しゃんはいかのん・ストーリー
特別編:「戦場のクリスマスツリー」

 
 4th TRACK 戦場のクリスマス・ツリー

 雨の音で目が覚めた。
 布団の外に寒さをこらえながら起き上がるとカーテンを開ける。
 「・・・・・・・・・」
 雨がバケツの底をぶち抜いたように降り注いでいて、雨滴が弾痕のようにへばりついていた。外は薄暗くて6時ぐらいかなとは思ったけど腕時計を見ると8時を過ぎている。つまり日差しをほとんど遮断してしまうぐらいに雲が分厚いということだ。
 現実逃避したくなるぐらいに憂鬱な景色だった。
 頬をつねってみると頬が痛くて、今見ている光景が現実のものだと認めざるおえなかった。
 ため息が自然と漏れた。

 雨の中での野外作業というのは地獄である。
 本当のところはやりたくないんだけれど、ただでさえスケジュールが遅れまくっているのだから、こんな状態でもやるしかなかった。

 パンとコーヒーで朝食を済ませるとカッパをつけて外に出た。
 「のわっっっ!!」
 外に出るなり雨がシャワーのように吹き付けてきた。
 たちどころにスブ濡れになる。
 カッパの生地をあっさりと貫通して、服までもじんわりと濡らしだした。
 
 萎えそうになるけど、やんなくちゃいけないから歩き出す。

 納屋代わりの貨車から土台になる針金などの材料を持つと、リフトを使ってかのんのプラットホームに登った。
 横に長く伸びた砲身に乗る前に、物陰になっているところいくと靴を脱いだ。
 持ってきたバッグを開いて、昨日買ってきた磁石を取り出すとそれを靴下の中に入れた。
 靴はぐっしょり濡れていて、冷たさに震える。
 靴と足の間に異物が入り込んだため、変な感触がする。
 「うげっっ」
 砲身に向かって一歩を踏み出そうとしたが接着剤でくっつられたかのように足が上がらなかった。ぬかるみにはまってしまったようで、いつもよりも力を出すとようやく足を上げることができた。
 その身が超合金のロボットになったような気分を味わいながら一歩、また一歩と踏み出していく。
 そして、砲身のところまで来た。
 雨が降りしきる中、おそるおそると恐怖で震え出す体を押さえつけながら砲身に一歩、足を踏み出した。
 
 靴下の中に入れた磁石がしっかりとホールドする。
 砲身は鋼鉄製。もくろみどおりに即席の磁力靴が功を奏する形になってなんとか安全を確保すると小さくガッツポーズをしながらゆっくりと作業地点へ歩き出した。

 ポイントに到達すると、ゲインの急病によって中断した作業を再開した。
 右肩に回した針金の束を、砲身に巻きつけて程よい太さになったところで束から切断。一つの作業を終えるとそこから後ろに下がって、また同じ作業を繰り返す。
 雨量はやむどころか激しさを増して、顔面に雨粒が吹き付けて視界が利かなくなる中、かじかむ指先を無理やり動かしながらそれでも作業を続けていった。
 
 何時間経ったのだろうか。

 時間の感覚や空腹さえ忘れかけたその時、ようやく最後の土台作りが終了した。
 ガッツポーズを上げるには力がなくて、全部が終わったわけではないけれど、ようやく一局面が終わった事は確かだった。
 休もうかどうか迷って、そのまま続行することを決意。
 とりあえずは一旦プラットホームに戻って、いよいよ本題のピノライトを持つと再び先端に向かって登り出した。
 ゴキブリホイホイの中を歩いているように、磁石の吸着力に苦しめられながらも先端に向かって上がっていく。
 距離にして数十m。
 だけど、感覚的には50kmもあるように感じられた。

 なにをやっているんだろうか?

 長く伸びた砲身の先には何もない。
 砲身が飛び込み台かカタパルトのように見えた。
 そこに立っている俺は何者なのか?
 飛び込み台に立たされている死刑囚?
 それともカタパルトに装填された石?

 いずれにせよ虚空に向かって放り出されることには変わりない。

 休憩も食事も取らずに次の作業に取り掛かるのはやっぱり無謀だった。
 土砂降りの中で、一歩を踏み出すのに足で鉄アレイを持ち上げるような力を使うことを強いられて、その結果、身も心もボロボロに消耗しきって何も考えられなくなっていた。
 意識が希薄になっていって、人でさえなくなりかけていた。
 何故、砲身を登っていなくちゃならないのか。

 ナゼコンナコトシテイル?

 ナンノイミモナイ
 デキタトコロデカワルワケデモナイ

 ムダダトイウコトヲナゼヤッテイル?

 見てくれる人もいないのに
 評価してくれる人もいないというのに

 そんな想いが頭の中で加速度的にふくらんでいく。
 
 その時、大量の雨粒と一緒に強風が吹き抜けた。

 完全に不意打ちだった。
 強風に煽られて、耐えられずにそのまま後ろに倒された。
 身体が浮く。
 靴に磁石を仕込んでいなかったら、ゴミのように吹き飛ばされていただろう。
 幸いにして磁石がしっかりと吸い付いてくれたことによって砲身に留まることができた。

 ただし、頭と足が逆さになった。
 砲身が真上にあって、両の足が砲身に吸い付いている。
 いわば逆さ釣りになっていた。
 ロープで吊るされているのか、地面が上にあるのかの違いでしかない。

 ニュートンの法則に従って、全身の血液が真下になっている脳に集中し、視界が揺らいできた。
 起き上がろうにもバテバテに消耗しきっていて、起き上がることもできない。
 誰かの助けが必要なんだけれど、その誰かもいなかった。

 雨は降っている。
 そんな世界でオレは一人ぼっちだった。

 こんな雨じゃ、かのんの元に来る観光客なんていないだろう。
 酔狂な暇人もこないだろう。

 このままの状態でいれば血液の集中に脳細胞の血管が耐えられなくていつかは破裂する。けれど死ねないわけで苦しみが延々と続くことになる。
 
 このまま逆さ釣りになったままゆっくりと情けなく惨めに死んでいく。
 
 オレらしい死に方だと思った。
 今までの人生をかっこよく生きていたわけではない。
 むしろ、逆で実に情けなく、自分が生きていることをひたすらに呪いながら一日一日を生きていて、気がついたらテトリスのように取り返しのつかないものが積み上がっていた。

 もう、どうでもよかった。
 たくさんの後悔と自分への呪詛
 
 もう、気にする必要なんてない。
 係わり合いになった人々に迷惑をかけることも
 怒らせることも

 そして、泣かせることも
 
 「トシツグ、トシツグっ!!」

 あいつら、どうしてるんだろうな・・・・・・
 
 メイは、恋と久遠がオレのことを大事に思っていてくれているって言っていたけれど、やっぱりこんなバカと一緒にいるよりかは夕維や延沢と一緒にいたほうがいいに決まっている。
 
 オレさえいなくなれば
 オレさえいなくなれば

 あいつらだってきっと幸せになれるんだろうに

 「このトシツグのバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」

 激しく足を蹴っ飛ばされて、思考が吹っ飛ばされた。

 誰か来ている?

 「・・・・・いってぇぇぇ。なにしやがるっっ!!」
 また足を蹴られた。
 この痛みは夢じゃない。リアルだ。
 「無視すんなーっっっ!! ボケぇっっ!!」
 胸に熱いものが込み上げてきた。
 「恋!?」
 その声は明らかに恋だった。
 間違いない。恋が帰ってきたのだ。

 信じられなかった。
 あのまま愛想尽かししてしまって、もう二度と戻らないと思っていた。
 
 「おーい。遊んでんじゃねーぞー」
 真上から恋の声がかかる。
 「遊んでるんじゃねーぞ。ボケッ!!」
 目頭が熱くなっていたけれど、恋の一言によっていつもの調子が戻ってきた。

 何事もなかったかのように
 数日間、離れていたというのに
 学校から帰ってきたような自然さで

 「トシツグ? 気分はどう?」
 「・・・・・最悪」
 風邪でも引いたように頭がぼんやりとしてきた。
 「面白そうなことやってるじゃん」
 「面白くねえよっっ!!」
 好きでこんな状態になってるんじゃねえ。
 「んじゃあ、手」
 恋が小さな手を伸ばしてきた。
 恋が引き起こしてくれるというのだろう。
 「恋は大丈夫か?」
 川の中でおぼれたように救助者を巻き込んで墜落する可能性が高い。
 「だいじょうぶだよ。ボクも磁力靴を履いてるから」
 「そっか」
 恋のちっこい手をしっかりと掴んだ。
 だけど
 「トシツグ・・・・・体力ないなあ」
 哀れむような声がかかった。
 「疲れてるんだよ」
 恋の手は掴んだものの、自分の力で身体を引き起こすことができなかった。
 膝が笑っている。
 太腿が板のように硬くなっている。
 疲れが血液と一緒に頭に集中していた。
 「なっさけないなあ。ちゃんと運動しなくちゃだめだよ」
 「ほっとけ」
 しかし、逆さ釣りの状態から脱出するためには身体を引き起こさなくてはならない。たとえ、体力がガス欠にあってもだ。
 その時だった。恋が言ったのは
 「歩いていけないかな?」
 「あっ」

 磁力はしっかりと効いている。
 引力が反転しただけだから普通に歩いていけば砲身の根元、つまりプラットホームにたどり着ける。
 おもいっきり間抜けだった。
 
 磁力が強すぎてステップを一つ踏むだけで重量上げするようなエネルギーの消耗を強いられるけれど、最後の力を振り絞って砲身を歩いていった。

 そして、

 ようやく足場までたどり着くと靴下を脱いで、ようやく安心して落下することができた。
 大した衝撃もなく、足場に着地した。

 感動だった。
 引力が逆転していないということがこんなに大切なことなんだということを深く実感させられたことがなかった。
 それは当たり前だろう。引力が逆さまになる体験なんて、そう簡単に体験できるものではない。
 なにはともあれ、血液が均等に体内を回流し出した。
 脳に集中することによる気持ち悪さは去り、その代わりに開放感が温泉に入ったように全身を浸しだしていた。
 もう、立てない。
 スタミナの残り滓さえ雑巾のように絞り取られていたけれど、疲労感が不思議と心地よい。
 雨が気にならなくなっていた。
 どうやら砲身の下で苦闘しているうちに雨が下火になっていたようだった。マーフィーの法則によれば雨というのは野外作業が終わった後にやむものらしい。って、これはオレの捏造だろう。
 その時、ウェーブのかかった白い髪にウサギのように赤い目をした女の子が傘をオレの真上に翳しながら覗き込んでいた。
 久遠・・・・・・??
 凍りつくぐらいに寒いというのに、買ったばかりのホットのジョージアマックスのような温かさに満ちていた。
 そんな久遠を見たのは久しぶりだった。
 そんな久遠を見ていると眠気が訪れた。気力の限界に達したらしい。
 
 クレヨンを描きなぐるようにして睡魔が意識を塗りつぶしていく。
 意識の全てが闇に落ちていくその時
 久遠の温かい声が耳をくすぐっていった。

 「おつかれさまです」

 


 目が覚めると、頭がレンジでチンされたように熱くて気分が悪かった。
 体温計で計らなくても身体のステータスが「病気」になっているのがわかった。

 ここは?

 オレがいるのはかのんの硬いプラットホームではなく、いつもの居間だった。
 視点が低くなっているのは床の上に寝かされているからだ。
 背中に当たる布団の感触が心地よい。
 それだけしか感じることができない。重要な何かがあったはずなのに、脳味噌がシチューのようにとろけていて何も考えることができなくなっている。
 その時、恋が覗き込んできた。
 「あ、起きた!!」
 起きただけでそんなに驚きなんだろうか?
 すぐ後に気温が下がってきたのは久遠が軽く恋を睨みつけたからだろう。
 「俊継さん。寝ていたほうがいいですよ」
 「寝ていたほうがって」
 そう言われたらからといって寝れるものじゃない。
 なはともあれ恋と久遠が側にいてくれていることに安堵感を覚えていた。冷たい外から帰ってきてストーブに掌を翳しているようなそんな温かさを覚えている。
 思い出した。
 
 ライトアップは?

 「寝てなさい」
 反射的に起き上がろうとするが、久遠のガンつけに凍らされてしまう。
 「ライトアップをしなくてはいけない俊継さんの気持ちはわかりますが、そんな身体では無理です」
 その通りだった。
 時間が詰まっているから一刻も早く再開しなければと思うものの、焦る気持ちとは裏腹に身体が動いてくれない。
 「よくあんな雨の中でやる気になれるよね♪」
 他人事だと思ってからに
 実際、恋には他人事なんだろうけど゜
 「・・・・しょうがないだろ。詰まっているんだから」
 そこで気付く。

 恋と久遠が帰ってきたということ
 そして、恋と久遠へのプレゼントとしてライトアップを行うということも。
 当たり前といえば当たり前な話なんではあるけど

 「・・・・・やっぱりバレてるんだろうな・・・・」
 帽子があったらそれで顔を覆った。
 「なにが?」
 「みなまで言わせるな」
 そのバレていることをオレの口から言うのはちょっと屈辱だった。
 少ししてから、静かに恋が言った。
 「ねえさまから聞いたんだ」
 「そっか」
 やっぱり。黙っていてほしかったけれど、それは無理なような気がしていた。
 「町のサイトに書いてましたよ。ライトアップのこと」
 久遠の素直な笑顔を見たのは随分久しぶりだった。
 「そこで広がっているのかよ」
 「町のお金を使っているんだから、書かないはずがありません」
 「それもそっか」
 それだけ期待されているっていうことなんだろう。
 だから、進捗具合が遅れていることが重く圧し掛かる。
 「大丈夫だよっ」
 そんな焦りを恋の笑顔が春風のように吹き飛ばしていく。
 「ボクと久遠が加われば百人力なんだからっ♪」
 そういった後で恋が頬をハリセンボンのようにふくらませた。
 「こんなにおもろいことを自分だけでやろうなんてトシツグってばズルいなぁ」
 「一人でできないことをやろうとして欲張った結果がこのザマですけどね」
 針が入ったシュークリームを食べせられたかのように、皮肉が胃壁に突き刺さる。
 まったくもってその通りなので反論もできない。

 結局のところは荷が重かったのだろう。
 クリスマスまで後、数日。
 それまでにライトアップを完了させなくてはならないのにも関わらず、身体が動かせそうにない。
 
 ため息が漏れた。
 「・・・・かっこつけようと思ったんだけどな〜」
 「無理無理。トシツグじゃ絶対に無理」
 「そういうのは普段からかっこいい人がやるからこそかっこいいのであって、トシツグさんみたいにいきなりかっこつけようとしたところでできるばすがありません」
 
 クリスマスプレゼント計画が無残に失敗に終わった現実を2人は容赦なく叩きつけてくる。

 「ま、いっしょにやろうぜ」
 クリスマスまでライトアップを完了させるには2人の力を借りるしかなかった。

 頼むと恋は力いっぱいにうなずいた。
 「恋様に任せなさいっ」
 自信ありげに恋は胸を叩く。
 「ボイジャー・オブ・シーズに乗ってる気分でいいからねっ♪ あ、フッドに乗っている気分っていうのはナシだよ」
 「じゃあ、エンプレス・オブ・アイルランドに乗った気分でいるよ」
 「?????」
 流石にこのネタはわからないらしい。
 「本当のところをいうと恋がいなくても何とかなります」
 へっ?
 久遠が楽しそうに軽口を叩くなんて、延沢の家にいた時には思ってもいなかった。
 「久遠のバカーーーっ!!」
 「事実ですから」
 恋はポカポカと久遠を叩くけど久遠は平然としている。
 
 こうやって三人でライトアップをすることになった。
 当初の予定から大きく脱線して
 クリスマスプレゼントにすることも、かっこつけることもできなくなったけれど
 和気藹々としている2人を見ていると、こんなものでいいかなと思えるのがとっても不思議だった。

 やっぱりオレにはかっこつけが似合わないようだった。


 

 翌日。
 朝になっても熱とだるさは取れず
 引き続き寝込むことになった。

 オレの体調なんかおかまいなしに
 ライトアップは順調に進んでいる。

 枕元にある小型TVには砲身で作業している恋の姿が映っている。
 嘘みたいに晴れ渡った青空を背景にして恋のちっこい身体が踊っている。リズミカルな動きでオレが作った土台にピノライトを巻いていき、それが終わると水を渡るアメンボのようなスムーズさで移動していく。
 
 「だいじょうぶかな。あいつ・・・・」
 命綱はつけておらず、足が素直に跳ね上がるところを見ると靴に磁石を仕込んでいない。心配していると久遠が声が聞こえてきた。
 「だいじょうぶですよ。恋ですから」
 その静かな言葉には静かな自信と信頼がこめられている。
 ま、恋の運動能力には化け物連中が評価していから落ちることはないだろう。油断したら落ちるかも知れないが。
 
 その久遠は編物をしているようにノートブックをいじっている。
 ふとカメラの視点が動き始める。
 砲身で作業している恋から、砲座の方へ
 砲座では掃除機サイズの小型ロボットが、死んだ獣に群がるアリのようにたくさん展開している。どうやら、ピノライトをすえつけるためのフックを表面に接着しているようである。
 ノートブックをいじくっているのはそれらのロボットを統制する統制するためである。
 ロボットは久遠の指示によって一糸乱れず、トラブルもなく予定通りに動いている。
 見た感じでは順調に行っているようだった。
 
 一人で苦戦していたのがまるで嘘のような飛ばしっぷりにため息が出た。
 「・・・・オレって役立たずだな」
 「そうですね」
 オレがいなくても久遠と恋さえいればライトアップができる。
 そんな現実を目の当たりにして落ち込んでいるところへ久遠が冷徹な声をかけてきたのでエンプレス・オブ・アイルランドのごとく沈没する。
 「違うといってもらって慰めてもらいたかったんですか?」
 沈没させてもなお追い討ちをかける。久遠は
 その通りなので反論するどころか声を出すこともできない。
 久遠の容赦のなさに泣きかけていると久遠の声が聞こえてきた。
 「嘘です」
 ・・・お、おい。
 「本当のことでも冗談だと思える神経がほしいですね。俊継さんは素直すぎます」
 「・・・・・ほっとけよ」
 さっきのがからかいだと知って憮然としたオレはまるで子供のように布団の中にもぐりこむ。
 ほんと、自分よりも年下の女の子にからかわれるなんて情けないことこの上なかった。
 そうやって布団の中でもぐりこんでいると久遠の声が耳に届いた。
 
 「ほんと言うと私と恋でやれます」
 オレなんか必要ない、といっている割にはあったかかった。
 「でも、トシツグさんが作ってくれた土台の上で私達は作っているんです。それを忘れないでください」

 そっか・・・・・
 恋と久遠の力で出来るとはいえ
 その前にオレが土台を作ったのもまた現実。

 オレは役にたったのであり
 その事だけは誇りに思っていいと久遠は言っていた。
 
 「・・・・なあ、久遠」
 穏やかな沈黙の時間が流れた後、オレは言った。
 「あっちはどうだった?」
 その時、久遠はキーボードを打つ手を止めて顔を上げた。
 「楽しかったです。晶さんの赤ちゃん、とっても可愛かったです」
 「男の子? それとも女の子」
 「女の子です」
 よっぽど可愛かったのだろう。
 その時の情景を思い出しのか、久遠は目を細めては優しい笑みを浮かべている。
 
 その時の情景が想像できた。
 
 生まれたばかりの赤ん坊を、黒髪オカッパの美少女が笑顔で抱いている。
 その美少女の側には茶髪でショートカットの元気のよさそうな女の子と、白い髪に赤い瞳の理知的な女の子がいて、茶髪の子はオカッパの美少女に抱かせてくれとせがみ、アルピノの女の子はなぜかモジモジしながら赤ん坊を見ている。
 そんな彼女たちを、赤ん坊を産み終えたばかりの若い母親が慈母のような眼差しで見守っている。

 そこは温かい場所だった。
 春の日差しが一年中、降り注ぐ場所。
 楽園、エデン、天使たちの住処。

 それと同じ時間、オレは寒さに打ち震えながら
 かのんを飾りつけていた。

 世界のありとあらゆる暖かさから離れた場所にいたような気がする。

 「なんですか?」
 久遠が尋ねてきた。
 「いや」

 聞こうと思ったけど、やめた。

 何故、楽園から帰ってきたのか?
 夕維と何があったのかオレは知らない。
 気にならないっていえば嘘になるけれど、久遠と恋は帰ってきてくれた。

 それが答えだった。
 言葉のない答え。

 それで満足するべきだった。

 「久しぶりに髪の毛、編ませてくれないかなーって」
 「ダメです」
 久遠は白い髪の毛先をつまむとそれをもてあそびだす。
 「実は髪を切ろうと思っているんです、重たいし、恋みたいなショートカットに憧れますし」
 「わーわーわーわーわーっ!!」
 とんでもないことをのたまった。
 「切るな切るなっ!!」
 「どうしてなんです?」久遠が腹立たしげにオレを見る。「トシツグさんに命令される覚えなんてありませんが」
 その通りになので言葉に詰まった。
 「ショートカットは久遠には似合わないっっ!!」
 「どうしてそんなことがいえるんですか? わからないの?」
 軽く睨みつけられて、思わず沈黙してしまう。
 しかし、久遠は顔から力を抜いた。
 「冗談です」
 「あはははは・・・・・・」
 本当のところは途中で冗談だっていうことに気がついたんだけれど、それでも久遠が髪を切るとなるとパブロフの犬よろしく必死になってしまう自分がとっても悲しかった。
 おもいっきりワガママなんだけれど、久遠はずっとロングヘアでいてほしいと思う。
 2人ともショートヘアだったら、つまらないではないか。
 だったら恋もロングヘアだったらどうた? と言われたらおもいっきり大歓迎だから終わっているのだけれど
 ロングヘア万歳。
 
 久遠は立ち上がると見せ付けるように、髪を撫で払った。

 そして、額にそっと手を当てる。
 「・・・まだ熱があるみたいですね」
 「まあね」
 「今日もゆっくり寝ててください」
 「わかっている」
 そんなやり取りをかわすと久遠は厨房のほうへと消えていった。


 こうして、ライトアップは完成した。
 しかし



 「うーん・・・・・・」
 窓の外を見て、恋は悔しそうにうめいていた。
 その窓では雨滴がマシンガンの斉射のように殴りつけられていた。
 曇っているが手で拭っても視界はよくならない。

 今朝から振り出した雨は
 昼になっても降り、夜になっても降り続けている。

 こんなんではライトアップなんてできっこない。
 「・・・しょうがないよなあ」
 苦労して頑張ってきたのに、それが報われないのは当たり前だとはわかっていても、ため息を止めることができなかった。

 まあ、そういうものなんだろう
 きっと

▽あとがき

 こんにちは、氷室俊継です。
 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 ・・・・・しかし、今回も満足の行く作品にはなれませんでした。
 やまなしおちなしいみなし、のこれが本当のヤオイかっていうぐらいに盛り上がりのない平板な作品になってしまいました。
 
 これが今のオレの実力なんでしょうね(^_^;)
 
 自分のスタイルを確立しようと思っているのですがまだ道のりは遠いです。

 さーてと、書き終わったから「クローバーハート」やるぞぉ〜








 って、まだ?