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週刊「エコノミスト」2005年 7月19日号掲載



インタビュー 園部逸夫・元最高裁判事

「環境訴訟」という新しい訴訴訟形態が生まれる。

行政処分の取り消し訴訟を起こすことができる原告の範囲(原告適格)を広げる改正行政事件訴訟法が4月に施行された。これによって、行政訴訟の“門前払い”は少なくなるのか。園部逸夫・元最高裁判事に聞いた。

そのべ いつお●1929年生まれ。京都大学法学部卒業。同大学助教授のあと、70年東京地裁判事、最高裁上席調査官、筑波大学教授、成蹊大学教授などを経て89年最高裁判事。99年退官。現在は弁護士、立命館大学客員教授、外務省参与などをつとめる。




 裁判所は中身の審理を

―― 行政事件訴訟法の改正で、行政訴訟の原告適格のワクが広がりました。意味をどのように考えますか。

■かつては最高裁でも、原告適格についてはかなり厳しい判断をしてきました。しかし、少しずつ門戸を広げようというのが、大きな流れになってきました。
 一例が「長沼ナイキ訴訟」(1969年提訴) でした。私は当時最高裁の調査官だったのですが、付近住民が訴訟を起こせる仕組みはないかと探したのです。たまたま関係の法律に保安林について、利害関係者の利益を守る法律があった。その法律をもとにして厳密に原告適格を認めたのです。
 今年5月に住民敗訴の最高裁判決が出た「もんじゅ訴訟」(85年提訴)もそうです。「もんじゅ訴訟」が最初92年に最高裁に上がってきたとき、私は最高裁判事でした。原発からどれくらい離れていれば訴えの利益があるか、原告適格があるか、という論点についてだけ最高裁に上がってきたのです。そこで、原告適格をかなり広く認めて、差し戻した。その後、中身の審理を1審からやり直して、今回の最高裁判決になったわけです。
 行政事件の場合は、訴えの利益や原告適格があるかどうかということが、最高裁まで争われます。中身の判断ではなく、争えるかどうかが最高裁まで上がっていく。これはおかしな話です。原告適格については第1審で判断して、あとは中身の審理をするようにしようという方向に動いているのだと思います。


―― そこで、行政事件訴訟法9条に2項が付け加えられたのですね。

■行訴法9条には、行政訴訟を起こすことができるのは、「法律上の利益を有する者に限り」と規定されていました。この「法律上の利益」とは、いかにもわかりやすいようで、こんな難しい言葉はないんです。一般的に言えば、法律に書いてあることであり、法律に書いてあること以外はだめだということになる。ところが、最高裁の判断が変わってきて、もっと幅広く認めるようになってきたから話がややこしくなってきました。
 裁判所によって判断が変わることになったのです。長沼ナイキ訴訟のように、裁判所側に原告適格を認めようという気持ちがあれば、関連法律を見つけてそれが可能になる。ところが、「どこにも書いてありません」と門前払いしてしまうことも可能です。結局、裁判所の、ある意味で窓意的な判断になり、同じ訴訟でも、裁判所によって認める、認めないの判断が違ってくることになります。その結果、最後は垂日岡親が決めてくれる、ということになってしまうのです。
 今回の改正で、この9条に「法律上の利益の有無を判断するに当たっては、当該処分または裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく…」という2項が追加されました。それなら「法律上の利益」という言葉をやめたらいいじゃないかと、私なんかは思うのですが、長年裁判所が、行政事件で慣れ親しんできた言葉だからやめられない。そこで2項という解釈規定を付け加えたのです。


 小田急訴訟が試金石

―― 法改正後、原告適格についての最高裁の初めての判断ということで、東京の小田急訴訟が注目されています。

■たまたま継続中の裁判で、9条2項について、判断をしなければならなくなったということです。本来同訴訟を審理する小法廷が判断するだろうと思っていたのですが、原告適格についての論点だけが、大法廷に持ち込まれました。これまで原告適格については最高裁でもいくつかの判例があります。それらの判例を変更するのか、あるいは変更せずに判例に沿った形で解釈するのか、といったところが注目されているのでしょう。
 小田急訴訟の被告・国側の答弁書はそれを見越して、9条の2項をつぶさに眺めでも、住民には争う資格はないということを述べていますし、原告の沿線住民としては、せっかくこの規定ができたのだから、最高裁で原告適格について判断してほしいと思っているでしょうね。

―― 最高裁が判例を変更するとすれば、環状6号繰訴訟の「平成11年判決」(99年)だと言われていますが。

■環状6号線道路の拡幅事業の認可等取り消し訴訟で、最高裁第一小法廷は地権者以外の沿道住民の原告適格を認めなかった。当時私はすでに最高裁を辞めていましたが、元へ戻ったような感覚をもちました。行政事件訴訟法改正の趣旨から考えて、平成11年判決を変更することになるのか、9粂2項の趣旨に照らしても、その判例を維持することができるというのか、私は何とも言えないですね。
 はっきり言えるのは、そこで今後の行政事件の原告適格についての裁判所としての基本方針を決めるわけですから、改正規定がほんとうに生きるか、あるいはあまり活用されないか、その境目になるということです。

―― 園部さんはもともと原告適格のワクを広げようという持論をおもちでした。

■私は原告適格をもっと広げたほうがいいと以前から言ってきました。行政訴訟の中身の判断で、たとえば敗訴するのは仕方がないが、門前払いにするような判断は、裁判所としてはやめたはうがいい。
 そもそも訴訟には主観訴訟と客観訴訟があり、現在の行政事件訴訟は基本的には主観訴訟です。個々人の権利や利益が本当に侵害されているかどうかを争っ。そうすると、例えば小田急訴訟でも、沿線のどこに住んでいるかによって、どんな利益がどのように侵害されたかは、個人によってずいぶん違う。それを中身に立ち入って調べなければならない。一方の客観訴訟は本来の住民訴訟です。地方公共団体の財務会計上のミスに対して、是正を求めるといった訴訟です。これは納税者でありさえすればいい。
 私は、その中間に環境利益≠守ることを軸にした「環境訴訟」と呼ぶべきものがあると考えています。個々の住民の利益の問題よりも、もう少し範囲を広げたもの。それを「環境」という言葉でくくれるかどうかはわかりませんが、9条の2項の規定によって、主観訴訟でもない、客観訴訟でもない、新しい形の訴訟形態が生まれてくると考えています。 (聞き手=西 和久・編集部)


長沼内規訴訟
北海道長沼町に自衛隊ミサイル基地を建設するため、国が国有林の保安林指定を解除したのに対し、反対派住民が1969年「自衛隊は意見であり、保安林解除は違法」として提訴。1審札幌地裁(73年)は自衛隊意見判決を下したが、2進札幌高裁(76年)は高度の政治性を持つ国家好意は明白な違憲違法でない限り司法審査の対象外という統治行為論から原告の訴えを却下。最高裁判決(82年)は2審判決を支持し上告を棄却。

小田急訴訟
東京都世田谷区の小田急線高架化事業に反対する沿線住民が、国が都市計画事業として認可したのは違法だとして、国に認可処分の取り消しを求めた訴訟。1審東京地裁(2001年)は、原告の内側道部分の地権者9人に原告適格を認め、国に取り消しを命じた。2審東京高裁(03年)は、高架化事業を側道とを切り離して、全員の原告適格を否定し、1審判決を取り消した。

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