2劇通信・幕の内タケ第5号 1996年(平成8年)11月5日
作者・四夜原 茂が語る
「騙(だま)される」素質について
四夜原 それでもよかったんだけど、もっと具体的にする必要があってね。で、「騙された」。どう、君なんか騙されやすい方だろう?
−結構ね。最高に騙された体験は、あげくに外務省のお世話になったことね。 サギ師に鮮やかに取られちゃったの、命の次に大事なパスポート。 国家から電話をもらったのは初めてだって、オフクロ喜んでたねぇ。
四夜原 ひどいドジだな。聞くけど、何で騙されたんだろう。
−さあ。今思えば究極のバカ状態と認めるけど、イスタンブールという港町の魅力に頭のネジが百本ブッ飛んでいたように思うよ。
四夜原 そこに観光気分をあおるサギ師の登場。
−ハマムやらモスクやらイスタンブールのフルコースを味わわせたところで、 見事に一丁あがり。
四夜原 なるほど。そこに騙しの図式がきれいに見てとれるね。
−図式。何それ?
四夜原 まずキーはね、欲望だよ。騙しが成立するには両者にそれがなくちゃならない。君のケースで言えば、騙した方のサギ師の欲望はわかりやすい。金品にパスポート。で、騙された君の側にも欲望がちゃんとあって、それは多分、異国の地でチヤホヤされるほどの出会いを運命的と取り違えて、そのラッキーを完結させたかったのよ。つまり状況と自分に酔いたい欲望だね。
−なるほど、近い気がする。図式はわかったよ。 今回はどんな話しになるの?
四夜原 前作「流された」の続編になるね。 あれはひと組のカップルが無人島に流れ着く話しだったけど...。
−二人はまたもや流されて...。
四夜原 たどり着くのが病院ね。
−なんでまた?
四夜原 だってほら、病院は不安の巣窟じやない。 40才を前にした男・きよしが、病院にやってくるわけ。
−年齢にこだわるねえ、40才に。
四夜原 自分に近いからね。40才に近づくと、不安の種が尽きなくなる。 体の不調、人生への閉塞感、それに孤独。病院にやってきた男もそんなひとりさ。 そこでひょんな不安の芽を指摘される。ちょっと変ですねって。
−病院のちょっとは、意味深だよね。
四夜原 そう。不安はどんどん増幅する。
そうなると人間は希望を求めてワラにもすがるよね。ほとんど欲望のとりこになる。そこにスッと、騙しの図式が滑り込んでくる。
−病気に騙し。なんかブラックな展開。
四夜原 決して辛い芝居にはならない。腕の見せ所だよ。 男は病院の女医やらにどんどん騙されてゆくけど、そこからが本当のポイント。
−どうなるの?
四夜原 つまり欲望のとりこという点で、騙す側も騙される側もいっしょ。 何かのきっかけで立場はすぐに入れ替わるわけよ。お客様には、 はて騙す側はどっちか、その混乱ぶりを楽しんでもらえると思うよ。
−なるほど。じや、早く台本あげてね。
四夜原 わかってるよ。で、パスボート取られた後の気分はどうだった?
−再発行まで20日近くかかったんだけど、落ち込んだのは最初の二日かな。 後は何だかサバサバしてたね、こりゃどうしようもないって。 おかげで、同宿の日本人たちにチヤホヤされて...。
四夜原 また騙された?
−いや。 ラーメンと称するしょうゆスープのスパゲッテイを夜ごとふるまわれたよ。
四夜原 ほら、やっぱり騙された。