映画館がやってきた! 映画鑑賞記

マクベス(ジョン・フィンチ)

■DATA 監督/ロマン・ポランスキー(1971年,英国(コロンビア),140分)
マクベス/ジョン・フィンチ, マクベス夫人/フランチェスカ・アニス, バンクオー/マーティン・ショー, マクダフ/テレンス・ベイラー, ダンカン/ニコラス・シルビー

Story

 戦いの帰り道、マクベスは三人の魔女に「やがては王になられるお方」と預言される。
 良き知らせは一刻も早くと、妻に手紙をしたためるが、その晩王はマクベスの居城に 泊まる。王は息子に位を継ぐ意志を皆に継げるが、預言の成就を願うマクベス夫妻は 夜陰に紛れて王を殺害し、危険を感じた王子は逃亡する。
 こうしてマクベスは王になるのだが…

感想

[2000.9.17]レンタル(VHS) ★☆
 シェイクスピア四大悲劇の一つ"Macbeth"である。
 シェイクスピア劇というとセリフの密度が高くて、舞台は言葉で埋め尽くされるものだが、 この映画は極めて映画的に処理されていて「重苦しい無音」のシーンも多く、従って筋は かなり忠実に作られているがセリフのカットは多い。
 それが狙いかどうかは知らぬが、今時の大概のビデオソフトが美しくレストアされて いるのに比べ、本作は71年(29年前)の作品であることを自ら主張するかのように、 退色して限りなくモノクロームに近い浅い色、コントラストで、大昔のスコットランドの 憂鬱な空を感じさせるのは確かだ。
 物語は怪異な容貌の三人の魔女が湿地を掘り返し、首吊りの縄、切り落とされた腕を 納め、その手に短剣を握らせ、血を滴らせ…と邪な魔術を行うシーンから始まり、 いきなりグロテスクで悪夢のような世界が広がる。
 マクベス(ジョン・フィンチ)は、スコットランド一の猛将であり、武勇に知性を 併せ持った若く健康的な魂を持った男と見えるが、だからこそ、魔女の予言に転落 していく様が痛々しく引き立つようだ。
 監督の狙いがどこにあったかは知らず、とにかく本作は流血の狂気が生々しく 描かれていて、真っ直ぐ、殺した者の血の海を越えて突き進んでいくマクベスを 深く描いている。
 ひたすらの流血に、退色して赤錆びた色のスクリーンがまるで古い血糊で描か れた画ではないかと思われるほどの憂鬱さだが、バーナムの森が動き、 最後の一騎打ちのシーンでの壮絶な斬り合いのシーンは、赤いモノクロームの世界 に麻痺しかけた目が覚めるような激しさで物語を締めている。
 本作に描かれた「血の海を前に、前に進むしかない衝動」を見ると、新国立劇場 のマクベス(2000.9.9)の演出をした鐘下氏の小文にある「子孫繁栄という人間の持 つ本能へと戦いを挑んだ理性の人、マクベス」という見方が如何にも知性か ロマンチシズムに偏った解釈に感じられてくる。
 洗っても洗っても落とすことの出来ない血。敵の血が皮膚の下にまで潜り込み こびり付き離れない忌まわしさ。その本能的恐怖は、この映画で十分にマクベス の悲劇を語った。
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文:唐澤 清彦 映画館がやってきた!