生命の星(第13回)
〜始まりと終わり〜

今、鈴原さやかの目の前にも高原千里が見ているのと同じ「ルーシー」の姿をしたものがいる。
「あなたはいったい何者なの?!世界を終わらすってなによ!」
さやかは叫ぶ。
彼は少しの沈黙の後、言葉を少しずつつむぎだし始めた。

「まあ、落ち着いて聞いてよ。私は誰なのか。その答えに簡単に答えるとするなら、私は君たちがいうところの神とかいうものなんだろうね。」
「・・・・・・・。」

何をバカなことを言ってるんだ。いつもなら私は即座にそう切り返していたいただろう。しかし彼のその姿には何かうむを言わせぬ説得力があった。それにこの空間の雰囲気もなんと説明すればいいのだ。目の前の彼が神であろうがなんであろうが、私はこのおかしな状態を説明するすべを持たなかった。彼の話は続く。
「私はこの何もないどこまでも続く白い空間、そう今、私とあなたがいるこの場所だ。ここにいたんだ。
私は一人だった。ずっとずっとね。
別に一人はさびしいものではないんだよ。私は一人で既に完全なものなのでね。」

と、彼はその手をサッと振った。
白の空間全体が巨大なスクリーンのように映像を映し出す。
それは宇宙空間だった。
白から一変して、黒の世界、しかしそこには輝く星々があり私の足元には青く光る地球の姿があった。
私と彼はそこに浮かび漂う、ルーシーは月を背に話し続ける。

「様々な思考実験をして。数万年の時を過ごした。そうして私自身を構成する物質を解析し、それをもとにこの宇宙、そしてそこに輝く星々を創造した。これをやりはじめたときは大変に熱中したよ。単純な法則を作り、スタートボタンを押す。それだけのことでこのきらめく美しい宇宙が一つの生命のように動き、成長する。
そこから一つアイデアが浮かんだ生命を基本となるものだ。
君たちがいる地球、そこにある全てのものはそんな些細な、しかし完全ともいえる美しい法則によって作られたものなんだよ。」

私は言葉もなく月に映るルーシーの影を見つめる。彼の視線が足元の青い地球に向けられる。
その地球の姿が一回り大きくなる、そしてさらにもう一回り、その輪郭は大きくなり私の眼前は青い地球。白い雲、広大な海、そこに広がる大地。
ズームアップ。
一つの場所が映し出される。原始の地球。わずかに息づく植物があるだけで生命の気配はまったくない。
ここから全てが始まったのであろう。始まりの場所。海から生まれる生命たち。

「違うね。このままでは生命は生まれない。君たちも本当は分かってるんだろう。海の中で生命の素となるものが偶然にしろ発生する可能性は限りなくゼロに近い、いや実際は不可能なことだったんだ。私がいくら待っても、何度繰り返そうが結果は同じだった。」

原始の地球その場所にあのホログラフィの映像のようにルーシーがその姿を現わす。
私の体もその大地に足をつける。生きている大地を感じる。
彼の独白は続く。

「そこで私は少し手を加えることにした、私の体の一部分をこの海に投げ入れたんだ。
・・・そこからはもう、あっという間のことだったよ。今見てる様にそこからはまずこの大地に大気を作る植物が現われ、動くことの出来る単細胞生物、多細胞、そして動物だ。彼等は海から陸へ、または空へと移動し変化適応していく。こんなおもしろいことはなかったよ。見る見る内に彼等は変化していった。そして最終変化ともいえる、君たち人間が生まれた。」

私の前の風景はその原始から人間の誕生までの映像を流し始めた。それはすごいスピードで流れていく、だがその風景は柔らかく懐かしい感じがしてとても心地よかった。映画を3本も続けて見ればそれはかなり疲れる、だけどこの何百億年の歴史の早送りはとてもとても心地よくなんだか楽しいことのように感じた。
しかし、そこまでだった。人類が誕生してからの映像は私の目を痛ませた。先程までよりかなりスローで映し出されているが、チカチカとめまぐるしく変化する様は、なぜだか乗り物酔いのように私を不快な気分にさせた。

「君が不快に思う気持ちそれは、感情の動きを感じたからだよ。」
「感情・・。」
「そう感情、つまりは心と言うものが始めて生まれた。私は驚きを隠せなかったよ。動物たちは進化するにつれその数は少なくなってくる。より完全な生物に近づくにつれ、その数は少なくても種を残すことができる。そして心をも発生させた。つまり完全なる存在である私に近づいてきたんだよ。」

そういうと彼はふっとため息をついた。

「だが、そこからが全く進まなかった。このまま進化していけば、その数は減り、より洗練された生物へと進化するはずだった。しかし減るどころかその数は増え続け、他の生物を絶滅させるなんていう、おかしな方向までに来てしまった。もう少しで完全な進化をするはずだったのだが。
実際、人類の中には天才と呼ばれる、一部分だが私に近い構造をもった者もいたのだがな。もちろんルーシーもそんな才を持つ者の一人だったよ。
私はそういう者たちに定期的に瓢衣しては世界を眺めた。まだ可能性のあるうちは元に戻り、数年のうちにまた瓢衣する。しかし今回で最後だ。

この生物にこれ以上の進化は期待できない。

迷路は行き止まりで、いきずまった。引き帰すことすら不可能だ。

だから私は終わらせることにしたんだ、この世界を。」

第14回へ続く

ふむ
むふ
あと2回