2002.3.3NHK杯戦準決勝

森内俊之VS羽生善治 横歩取り

桂馬と馬の錬魔術

マシュダ談2002.3.3 UP2002.3.4


「解説は森下八段です。聴き手中倉さんバッチシ決めてます」

「最高のキャスティング。記録は藤倉か。羽生先崎戦も記録やっとったな」

「記録では一番人気ですね」

「読み上げ安食の表情もいつになくええね。色めきだつ最高の舞台」

「戦い前の羽生五冠は今日は自然に指すとのコメントですが」

「自然流に指すという意味。中原を意識した言葉」

「双方ノータイムで指し手進んでいます。横歩取りから18手目36飛」

「早い進行じゃね」

「18/84飛でした」

「コメント通り中原流で行くか」

「21/87歩ですが?」

「羽生の注文。84飛-26飛としたからね。穏やか」

「28/55歩で角道止めました。先日のA級順位戦の森内森下戦と似てますか?」

「森下、今面白い事言っとったろ。藤井システムの優秀性を最初に認めたのは藤井の次に羽生だったと」

「誰もが注目しなかった戦法にいち早く目をつけたということですね」

「そしてその目ざとい羽生が今指そうとしている将棋は中原へのオマージュ。中原はこの55歩はあとで突く展開を好む。ところが羽生は対米長名人戦第四局でこの55歩を早めに突き、しかもすぐに飛車を回ったんじゃね。森下もA級で早めの飛車周りを森内相手に試したことになる。二人とも中座飛車の衰退を察して、この戦法を開拓しようとしておるわけ。今まで中原以外に指しこなせなかったのに、未だにある局面で優劣不明と二人とも確信があるからね」

「名人戦のときは羽生挑戦者負けましたが?」

「もう少しうまく指してもらいたかったと後で中原本人のコメントが公表された。今日ここでまたそれを持ってきたというのは意味深じゃね。もし朝日オープンで中原羽生の初の番勝負がみられるとすれば、この中原流決戦の傑作が誕生するかもしれん」

「羽生演出ですね。30手目で74歩ですが」

「これは中原流との折衷作。ここで先手が35歩を突くのは角交換後の原子三角帽子対策。森内も用意周到。一見角や桂頭狙いに見えるけどね」

「35手目で長考です」

「これが双方の想定局面」

「ここまでほとんど両者ノータイムで指しています」

「自然じゃね。森下は桂頭狙われる紛れを嫌って早めに54飛とした。羽生は74歩を先に突いて中原流のように桂馬を先に使う発想」

「35/77銀?」

「見なれん手じゃね」

「重いですか?」

「桂跳ねを事前に受けつつ55歩を狙いに行くという単純な左棒銀。これが誘いかまず見極めんとね。ところがここで10分も使ったということで決断の一手と相手に悟られ、戦闘意欲を与えることになる。そういった意味で重い手。羽生はこういう手は決して逃さない。終盤まで読む意欲を羽生に与えたね」

「羽生さん36手目は長考のようです」

「時間全部使ってもいいくらいの局面。ほっとけば66銀とでられて55歩が受けにくい。受けるなら二者択一しかない。先に75歩と突くかあとで突くか。15角の有名な筋があるのでそれに絡めることができるか。86の筋は消えたから飛車は54で使うしかない。桂馬跳ねたらあとは一直線。後手の脅威は26飛車。こいつを動かせば陣形の差がでるはず」

「36/75歩と行きました!」

「これは同歩で先に一歩損。やはり歩損で飛車を54に回るのは過激な展開しかないね。森下はこれみて先に飛車回ることにしたんじゃろ。むしろ森内の方が手堅い指し方。羽生がこれを自然に指すとコメントしたと言うことはやはり中原を意識しとるということ。実際は不自然以上に過激」

「森下八段は声が鼻声ですからまだ風邪ひかれていた時の収録のようです。A級での対森内戦はそのあとだったんですかね」

「ん?64歩?」

「森下解説では桂馬を跳ねる準備と」

「跳ねたら銀で取られて34桂打でしびれる」

「桂馬跳ねあって65歩でした!」

「森内相手では羽生もこんな手をひねり出すか」

「77銀は誘いでしたね!」

「森内は大きく成長したね。相手の心理まで読めるようになった」

以下51/55角打まで必然。これを同角では先手が取れず、85桂が無駄になるので当然の同飛。飛車角交換で森内優勢。ところが羽生はここで森内が楽観して守勢に撤するはずとさらに裏を読んでいた。羽生の恐ろしさは仕掛けの段階で不利を自認しつつ相手がどこで緩手をだすか予測していること。

以下繰り出す羽生の歩の妙技。

56/36歩

58/66歩!これを突くために三手かけた。

62/44桂!羽生のサザンクロス

63/16飛車 羽生が期待していた森内の緩手。26飛で勝負すべきだった。羽生の歩魔術成功。

以下秒読みの凄まじい叩きあい。今期最高の見せ場。

69/34歩 16飛としたツケ。手堅い勝ち筋のようだが羽生はその裏を読む。

81/46桂打 45玉は15飛で相駒を最後に取って即詰み。ここで桂馬を取って19馬ペガサス殉死

86/56桂跳ね! 羽生が用意していたサザンクロス第二弾活用。これで詰めよ逃れの詰めろ。ここで66飛打は55玉-65飛のあと今桂馬が居た44から脱出できる。羽生はここの地点を森内が見落とすはずと桂打の段階から知っている。一枚の桂馬が三種類の役目を果たす錬魔術。これを同銀なら58金-79玉-68銀以下ペガサス殉死で得た桂馬を使い即詰み。6筋7筋の歩を切らせた効果

87/67金!今度は先手からの詰めよ逃れの詰めろ。66飛打-55玉-56金まで。森内冷静に対処。

88/58金 最後の食いつき

92/67角成 羽生秒読みでついに馬切り。後手玉は詰めろではなかった。体力尽きた王子。 以下角入手で即詰み

101手にて森内叩きあいを制する。

森内圧倒され紅潮した顔で「負けにしたかと」

不利を自認しての6筋からの羽生の見事な寄せの構図。桂馬と馬の錬魔術。

羽生は名人挑戦者に華を添えた。


UP2002.3.4