MashudaBBS2004.08.02
王位戦第2局回想2 神の笑点55

王位戦第2局回想3 包帯とロッビア・ブルー

王位戦第2局回想4 55地点の音
 


王位戦第2局回想4 55地点の音 No: 6134 [返信][削除]
 投稿者:マシュダ一家  04/08/02 Mon 19:17:20

王位戦第2局回想4 55地点の音
あの55歩は音にするとどんなイメージか?
五線紙上では見えない。だからピアノの鍵盤上でも見えない。ピタゴラスの定理を教える先生に聞くのが一番手っとり早い。彼は一弦琴を実験室に置いている。そんな先生が身近にいない場合は弦楽器を持っている彼氏に聞くとよい。弦の中央で作るハーモニックスのイメージ。
これはあくまでもイメージなので本当はもっと奥が深い。
どの程度奥が深いかというとオマンコの向こうから子供がやってくる程に深い。子供に聞いても「どこから来たかわからない」と言うであろう。だからギャーギャー泣くしかない。王位戦第2局のあとで谷川が何も言えないのと似ている。
昨日コルセット付ウエディングドレスで腹筋を痛めた彼女のリクエストによるとピアノの音で言ってくれと言う。
ピアノの音のイメージで言うならばビートルズの一番まともなアルバムSGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BANDのラストのジャーンであろう。サージェント・ペッパーを作るときにジョージ・マーティンはわざわざこのジャーンを録音するためだけに3台のグランドピアノを用意した。このオマヌケぶりに呆れてはいけない。クラシックの世界ではもっと壮大なアホがいる。2003年7月スイス/ベルビエ音楽祭10周年記念コンサートではピアノ界のスーパースターをゴソっと集めて8台のグランドピアノでワルキューレの騎行を演奏させた。谷川の55歩とはそのような手。
周囲になにもない状態の55地点にバシっと歩を叩きつけるのはさぞかし気持ちよい。出来れば加藤一二三にコレをやってもらいたいが彼は生涯イチドもこのようなショーに参加したことはなかった。


王位戦第2局回想3 包帯とロッビアブルー No: 6133 [返信][削除]
 投稿者:マシュダ一家  04/08/02 Mon 16:10:14

王位戦第2局回想3 包帯とロッビアブルー
「神々の笑点」ではない。日本語の場合、当家の表記が単数形であることを注釈に付け加えていただきたい。聖書学者もダマされたほどだから。
アマテラスが複数形で笑っては世界は破滅する。
キリスト教が表現した単一神とは怒りの神であると解釈された。それは複数形の神々の中に一人だけ切れた者がいたということ。マシュダ一家にもとんでもない荒御霊が巣くっているほどだから大目にみてほしい。
こんなことを説明するのに聖書や古事記など持ち出してはよけいに混線する。将棋で教えればひとめ。
単一神は55地点に見え隠れして、そこで笑いたがっている。
谷川は神の手にさわってみたかった。
しかし大ヤケドして無言で立ち去った。忙しい忙しいと周囲に言い訳しながら、妻子への愛情も見せる。そこで自室にこもりヤケドに薬を塗っていたというのが前回までのストーリー。
だから王位戦の第3局で谷川は手に包帯をしている。
大介相手なら軍手で勝てたが、羽生相手なので包帯。
白衣の天使に包帯を巻かれてみたいのが男の願望なら、赤子に包帯を巻くのが女の願望。
イタリアに行くとロッビア一族のテラコッタに必ず出会える。
ロッビア一族は赤子に包帯を巻きつけるのが大好き。
ロッビア・ブルーで一世を風靡すると赤子戦略で工房を拡大。渡辺明が長男誕生祝いに王座戦挑戦を森内に嘆願するようなものであろう。
子供を背後に回して応援させるのは卑怯なので全面に出して得意のブルーと包帯攻撃で世間を打ちのめす。これが正しい戦略。だからロッビアブルーは永遠に愛される。
包帯とは何か?
それは傷口を護る為だけではなく透明人間を見せてくれる時にも役立つ。


王位戦第2局回想2 神の笑点55 No: 6132 [返信][削除]
 投稿者:マシュダ一家  04/08/02 Mon 15:15:24

王位戦第2局回想2 神の笑点55
回想と言うのは当日の実況&分析の注釈かよくて補足。それだけでは色気無いのである程度比較学程度の脚色を施す。
谷川が与えた主題を当家は「笑い」とした。
55歩とは何か?
「笑いである」と。
ブラックホールは笑うと言うこと。
ブラックホールとはヘソとも言う。
ヘソで笑う。
ヘソでお茶をわかす。
HESOは逆さに読むと「オセー」。遅刻した仲間に言う台詞。
谷川は対局後、自分の敗因が「わからない」と述べた。
「55歩が敗因」では笑えないどころか「敗因」とさえも言えない。
谷川ノートは「第2局は完敗」の一言。それ以上は谷川には言えない。
週間将棋では羽生の79飛を「妙手」扱い。これがダマシの手口であることは当家の分析通り。この二重駒アタリに谷川はひっかかった。
もし「おつきあい」させられたのならば羽生の妙手は谷川のクソ手の為に指されたことになる。こういうことを谷川が語るわけにはいかない。
谷川の心の底では「55歩はオカシーか」ということ。
当家は「オカシー」と最初からハッキリ言っている。
一言で猿芝居はオカシー。
そういえば不思議なことがある。
例の千日手局指し直しの大介丸山戦の当家掲載棋譜は棋譜の先後名が逆で表記された。当家が知る限りこのようなことはかつてなかった。分析の方は先後間違えるはずはないのでその通り。
珍しい誤記なのでそのまま残しておこう。ミスプリの切手。
当家は初版55歩を肯定的な笑いと観る。
回想2で言いたいことはそれだけ。それも補足でしかない。
そこで別な言葉に置き換えないといけない。
もし相手が52飛変化を望んだらどうか?
丸山やソレをマネする羽生のように52金ではなく52飛ならばどうなのか?
これは先手が大爆笑できる。54地点の権利を後手が主張することで55歩に逆説的意味が付与され先手は自陣駒アタリ原理の範疇で得をする。
このような場合当家では逆行相転化と呼ぶ。そしてマシュダ一家セオリーの根本定義2はこの相転化とは「笑い」であると言うこと。
ところがU-光-影-笑では四部作として醜い。そこで「笑」は別枠で扱う。55歩のみを「笑」の点としたい。文字どおり「笑点」と呼んでもいい。
これは誰の「笑点」なのか?
お茶の間の客人相手なら、ホストは円楽でも勤まる。
神が笑う。
そのための55歩。
だから谷川は永遠に55歩を悪手とは言えない。