私の人生も既に五十年余が過ぎました。人生をプールでの泳ぎに例えれば、もうとっくにターンは後ろの方になっています。
ちかごろ、昔のことを思い出す機会が多くなりました。幼いころのこと、小中学生時代のこと、失明した当時の思い出など尽きるところがありません。それらが交錯してまるで夜空のスパークかなにかのように、パッパッとひらめくのです。
こうした、これまでの人生でのまたたきを『スパークリング』と名付けて書いてみたのです。誰もが体験するようなものもあれば、私だけの経験もあります。
こんな思いを全部が全部わかってもらえなくてもよい、ただ聞いてもらうだけでよい。そんな気持ちでこの詩を書いたのです。
電車の窓君
電車の窓君 こんにちは
ぼくの小さいころから 君達は
いろんな景色を みせてくれました
大八車や 馬力馬
田んぼで働く 牛達も
電車の窓君 ふしぎだね
藁葺き屋根の百姓家
みんな後ろへと とんでった
けれど 遠くの山だけが
しばらく いっしょについてきた
チンチン電車の窓君 なつかしい
せまい桜並木の軒の下
君はすれすれ走りぬけ
紅殻格子の窓ごしに
二階の女が気にかかる
京阪電車の窓君 思い出す
鴨川へだてた むこう岸
チラチラ明かりのともるころ
料理旅館の繁盛を
示すネオンのまたたき みつめてた
電車の窓君 聞いてくれ
君は どうして ぼくだけに
寒冷紗のようなカーテンを
そして まっくろなシャッターを
おろしてしまってくれたのさ
電車の窓君 ありがとう
君が これまで ぼくの目に
やきつけてくれた映像は
今になっても消えやしない
このまま一生のこるだろう
中学時代の私にとっては、電車の最前部の窓はいちばんの友達だったのです。せまってくる信号を確認したり、遮断機のペケ印ランプがパッとつくのを見るのが無上のよろこびでした。徐行区間があると「制限・・・キロ」と口の中で言ってみたものでした。女性には不可解なよろこびでしょう。今はそのよろこびも、味わえなくなりました。でも電車の窓君は新しい形で、よそおいをこらして私の指をたのしませてくれています。窓の枠やあけ方を指でさわって確認するたのしみがあるのです。それで、この電車はどんな型か、どんな種類かが分かるのです。
ある日、晴眼の先生と阪急電車に乗っていたときの話です。窓にむかって立っていて、六甲の裾にひろがる風景を想像して、私は言いました「以前このあたりは、よく通ったので、はっきり憶えていますよ。」すると先生は、ユーモアたっぷりに言われたのです。「今、目が見えられたらきっと今浦島のようなものでしょうな。すっかり昔とは変わってしまったのですから。」と。私はかつて見た豊かな自然にあふれた六甲の姿を、あらためて目の底にやきつけました。
この本は平成元年に自費出版の形で出版された最初の本です。50ページ弱のささやかな冊子ですが、いくらか残部がありますので、関心がある方はyoc@bekkoame.or.jpへご連絡下さい。
盲先覚者の一人である鳥居篤治郎先生に、はじめてお目にかかったのは、昭和三十年代の半ばでありました。先生が「盲人に対してするべきことは、すべてやってきた。この上は晴眼者に働きかけることが最も重要だ」という意味のお話をされたのを、今もおぼえています。それ以来、私は晴眼者の理解を得るための努力を続けてきました。
私の目の病気の網膜色素変性症は、いまだに原因も不明で治療法もありません。この病気に悩んでいる視覚障害者は、今後も減少するとは考えられません。また、糖尿病網膜症やベーチェット病など、多くの病気のために中途失明で苦しむ人も少なくありません。こうした人達に、私のこれまでの体験が少しでもお役にたてればと、このささやかな書物を出版したのです。(まえがきより)
発行日:平成5年5月1日
著者:松本昌三
発行所:(株)新風書房
定価:1,300円
このページの著者は松本昌三です。編集は松本吉生です。メールの宛先はyoc@bekkoame.ne.jp