2003.04.25名人戦第2局二日目 西浦決戦
角換わり腰掛け銀先後同型15歩型
羽生善治VS森内俊之
第2部 グランダイアの屈折
角換り腰掛け銀15歩型回想 最終盤の思考法1-4
実況&分析 MashudaBBS2003.04.25 初日実況はこちら
羽生も面倒なことは考えずにすべて清算した。対局者がここから将棋を指し直す気持ちになれるかという問題だけである。羽生は後手に駒を使わせてからのカワズ落とし狙い。銀を渡せば即詰みが後手に生じるがその銀も取れない底歩を打ったのである。ならば後手も豊富な駒で受ける体勢からやり直すしかない。最後は両者力尽きて秒読みの叩きあいでもよい。我々はメシとなる。ボクシングなら名人の判定勝ちであろう。その前に名人は自らタオルを投げてしまった。背水の陣は羽生の方であったというのに。
羽生が絶えず攻防角の筋を消しにかかった為に名人の86歩という攻撃手の方向性はどこかで羽生の手と相殺される地点が生じる。本局ではそれが58銀成であった。この手によって羽生の25金という手が初めて有効打となる。従って名人の選択した攻撃手の方向性はここで先手に同調したことになる。手番の構図が元に戻り羽生の25金という双頭手がこれで攻撃手に相転化したのであった。将棋が面白いのは駒の性能が相手の指し手で増減するからである。しかし相変わらず後手に攻防手があっては先手は攻めきれない。そこで44歩からの変化となった。名人が42銀と的確に受けた為に羽生はこれで負けにしたと思ったであろう。42銀は羽生の誤算のはず。実況で述べた通り42歩では後手が劣勢となるが羽生が期待したのはまさに42歩の方であろう。そこで羽生が怒った時によくやるような露骨な恫喝手を見せたのであった。52銀打である。この手は読みではない。我々は呆れていた。72玉と逃げればなんでもない手となる。それで森内の勝ちとなる。我々も当然名人はそのように指すと思い72玉で羽生投了かと思っていた。するとなんと名人は同角。すでに勝ちが決定してもさらに強い勝ちがあれば当然その方が名人らしい。首尾一貫した名人の態度と受け止めるだけである。ところが感想戦ではこの同角が名人の敗因であると両者は認めた。何と言えばよいか。第1局に続いて本局も内容で名人が勝っている。もし72玉なら羽生は名人位を諦めたかもしれない。それほど無残な52銀打であった。阿部が紹介した感想戦の検討では以下の内容で名人に勝機があるという。これならばあの86歩が燦然と輝く名人の快勝譜である。
▲7六歩 ▽8四歩 ▲2六歩 ▽3二金 ▲7八金 ▽8五歩
▲7七角 ▽3四歩 ▲8八銀 ▽7七角成 ▲同 銀 ▽4二銀
▲3八銀 ▽7二銀 ▲9六歩 ▽9四歩 ▲4六歩 ▽6四歩
▲4七銀 ▽6三銀 ▲6八玉 ▽4一玉 ▲1六歩 ▽1四歩
▲7九玉 ▽3一玉 ▲5六銀 ▽7四歩 ▲5八金 ▽7三桂
▲3六歩 ▽4四歩 ▲6六歩 ▽5四銀 ▲2五歩 ▽3三銀
▲3七桂 ▽5二金 ▲4五歩 ▽同 歩 ▲3五歩 ▽4四銀
▲1五歩 ▽同 歩 ▲2四歩 ▽同 歩 ▲7五歩 ▽同 歩
▲2四飛 ▽2三歩 ▲2九飛 ▽6三金 ▲1二歩 ▽同 香
▲1一角 ▽3五銀 ▲4五銀 ▽2二角 ▲同角成 ▽同 玉
▲4一角 ▽7四角 ▲2八飛 ▽3一玉 ▲3二角成 ▽同 玉
▲5四銀 ▽同 金 ▲4三銀 ▽同 玉 ▲2三飛成 ▽3三銀
▲2五金 ▽8六歩 ▲同 銀 ▽8八歩 ▲同 玉 ▽6九銀
▲3五金 ▽5八銀成 ▲4四歩 ▽同 金 ▲同 金 ▽同 玉
▲4五金 ▽4三玉 ▲4四歩 ▽5二玉 ▲3二龍 ▽4二銀
▲4三歩成 ▽6一玉 ▲5二銀 ▽7二玉 ▲4二龍 ▽8一玉
▲5一龍 ▽9二玉 ▲9五歩 ▽8六飛 ▲同 歩 ▽8七歩
羽生の25金やプロ棋士が意外であった35金そして44歩打はいずれも双頭手である。攻撃力は半減するが後手の角打ちによる攻防手を手順に防ぐ手となる。25金がないと森内が入手した角が14地点に打たれ龍金取りとなる構図。58地点で浮き駒となった金は序盤から残った先手の弱点である。先手は角を渡した為に龍に当てられる攻防角を手順に消す必要があった。それが羽生の終盤思考の中枢と考えれば構図がクリアーとなる。一方角損の為に受け切られたら先手はすぐにダメという将棋になる。グランダイアの構図は後手が受けつつ最後は攻防角を実現する。しかし名人は最も強烈な86歩を選択。これは25金の双頭手とは違い攻めの方向しかもたない。名人が選択した限り威厳と言うべきであろう。加藤一二三は86歩が第1感と言う。この手自体は可能であるとしか言えない。問題はこの手から派生する終盤の心の在り方となる。ここでは76歩と言う手もあるが阿部解説によると森内は下記の後手勝ち変化中で香打の筋を気にして迷ったという。名人は86歩に二時間も費やしたが迷いの時間でもあった。
▲7六歩 ▽8四歩 ▲2六歩 ▽3二金 ▲7八金 ▽8五歩
▲7七角 ▽3四歩 ▲8八銀 ▽7七角成 ▲同 銀 ▽4二銀
▲3八銀 ▽7二銀 ▲9六歩 ▽9四歩 ▲4六歩 ▽6四歩
▲4七銀 ▽6三銀 ▲6八玉 ▽4一玉 ▲1六歩 ▽1四歩
▲7九玉 ▽3一玉 ▲5六銀 ▽7四歩 ▲5八金 ▽7三桂
▲3六歩 ▽4四歩 ▲6六歩 ▽5四銀 ▲2五歩 ▽3三銀
▲3七桂 ▽5二金 ▲4五歩 ▽同 歩 ▲3五歩 ▽4四銀
▲1五歩 ▽同 歩 ▲2四歩 ▽同 歩 ▲7五歩 ▽同 歩
▲2四飛 ▽2三歩 ▲2九飛 ▽6三金 ▲1二歩 ▽同 香
▲1一角 ▽3五銀 ▲4五銀 ▽2二角 ▲同角成 ▽同 玉
▲4一角 ▽7四角 ▲2八飛 ▽3一玉 ▲3二角成 ▽同 玉
▲5四銀 ▽同 金 ▲4三銀 ▽同 玉 ▲2三飛成 ▽3三銀
▲2五金 ▽7六歩 ▲同 銀 ▽4九角 ▲3四金 ▽5二玉
▲1二龍 ▽4二歩 ▲7五香 ▽5八角成 ▲7四香 ▽7七歩
▲同 桂 ▽3四銀 ▲7三香成 ▽9七銀 ▲同 香 ▽9八金
この最終図はSダイヤとなる。我々はグランダイアの構図を考えていた。
ひどい中継である。
斜め駒一枚では寄せ切るのは無理。
落ち着け名人!ワナにかかるな!
あとは深呼吸。
羽生の息切れ。
いずれの変化も龍と飛車を交換することになる。後手には即詰みがない為にやはり79金と戻し名人に手番が移行。
99手めが41龍ならば51金と受ける。83角には82角の徹底抗戦。角交換後の43角には52金打で受かる。やはり自陣に手を戻すことに。そこで先に清算。
52と同飛のあとの41龍の変化読み。最後は自陣へ手を戻す算段。
名人の沽券をかけた見せ場。もう誰も名人を鉄板流などとは呼べない。
72玉ではなく角を切るとは。名人の見切り。羽生は42龍しかない。62金で鉄壁。
そこで先手は強引に手番を取りに行くが
42歩では43歩成-61玉-21龍に41金と打った場合75銀から要の角を外しにこられて68金が同金-同成銀の時に詰めよとならないので74銀で後手負け。
羽生は34金ではなく44歩から最終盤へ入った。後手に31歩を打たせないということである。31歩を同飛は41金で跳ね返される為に手番を失う。同時に角の攻防手を消そうという構図。
先手の25金はすぐに35銀を取ることにより2手を要したが後手が65銀-58銀成でやはり二手で対応した為に双方手番を取る事が最重要。後手にとっては手番入手後、攻防手があるかないかが岐路。
25金はすでに昨日阿部が指摘していた手だが飛び入りの島解説によると羽生は研究会で指していたと言う。そのことを島は森下経由で聞いたそうである。
58銀成らずでは68金が打てないという実にシンプルな動機であった。
後手のドス。寄せて見ろという開き直り。きわどい変化が多いので羽生の時間切迫に名人は期待した。華麗な玉頭戦となるであろうか?
先手が島-阿部紹介の変化手順から75銀と角取りにでると77歩打からサザンクロス発生。その場合後手左辺で使う歩の枚数で勝敗が左右する順と後手からの攻防の角打ちの組み合わせが要となる。攻防の角は必須条件。
なかなかいい構図である。
東京から島研総帥が羽生応援に駆けつけたようである。阿部&慶太も島=羽生優勢の暗い声に唆されて暗い手順が続く。
ついに慶太と阿部の夢のコンビが登場。角と角はピッタンコ。
阿部の解説は的確。このずうずうしい金を羽生マジックと褒めつつこれを同歩と取ったのでは34歩でまずいと解説している。そして森内が58銀成と取るのではダメと実にまっとうな判断である。そこで森内は角筋を楽しそうに眺める。デュアルペガサスとなるであろうか?
羽生が73手めに打った25金は不利を自認した「もたれ指し」である。所謂カラメ手であり羽生が最も得意とする分野である。後手に入玉されては勝負にならないので仕方なく打ったことになる。この金はいずれの変化でも35銀を最後に取り、二枚腰の要となる。
さて先ほどの名人の74手め86歩の一撃は過激であった。玉頭直撃の攻めあいで制する名人は最強としか言い様がない。攻めあいならば22飛-34金-52玉-22龍-同銀-35金には後手に29飛打という攻防手がある。このような攻防手が発生しないと後手は勝てない。86歩は先手に歩を二枚渡してしまう他この王手が消滅する為に最も危険な順。飛車打ちの攻防手が後手に消滅すれば先手は飛車交換ができる。すでに金を投資し角の攻防手にも備えている為に「もたれ指し」に最大限有効な歩切れからの歩得(後手にとって歩損)は見た目より価値がある。さて衛星中継が始まった。
昨年棋王戦で不敗を誇る羽生に康光が丸山定跡を強制した時周辺プロ棋士は誰もが先手勝ちと思っていたであろう。11角に康光がすぐに22角と合わせずに35銀と手順に逃げた時は羽生も血迷った。阿部もこの35銀は一見当然のように見える手と今日述べていたが15歩型では実際当然の手なのである。認知されるまで時間の問題というだけのことであった。羽生はマシュダ実況に反発して故意に33歩と打ったがこれは後に悪手として認知された。昨年の王位戦で羽生が名誉を回復した24金で谷川が負け、その後同じ手順で王将戦予選で森下が先崎に快勝したからである。その後33歩は指されることはなかった。この経緯はすでに何度も触れてきた。
昨年9月3日王将戦予選の米長日浦戦ではさすがに米長は33歩とは打たずに本局でも採用された45銀から41角の攻め筋で日浦のミスを誘っている。直後の9月5日朝日オープン予選の深浦真田戦では後手が改良し71手めまで本局と同じ進行であった。今回羽生は深浦手順をそのまま採用したのであった。真田は72手めに23桂とした為に負けにしたが33銀と打てば後手優勢であると判明しており羽生も森内もそこまでは当然わかっている。阿部も紹介したように次に73手め21龍と桂を取ると後手に22飛と回られ平藤のように即投了となる。そこで羽生は阿部が指摘したように25金と打つことになる。阿部はこの手順は後手有利の潮流と感じ先手が紛れを求めやすいのは13歩-同香-34銀の方ではないかと昨日述べている。74歩と25銀と連動する14歩狙いである。しかし歩打には手番を取る強行策が後手にある為に羽生は昨年のナツメロ路線を選択したのであった。
羽生の心変わりは相手とスケジュールの問題もある。これは七番勝負である為に全体の構成が必要である。さすがに一週間後に対局では過去に前例が最も多い将棋を踏襲するのは名人戦のレベル維持を考えると致し方ない。くどいようだが角換り腰掛け銀15歩型を振り返る。昨年の棋王戦から再燃したものであった。
角換り腰掛け銀という戦形では先手からの連続歩捨てが41手め35歩までは有効。問題はすでに先手の権利である飛車先歩交換を43手めに24歩で行なうか、丸山定跡のように43手めに15歩と突くかということになる。丸山定跡では以下必然変化となり55手めに11角と打つことになる。本局の羽生もそれを踏襲。
我々はこの角換り腰掛け銀15歩型にプロ棋士が執着するのは不健全とあると述べてきた。先手の無理攻めという結論になる。そこで康光が今年の王将戦で再提示した24歩からの鏡像効果への道筋が今年は有効となる。「腰掛け銀四辺形」の性能が最も発揮され角換り腰掛け銀の優秀な側面がより深みを増すはずである。丸山は棋王戦で康光を踏襲し奇跡的な逆転3連勝で羽生不敗伝説を崩し棋王奪取を果たす。
その集大成となるべき名人戦でこの24歩が出現するのは正念場の第4局となるはずであった。羽生が先手で行うかという興味でもある。ところが森内が第1局の敗戦を深刻に考え第2局を背水の陣で臨んだ為に羽生の気が変わったのである。
そして名人は凄いことをする。
今回の衛星中継はほぼ理想に近い。泉アナの的確な発声、ノーミスの棋譜読み上げと癖のない応対はNHKのトップレベルであろう。泉アナは格段の進歩をみせつける。色気あるニュートラ路線として将棋連盟が誇る中倉彰子と双璧かもしれない。聞き手の中倉彰子は今が人生で最も美しい時をその才能と共に左右に開花させている。そして我々が終始驚くのは立会人加藤一二三。もはや人間国宝の域であろう。昨日の封じ手は一言で「5時半です」と告げ余計な事を言わない。羽生がすぐに封じると知っているから阿吽の呼吸が生じる。開封時はハサミをペーパーナイフとして使う。ジョキジョキという音など決してたてない。封じ手以下の加藤流次の一手も凄まじい迫力である。
そして阿部は名人戦最高の解説者かもしれない。昨日故意にスットボケた25桂、そして41角への失望と25金へのまなざしはすべて阿部の才能を集約している。
のデータで一つだけ感心したのは、NHK杯の持ち時間の消費に関して、後から消費が追いついた者は負ける確率が高いというものであった。これは含蓄がある。楽観・無知・見誤りが明らかになる、ということである。好事魔多しということである。泥棒捕まえて縄をなう、ということである。人生でいやというほど経験することである。
掴みかね 鰻になれば 勝ちと知り
王将位の就位式で羽生は「タイトルは鰻のように掴めそうで掴めない」と述懐したそうな。4連勝で勝った後の謝辞としては謙遜も過ぎると嫌味であるといういい例だが、康光への挑発と激励と捉えればまあ羽生らしいということになる。但し、羽生は鰻に負けた。転んでもただは起きない男である。いっそ鰻になってやれ、とフザけたかどうかは当方知る由もないが、森内は心してかからぬと逃げ切られる。鰻は女と一緒で腰で掴むものと心得て欲しい。
二人の勝負はテキーラを飲みながら鑑賞させて頂いております。強い酒でないと棋譜に負けます。
虎の穴 ここにも一人 棋譜の客
去来のもじりですが、いささか酔いが回ってきたようです。
まだあげそめし 前髪の 〜 人こひ初めし はじめなり(藤村)
紅顔の美少年の頃より死闘を繰り返して来たに相違ない二人の勝負に言い知れぬ憧憬を込めてオジサンは寝ます。
衛星放送では三河湾のアサリ業も紹介していた。ガザミというカニも増えたそうである。そして三河縞やカボチャ汁粉の紹介。アサリやカニや伝統的な木綿織がラグーナより子供に残すべきものであることは誰にでもわかる。ところがイイモノだけが残るとは世の中限らない。
少し前は東京でも潮干狩りができた。今は丸山の出身地木更津の方まで行かないと東京湾は偲べない。
三河湾もその発展の仕方が似ている。工業地帯をどこに集中させるかという選択が海沿い地域に強いられる。渥美半島では牛糞の臭い。知多半島はヘドロの臭い。
西浦温泉からは渥美半島と知多半島のカニ鋏の突端が見える。右と左では別世界であった。
縞はよいぞえ 三河の縞は
娘心のひとすじに 丈も自慢のきりょうよし
ラグーナ蒲郡とは凄い名前である。三河湾沿いに昨年できたテーマパークであった。見ただけで廃園になるのはいつであろうと言う趣。「天候は情況次第」などとトンチンカンな事を言う泉アナも「寒そう」とまっとうなことを言っている。入場料は子供が500円。名人戦といい勝負かもしれない。西浦決戦では西浦温泉に申し訳ない。第2局はラグーナ決戦と呼んでもらいたい。
2003.04.24名人戦第2局初日 西浦決戦
角換わり腰掛け銀先後同型15歩型
羽生善治VS森内俊之
実況&分析 MashudaBBS2003.04.24
それにしても碓井涼子の結婚は最大のサプライズエッグであった。