吹屋小学校 その2
[1909年築 川上郡成羽町吹屋]
……校内を案内していただく。
ポーチ右脇には始業を知らせる鐘があり、良く伸びた紐をひっぱって鳴らすことができる(もっとも今ではチャイムがあるが)。建物の背面には幅3間で長手方向にぶち抜いた、無柱のフローリングの空間・通称“3間廊下”という雨天運動場がある。積雪時の遊び場として土間になっていたもので、後年に璧と床を張ったらしい。見上げると、高さ250mmから350mmくらいの太い梁が上下2段に組まれていて、片側は屋根勾配のために1間分は斜材に(つまり下段の梁は3間、上段の梁は2間の長さ)なる。その問に計3本の筋交いが「∧」を交差・連続させた形で組まれている。とてもダイナミックな構造で、力の流れがよく分かる。柱の無い空間を作るための苦心の作といった感しで、それは、和小屋の技術の延長というよりは、西洋のトラスの考え方にのっとっているようだ。明治時代の棟梁(校長先生の話では山陰の宮大工だろうとのこと)が、腕の見せ所とばかりに頑張ったのであろう。ぼくはためらわず3間廊下の床に座り込み、この梁をスケッチのモチーフに選んだ。時折校舎を吹き抜ける風を火照った肌に心地よく感しながら、ぼくはまだ見ぬ棟梁を思い浮かべながら筆を走らせる。途中で校長先生が、自宅で3日かけて出したという冷たい水出しコーヒーを持ってきてくださった。
二階を見学する。教室の中は先生の机1つに対して、生徒のそれは2つであったり、6つであったり……とてもぜいたくなことだろう。多くの教育者は、こんな条件で教えてみたい、と思うのではないか。中央部の講堂。二重折り上げ天井の中央部がわずかに上向きに湾曲している。意匠なのか、構造的配慮だろうか。校庭側の璧に「静観」の文字がかかる。その反対側、山に面した璧には「みんな元気ですごす」「大きな声で発表する」と大書された垂れ幕。校舎両端に設けられた階段。手摺りや親柱(の彫刻)を見るのは楽しい。階段は日本で長く定式化されたものではなかった(箱階段やハシゴ状のものは多いがただ機能のみで、空間の垂層性の視覚的表現や中心のモニュメンタルな重要性を表すものとしての階段は洋風建築の導入によってはじめて意識化されたといえる)がために、決して同じものはなく、製作者の個性が思いっきり表現されているからだ。
一階の給食室では、毎日校良先生以下17名が一緒に昼食をとるという。
・考える子・やさしい子・がんばる子
これが吹屋小学校の教育の具体目標。そういえばぼくもかつて自分の学校の教室で、こういう文句を目にした記憶がある。その頃は何十人の生徒の一人として、掲げっぱなしの無味乾燥なただの言葉としか見ていなかったが、ここではこうした目標が、毎日の実践のなかで、具体的に実現されていくのではないかとさえ思われた。
最後に外に出てファサードをスケッチした。建築に出会った時、白紙の状悪でまずスケッチするのもいいけれど、こうしてじっくり話を聞いてから絵筆を握ると、思い入れが強くなってずっと感情のこもった絵ができあがるような気がする。暑さも忘れてスケッチする、ということは本当にあるものだ。
下見板の黒ずんだ色は、とても柔らかい黒なのだった。
子どもたちが、この学校を「きれいな学校」と呼んだ気持ちがよくわかる。屋根の石州瓦が、西日にキラキラと輝きだした。
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