったからである。

 日本では、コミュニティに「共同体」という訳語を付すことが多いが、この場合の共同体は,マルクスによって「資本制生産に先行する諸形態」として捉えられた共同体、したがって経済史的個別概念とは全く別個のものであり、その意味ではむしろ「地域社会」ないしは「地域圏」という訳語をつけるべきである。(松原治郎)

 

コミュニティ・オーガナイゼーション (英)community organization

しいて訳せば「地域社会組織化」である。地域社会解体の対語。地域社会解体よりもより積極的な意味を与えられて使用されている。社会福祉学の主要領域の一つとされているが、教育学の分野においても重要な問題領域となっている。コミュニティ・オーガナイゼーションは種々の側面から規定することができる。たとえば、コミュニティの住民の人間関係、つまり価値=態度体系を調整して、コミュニティの所与の目的を実現できるように彼らを機能させること、あるいは、住民の生活欲求とコミュニティの資源とのバランスをとること、あるいはまた、種々の集団と制度とを統合してそれらがある共同目的を志向している横能体系の一部をなすようにすること、などである。これらの規定は相互に矛盾するものではなく、それぞれ同一の機能的関係の一面をついているものであるから、むしろ相補う関係にある。要するに、コミュニティの種々の目的を実現できるょうに、物的・人的資源を調整・適応させる過程である、ということができよう。しかし、ここに種々の問題が随伴する。1)オーガナイゼーションの主体の問題――これはコミュニティの住民自身であり、彼らが自らの問題を発見して自主的に参加するというのが、コミュニティ・オーガナイゼーションの本来のあり方である。2)指導者、いわゆるコミュニティ・オーガナイゼーション・ワーカーの問題――つまり、誰が問題の発見や活動の進め方において彼らを導くかである。これは彼らがみずから選出するという形で解決される。3)他のコミュニティとの機能的関係の問題――コミュニティ・オーガナイゼーションが失敗すると、コミュニティは解体して、種々の病的兆候、たとえば文盲・不就学・公的不衛生・犯罪・政治腐敗などの現象が生ずる。(大橋薫)

 

地域社会解体(英)community disorganization

 コミュニティ・オーガナイゼーション(地域社会組織化)の反対概念である。住民が地域社会の種々な目標、たとえば生活環境衛生、貧困者の救済、投票率の向上、青少年不良化ないし非行の防止、就学率の向上、長期欠席児童対策、老人福祉、リクリエーション活動といった種々な目標に対する態度や見解の一致を欠き、調和的協力活動が阻害される現象、つまり機能障害現象をいう。地域社会解体は、具体的には、住民の地域社会の福祉に対する無関心、地域社会活動に対する参与の減退、指導性の欠如などとなって現われるが、その外的兆候として、前述の少年非行・貧困・長欠児童・文盲などのいわゆる病理現象が発生するわけである。地域解体の要因としては、社会的移動、文化的遅滞現象、個人解体などの諸要因などがあげられる。解体地域を再組織化することを「地域社会再組織化」というが、実際的にはコミュニティ・オーガナイゼ−ションがこれにあたる。(大橋薫)


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