資料集目次へ▲  ホームページへ▲


「法律時報」2004年12月号【法律時評】に掲載


特別企画・・・小田急高架訴訟上告の論点

小田急訴訟上告の意義

斉 藤  驍


はじめに

 小田急小田原線線増連続立体交差事業(以下「本件連立事業」という。高架複々線事業とも言われるが、この事業の一部である鉄道事業に着目して使われる通称であることに留意すべきである。その由縁は後述する)都市計画事業認可取消請求訴訟は、一九九四年六月東京地方裁判所に提訴され、二〇〇一年一〇月、ようやく住民側全面勝訴(裁判長・藤山雅行)となったが、官側はこれに服さず、東京高等裁判所に控訴した。二〇〇三年一二月、同高裁(裁判長・矢崎秀一)は、住民側の主張をことごとく斥け、第一審判決を覆滅した。住民は直ちに最高裁判所に上告した。同上告は本年四月一日、最高裁判所第一小法廷(裁判長・泉徳治)に係属し、現在審理中である。この事件は複雑かつ大規模であり、また道路・鉄道・再開発という市民生活と直結したものであるだけに、この上告の意義は多岐にわたるが、その重要なところの結論を整理すれば、下記の七項目になるだろう。結論から逆に論ずるのはわかりにくいかもしれないが、議論が散漫にならないようにするためなので、お許しいただきたい。七項目のうち、特に重要なものについて順次述べる。

 最後に、この事業を支配する要である建設省と運輸省の「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定」(以下「建運協定」という)が、単に官がほしいままにできる「法」ではなく、まさに国民による法の支配を実現するために、裁判所が依拠すべき法であることを論じて、結びとしたい。

 なお、下記の2、3、5については、奥平康弘氏が詳細に論じられているので、直接には論じない。


 1.連続立体交差事業が、道路・鉄道・再開発を三位一体とした日本最大の公共事業であることを明らかにしたこと。

 2.被害救済のみならず、公私を越えて公共事業のあり方そのものを問うたものであること。言い換えれば、被害を媒介として公共事業に対する国民のアクセスを裁判の場で確立すること。

 3.公共事業と国民主権、法の支配を軸とする今日的憲法原理との関わりを初めて本格的に問うものであること。

 4.公共事業の内的構造を解析し、そこにおける財政政策、金融政策、都市政策等の根幹に迫り、政・官・財癒着の実務の中枢である官権政治の本質を究明し、官の「法」のシステム、所謂「内部規範」の役割を、憲法原理的にも機能的にも析出し、これを法の支配のもとにおく、言い換えれば国民の手に取り戻すことを求めていること。

 5.環境の意味を、今求められつつある文明論の角度から捉え直し、その憲法上の意義を明確にするとともに、騒音被害等、所謂生活環境の被害を軽視せず、その大きさと歴史的意味を把握することを求めていること。――被害論の再構築

 6.都市環境の回復と確立、車社会からの脱却を具体的代替案(高架方式に対する地下方式等)を提示して、実現しようとしていること。

 7.行政事件訴訟法改正(本年六月)後の初めての大型行政訴訟になることから、この改正の積極的側面を最大限活用し、この点における専門家との協力も、かつてないものであること。


一、日本最大の公共事業である本件連立事業のカラクリと現況

 連続立体交差事業(複線の場合は単純連続立体交差、複々線のように線を増やす場合は線増連続立体交差という)は、単なる鉄道事業ではなく、道路をつくり(新設、拡幅)都市を「再開発」することを目的としたものである。鉄道事業は道路、再開発に附帯するものと位置づけられ、その故に道路特定財源を主軸とする事業費の実に九三%(平成四年、後記の建運協定の改正により八六%に縮減された)の公費が投入されてきたのである。したがって、このために投入される本当の事業費は、道路建設、そのための用地の取得、再開発事業費等を含めなければならず、その額は巨大なものになる。

 本件連立事業は、梅ケ丘駅付近から成城学園前駅付近に至る、鉄道でいえば僅か六・四キロメートルに過ぎない。その事業費は東京都が公表したデータ(これも住民側の運動と訴訟の結果である)からすれば、二四〇〇億円(用地費一四五〇億、工事費九五〇億)にとどまるが、道路事業、再開発事業を加算すると、優に一兆円を超えるのである。

 したがって、その利権は莫大なものがある。贈収賄のような矯小なものではない。バブルの時代に東京を中心に全国の都市部において次々と計画され、施行された。官側はこれを称して「連続立体交差都市再開発事業」と言い切っている。現在においても不況対策になるとして、全国六二箇所で施行されている。この巨大な不動産再開発は、やり方を間違えると、沿線住民に騒音、日照、景観等に大きな被害を生じさせるばかりでなく、大気汚染、ヒートアイランド現象等の道路再開発公害を惹起し、都市環境を一気に破壊することになる。

 この巨大な事業を律してきたのが、道路法等に基づく建運協定(昭和四四年九月制定)である。昭和四四(一九六九)年といえば、高度成長により車社会が到来した時期であり、建運協定はその象徴と中ってよい。この協定により、連立事業調査要綱(以下「要綱」という)が定められ、基礎調査のやり方、高架・地下代替案の比較(環境、事業費等がその基準)設計、そこから選択されたものの概略設計、これに対する.アセスメント等が定められ、これらの検証を経たものを都市計画案(鉄道、道路、再開発)として作成することとされている。この都市計画案ができれば、国の事業採択がなされ、都市計画決定までの説明会や環境アセスメント等、一連の手続に先述の補助金が国から投入される。したがって、この要綱およびこれによる調査は、この事業において決定的な役割を担っており、いわば文部科学省の学習指導要領のようなものである。

 ところが、本件事業において、官側はその利権を手中にするために、住民の反対が極めて強い「高級住宅地」とされる成城学園を除いて、全て高架方式でやると計画し、現在東京都により施工されている。しかしこの沿線は、成城学園には及ばないものの、庭があり、緑があり、豪徳寺(安政の大獄で有名な大老井伊直弼の菩提寺)等の寺社仏閣、代官屋敷等、由緒あるところが多く、うるおいが残されている住宅地である。このようなところに高架複々線を設けることは愚の骨頂であった。もとより住民の反対は三〇年以上も続いている。環境のレベルで地下・高架を比較した場合、地下がはるかに優れていることは過言を要しない常識である。したがって、住民は地下化を要求し続けていた。これを充分承知していた官側は、第一に調査要綱の不可欠の比較基準である環境の観点を比較基準から外し、第二に事業費の比較を誤魔化して、あたかも地下は高架の二倍近く費用がかかるかのような評価を作出し、公式・非公式の場でこのことを強調してきた。高架は地下より安く速くできるというわけである。

 しかしこれは全く事実に反する。地下の場合は、住民も協力するから速くできるし、事業費も地下二線二層シールド方式ならば用地買収がほとんど要らなくなり、事業費は高架の約二分の一でできるのである。また、環境を比較の基準としないということは、すなわち騒音等の鉄道公害、道路再開発による大気汚染等をことさら無視することであり、これは本件事業の環境アセスメントにそのまま再現された。あたかも本件連立事業をたんなる鉄道事業と見せかけて、大気汚染等、道路から当然予想されるものについては予測の対象とすらしなかった。地表を走っていた複線の在来線においてすら、騒音被害は新幹線の環境基準七〇デシベル(二四時間平均値)をはるかに超える被害が存在しているのに、最高時速一二〇キロメートルという高速化、二〇〇本以上の列車増が見込まれている高架複々線は、現状とさして変わらないというのである。「無理を通せば道理が引っ込む」という考えなのであろうが、いかにも見え透いた小官僚の発想である。

 「はじめに」で述べた通り、東京地方裁判所は、以上の点を中心に建運協定、調査要綱違反を具体的かつ明確に指摘して、本件事業に対する都市計画事業認可を取り消した。しかし官側はこれを無視して東京高等裁判所に控訴した。

 この時点から彼らの抗弁はほぼ二点に集約された。その1は、建運協定は「内規」であるから「法」ではなく、これに違反しても何の違法もないというのである。自分たちの作った「内規」であるから、自分たちはこれに従う義務はないという。しかし、自分たちが作り、約三〇年以上もこれに従ってやってきたにもかかわらず、今更従わなくともよいという態度は、これ自体恥知らずな職権の濫用といわなければならない。

 その2は工事の施工期間である。第一審は、いつ始まるか、いつ終わるかわからないような都市計画事業認可は許されないとしたのである。この事業はそもそも平成六年六月三日から平成一二年三月末までという期限を付して認可された。この始期の時点において用地買収は七〇%前後であり、かつ沿線住民の反対があるのだから、平成一二年三月末までという期限が守られるはずはなく、第一回目の期限の延長がなされ、平成一七年三月末までということになった。都合が悪ければ延期すればよいという発想そのものが誤りであり、第一審はこれを問題にしたのである。したがって官側は今度の期限までには絶対できるので事業施行期間は合理的であると弁解していた。

 東京高等裁判所は、あろうことか官側のこのような主張を認め、かつそのうえで側道(高架鉄道の環境空間)の地権者は高架鉄道の認可を争えないという、とんでもない結論を導いた。この最後の点については、裁判の門をできるだけ開くようにしてきた判例の流れに明らかに逆行するものであった。さらに、今年六月衆参全会一致で成立した改正行政事件訴訟法により、側道の地権者はもとより騒音等の被害を受けるおそれのある者まで原告適格の範囲が広げられた(同法第九条二項等)ので、今では法律上全く認められないものとなっている。また、高裁の「建運協定、調査要綱は内親で法ではない」とした部分も、今回の法改正で通らなくなったばかりでなく、「内規」であっても法としての効力があるという最高裁判例が本年四月に出て、さらに、元最高裁判所長官代行を務め、わが国行政法を代表する一人である園部逸夫氏が、建運協定こそ裁判所が依拠すべき「法」であることを明確に指摘する意見書を作成し、これは本年八月六日、最高裁判所に提出された。また、わが国の代表的行政法学者がこれに続いている。最高裁判所の闘いは、行政事件訴訟法の改正、憲法論議の「高まり」のなかで、憲法、行政法の専門家等(奥平康弘東大名誉教授ほか)から、環境法、さらには人文学から自然科学に至る極めて幅の広い支持を受けつつ推移している。

 一方、官側は高架鉄道と一体とされる側道について用地買収ができず、二度目の期限である来年三月末までに完成させることは到底できないことが明らかになっている。しかし三度目の期限延長の認可をすることは、これ自体醜態であり、官側は当然その貴任を負うべき事は必定である。しかし三度目の延長は無理であり無駄でもある。側道の地権者が買収に応じない限り側道はできないし、最高裁で逆転すれば、この事業を根本から見直さなければならないからである。この責任を回避するために、彼らは「複々線化の完成」と称して、側道(環境空間)のないままに、四本の複々線の走行を本年末に強行しようとしている。しかし側道のない複々線の走行は、目の前で走られる住民の生活と健康に重大な被害を生じさせることはいうまでもない。また、建運協定等により、このようなことは法律上全く許されない。虚偽を繰り返し、無理に無理を重ねたものの血迷いとしかいいようがないが、かかることは到底許されないことが、裁判所の内外において近いうちに明確になるであろう。

 小田急高架事業はまさに崩壊しつつある。これを端的に示すものとして、本年八月六日、最高裁第一小法廷に提出した我々の特別上申書を、本稿に添えることとする。


二 特別上申書

 「最高裁判所第一小法廷 御中
 本上申書に添付する第一のものは、釈迦に説法かもしれないが、我が国の公法学において実務と学問を統一して高峰を築いた希有な存在である園部逸夫氏の貴庁に対する意見書である。
 その内容は一読して明らかではあるが、本件の争点の核心のひとつである建運協定、本件調査要綱の法的性格を、その動態を明晰に分析、評価し、建運協定こそ、まさに裁判所の依拠すべき法規範ではないのかと問うたものである。
 そればかりではない。我が国公法学、とりわけ行政法学およびその実務の過去を根底から振り返り、今求められている法の支配、最高裁判所のあり方に及んでいるものである。前に提出した上告理由書(上告受理申立理由書)に添付した奥平康弘氏の意見書と、その哲学、法学、学問全般に対する基調を共にしつつ、本件に対する評価をも共にするものである。貴庁においても、実に傾聴に値するものであると我々は確信する。
 この意見書は、貴庁が現在国民と歴史が期待しているまさに公正な審理をするうえで、歴史的意義を有するものであろう。
 第二のものは、東京大学大学院法学政治学研究科教授小早川光郎氏および京都大学大学院法学研究科教授芝池義一氏の各意見書である。これまたいわずもがなのことではあるが、両氏は司法改革の一環としてなされた行政事件訴訟法の改正にあたって、政府の設けた検討委員会に学者の立場から参加し、大きな歴史的意義を持つ改正の方向を、座長塩野宏氏(公法学会名誉理事長)と共に推進したものである。
 各意見書の内容は、レトリックや論点に多少の違いはあるものの、建運協定を要とする本件都市計画事業の原告適格(行政事件訴訟法第九条)はもとより、本件抗告訴訟において最も大切な裁量統制(同法第一〇条)のあり方を、原判決を厳しく批判しつつ論じたものであり、いずれも園部意見書をサポートし、かつ補充するものである。
 いずれにしても、我が国の行政法学を代表するといってよい人々の見解が、本件において基本的に一致したことは、瞠目すべきことである。
 なお、これらに引き続く憲法、行政法等の学者・実務家の意見書を付した上で、夏期休暇明けには、我々の上告理由書(同受理申立理由書)の補充をする予定である。
 今から五九年前のこの日に広島に原子爆弾が投下され、戦争と文明の性格が一気に激変したことを想起して、本上申をするものである。」


三 建運協定の意義

 1 建運協定の法規範性

 (1) 道路法三一条一項は、「道路と鉄道とが相互に交差する場合」には、「当該道路の交通量又は当該鉄道の運転回数が少ない場合その他政令で定める場合を除くほか、当該交差の方式は、立体交差としなければならない」と定めている。ちなみに道路法施行令三五条は立体交差とすることを要しない場合を、@当該交差が一時的である場合、A立体交差とすることによって道路又は鉄道の効用が著しく阻害される場合、B立体交差とすることによって増加する工事の費用が、これによって生ずる利益を著しく超える場合、の三種類に限定している。

 (2) そして道路法三一条一項は、「当該交差の方式、その構造、工事の施行方法及び費用負担について」、道路管理者と鉄道管理者があらかじめ協議決定しておくべきことを定め、同条二項、三項は協議不調の場合における建設大臣と運輸大臣の協議その他の調整手続を規定している。

 要するに「これらの規定を見る限り、法の趣旨は、道路と鉄道の交差は立体交差とし、その構造等は『建設大臣と運輸大臣の協議』による場合があることを予定しているのであるから、道路と鉄道の連続立体交差の準則を協定として定めることを何ら妨げるものではない」との評価(前記園部意見書)が、まさに妥当するのである。

 (3)「連続立体交差事業」の概念は、道路整備緊急措置法(昭和三三年法律三四号、現在は「道路整備費の財源等の特例に関する法律」と改名)二条に基づく、閣議決定としての「道路整備五箇年計画」(現在は、社会整備重点計画法に基づく「社会資本整備重点計画」)にも用いられている。

 「道路整備五箇年計画」は、計画期間中の連続立体交差化事業による「踏切道除却数」、「事業整備延長」につき、数値目標を設定するものであり、その計画案の作成権限は建設大臣にあるが、運輸大臣等の協議が義務づけられていた。

 すなわち、連続立体交差化事業の具体的内容については、道路法に加えて、道路整備緊急措置法においても、建設大臣と運輸大臣との協議が予定されていたわけである。

 (4)従って、建運協定の法的性質について園部意見書が、「法律に定められた関係当事者が、協議の結果を協定の形式により明文化した」ものであって、「法に基づき法を補充するもの」と評価し、上記園部意見書とともに提出した小早川意見書において、道路法

三一条の協議結果は「一種の法定の行政計画」であって、「連続立体交差化事業をめぐる以上のような建運協定の定めは、前述の道路法三一条の手経的および実体的な規定内容の延長とも言えるものであ」る、と評価したのは、まさに正鵠を射たものである。建運協定が法的規範でないとした原判決の判断は明らかに失当である。


 2 「連続立体交差化に関する都市計画決定、都市計画事業認可」に至る建運協定の動態

 (1)前述のとおり、建運協定第三条によって、「連続立体交差化に関する都市計画」を決定すべきとされている。

 連続立体交差化事業は、国庫補助事業として推進されるので、上記都市計画は、これに先立つ連立事業調査、国による「事業採択」を受けて決定されるという一般の都市計画の決定、都市計画等業認可の過程にない特徴を有している。

 都市計画事業認可に至る手続の「動態」は、以下のとおりである。


 @ 事業施行者による、本件要綱に基づぐ調査の実施

 A 関連事業を含めた都市計画案の作成

 B (@Aをふまえた補助金交付申請に対する)国の事業採択

 C 公告縦覧などの一般的手続を経由した後に都市計画決定

 D 都市計画事業認可申請と認可処分分


 (2)上記の一連の手続中、@ABの手続は建運協定に準拠して進められ、「鉄道、関連側道、高架下利用、駅前開発等が一体として設計・評価の対象とされ」るにもかかわらず、上記「C、Dの段階に至って鉄道、関連側道、高架下利用等を全く別々の施設として設計、評価の対象とするならば、@ABの手続過程は無に帰する」ことになる(園部意見書)。

 すなわち、連続立体交差化事業は、法的一体性を有する事業として把握するべきであるという規範は、行政庁の内部だけを規律するルールではなく、司法審査の基準としても機能する、いわゆる「外部規範」なのである。

 小早川意見書が、建運協定について、「それは、前述の道路法三一条の協議や、都市計画法による都市計画の決定および都市計画事業の申請・認可について、その基本となるべきものである」と指摘した上で、「連続立体交差化に関する建運協定が存在しない間はともかく、それがいったん締結された以上は、そこに位置づけられるべき事業が整合性なしに、各所管ごとにばらばらに行なわれるということは、特段の理由がない限り、合理性を欠き、ひいては『都市の健全な発展と秩序ある整備』の理念(都市計画法一条)にもとをことになる」と述べているのは、建運協定が司法審査の基準として機能すべき法規範であることを正しく指摘したものである。

(さいとう・ぎょう 弁護士)




  ページの先頭へ▲  資料集目次へ▲  ホームページへ▲