しゃんはいかのん・ストーリー
特別編:「戦場のクリスマスツリー」


 EX TRACK:賢者の贈り物

 12月24日、クリスマスイブ
 この日は雨だった。
 朝から振り出した雨は、昼間も降り続いて
 住処にしている客車群やかのんを濡らしていた。
 結局、やまないままに日がくれる。
 とはいうものの一日中、胃もたれするような灰色の雲が空を覆い続けていて日がちゃんと昇ったのかわからないままに闇の濃度だけが増していって、やがて世界は墨を塗ったくったような暗黒に包まれた。

 ツタのようにかのんの外殻にまとわりついているピノライトが雨粒のシャワーを浴びているのを見てため息をついた。
 できる限りの耐寒装備をしているにも関わらず、冷気はあっさりとコートやセーターを貫いて身体を凍えさせる。
 ライトアップは恋と久遠の助けもあってなんとか完成させることができたけれど、こうコンディションが悪いのだからライトアップは明日に延期せざるおえなかった。
 目指した品物が売り切れていたような、諦められないんだけれど諦めなくてはいけないそんなもどかしさを味わっていると、いきなり車のヘッドライトの灯りが闇を切り裂いた。
 空冷独特のバタバタしたアイドリング音を立てるその車はグリーンのカルマンギアだった。
 「は〜い 管理人さん」
 出てきたのはウェーブのかかった胸までの髪をツインテールにした少女、メイだった。
 「メリークリスマスっ♪」
 「メ、メリークリスマスっ・・・・・・」
 テンションの高さについ押されてしまう。
 何故、来たのかと聞こうかと思ったけれど途中で愚問だということに気付いたのでやめた。
 恋と久遠が呼んだに決まっている。

 クリスマスといえばパーティだ。

 天気が晴れでライトアップしていたら、人がたくさんやってきてパーティどころではないからライトアップができないのも考えようによってはいい事なのかもしれなかった。
 かなり複雑だった。
 「ライトアップできたんだねっ♪ おめでとっ」
 「ええ、まあ・・・」
 でも、こうやって期日までにライトアップを完成させることが出来たのだから恥じることはない。そう思うことにした。
 「光らせることができないのが残念だね」
 「まあ、しょうがないっていえばしょうがないよ。天候を操作できるわけでもないし」
 一時は完成の見込みさえなかったのだから、それに比べればよくこの段階までいけたものだと感慨が沸いてくる。
 「もうっ」
 メイは態度を豹変させた。
 「さっさと中に入れてよ」
 「あ、ごめんごめん」
 こんな雨の中で長話をするのはバカだ。
 あっと言う間に2人とも風邪を引いてしまう。
 「管理人ちゃんはケーキを持っててね」
 メイはカルマンギアのドアを開くとケーキをオレに渡した。
 「エルアラメイン謹製のだよっ」
 「おおーっ」
 メイからケーキを受け取ると小走りに客車に向かって走っていた。

 ドアを開けると中の温かい空気が漏れてきて眼鏡が曇る。
 曇った眼鏡をこする手間ももどかしくデッキから中に入ると、軽い破裂音と共に紙ふぶきが飛んできた。
 「メリークリスマスっ♪」
 「メリークリスマス」
 恋と久遠、2人の女の子がクラッカーを引いて出迎えてくれた。
 恋はいつものこと
 いつもはクールな久遠も、この時ばかりは嬉しそうだった。
 「メリークリスマスっ・・・・・って、恋?」
 恋がポケットに手を突っ込んだのがおもいっきり気になった。
 生物としての本能、野獣が危機を察知して逃げるものが働いたとしか思えなかった。
 久遠が目からいつもの凍てついた眼差しを放出しつつ、ポケットから恋の手を引っ張りだすと、そのポケットの中に入っていたものを外に出した。
 「・・・・・・・・・・」
 暖房をつけているにも関わらず部屋の気温が氷点下にまで下がった。
 「・・・・バカか。おまえは」
 こんなところで爆竹つけてどーすんだ。
 「なははははは」
 恋はごまかし笑いを浮かべるけれど、久遠とオレの白い眼差しの前にその笑顔も凍りついていく。
 「やっほー メリークリスマスっ!!」
 その凍てついた空気をぶち破るようにメイが現れる。
 「メリークリスマス」
 「おっす。メリー・・・・・うわっ」
 なにをトチ狂ったのか恋はメイに飛びつこうとしたけれど、そのメイにかわされて壁に衝突する。相変わらず訳のわからない奴だ。
 「ひどいなー。よけんなーっ!!」
 「ふっふっふっふ あたしを倒そうなんぞ百年早い」
 壁におもいっきりぶつかって恋は文句を言うけど、メイは得意げな笑みを浮かべている。きゃんきゃん吠える子犬とそれをからかう悪がきのように見えた。
 「俊継さん。ケーキお願いします」
 「あいよ」
 なにやら喧嘩になりそうな雰囲気だったけれど、あえて無視することにして、久遠と一緒にセットアップすることにした。
 既にテーブルには料理が並んでいる。

 やっぱり鳥腿肉は基本だろう。
 あとその他にはポテトサラダとかエビチリソースとか肉じゃがとか、共通項はないけれどバラエティ豊かなメニューが並んでいて、そこから立ち昇る香りが鼻腔と胃を刺激する。

 ケーキをテーブルの真ん中に置くと久遠がパッケージを開く。
 メイが持ってきたのは雪のように白いショートケーキ。

 「2人だけで食べようなんてズルいぞーっ!!」
 「そうそう」
 喧嘩しているくせに、こういう時だけは結託してくるのが謎だ。
 「注ぐぞ」
 恋とメイが現れたのを見て、テーブルに置かれたグラスにガラナドリンクを注ぎだす。
 「ちょっと待った」
 それをメイが止めた。
 「じゃーん」
 「おおーーっ!!」
 メイが手品師よろしく取り出したものを見て、恋が騒ぎ出す。
 「・・・・・お前。いくつだよ」
 メイがテーブルの上に置いたのはシャンパンのボトルだ。
 ケーキと並んでクリスマスには付き物だけど、お酒が飲めるのは20歳以上からだ。
 メイのことだからアルコール度数が入ったものに違いない。
 「気にしない気にしない」
 「ケツの穴が小さいなあ。トシツグは」
 ・・・・・・あのなあ。おまえら

 こうして、クリスマスパーティが始まった。

 

 「ほい。クリスマスプレゼント」
 「あ、このゲーム欲しかったんだーっ!! ありがとー。トシツグ」
 「・・・・・・・・・・」
 「あのー。久遠さん、なんでオレをそんな目で見つめるんだよ」
 「いい? トシツグ。久遠だって大人なんだから、たかだか縫いぐるみ程度で喜ぶなんて甘いな。MREのジャムのように甘すぎるな。ま、ボクに比べれば胸は小さいけど」
 「恋だって似たようなもの・・・・・あべしっっ!!」

 「はい、トシツグ。プレゼント♪」
 「ありがとう・・・・・・って、炎多留かよ( ´Д⊂ヽ
 「あたしからもプレゼントだよ」
 「どうもありがとうございまか・・・・・・・って、そよ風のハーモニーかよヽ(`Д´)ノ 」
 「管理人さん。お返しよろしく〜」
 「・・・・・了解(涙目)」
 

 「ぱんぱかーぱーん。恋と遊ぼのコーナーだーっっ!!」
 「やだ・・・・・・あぐっっっ」
 「トシツグのバカぁっ!!」
 「こっちがバカっていってやりたいっっ!!」
 「あははは、なんで遊ぶのかなー」
 「メイさん。こんなアラシのカキコに乗らないでください(^_^;)」
 「「黒ヒゲ危機一髪」かぁ。懐かしいー」
 「聞いてねえよ(T_T)」
 「ふっふっふっ、この恋さまがただの黒ヒゲ危機一髪するはずがないのだ」
 「ふ〜ん。どんな危機一髪をするのか聞かせてもらおっか」
 「んじゃいうよ」

 「殺っちゃった奴勝ち」( ̄∀ ̄*)

 「・・・・・・・・・」(ため息)
 「・・・・おまえなあ」
 「黒ヒゲ飛ばした奴が勝ちっていうことか。面白そうじゃない」
 「同士」(⌒◇⌒)ノ
 「同士♪」

 「あ〜あ・・・・・・・」


 「おらおら。トシツグのめのめ〜♪」(≧▽≦)ノ
 「のめねーよ」
 「ボクの酒が飲めねぇだとぉ、ゴラァ!」(ノ`□´)ノ⌒┻━┻
 「・・・・・おまえ酔ってだろ」
 「ボク酔ってないよ。ぜんぜん平気だろぉ」
 「それが酔ってるっつーの。酒飲むのやめろっっっ!!」
 「へいきへいき。ぜんぜんへいき」
 「平気じゃないっつーのっ!!」Σ( ̄□ ̄;)
 「おい、久遠。この酔っ払いをとめ・・・・・・」

 「・・・・・・あの、久遠さん?」( ・∇・)
 「・・・あつい・・です」
 「あついのはわかるんだけど、そんな肌脱ぎにならなくても・・・」( ・∇・)
 「あ、久遠ってば着やせするんだ♪」
 「あ、ほんとだ。・・・っておい」Σ( ̄□ ̄;)
 「・・・久遠ちゃんってばかーいーんだぁ(はぁと) はむっ」
 「はぁん。み、みないでください・・・・」

 ( ・∇・)

 「あ、トシツグってばビデオにとっとけばよかったと思ってるでしょー」(⌒◇⌒)ノ

 ドゲシッッッッッ!!!!!


 こうして、パーティーから無礼講と装いを変えながら夜は更けていく。

 
 


 いつの間にか爆睡していたらしい。
 目が覚めると電気は落とされ、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
 いや、さっきまでというのがどれくらい前までのさっきなのかわからない。
 
 あの後、恋とメイによって酒をしこたま飲まされた後のことは覚えていない。
 熱くって眠気が訪れて爆睡してしまって
 釘が打ち込まれているような激痛によって無理やり起こされて
 それからまた寝て、といったことぐらいしか覚えていない。
 だから、オレにとっては「さっき」であっても実際にはかなりの時間が過ぎている。
 二度目の眠りのうちに二日酔いは消えてくれたようでホッとする。
 
 耳を澄ませば、無視の泣き声のように色々な音が聞こえてくる。
 
 住人達が寝静まっているのにも関わらず、律儀に働いているエアコンの音。
 かすかに聞こえる多種多様な寝息の音。

 テーブルランプをつけると、わずかばかりに明るくなる。
 
 灯りをつけても起きないぐらいにみんな爆睡している。
 「おいおい」
 恋は横向きにメイは事もあろうに大股びらきで寝ていて、幻滅してしまいそうというか女性の本性を知らされてしまったかのような寝相の悪さに思わず苦笑を浮かべてしまう。
 その一方で、久遠はオレが買ってきた縫いぐるみを抱きながら幸せそうに眠っている。

 オレも縫いぐるみになりてーーーーーー

 というのはあったけれど、それ以上にオレがプレゼントした縫いぐるみが気に入ってくれているようで心が和んだ。

 その時、気付く。

 あれだけ降っていた雨が、いつの間にかやんでいる。
 その事実を確認するとコートを着込み、テーブルの側に常備している懐中電灯を手に取ると外に出た。
 「のわっっっ」
 ドアをあけるなり外の空気がなだれ込んできた。
 寒いというよりは痛い
 冷気の刃によって全身が切り刻まれてたようで、たちどころに全身が硬直していく。
 何故、外に出ようと思ったのか
 気まぐれを起こしたを後悔しつつも、結局は外に出る。
 
 外は震えが来るぐらいに真っ暗で、食堂車の車両の窓からわずかに漏れる光が命綱のように見えた。
 見上げれば、天にはたくさんの星々が輝いている。


 ふと、懐中電灯の存在を思い出してスイッチを入れてみた。
 「あっ・・・・・・・・」
 懐中電灯のか細い光の中にあるものを見た瞬間
 神経の何本がぶちっぶちっと音を立てて切れた。
 

 懐中電灯を消すと再び食堂車の中に戻った。
 全部の灯りを点して明るくさせるとステレオを最大音量で鳴らした。
 
 スピーカーが破けるほどの音量で流れる「Face of Fact」の前にさしもの女の子たちも目が覚める。
 「トシツグ・・・うるさい」
 「何時だと思ってるのよ」
 ステレオを止めると三人の女の子たちは寝ぼけ眼で恨めしい視線を投げつけてくる。
 爆睡しているところへ無理やり起こしたら文句を言われるのは当然だ。
 「外がすごいことになってるんだ!!!」
 だけど、文句を言われても見せたいものがそこにある。
 「見たかったら外に出るんだ!! ぜったいぜったいぜったい感動するから!!」
 ただそれだけを言い残すと、パイロンから放たれたフェニックスミサイルのように飛び出した。
 大地を全速力で蹴って、かのんのリフトに飛びつき、リフトがプラットホームにつくやいなや砲座の根元に転げながらも走りよった。
 
 コートごと全身を切り裂くような冬の風に震えながら待つこと10分
 ようやく、恋と久遠。それにメイたちが現れる。

 「トシツグ・・・・・・」
 恋のその目は完全に怒っている。
 「ちっともすごいことになってないじゃないか」
 「この落とし前、どうつけてくれるのかしら?」
 恋もメイも叩き起こされたいらだちを隠そうともしない。
 なんだか、ここが校舎裏のように思えてきた。
 久遠は淡々としているように見えるが、その眼差しは今の空気のようにとっても冷たい。

 「まあまあまあ」
 でも、その冷たさにも
 恋とメイの眼差しにも耐えれることが出来た。
 「さあさあ、おのおの方。このワタシのマジックをとくとごろうじろ」
 
 これから起きることがとっても素晴らしいものであることを知ってたから

 「メリークリスマスっっ!!」


 リモコンを握り締めた手を空いっぱいに掲げて、スイッチを押した。

 リモコンからの命令がアンテナを伝って電飾の電気回路に伝わり、電流が回路からピノライトに渡って点灯。
 黄色や赤、青、緑、ピンクといった光の花がかのん全体で一斉に咲き乱れる。

 「・・・・わぁっ・・すっご・・・・・」
 叫ぼうとしてそれが静かな感動へと変わる恋の声を聞いた。

 オレ達が立っている世界の中で雪ともチリともつかないようなものが漂っていた。
 それはたくさんの光によって姿を表し、
 ピノライトの光を受け止めて、宝石のようにキラキラと輝いていた。

 無数の宝石の微細な粒が、この世界の中に満ちていて
 落ちたりも飛んだりもせず漂っている。

 万華鏡の中にいるようなあんまりにも幻想的な光景に
 オレ達はただ茫然と立ち尽くしていた。

 「すっごいすっごいすっごいよっ!!!」

 身動きすら許されないような雰囲気を真っ先に打ち破ったのは恋だった。
 この光景を目の当たりにすることができた喜びを身体の全てを使って表現していた。
 「どうだ。すごかっただろ」
 「俊継さんのおかげではありませんけどね」
 得意げな気分を久遠があっさりと粉砕する。
 「ダイヤモンドダストですね」
 
 ダイヤモンドダスト
 空気中の水分が氷結して結晶となり、それが空気中を漂っている現象のことである。

 「・・・・・まさか、こんなのが見られるとは思わなかったよな」
 「そうよね。こんなこと、滅多にないもん」
 テンションが高いメイもこの時ばかりはうっとりとした表情で空をじっと見つめていた。

 それはまさしく天から贈り物。
 クリスマスプレゼント

 ただ、それだけじゃない。

 結晶はピノライトの光を受けて
 赤や青、緑といった具合に不規則に色彩を変化させる。
 
 ダイモンドダストというのは自然光、あるいは人工光にあたって出現するものであり、かのんにイルミネーションを施さなかったらこんなに鮮やかなものにはならなかっただろう。

 オレ達が電飾を施したからこの瞬間に立ち会うことが出来たんだ。

 今、ここに居る世界が世界で一番の楽園だと感じられる瞬間に。

 「えへへ、トシツグ」
 恋は甘えたような声で
 「・・・・・・・・・」
 久遠は無言で
 左右から身体を預けてくる。
 両手を回して二人の身体を優しく受け止める。

 2人の身体は冷たくて温かい
 冷え切ってはいるけれど、2人がここにいることをリアリティを持って感じることができて、それが温もりへと変わっていた。

 正直言って自分には自信がない。
 なのに、恋と久遠が一緒にいることがわからない。

 わからないけど、そんなことはどうでもいいと思った。

 ・・・・・なんだかんだといって
 まあ、それなりに幸せだったりするのだ。



 「・・・って、トシツグ。どこ触ってるのかな?」
 「いや、これはほんの偶然で・・・」
 「天誅!!」
 「あべし」(@_@)