[中四国近代建築スケッチブック  4]

 
旧遷喬小学校 その2
[1907年築 真庭郡久世町久世]

 そんな安東さんが、人事異動でこの遷喬小学校の担当になった。着任した彼を、まず管理人のおじいさんが古びた校内じゅうを案内してくれた。おじいさんは、廊下や教室の腰板の一枚一枚や、二階講堂の二段の折り上げ格天井、そして花崗岩とレンガの基礎などを丹念に説明し、この学校が、いかに大工の手のこんだすばらしい建物であるかを説いたという。
「あなたにも後で見てもらいますが、ここに使われている腰板はすべて桧の柾目板、そして全部幅が違っているのは一枚一枚手作りだということなんです。またガラスもほとんど当時の手作りのガラスで、向こうの景色が波打って見える、今ではとても貴重なものなんです。そんなことを知っていくにつれて『これはすごい学校だぞ』と思い始めたんです」
 自分の母校の再発見を通して近代建築に興味を持った安東さんは、比較調査のために信州松本の旧制松本高校(現あがたの森公園)を訪ねる。全体的には旧制高校の建築の立派さを感じたが、ただ基礎に関してだけは違った。
 戸棚から写真を出して説明する安東さん。

「見てください。これが旧制松本高校の基礎です。見えている所では花崗岩が2段積まれていますね、これが一般的や思うんです。ところが遷喬の場合は、まず地面から2m下に川石を敷き詰め、その上に花崗岩の布基礎、さらにレンガを7段組んだ上にもう一度花崗岩を一列に並べてあるんです。その上に初めて土台を乗せている、そんな堅牢な基礎だから、90年近く経った今でも窓の建具の9割は軋むことなく動くんです」
 実際に基礎を拝見したが、なるほどとうならせるものだった。
 7段のイギリス積みのレンガが全くクラックもなく安定しているのには感心したが、すべての目地が覆輪目地となっていることだった。これは最も上等な仕上げなのだ。また、土台の木材の、礎石に接する面には、腐れを防ぐための数mmの隙間が一定間隔で入っている。これなども設計者の心憎い配慮を感じる。
 それ以降、安東さんはこの貴重な文化遺産をなんとか後世に残そうと、各方面に献身的に働きかけるようになった。そのかいもあって、中央部に続いて1990年7月両袖部も町文化財の指定を受け、今年5月には、竣工当時とほば同じ状態にペンキを塗り直す工事が完了した。「明治のルネッサンス風校舎」としてマスコミに取り上げられることも多くなり、今では町民の8割は保存を支持している状況だという。
 遷喬小学校の空間的中心、2階の講望を見学する。
 二重折り上げの格天井、ため息が出るほど手の込んだ意匠。その天井につけられたたくさんの斑点模様を指さして安藤さんが、「あれは私らが子供の頃、掃除の時間に先生の目を盗んで、濡れた雑巾を放り投げて天井にぶつけた跡なんです。模様ができるんで楽しんでやっていたんですが、無節の桧の柾目板の天井鏡坂に‥‥‥、今考えるととんでもないことをしとったもんですよ」と苦笑した。
【つづく】

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