白杖でひろった街の話題 (2) 松本昌三
私達は動物園のオリの中の虎かライオンみたいなものだと申しました。これはすこし曲がった比喩かもしれません。私達をながめてくださる一般の晴眼者も、もちろん私達に気をつかってくださっていることはよくわかっています。気をつかうといえばちょっと見当ちがいの気のつかいかたもあって困るときもあります。
笑い話に、おばあさんが信号を渡ろうとしていると思って手をかしてあげました。すると渡ったところで「渡るのとちがうんや」といわれたというのです。これと全く同じ経験を私もしております。
信号のところは、よくよく確認しないと危ないので立ち止まって考えておりました。こんなとき私達は車の音や触れることができるてがかりになる物をさがしているのです。そのとき「渡りましょう」と声がして男の人が足早にいっしょに渡ってくださいました。急いでおられたとみえて男の人はすぐに立ち去られました。「渡るのとちがうんやけどな」とつぶやきながら私はまた車の音に注意してもどらねばなりませんでした。
思いこみということはだれにでもあることです。まして私達を見てなんとかてつだってあげようと思われるのはありがたいことです。けれども私達も目で見るのとはちがった物や音や匂いをたよりに歩いているのです。溝や壁にそって歩くためにはその方によっていかなければなりません。「自動車があるよ」といわれれば、それに触れようとしてよっていくのです。「危ない、危ない」とあわててはなしてもらうと困るのです。
車体にさわろうとしているのですがともいいかねて「ありがとうございます」ともたもたすることになるのです。いつか文房具屋さんによろうとして歩いていきました。お店の前にはポストがあり、いつもそれを白杖でたたいてからそのわきのお店に入るのです。そのときおじいさんが通っておられて「危ない、危ない」と私の体をポストからはなされました。「ありがとうございます」といったものの私はお店を通りすぎてしまいました。別の方に「文房具屋さんはどちらでしょう」とたずねなければなりませんでした。
点字ブロックは駅の構内でもまっすぐに敷かれていて直角に曲がっています。私達はそれをたよりにまわり道でもブロックの上を歩こうとするのです。もしそれをはずすと柱があったり椅子があったりしてぶつかるからです。晴眼者が見ているとなぜ遠まわりをしていくんだろうと思われるのでしょう。「改札はこっちですよ」と手をとって斜めにさっと誘導されるわけです。
ところが直角に歩くというのはもうひとつ意味があって方角を認識しながら歩くのにたいへん役にたつのです。つまり斜めに歩くと自分が今どちらへむかっているかがわからなくなるのです。最も危険なのはホームで斜め歩きをするとホームから転落したり階段のふちに気がつかなかったりして危ないのです。だから慣れたところではできるだけ慣れた手がかりや、いつもの音をたよりに歩きたいと思っているのです。
思いこみといえばこんなこともありました。いきつけの電気屋さんへいこうとして店伝いに歩いておりました。女子大生でしょうかきれいな声で「いっしょにいきましょうか」といっていただきました。渡りに舟とはこのこととわたしは「お願いします」と肩をもたせてもらいました。
どこへといわれるので私は電気屋さんの名前をいいました。するとすこし足早に歩かれたその女性はどうやらお店を通過してしまわれたようなのです。「おすしやさんがあったらいきすぎなんです」と私がいうと、「ここはおすしやさんの前です」といわれます。バックしてもらってそのお店の名前をもう一度いうとまた足早に歩いて通過されてしまいました。
お店からでてこられた奥さんから「うちへこられるのとちがいますか」と声をかけていただき、やっと私はお店に入ることができました。こんなふうに「危ない、危ない」の声かけはよくききます。
声をかけていただく場合はまだよいのですが黙ってむんずと腕をつかまれるのはやはり困ります。白杖をもっている手ですから、これは左右に動かしたいのです。それをしっかり動かないようにつかまれたのでは「こらえてください」といいたくなるのですが、そうともいえず「はい」と答えるだけです。
どうしたらよいのかわからないのでしょうが、白杖をもったひじを「はい、ここから足をあげて」という意味でしょうか、つきあげる人もたくさんあります。するとついていた白杖がうきあがってしまって危険な個所を杖でさわることができないのです。
最近では「点字ブロックの上を歩きたいのです」とか「このあたりを練習のために歩きまわっているところです」とお断りすることもあります。慣れたところでは慣れたやり方で歩きたいのです。
声をかけていただいた方がどちらへいかれるのかも気をつかいます。ご自分のいく方向とちがうところへいくのだといったために、わざわざもどっていかれるのを経験するからです。駅などでは駅員ですがといってもらうと安心して誘導してもらえます。
とにかく私達の歩行にはいろいろパターンがあるのだとお考えください。またまたこれを読んでおられない人達へのお伝えをよろしくお願いしたいものです。ではさようなら(続く)
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このページの著者は松本昌三です。編集は松本吉生です。メールの宛先はyoc@bekkoame.ne.jp